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三章 ミコという名前
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「眠れないのですか」
そう話しかけられて身をよじり、私は諦めて目を開けた。深夜ってほどでもないのかな、ヒタオが側にいるってことは。
寝るしかないと思う時に限って、なかなか寝られないんだよねぇ。この身体なんだから、日が暮れればグッスリってのがデフォルトのはずなんだけど。
考え事しすぎたせいかな。いつもこんなに頭使わないしな。
歴史を思い出そうとしていたのがひとつ、これからのことを考えていたのが、ひとつ。ヤマタイのヒミコと言われて思い浮かぶ、あのイベント。あの結末。
私が?
本当に?
「ヒタオ……水って、ある?」
「そんな聞き方をなさらなくとも、命じて下さったら良いのに」
苦笑を交えた、優しい声。
「けれどカラナも、変に気遣いのある人でした」
暗いから表情が見えないけど、その声も優しくて、そして懐かしむ声音をしていた。私を、カラナではないとして話してくれるのは、認めてくれたんだなと嬉しい反面、どこか寂しい。
なぜだろう。
カラナがもういないのだと認められてしまった寂しさかな。だとすれば、この感情は私のものでなく、もしかすると、まだ体内のどこかにいるカラナの感情なのかも知れない。
もし、まだいるのなら、出てきて欲しい……ような、まだ眠ってて欲しい気持ちもあるような?
だって今この状態でカラナが戻ってきたら、私という存在のほうは、どうなっちゃうんだろう? ってぇ複雑な気分もある訳よ。
ヒタオが用意してくれた水を口に含むと、喉が乾いていたんだなと感じる。いつも、すぐ水が飲める状態にはなってないから、常に喉は乾いてるんだ。
やっと降らせた、大事な水だしね。
さすがに今日はすっかり止んでいるようだ。もう雨は降らないのかな。また雨乞い、やらなきゃいけないのかな。
何となく外が観たくなり、窓を開けに立つ。窓といっても壁をくり抜いて板をはめてあるだけの、簡易的なものだ。
すると。
ヒタオが珍しい笑い方をして、私の横に立つではないか。珍しい……にやっと、悪巧みを考えてるみたいな笑い方。
「夜空を、ご覧になられますか?」
「え? あ、うん」
めっちゃ素で返してしまった。
窓を開けるのも侍女さんの仕事だからなのかな。って思ったら、なんとヒタオ、窓に近づくのでなく扉に向かって行くではないか。
出入り用の小さな扉ではない。
祈祷をするために開けられた、ガレージの扉みたいにでっかい方だ。
「ヒタオ……?」
「カラナ」
と、呼んでくれた。
今の呼ばれ方は私に対してのものだ。
ちょっと躊躇した私を見てか、ヒタオが先に、ほんの少しだけ開けられた扉の隙間から、外に滑り出した。手招きするかの笑顔が見えて、つられて私もすり抜けた。
夜風が気持ち良い。つい先日やっと昼間の外に出たぐらいだったのだ、夜の外に出たのも、初めてだ。昼とは違う開放感がある。今は眼下に人もいないしね。
「すっかり良い天気に戻りましたね」
言われて、空を見上げる。
と。
「うわっ……!」
ものすごい光が夜空に瞬いている。びっしりと夜空を埋め尽くす、大小の光の粒。六等星とかいうヤツだっけか、すごーく小さな粒まで見える。
こういう時に探してしまうのはオリオン座とか北斗七星とかだけど……え、嘘、あるわ。オリオン座の腰に当たる3つの星のすぐ下に並ぶ、小さ~な星3つまでバッチリ見えちゃってるわ。
「なんだこれ……」
「え?」
思わず呟いてしまったのを、ヒタオが聞き返してきた。
「あ、いや、違うの。私がいた場所じゃ、こんなに星が見えなかったから」
「ということは、同じ空が見えるところから、おいでになられたのですね」
ヒタオの笑みが、また慈愛に満ちた優しい微笑に変わった。そうか、ヒタオはカラナの中の私を心配して、外に連れ出してくれたんだ。
「うん」
プラネタリウムよりいっぱい見えてるんじゃないかって量の、光。天の川もある。大きく輝くのは確か、夏の大三角形とかいうヤツじゃなかったかな。
教えてくれたのは、お母さんだ。キャンプした時の夜だった。焚き火で少し焦がしたマシュマロがめちゃくちゃ美味しかったのを、思い出した。
「星はあまり見えない場所だったけど、でも、ちゃんと山や川や草原もあって……家は快適で、水も豊富で住みやすいところだよ。ヒタオたちに、あの水があげられたらなぁ……。お母さんが、いつもご飯を……美味しいご飯を作ってくれて……」
ああ待って、いかん、泣く。
「違うの、ここでだって皆、良くしてくれてるし。ヒタオめっちゃ優しいし。ホントありがたいよ、私なんて食っちゃ寝してるだけだし……やっと雨が降ったなと思ったのに、もう晴れてるし、なんか、」
「カラナ」
言葉を遮られて……抱きしめられた。
口を閉じて空を観たら、星の綺麗さが目にしみてきた。
私もヒタオの背中に手を回した。
ちょっとだけ……今は、ちょっとだけ泣かせてもらうよ。
明日からは、またちゃんとミコ様やるから。
そう話しかけられて身をよじり、私は諦めて目を開けた。深夜ってほどでもないのかな、ヒタオが側にいるってことは。
寝るしかないと思う時に限って、なかなか寝られないんだよねぇ。この身体なんだから、日が暮れればグッスリってのがデフォルトのはずなんだけど。
考え事しすぎたせいかな。いつもこんなに頭使わないしな。
歴史を思い出そうとしていたのがひとつ、これからのことを考えていたのが、ひとつ。ヤマタイのヒミコと言われて思い浮かぶ、あのイベント。あの結末。
私が?
本当に?
「ヒタオ……水って、ある?」
「そんな聞き方をなさらなくとも、命じて下さったら良いのに」
苦笑を交えた、優しい声。
「けれどカラナも、変に気遣いのある人でした」
暗いから表情が見えないけど、その声も優しくて、そして懐かしむ声音をしていた。私を、カラナではないとして話してくれるのは、認めてくれたんだなと嬉しい反面、どこか寂しい。
なぜだろう。
カラナがもういないのだと認められてしまった寂しさかな。だとすれば、この感情は私のものでなく、もしかすると、まだ体内のどこかにいるカラナの感情なのかも知れない。
もし、まだいるのなら、出てきて欲しい……ような、まだ眠ってて欲しい気持ちもあるような?
だって今この状態でカラナが戻ってきたら、私という存在のほうは、どうなっちゃうんだろう? ってぇ複雑な気分もある訳よ。
ヒタオが用意してくれた水を口に含むと、喉が乾いていたんだなと感じる。いつも、すぐ水が飲める状態にはなってないから、常に喉は乾いてるんだ。
やっと降らせた、大事な水だしね。
さすがに今日はすっかり止んでいるようだ。もう雨は降らないのかな。また雨乞い、やらなきゃいけないのかな。
何となく外が観たくなり、窓を開けに立つ。窓といっても壁をくり抜いて板をはめてあるだけの、簡易的なものだ。
すると。
ヒタオが珍しい笑い方をして、私の横に立つではないか。珍しい……にやっと、悪巧みを考えてるみたいな笑い方。
「夜空を、ご覧になられますか?」
「え? あ、うん」
めっちゃ素で返してしまった。
窓を開けるのも侍女さんの仕事だからなのかな。って思ったら、なんとヒタオ、窓に近づくのでなく扉に向かって行くではないか。
出入り用の小さな扉ではない。
祈祷をするために開けられた、ガレージの扉みたいにでっかい方だ。
「ヒタオ……?」
「カラナ」
と、呼んでくれた。
今の呼ばれ方は私に対してのものだ。
ちょっと躊躇した私を見てか、ヒタオが先に、ほんの少しだけ開けられた扉の隙間から、外に滑り出した。手招きするかの笑顔が見えて、つられて私もすり抜けた。
夜風が気持ち良い。つい先日やっと昼間の外に出たぐらいだったのだ、夜の外に出たのも、初めてだ。昼とは違う開放感がある。今は眼下に人もいないしね。
「すっかり良い天気に戻りましたね」
言われて、空を見上げる。
と。
「うわっ……!」
ものすごい光が夜空に瞬いている。びっしりと夜空を埋め尽くす、大小の光の粒。六等星とかいうヤツだっけか、すごーく小さな粒まで見える。
こういう時に探してしまうのはオリオン座とか北斗七星とかだけど……え、嘘、あるわ。オリオン座の腰に当たる3つの星のすぐ下に並ぶ、小さ~な星3つまでバッチリ見えちゃってるわ。
「なんだこれ……」
「え?」
思わず呟いてしまったのを、ヒタオが聞き返してきた。
「あ、いや、違うの。私がいた場所じゃ、こんなに星が見えなかったから」
「ということは、同じ空が見えるところから、おいでになられたのですね」
ヒタオの笑みが、また慈愛に満ちた優しい微笑に変わった。そうか、ヒタオはカラナの中の私を心配して、外に連れ出してくれたんだ。
「うん」
プラネタリウムよりいっぱい見えてるんじゃないかって量の、光。天の川もある。大きく輝くのは確か、夏の大三角形とかいうヤツじゃなかったかな。
教えてくれたのは、お母さんだ。キャンプした時の夜だった。焚き火で少し焦がしたマシュマロがめちゃくちゃ美味しかったのを、思い出した。
「星はあまり見えない場所だったけど、でも、ちゃんと山や川や草原もあって……家は快適で、水も豊富で住みやすいところだよ。ヒタオたちに、あの水があげられたらなぁ……。お母さんが、いつもご飯を……美味しいご飯を作ってくれて……」
ああ待って、いかん、泣く。
「違うの、ここでだって皆、良くしてくれてるし。ヒタオめっちゃ優しいし。ホントありがたいよ、私なんて食っちゃ寝してるだけだし……やっと雨が降ったなと思ったのに、もう晴れてるし、なんか、」
「カラナ」
言葉を遮られて……抱きしめられた。
口を閉じて空を観たら、星の綺麗さが目にしみてきた。
私もヒタオの背中に手を回した。
ちょっとだけ……今は、ちょっとだけ泣かせてもらうよ。
明日からは、またちゃんとミコ様やるから。
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