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一章 私はミコ様

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「ごめんね、迎えに行けなくて」

 暗闇から声が響いてきた。
 どこか甘えるような、それでいて小馬鹿にしてるみたいに聴こえるのは気のせいかな。少年? 声の低い女の人? 見えないから分からない。
 意識が浮上してない。と感じるのは、どうしてだろう。
 。それとものだろうか。

「あなたは誰?」

 試しに声を出してみようとしたら、声じゃない声が出た。どこから出たんだろう。私の身体、ないのかな。
 私の「声」に反応した雰囲気が、伝わってきた。
 相手は、そこに
 いるなら、見えるはずだ。
 私は目を開けようと試みた。
 薄っすら、視界が拡がっていく。
 まぶたが押し上がる感覚がある。顔に力が入る。「私」が、出来てきた。
 と同時に、相手の存在も見えてきた。白っぽい半透明で浮かんでるけど、ちゃんと人間の形はしている。個体だ。でも性別も分からない。服も着てるのか見えないほどだ。
 なのに。

「そういう君は、カラナじゃないね」

 って、私のことを言われたらしい。
 誰それ外国人? と思ってから、自分の記憶をたぐる。
 ちょっと待って、私はだぁれ?
 自分の姿を見下ろすと、私も半透明で性別すら成していない。手足の形すら不明瞭だ。人間ではあると思いたいけど、この状態は、私は人間ですって言いきる自信がない。

「君は、自分が誰なのかも忘れたようだね」
 クスッと笑みが漏れたような声が聴こえた。
 また少しだけ、ぼやけた視界がクリアになった。
 目の前に立つのが、少年のようだと分かったのだ。くそ、顔が見えない。
 私が必死に目を凝らしているのが分かるのか、少年がまた笑った。
「どこから飛んできたのか分からないけど、賑やかな子みたいだね。もっと早く会えていれば、違ったかも知れない」
 呼びかけられてはいるものの、こちらからの応えを求めていない話し方だ。独り言を聞かされてるみたい。
「仕方がないね。僕も君も、こういう運命だ」
 どういう運命だよ。
 と、ツッコミかましたかったけど、そんな場合じゃなくなった。
 目前の白い存在がゆらりと、ふいに、近づいてきたのだ。

 と同時に、音もなく衝撃が走った。

「!!」

 え、ちょっと待って、何が起こったの?
 痛い。
 痛みを感じるってことは、肉体があるんだよね?
 精神的痛みが具象化するとか何とか、そんなことあるんだろうか。
 でも、ひとつハッキリしていることがある。
 あからさまな
「ちゃんと死んでおいてよ」
 と、白い影が笑う。
 段々と形を成してくる「彼」の姿が、どうも現代のソレではない風に見える。何かを着ているのが分かってきたんだけど、どう見てもシャツとかGパンとかには見えないのだ。
 対して私も、私が着ていた洋服ではないものを身に着けてるように思える。視界の下で、なんかヒラヒラしているのが見えるのだ。でも、まさかのネグリジェなんて持ってないし。
 っていうか私、寝てたっけ?
 え? 夢?

「!」

 また衝撃が走りそうになった。が、今度は避けた。
 目前の男の子が、空気の塊を私に飛ばしてきていたのだ。
 さっきは、それが身体全体を貫いていった……んだと、思う。
 向けられる手の平。
 どこの超能力漫画やねん。
「どうして私を殺すの!」
 叫ぶと、喉がヒリヒリした。
 段々と身体が出来てきたのが分かる。
「邪魔だから」
 少年は、しれっと言う。
 さっき迎えに来れなくて云々、言ったじゃん。
 迎えができなかったら殺すの?! 訳わかんない!

 私も手の平を、彼に向かってかざしてみた。
 同じように出せるのか分からないけど、このまま殺されるのは嫌だ。
 彼が「お?」と言いたげな顔をしている。という表情が見えるのではなく、そういう空気が伝わってきたのである。やってやろうじゃないの。
 力を込めた。
「!」
 何かは、手のひらから出た感じがした。熱さも感触もなかったけど、出した感覚はあった。勝手に出たのではなく、明らかに私が自分の意志で出したものだ。
 出せた! と感動したのは、つかの間だった。
 少年の影には少しかすっただけ。ただ、かすった瞬間に彼の姿が揺らいだのが、気になった。少年ではない、別の人が裏側に見えたような気がしたのだ。
 そこに気を取られたせいで、反応が鈍った。

「やるね」

「うわ!」

 また当たってしまったのだ。態勢が整わない。速い。でも。

「次はないよ」

 言葉だけ残して唐突に、少年の白い影が消えてしまったのだ。拍子抜けも良いところだ。
 何よ殺すんじゃないかったの?! 叫びたいけど声が出ない。
 彼の姿が消えただけでなく、私の手足も消えてきた。うつむいても、何も見えなくなってきた。視界がじわじわと暗くなっていく。
 ええええもう勘弁してよ、とため息が出そうになった。

 また気絶するんかい、私。
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