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Chap.18

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 車を発進させる前に、エミルが竜の膝に何かぽんと放ってよこした。銀色の細いリボンで束ねた、美しい濃紺の腕時計ベルトだった。竜は目を丸くした。
「え、これ…」
「リボンは彼女がつけてくれたよ。どうしてもって」
「見るだけじゃなかったんですか」
 エミルはハンドルを切りながら笑った。
「いくら竜でも、実物なしに『物を作り出す魔法』はできないよ。初めてなんだし」
 そうだったのか…。竜は手の中にある柔らかな手触りのベルトをそっと撫でた。エミルは最初から、僕の気に入ったベルトがあったら買ってくれるつもりだったんだ。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。色は彼女が選んでくれたけど、まあ色くらいは自分で作り出すときに好きなようにできるから」
 竜はベルトを時計の横に並べてみた。文字盤の紺よりもほんのわずかに暗い紺色のベルトのおかげで、銀色の縁に囲まれた文字盤の紺色が綺麗に引き立って見える。
「ぴったりの色です!」
「そりゃよかった」
 エミルは微笑んでうなずくと、
「よし、じゃあ始めてみよう。基本的には、蝋燭に火を灯した時と同じだ。意識の空間でこれを光の球の中にコピーして、今度はそれを実際の空間にコピーする。ただ、違うのは…まあ、色々言うより、やってみる方がわかるだろうな。細かいところまで、できるだけ忠実にコピーするよう心がけて」
「はい」
 竜はリボンを丁寧に解き、二つあるベルトのうち、ベルト穴の空いている方を左手に持って、意識を集中させた。ベルトをじっくり眺める。すぐに、意識の空間に浮かぶ光のボールの中に、紺色のベルトが現れた。実際の空間にあるベルトと見比べてチェックする。大丈夫だ、と竜はうなずき、実際の空間で右手を出し、その上に意識を集中した。
「?!」
 右の掌に現れたものは、腕時計ベルトとは似ても似つかない、ぺらぺらのヘンテコな代物だった。色は辛うじて紺色だったけれど、それすらも変にのっぺりとした色で、実際のベルトの美しい色とは全然違う。
 絶句している竜を横目で見て、エミルがちょっと笑った。
「そんな顔するな。初めてにしては上出来だ」
「…どうして、こんな…?何が悪かったんでしょう」
「集中力の強さと質が足りないってことだ。人工物というのは、たくさんの過程を経て作られたもので、より複雑だから、実際の世界に出現させるのが難しい。今までとは質も強さも違う集中力が必要なんだ」
 竜はちょっと考えた。
「ということは、意識の空間へのコピーじゃなくて、意識の空間から実際の空間へのコピーが問題なんですね」
「そうだね。もちろん、意識の空間へのコピーもきっちり、間違いなくすることが必要だけど、そっちの方はそう難しくはない。今までやっていたことの精度を上げればいいだけだ。でも実際の空間へのコピーは、今までやってきた火や水よりももっとずっと難しい。
 竜みたいに意識の空間を使う人間は、他の人たちより『観察』だの蝋燭に火を灯すだの、そういうことで楽してきている分、こういう筋トレみたいなことをあまりしないでこれくらいのレベルまで来ているから、ここらでちょっと苦労する。でも、それによって、集中力の質や強さは確実にレベルアップする。どうすればいいとか、コツとか、そういうのはない。各自が自分で見つけるしかないんだ。何度も失敗を重ねつつね」
 竜はうなずいた。
「他の人たちが、蝋燭に火を灯す魔法をマスターする時のようにですね」
「その通り」
 竜は左手の時計ベルトと右手のコピーを見比べた。エミルが買ってくれた柔らかな手触りの美しいベルトと、自分が作り出したなんだかわからないペラペラのものを見比べているうちに、闘志が湧いてきた。よし!絶対に完璧にできるようになってみせる!
「頑張ります!」
 エミルがにこりとして頷いた。
「その意気だ」
「失敗したものはどうしましょう」
「消してしまえばいいよ」
 竜はちょっと考えて、次の失敗作を作るまでは取っておくことにした。そうすれば、「作り出す」度に、前の作品と比べられて、進歩の度合いがわかると思ったのだ。
 そうエミルに言うと、エミルはおかしそうに笑って首を振った。
「姉弟っていうのはこんなに似るものなんだな。真も同じことを言ったんだよ」
 目を細めて竜を見て、
「竜といると、なんだか、時間が戻ったような気持ちになる瞬間がある」
 と言ったエミルは、とても楽しそうだった。そんなエミルを見ると竜も嬉しくなった。

 「物を作り出す魔法」はしかし、竜が思ったよりずっと難しかった。ふにゃふにゃのものができたり、カチカチのものができたり、かと思うと、手触りは革のようなのに、まるっきり形の違うミミズのようなものができたりした。
 ムキになって、これでもか、これでもか、とやると、どんどん雑になってしまう。深呼吸して、気持ちを落ち着かせ、窓の外を見たり、エミルと二言三言言葉を交わして、また集中する。いくらやってもできない。まさに、二日前、スティーブンの研究室で蝋燭に火を灯そうとしていた時と同じだった。
 ただ、あの時のような絶望感はなく、代わりに苛立たしさと焦燥感が竜の身体中を満たしていた。できるはずなのに!という思い。できて当然のことがなかなかできない、という悔しさ。竜は歯を食いしばった。
「竜、」
 しばらく何もアドバイス的なことを言わずに、運転しながら黙って見守っていたエミルが、前を向いたまま静かに言った。
「できて当然なんだと考えるな」
 見透かされたようで、竜はびっくりした。
「…どうしてわかるんですか」
「僕も一度通った道だからさ」
 エミルは竜をちらりと見て微笑むと、
「才能があるとか、天才だとか、そういうことは忘れて、今自分がチャレンジしている課題のことだけ考えろ。これは難しい課題なんだ。自分ならできて当然なのにとか、さっさとできるようにならなきゃいけないのになんて思わないことだ」
「…はい」
「それに、今回はこれができるようになることが目的なんじゃない。この練習によって集中力の質と強さを上げていくのが目的なんだ。ただがむしゃらにやってたら、質もよくならないし、強くもならないだろう。一回一回、丁寧に、静かな心で、リラックスしてやってみろ」
 竜は大きく息をついて、深く頷いた。
「わかりました」

 エミルのアドバイスの後も、失敗は続いた。しかし、さっきまでの苛立ちや焦燥感は消えていた。集中力の質を上げる。集中力をより強くする。コピーの出来よりも、竜はそのことを考えるようにした。自分がどんなふうに集中しているのか。より強くより鋭くよりクリアーに集中しようとする時、頭や身体のどの辺がどんなふうに動くのか。そういうことに少しずつ気づくようになっていった。
 何回目かに一休みしようと目を窓の外に向けた時、竜の目の前に、遮るもののない高い青空と緑の草原が広がった。
「…わあ…」
「もう着くよ。一休みしよう」
「ここ、どこですか?」
「海の近くの崖の上だ。下のビーチには結構人が来るけど、ここはあまり知られてないから静かでいい。眺めも最高だしね」
 ダッシュボードの時計を見ると、9時40分だった。時計店を出てから、まだ1時間しか経っていないことに、竜は心底驚いた。少なくとも2時間くらいは練習していたように感じるのに。
 車を降りると、ざあっと爽やかな風が吹いてきて、竜は思わず目を細めた。海鳥の声がする。うーん、と思い切り伸びをしてみる。気持ちがいい。
「疲れただろう。しばらく休むか?それとも飛ぶか?」
「飛びたいです!でも、人が来たらどうしましょう」
「来たって構わないさ。見られないように気をつけなきゃいけないのは、うちの近所の人たちだけだから」
 竜はきょとんとした。
「そうなんですか?どうして?」
 エミルは眉を上げた。
「また何度も戻ってくるんだから、気づかれたら困るだろう」
 そうだった。隣から同じお客が何度も戻ってくるなんて、気づかれてはいけないことなんだった。すっかり忘れていた、と竜は心の中で自分の頭をコツンとやった。
「真の時も、色々気をつけていたんですか?」 
 空に向かって上り坂になっている、草原の中に自然にできたような細い細い道を歩きながら訊いてみる。 
「一応ね。でもあの頃は兄たちも僕もいたから。子供が四人飛んでいようが五人飛んでいようが、遠目には大して変わらなかっただろうな。それにあの頃はあの辺に住んでいる人も少なかったし…。でも例えば近くの店に一緒に買い物に行くなんていうことは絶対にしなかったね。今は竜の他に子供はいないし、近くに住む人も増えたから、真の時よりも気をつけた方がいいと思う。…そう、姿を見えなくする魔法もできた方がいいかもしれないな…。でもまずは、『歌わせる魔法』だ」
「はい」
 真剣な顔をして頷く竜を見下ろして、エミルは笑った。
「大丈夫。できるようになるよ。さ、今はそんなこと全部忘れて、飛んでこい」
「エミルは?飛ばないんですか?」
 エミルは、えっという顔をしたが、すぐに少年のような笑顔になって、
「そうだな、じゃ、ちょっと飛ぶか」
 と言うなり、すっと風に乗るように空中に上っていった。竜は、慌てて意識を集中し、薄青い空間に入ってから、一呼吸遅れて後に続いた。
「…まだ意識を集中するのに時間がかかるんですよね。エミルみたいにすっと魔法を始められないんです」
 エミルの隣に並びながら言うと、エミルはおかしそうに笑った。
「竜、覚えてないのかもしれないけど、竜が魔法を始めたのはたった2日前だぞ」
 竜もちょっと首を竦めて笑った。
「そうでした。でもなんだかもっと前から…」
 言いさして竜はわあと声をあげた。淡いグリーンの斜面の向こうに現れた、きらきら光る美しいブルー。海だ。
「もっと高く飛んでもいいですか」
「いいけど気をつけろ。上の方は風が強い」
 エミルの言った通り、高いところは風の流れが強かった。しかもいつも同じ方向に流れているわけではないので気が抜けないし、不意に横から煽られたりするので、優雅に宙を泳ぐというわけにはいかない。でも眺めは抜群だし、何よりとても自由な感じがして、竜はしばらくの間心配事は全て忘れて遊んだ。エミルに教えてもらって、空中に座ったり寝そべったりすることもできるようになった。
 ひとしきり楽しんだあと、竜は空中に寝そべって、遥か下の方のビーチに目をやった。混んでいるというには程遠いけれど、結構人がいるのが見える。
「あのビーチ、行ったことありますか」
 隣に座っているエミルに訊いてみた。
「小さい頃はよく行ったよ。真も何度か一緒に行ったことがある」
「…あの写真のビーチですか」
「そう」
 エミルは懐かしそうにビーチを見下ろした。
「あれがもう22年前だなんて…。人生なんてあっという間だな」
 独り言のように言ってため息をついたエミルは、竜を横目で見てちょっと笑った。
「竜にはまだわからないだろうけど」
「わからないです」
 竜は素直に認めた。エミルは水平線に浮かぶ雲に目をやって続けた。
「時間っていうのは不思議だね。昨日だって22年前だって、過去だ。帰れないことに変わりはない。でも22年前、って言われると、ああ本当にもう帰れないんだ、絶対に帰れないんだ、って思って、なんだかすごく遠くに来てしまったみたいな気持ちになる。小舟に乗ってちょっと手元の荷物を整理していて、ふと顔をあげたら、いつの間にか岸からうんと遠くまできてしまっていた、っていう感じかな」
 なんとなく想像はできる気がして、竜は小さくうなずいた。
「…そしてその間に、真の小舟は1年分しか動いていないんだ。僕たちが一緒にいたあの岸辺にまだとても近いところにいる」
 エミルはまたため息をつくと、気持ちを切り替えるように、
「さて。そろそろ『歌わせる魔法』の練習ができそうか?」
「はい!」
 竜は勢い込んでうなずいた。充電完了!という気分だった。空と海と風に元気をもらった気がした。

 草原に降り立つと、エミルは
「今回は僕がやろう」
 と言って、車から魔法でリュックサックを呼び寄せた。
「便利ですね」
 パッとそれこそ魔法のようにエミルの手元に現れたリュックサックを見て、竜は感心して言った。
「うんと遠く離れていてもできるんですか?」
「これはさっき竜が車の中でやったことの上級編というだけだから、そんなに遠くからは無理だね。そしてこのリュックサックのことをよく知っていないとできない。きちんとリュックサックのことを思い浮かべられないと」
 言いながら、エミルはリュックの右のポケットから、レウリスの結晶の入った箱を取り出した。
「座った方がいいだろう」
 エミルに促されて綺麗な丈の短い草の上にあぐらをかきながら、竜は武者震いのようなものを感じていた。やるぞ。きっとできる!
 レウリスは少し暑いくらいの陽の光の中でも、冷たく鋭い薄紫色の光をはね返しながら箱の中に収まっていた。そっと手に取ると、やはりさっきと同じように冷たい。
「見てるから、いつでも好きな時に、好きなように始めて」
 エミルが言って、竜の正面に少し離れて腰を下ろした。竜は頷き、大きく息をつくと、レウリスの結晶を左の掌において、意識を集中した。
 薄青い意識の空間に煌く光のボールの中に、鋭い光を纏ったレウリスの結晶が映る。美しい薄紫色の多面体。鉱石から取り出されて、光になって、結晶になった。どんなところから来たの。どんな鉱石の中にいたの。どんなふうに光になって、どんなふうに結晶になったの。光になるってどんな気持ちがした?結晶になった時はどんな気持ちがした?
 なぜか、小石の時のように「歌って聞かせて」という言葉が出てこない。
 竜はレウリスの結晶の鋭い光を見つめ続けた。
 鉱石から取り出されて光になる…。それはすごく大きな劇的な変化だ。レウリス自身はそれを望んではいなかったかもしれない。光から結晶になることだって、大変なことだ。それもレウリスが望んでいたことではなかったかもしれない。もしかして、苦しかったんじゃないだろうか。辛かったんじゃないだろうか。大変な痛みを伴うことだったんじゃないだろうか。光になることも、結晶になることも。
 そして、歌わせられれば、レウリスは自らの波動に耐えきれず、崩壊してしまう。無理やり歌わされて、自分自身の歌によって身体を破られて、苦しみの中で死んでいく…。
 急に全身を冷たい水の中に浸けられたような気がして、竜は息を呑んだ。周りはいつもの淡いブルーの空間ではなく、鋭い薄紫の光を帯びた透明の結晶体になっている。動けない。息ができない。苦しい。
 「竜っ」
 エミルに肩を掴まれ、竜は実際の空間に戻った。途端に空気が気管に流れ込んで、竜は咳き込んだ。全身が汗で濡れていて、草の上についた手が震えている。握り締めた左手の中にレウリスの冷さを感じて、顔を上げた。エミルと目が合う。
「…できませんでした」
「わかってる」
 いつになく難しい顔で、エミルがうなずいた。
「大丈夫か」
「…はい」
 もう呼吸は普通にできるようになっていた。額の汗を腕で拭う。  
「ちょっと休め」
 エミルがリュックサックの中から、水のボトルとピエールのクッキーの包みを取り出した。
「食べられるなら、食べた方がいい」
 竜は頷くと、まだわずかに震えている手をクッキーの包みに伸ばした。小石を歌わせたときの疲れ方とは違う疲れ方だった。眠くはないけれど、なんだか全身を打ちのめされたような感じがした。
 手に取ったクッキーは、芳しいコーヒーの香りがした。真ん中に形の整ったコーヒー豆がのっている。その香りだけで、なんだか少し元気が戻ってきた。一口かじる。黄金の、と形容したくなるようなコーヒーの味と香りが口と鼻腔いっぱいに広がる。すごくおいしい。竜は安堵のため息をついた。ぎゅうっと縛られていた身体の中の結び目が解けたようだった。柔らかい温かさが身体中に広がって、夏の日だというのに自分の身体が冷えていたんだと初めて気がついた。
 二つ目のクッキーを手に取った時には、だいぶ気分が良くなっていた。エミルを見上げる。
「見えましたか」
「ああ」
 エミルはクッキーに手を出さず、考え深げに竜を見ていた。
「でも竜が考えていたことまでは見えないからね。どうしてああなったのか説明してくれないか」
「はい」
 かじりかけていたバタークッキーを口から離して、竜は記憶を辿りながら答えた。ついさっきの出来事のはずなのに、ずっと前のことのように感じる。
「最初は、小石を歌わせたときと同じでした。光のボールの中にレウリスの結晶を映して、レウリスの過去を考えて…今まで経験してきたことを『歌って聞かせて』、って言おうと思ったんです。小石の時は、自然にその言葉が出ました。でも今回はなぜかその言葉が出てこなくて…。
 それで、レウリスの結晶の映像に集中しながら、レウリスのことをもっと考えました。鉱石から光になることも、光から結晶になることも、レウリス自身は望んでいなかったんじゃないかなとか、辛かったんじゃないかな、とか…。それに、歌わせたらレウリスは壊れてしまう、無理やり歌わされて、苦しみながら死んでしまうんだ、って。
 そうしたら急に、意識の空間が変わって、レウリスの結晶の中にいるみたいになって、動けなくなって、息ができなくなったんです。すごく冷たい水の中にいきなり落ちたみたいな感じでした」
 思い出して、竜は思わず身震いした。
「…なるほど」
 ため息をつくと、エミルは竜をじっと見つめて言った。
「…竜は、歌わせる対象と深く繋がりすぎるんだ。だから必要以上に消耗するし、レウリスに歌わせることもできなかった」
 竜はエミルを見上げた。エミルは言葉を選ぶようにして続けた。
「昨日、言ったろう。竜は、周りのものたちと友達みたいに心を通わせているって。だから魔法を使う時もその対象と繋がりやすい。普通の人間にはなかなかできないことだけど、竜の場合は、意識しなくても対象とかなり深く繋がることができるんだ。自然にね。それが竜の才能の大きな特徴でもあると思う。でも『歌わせる』魔法では、意識して対象と繋がろうとしなくてはいけないから、竜の場合、繋がり方が深くなりすぎてしまう。
 今のままだと、ちょっと集中力の質や強さを上げるくらいじゃ、力の消耗がひどすぎて、とても追いつかないだろう」
 竜は目を見開いた。
「それは、マルギリスの結晶を歌わせられないっていうことですか?」
 エミルが首を振る。
「今のままじゃ無理だ」
 竜はクッキーを取り落としそうになった。
「…どうすればいいんですか」
 エミルは厳しい表情で、
「簡単なことじゃないけど、対象との繋がり方を調整しなくちゃいけない。ただ…普通は練習することによって繋がり方を深くしていくんだけど、竜の場合はその逆だ。どうやったらいいのか…僕には教えられない。竜が自分で探っていくしかない」
「対象との繋がり方を調整…」
 竜は呟いた。エミルには教えてもらえない。自分で探って見つけていくしかない。帰る日までにできるだろうか。…いや、できるだろうかじゃない。できなきゃいけないんだ。できるようにするんだ。
「…歌わせる対象と、深く繋がらないようにすればいいんですよね?」
 エミルは頷いた。
「そう。そしてもちろん、もう一つの方法は、集中力の質と強さをうんと上げることだ。そうすれば対象との繋がりが今くらい深くても、力をそんなに消耗せずにマルギリスの結晶を歌わせることができるようになる」
 なるほどその通りだ。竜は心の中で頷いた。
「それには、物を作り出す魔法の練習を続ければいいんですよね?」
「そうだね。例えば、あの腕時計のベルトを完璧に作り出せるくらいになったら、その時点でかなり高いレベルまで集中力が上がっているはずだ。ただ、対象との繋がりが今くらい深い場合、どこまで高いレベルの集中力が必要なのかはわからない。腕時計のベルトを作り出せるくらいでは足りないかもしれない」
 竜はちょっと考えた。
「…つまり、繋がりの深さと、集中力のレベルの高さの、バランスが取れていればいいんですね」
 エミルは深く頷いた。
「その通り。でももちろん、いくらバランスが取れていても、繋がりが浅すぎたら何も歌わせられない」
「わかりました」
 竜は背筋を伸ばした。
 正直に言って、対象との繋がりの調整なんて、どうやったらいいのか見当もつかないけれど、とにかくやってみるしかない。やってみせる。この9日間を忘れたりなんかしない。

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