9日間

柏木みのり

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第44章 果樹園の風

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 「だからさ、リルの色を、ピンクグレープフルーツみたい、って言うんだろ?それなのに、そのピンクグレープフルーツの色を説明するのに、リルの色みたいって言うのは絶対おかしいよ」
「どうして?だって、エミルがピンクグレープフルーツがどんなグレープフルーツかって訊いたから、リルみたいな色をしたグレープフルーツだって説明したんじゃないの。それのどこがおかしいのよ」
「だから言っただろ、何かを説明するときに、AはBみたいだってBを見たことがない人に言って、その人がBはどういうものだって質問したときに…」
「もう!そうやってAとかBとかいうから変にややこしくなるんじゃないの。リルとピンクグレープフルーツの色は似てるの!それでいいでしょ」
 エミルが腹立たしげにため息をつく。
「はいはい、いいですよそれで」
「何よ、その言い方」
 竜は呆れて二人を交互に見やった。積もる話があるだろうと気を利かせて果樹園に二人だけにしてあげたのに、戻ってきたらこの有り様だ。二人から少し離れた日の当たる草の上にライラと腰を下ろす。
「ほんっと相変わらずだよな、真は」
「どういう意味?」
「わかってるだろ。威張りんぼ」
「そっちこそ。理屈屋」
「マコのくせに」
 真の目がつり上がった。
「どうして人の嫌がること言うのよ。大人になったんだから、ちょっとは大人らしくしたら?」
「そんなの僕の勝手だろ」
「ふーんだ。屋根裏が怖いくせに」
「残念でした。もう怖くないもんね」
 真がニヤリと笑う。
「やーい引っかかった。やっぱり昔は怖かったんだ」
 エミルが赤くなった。子供のように口を尖らせる。
「…ちぇっ。汚いよな、そういうやり方」
「じゃ、ほんとに怖かったの?」
 エミルは諦めのため息と共に言った。
「そうだよ」
「どうして?何か出たとか、言い伝えとか?」
「別に何にもなかったけどさ。ただ何かがいるような気がして怖かったってだけ」
 真がちょっと同情したような顔をした。
「言ってくれればよかったのに」
「言えるわけないだろ、そんなこと。なんでわかった?」
「わかってたってわけじゃない。なんとなく、もしかしてそうなのかなって思ってただけ。だって屋根裏で練習するとき、エミルいっつもちゃんと集中できてなかったもの」
 エミルは苦笑して前髪をかき上げた。
「バレてたか」
「まあね」
「実はかなり怖かったんだ。真がなんで怖がらないのか不思議だったよ」
 真が何言ってんのと眉を上げた。エミルがあっと声を上げ笑い出す。
「それ!眉!できるようになったんだ!」
「そう。練習の賜物」
「ああ、そういえば…」
 エミルが真顔になって言った。
「マーカスだけど…」
 真も真顔になって頷いた。
「うん。スティーブンから聞いた」
「そうか」
「でもね、マーカスのことだから、どこか…他の世界で魔法発明学やってるんじゃないかなって思う。それで研究に成功して、ひょっこりこっちに帰ってくるの」
 エミルが微笑んだ。
「僕もそう思う」
 二人は申し合わせたように金色の木漏れ日の降ってくる緑の梢を見上げた。真のポニーテイルと青いリボンが揺れて、真珠の花が秋の日に煌めく。竜も、ぴったりくっついて寝そべっているライラを撫でながら、二人につられて頭上を仰いだ。たくさんの澄んだ深紅色のりんごが緑と金の天蓋に散りばめられてとても綺麗だった。
 深く息をつく。
 ああ、本当に、本当に帰ってきたんだ。

 しばらくして真がマリーのカルーサ酒作りを手伝うと言って家に帰った後、エミルと竜は以前のようにりんごの木の下のテーブルで授業をした。
「寒くないか」
「大丈夫です。でもやっぱりもう夏じゃないんですね。ついこの間は暑かったのに…。なんだか変な感じです」
 ちょっと笑って、エミルはしみじみと竜を眺めた。
「ほんとに…よくやったな。おめでとう、竜」
「ありがとうございます」
 やっぱりエミルに褒められると特別な気持ちになる。心の底からじんと嬉しい気持ちが込み上げる。
「正直言ってあの時は…気が動転した。まったく無茶しやがって。寿命が縮んだよ」
 頬杖をついてエミルがため息混じりに笑った時、竜は車の中でのことを思い出した。無茶。
「…エミル、僕、キャンプの帰りの車の中で夢をみたんです」
 エミルの目が大きくなった。
「まさか…」
「ここのキッチンで、エミルとカールとマリーとライラがいて…」
 エミルがうなずく。
「日曜日だった」
「そうだろうと思いました」
「ライラが嬉しそうに尻尾を振っていて…、竜の姿がぼんやり見えたような気がして…」
「『ちゃんと戻ってこいよ。待ってるから』って」
 エミルが苦笑して首を振った。
「こういうのは信じないことにしてるのになあ。絶対にマルティンなんかに聞かれないようにしないと」
「カールは何をしたんですか」
「えっ」
「言ってたでしょう。『あんな無茶なことをして…竜もお父さんも』って」
「それも聞いてたのか…」
 エミルはなんともいえない表情をしてため息をついた。竜はじっとエミルを見つめた。エミルはちらりと竜を見ると、ちょっと肩をすくめて笑った。
「ま、聞いてたんならしょうがない。それなら父も話すなとは言えないはずだ。
 父はね、昔、例の道具を作っていた時、完全なシールドを作ることがあまりにも難しかったので、道具とは別に、シールドの魔法というのを作ろうと試みたことがあったんだって。つまり、使い手が道具を使う時にそばにいて、道具の魔法が行われるのと同時にシールドの魔法をかけるってわけ。もちろんこれだと、向こうに行くときしか守られないけれど、まあ、全く何もないよりはマシだ。まだ父がフリアの学生だった頃だそうだから、オリヴィア——父の母のことだよ——もまだこっちにいて、父はなるたけ早く魔法を完成させなくてはって焦っていたんだろうね。
 とにかくそのシールドの魔法を作ろうと、試行錯誤しながら練習していた時、父は失神した。魔法の喪失の兆候だったんだろう。あの頃はまだ魔法の喪失やその兆候についてなんかも今ほどは知られていなかったそうだけど、とにかく父は怖くなって、二度とその魔法をやらなかった」
「それを…」
 竜はかすれ声で言った。
「カールは僕たちのためにやってくれたんですね」
「そう。それでまた失神して、2時間ほど意識が戻らなかった。大丈夫」
 竜が青くなって息を呑んだのでエミルは急いで言った。
「魔法の喪失にはならなかった。それに、魔法自体も失敗したって父は言ってる。成功したという手応えがなかったって。だから竜に話す必要はないって」
「でも…僕のやった魔法だって成功したかどうかわからないんですよ」
「健太君は何か言ってなかったのか?」
「すごい響きの音楽みたいのが聞こえたって」
「だろ?」
 エミルが誇らしげに言って微笑んだ。
「でも、この前僕が失神した時、エミルだって最初はマルギリスの歌が聞こえたんでしょう。あの時のは失敗だったのに」
「失敗とは違う。成功していたけれど途中で力尽きて失神した、っていうだけだ。今回、マルギリスはどうなってた?」
「粉になってました」
「ということは、マルギリスを最後まで歌わせられたってことだ。この前の時はマルギリスが崩壊する前に失神したのに」
 エミルが柔らかく目を細める。
「成功したんだよ、竜」
 一陣の風が吹いて、果樹たちがざっと揺れた。りんごの木の下にいるので、二人とも思わず上を見て身構える。幸い二人のところには何も落ちてこなかったけれど、どこかでりんごが草の上に落ちて転がる音がした。顔を見合わせてちょっと笑う。
「僕…それはやっぱりカールのシールドの魔法が助けてくれたからじゃないかなって思います」
 竜が言うと、エミルが笑った。
「また謙遜する」
「いえ、ほんとに。うまく言えないけど…。もしかして、シールドという形でではなかったのかもしれないけど、あの時、あそこにカールの力があって…僕が踏ん張り切れるように後押ししてくれたっていうか、加勢してくれたっていうか…そういうことって魔法では起こり得ないんですか?」
 エミルは大袈裟に顔をしかめてみせた。
「なんだかマルティンと話してるみたいだな。非論理的だ」
 そしてちょっと笑うと、
「そうだな…確かに父はシールドの魔法をやろうとした。だからあの場所になんらかの形で力、というかエネルギーが作られたことは間違いない。魔法をやろうとして失敗した時、そのエネルギーがどうなるのかは、ケースバイケースだから…」
「だったら、カールの力が助けてくれたって思ったっていいですよね!」
 勢いこんで竜が遮ると、エミルは諦めたようにため息をついて、
「…まあ、そうかもしれないと思ってもまるっきり見当違いと切り捨てなければいけないほどではない、とでも言っておこうか」
 竜は吹き出した。
「それ、真が聞いたら癇癪起こしそうですね」
「『ややこしいこと言わないで!』」
「似てる!」
 二人の笑い声が秋の果樹園に吸い込まれていった。






■■あとがき■■
 読んでくださってありがとうございます。
 初めて書き上げた長編です。プロットがどんどん出てくるほうなので、新しく出てくるプロットに誘惑されて、あれもこれもと書き散らし、長編を書き上げるということができたためしがなかったのですが、2020年だったかな、何故か「今度こそ書き上げよう!」と思い立ち、完成させました。細かいことを書くのが好きなもので、ずいぶん長い物語になってしまいましたが、、例えばかつて学校の図書室で、「はてしない物語」のような分厚い本を見ても怯まない子供だった方なんかが、もしかして読んでみてくださるかしら…と思っています。
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