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二章 ミコのお仕事

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 落ち着いて飲食ができるようになったら、今度は生活に風呂(っぽい習慣)が追加されるようになった。濡れた布で、身体を拭いてもらえるようになったのだ。食事前、朝の日課だ。
 それまでにもシモの世話で拭かれてたけど恥ずかしかったし、身体は拭いてもらえないんだ、なんて思ってたので、スゴい嬉しい。
 まさか、この世界で清潔になれるとは思わなかった。

 身体を起こして立てるようになると、なんと浅いタライの中に座らされるようになった。お湯が張ってあるのだ。
 全身ザバーっと行かないのが辛いけど、お湯で身体がふやけるだけでも全然違う。垢がこすり落とせる。
 髪も、お湯で全体を濡らして頭皮をこすってから、良い匂いのする油を付けられた。さすがに石鹸でゴシゴシとは行かないにしても、髪も洗えるとは思わなかった。
 そのうち川とか海とか、あ、温泉とか。
 行きたいなぁ。ないかなぁ。
 贅沢か。

 そうして生活は、乾布摩擦みたいな湯浴みを終えて、身体を拭いて、服を着るように変わっていった。
 ヒタオたちが着ているのは硬そうな布なのに、私が着せられるのは絹で出来ているっぽい、柔らかで白くて豪奢な着物だ。
 十二単とドレスを足して2で割ったみたいな豪華さがあるけど、着方はいたって簡単。大判のバスタオルの真ん中に空けた穴に、頭を通すイメージだ。それで胸と背中を覆って、腰を紐で留める。だから脇がスースーする。幅があるので横から見られても胸が見えたりはしないけど、他の皆の服だと横から見えそうだ。
 しかも私のは、服に刺しゅうがしてあったり、腰ひもに石やら貝殻が付いてたりするのが皆のと違って、手が込んでいる。
 明らかに私が、重要人物らしいなって分かる服だ。

 服を着ると、私はもう横にならなくなった。
 布団のあった位置から、部屋の奥の壇上に連れて行かれるようになったのだ。とはいえ、そんなに広い部屋じゃない。布団は衝立の向こうにある。6畳か10畳か? ってぐらいの一部屋だけが、今の私の世界だ。外がどうなっているのかも分からない。
 あの辛かった洞窟は忘れられないけれど、その他に覚えている光景は、草原と森しかない。
 壇上に上がると、囲炉裏はあるけど遠くなり、皆も段の下にかしずく、遠い存在になってしまう。
 下は板の間だから座ると痛い。けど、毛皮とか敷いてフワフワにしてある壇上のほうが、居心地が悪い。でも壇上の椅子に座らないと、ご飯がもらえない。一緒に食べたいなぁ。
 でもって女の子たちは皆、床に正座する。正座がこの世界の正式な座り方みたいだけど、痛そうだよなぁ。

 でも。

 この日は違った。
 誰も座らず、そして皆がご飯の代わりに、さらなる装飾品をジャラジャラと運んできたのだ。
「ミコ様。お立ち下さい」
 言われて素直に立ち上がると、ヒタオ他、女子が3人がかりで私に装飾を施しだすではないか。どうしよう。えっと……ご飯なし?
「今日は、いつもと違うの?」
 ご飯ないの? とは、さすがに恥ずかしくて訊けない。どんだけ飢えてんだか。それに女の子たち、やっぱり私とは顔を合わせずに、黙々と作業するもんだから、それ以上の言葉も紡げない。
 ワンピースの上から、もう一枚羽織りを被せられた。真っ白で透けてすら見える、柔らかで薄い羽織りは、これが天女の羽衣ってヤツかと思わせられる。
 さらに首にかけられる首飾りが、半端なくジャラジャラだ。石めっちゃ付いてるし重いし。勾玉だ。宝石みたいに輝いている。
 さらに顔にまで、なんか色々塗られた。
 化粧というよりは、模様かな。
 頬を撫でる筆は、赤色の何かをシュっと一筋、えがいた。その赤色が、唇にも乗った。目尻にも。鏡がないので分からないが、描かれた顔を想像して連想するのは、呪術師シャーマンだ。

 ミコという呼ばれ方。
 皆がかしづくほど、偉い立場。
 異常なほどの引きこもりだったに違いない身体。

 何をさせられるのか……あんまり考えたくない。
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