人生は転生だ

加上鈴子

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人生は転生だ

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 剛法寺櫻子はまぶたを押し上げ、視界の白さに目を凝らした。
 病院? と思ったが、そうでもないようである。
 徐々に光が収まり、周りが観えてきた。
「……?」
 緑の絨毯。その上に、ふんわりと広がっている綿のような絹のような、なめらかなベッド。自分は今、その白いベッドに眠っていた。
 天蓋つきだ。白い柱が丸く、ベッド全体を包んでいる。見上げると、その隙間から青空が見えた。
 ——飛び出たい!
 衝動に駆られ、櫻子はバッと立ち上がった。
 こんな光景、こんなベッドは自室ではない。そもそも自分が元気に立ち上がれる訳がないのだ。つい先日、彼女は飛び降り自殺をしたはずなのだから。
「転生」
 ふと思い立って、櫻子は呟いた。
 そうだ。これは、きっと転生だ。
 異世界転生だ。
 望んだ生まれ変わりを、自分は果たしたのだ!
「やった、ザマァ! やっぱり人間、根性で生き返るんじゃん、あのババァ!」
 櫻子は飛び跳ねてベッドから飛び出た。
 天蓋つき、緑の絨毯なんて、よっぽどのお嬢様に違いない。自分の名前は完全に名前負けだったのだ。できれば顔だって、あんな豚みたいなのじゃなくて可愛らしい、ほっそりしてて二重で唇が桜色で、男が10人いたら10人ともが私にかしづくようなのが良い!
 ベッドを出て絨毯の上をてててと走ると、背中に違和感が湧いた。
「え? な、何?!」
 思わず身体をくの字に曲げる。すると見えたのは、ほっそりした身体だった。狂喜乱舞しそうだ。
 喜びが爆発したかのように。
 バンッと音が聴こえそうなぐらい、背中に衝動が起こった。
 が、嫌な衝動ではない。
 何かフッ切れたような、晴れ渡った気持ちになった。身体が軽い。背中を動かしたら、どこかへ飛んで行けそうだ。
「翼!」
 なんと!
 背中の衝動は、羽根が生えたせいだった。
 転生先は人間でなく、妖精だったのだ。
 妖精。もしくは、エルフか? と櫻子は首を傾げる。他に羽根が生えてる人間って、なんかいたっけ?
 数多のゲームやアニメが脳裏を駆け巡ったが、他はピンと来ない。羽根がある種族は案外、少ない。もしかして悪魔の類かなと思ったが、それならそれで楽しそうだ。いっそ自分を虐めてくれたヤツらに復讐しに行けたら気持ちが良いだろうに。
 櫻子は飛んだ。
 思いの外、高く飛べる。
 風の強さが予想外だが、逆に風に乗れば、どんどんと飛べた。世界の果てまで行っちゃうか?! というぐらい、心が晴れ晴れとした。これでアイツら見返してやれれば、もっと楽しいのに!
「……お腹が空いた」
 ふと現実に引き戻された。
 と思って、また笑った。
 現実だ。
 こっちが、現実なのだ。
「やっばーい、どうしよう、お腹すいたー!」
 空を飛びながら、ぎゃははと笑いだす櫻子。ここがどんな世界なのか、まだ分からない。分からないが、あの窮屈な日々からは抜け出せたのだ。これからが冒険の始まりだ!
「あっ」
 さっそく美味しい匂いが漂ってきた。
 ご飯、発見!
 櫻子は急降下を始める。
 食料の匂いは本能で嗅ぎ分けられている。迷わず突進すれば良かった。まさか、かぶりつけないほど大きな食料が相手だとは思わなかったが、どうやら自分の本能が求めているものは、液体だけだ。対象物に歯を立てて吸えば良いだけだった。
 これは……血?
 櫻子は、甘く、とろりとした液体に喉を満たして恍惚としながらも、ソレが美味しいという事実を冷静に判断していた。
 そうか。この羽根はコウモリか。そして私は吸血鬼。なるほど、アリだわ。
 満足の行くまで吸い続ける中、だが、まだ疑問が残る。
「ん? 昼間じゃね?」
 青空だ。
 昼間も動ける吸血鬼?
 などと櫻子が動きを止めていたら、
「ヤダモウカニスワレタワ!」
 どこか聞き覚えのあるようなないような言語が頭上から降ってきて……間髪入れず、また世界が爆発した。
 痛みはなかった。
 痛覚のない身体なのかも知れない。
 宙に舞う、自分の足が見えた。せっかく手に入れた、ほっそりしている私の足……。
 薄れる意識の中、櫻子が人間だった頃の記憶から、先ほどの言葉が反芻され、意味を成した。
だ、もう、蚊に吸われたわ!」
 視界が暗転する。
 ボンヤリと、また死ぬのかなぁと感じられた。
 今度は人間かなぁ。お嬢様とか、お姫様希望。いっそ悪役令嬢でもいいわ、流行りだし。
 などと思うも、そうした意識は何かに一蹴されるではないか。
「次も虫か、魚がせいぜいじゃのぅ」
 などと。
 だが、こちらから話しかけることが出来ない。忌々しい。
 どこからともなく響いてくる“声"が続ける。
「魂の新規作成は疲れるんでの、切り張りで補って上書き保存するんじゃが、時々前世データが残るのが難じゃのぅ」
 ため息をつくイメージまで感じられた。本当にくたびれる作業なんだなと、明後日な感想が浮かんだ。
「やはり使いまわしは段々劣化するからの。もう少し六道輪廻、修羅道を引きずり回してやらんと、なかなかランクアップさせられんわい」
 あのー。
 その“人"から、いきなり“蚊"に落とされたんですかね私?
 と櫻子は思ったが、その瞬間「ん?」となった。違う記憶も、ちらほら感じる。櫻子だった頃よりは、後だ。
 櫻子でなくなり、蚊になるよりは前の、頃。
 櫻子は、様々なものになっていた。
 プランクトンとして浮遊していた。
 さっさとクジラに飲み込まれた。
 若木の芽を生やした時もあった。
 剪定で、呆気なく切り落とされた。
 カビだか何だか分からないものになって、地面に付着していたこともある。魂あるんだ?! と今さら驚いた。いつの間にか死んでいた。
 産まれたと同時に昇天したこともある。あれは何だったのだろう。
 やっと、蚊なのだ。
 ようやく個体を持つ物になっていたのだ。
 だが“声"のボヤキからすると、生き物ヒエラルキーは、まだまだピラミッドが高そうだ。しかもランクアップと聴こえただけで、それが生き物の大きさを指すのか、もっと別の存在が高みにいるのか?
 もはや“人"の概念を失くしかけている櫻子は、何を持って生き物と成すのかすらも解らなくなりつつあった。いっそ、もう櫻子としての意識すら消えてくれても良いのに。どんだけバグってんだよ私。

 蠟燭ろうそくの炎が尽きるかのように、ポツンと最期に残した思考は……。
「長っ……」
 だった。

 世界のどこかで、また何かの産声が上がる。

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