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金春の淡雪
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九条女史が帰国してその日。先輩秘書たちに人身御供よろしく送り出された日から1か月。葉琉は何度も退職願を書こう心に決め、結局先輩たちが息抜きに食事などに連れ出してくれたおかげで乗り越え、2日前、晴れて七々扇社長の第一秘書になった。さすがに九条女史のやっていた業務全てを一気に行う事は誰が見ても無理なのは分かっていたので、誰でもできる簡単な雑務に関しては、河本室長が担ってくれている。
そんな新しい日常を送り始めていた葉琉は、新たな問題に直面していた。
「葉琉、明日の夜なんだが」
「パーティへの出席でしたらお断り致します」
そう。これまでは九条女史を伴って各企業だったり、経済界、政界のパーティへ参加していた。パートナーとなる女性がいると、余計な女性たちと絡むことが少なくなる。それに加え、九条女史はBクラスのDomである。下手なSubやDomは近寄れず、七々扇社長は所謂“ラクな思い”をしていた。それが九条女史がアメリカへ嫁いでしまいいない。見た目はハイクラスのDomである葉琉を連れ出せればという感じになっていた。
全てを言わせずに頑として断る葉琉に、七々扇は言葉を噤んでしまう。
「社長、本日のご予定は次で最後になります」
時刻は19時過ぎ。18時半からのオンライン会議を即断で終え、19時からは従兄弟でもある藤堂副社長との個人会議の予定であった。本社最上階に位置する社長室は、変な空気を纏った沈黙が支配する。
―コンッ コンッ
それぞれが仕事をしていた時、誰かが社長室をノックする。
「社長、失礼します」
入ってきたのは藤堂副社長と第一秘書の姫野女史。ショートカットがトレードマークの彼女と、父親が日本とイギリスのハーフである藤堂副社長は本社内でも目立つ存在だった。それに加え、二人は夫婦。藤堂副社長は純粋なDomの一族で本人もDomだが、姫野女史がSwitchという特殊な二次性だった。SwitchでもBクラスのSwitchで、藤堂副社長の前ではBクラスのSub。それ以外ではBクラスのDomと、そんな切り替えをしていた。
「麗央、他は片付いたのか?」
「紫桜よりは仕事ないからね」
そんな軽い口調で会話を始める社長と副社長。ちなみに、麗央は藤堂副社長のファーストネームで、紫桜が七々扇社長のファーストネームである。定時を過ぎるとファーストネームで呼び合うほど仲が良い彼らは、37歳と35歳という、歳が近いということもあって仲が良いのだった。
「いやさ、院瀬見のご婦人の誕生日パーティ参加する?って思ってさ」
「ああ、そういや明後日か」
二人の会話に出ている“院瀬見家”。それはDom一族として七々扇家と同等か、それ以上の存在感を放つ一族の事だった。その院瀬見家当主の奥方の誕生パーティが明後日行われる。当主が溺愛しており、滅多な事で表舞台には姿を現さない夫人だが、年に一度、誕生パーティの時は出席する。Aクラスという1%未満のSubで、当主からの溺愛を一身に背負った彼女は、いつ見ても美しく、Sub特有の儚げな雰囲気を持っていた。
毎年七々扇家からも何人か参加しており、事前に今年は藤堂副社長が参加する事は確定していた。他に北米総代表の従兄弟も帰国するついでに参加する予定だったが、向こうでのゴタゴタがまだ完全に処理しきれず、帰国も叶わなかった。よってもう一人、国内にいる七々扇宗家の人間は、紫桜だけだった。
「まぁ、私が参加するしかないだろうな」
残りの仕事を裁きながら呟くように言う七々扇社長。藤堂副社長は応接用のテーブルに座り、DomからSubにスイッチした愛妻を愛でていた。いつもはキリッとしたクール系美人が、今は猫のように藤堂副社長に甘えていた。
「じゃあ明後日院瀬見本邸に19時な。忘れるなよ」
「ああ。院瀬見だとヤバい女はいないだろうな」
「さすがにいないだろうな。…こら、紗那。噛むな」
じゃれていた藤堂副社長と姫野女史。どうやら姫野女史が甘えすぎて藤堂副社長の指を甘噛みしたらいい。藤堂副社長がごく微量のGlareを放つ。AクラスのGlareに、Bクラスの姫野女史は目が蕩けていた。
「…っ」
ついでに仕事をしていた葉琉も、Glareの余波を受ける。葉琉がハイランクのSubであるため、抵抗はいくらでもきるがさすがに不意打ちは少し堪えた。この後トイレにでも行って抑制剤を飲まなければ。と強く思った。
そしてそんな葉琉を七々扇社長が見逃すはずもなく。藤堂副社長と姫野女史がじゃれている間、藤堂副社長のGlareを受け少し欲情してしまった葉琉を物欲しげに見つめていた。
「じゃあ紫桜、また明日」
それから少しして、藤堂副社長は姫野女史を伴って帰宅した。
それを狙ったかのように、七々扇社長がまだ書類整理をしたいた葉琉の視線を己で遮る。
「っ…!」
意識しないようにしていたGlareによる欲情が、目の前の極上のDomによって引き出されているのが分かった。すぐに距離を取ろうと立ち上がるが、それを見越して社長に腰を掴まれてしまう。
「葉琉、逃げるな」
「っ!ちょっ!Glareを出すなっ!」
どんどん強くなる社長のGlareに、葉琉は小さな抵抗を試みる。最近は自分の抵抗のみでどうにかなっていたので、抑制剤を飲む頻度も少なくなっていた。そのツケが回ってきたのだ。
「放せっ!」
力強く社長を押し返す葉琉。だが、葉琉以上に鍛えられたDomの力にはかなわない。どうやってもその腕から逃れる事ができなかった。その間も社長のGlareは強くなっていく。抵抗する力もどんどん奪われていく。ハイクラスのDomにこんなに抵抗できないとは思わなかった。だって、同じAクラスのDomである父親のGlareにはいくらでも耐えられるのに。
自分の情けなさに涙が出てくる。
「っ!」
その瞬間、葉琉を拘束していた腕が一瞬弱まる。弱っていながらも、それだけは見逃さなかった。いつも緊急用で持ち歩いている強力な抑制剤を胸ポケットから取り出し、水もなく飲み込む。そんな葉琉の行動に目を見開き、止めようとする社長の様子を見ながらも、葉琉は抑制剤を飲みこんだ。
「どうして…」
唖然としている社長。葉琉はゼェゼェと呼吸を荒くさせ得ながら自分のデスクに手を着いた。葉琉が落ち着くまでの間、社長は葉琉を見つめているだけで微動だにしない。ただ、驚いた表情は悲し気な、苛立ちに似たような感じになっていた。
そんな新しい日常を送り始めていた葉琉は、新たな問題に直面していた。
「葉琉、明日の夜なんだが」
「パーティへの出席でしたらお断り致します」
そう。これまでは九条女史を伴って各企業だったり、経済界、政界のパーティへ参加していた。パートナーとなる女性がいると、余計な女性たちと絡むことが少なくなる。それに加え、九条女史はBクラスのDomである。下手なSubやDomは近寄れず、七々扇社長は所謂“ラクな思い”をしていた。それが九条女史がアメリカへ嫁いでしまいいない。見た目はハイクラスのDomである葉琉を連れ出せればという感じになっていた。
全てを言わせずに頑として断る葉琉に、七々扇は言葉を噤んでしまう。
「社長、本日のご予定は次で最後になります」
時刻は19時過ぎ。18時半からのオンライン会議を即断で終え、19時からは従兄弟でもある藤堂副社長との個人会議の予定であった。本社最上階に位置する社長室は、変な空気を纏った沈黙が支配する。
―コンッ コンッ
それぞれが仕事をしていた時、誰かが社長室をノックする。
「社長、失礼します」
入ってきたのは藤堂副社長と第一秘書の姫野女史。ショートカットがトレードマークの彼女と、父親が日本とイギリスのハーフである藤堂副社長は本社内でも目立つ存在だった。それに加え、二人は夫婦。藤堂副社長は純粋なDomの一族で本人もDomだが、姫野女史がSwitchという特殊な二次性だった。SwitchでもBクラスのSwitchで、藤堂副社長の前ではBクラスのSub。それ以外ではBクラスのDomと、そんな切り替えをしていた。
「麗央、他は片付いたのか?」
「紫桜よりは仕事ないからね」
そんな軽い口調で会話を始める社長と副社長。ちなみに、麗央は藤堂副社長のファーストネームで、紫桜が七々扇社長のファーストネームである。定時を過ぎるとファーストネームで呼び合うほど仲が良い彼らは、37歳と35歳という、歳が近いということもあって仲が良いのだった。
「いやさ、院瀬見のご婦人の誕生日パーティ参加する?って思ってさ」
「ああ、そういや明後日か」
二人の会話に出ている“院瀬見家”。それはDom一族として七々扇家と同等か、それ以上の存在感を放つ一族の事だった。その院瀬見家当主の奥方の誕生パーティが明後日行われる。当主が溺愛しており、滅多な事で表舞台には姿を現さない夫人だが、年に一度、誕生パーティの時は出席する。Aクラスという1%未満のSubで、当主からの溺愛を一身に背負った彼女は、いつ見ても美しく、Sub特有の儚げな雰囲気を持っていた。
毎年七々扇家からも何人か参加しており、事前に今年は藤堂副社長が参加する事は確定していた。他に北米総代表の従兄弟も帰国するついでに参加する予定だったが、向こうでのゴタゴタがまだ完全に処理しきれず、帰国も叶わなかった。よってもう一人、国内にいる七々扇宗家の人間は、紫桜だけだった。
「まぁ、私が参加するしかないだろうな」
残りの仕事を裁きながら呟くように言う七々扇社長。藤堂副社長は応接用のテーブルに座り、DomからSubにスイッチした愛妻を愛でていた。いつもはキリッとしたクール系美人が、今は猫のように藤堂副社長に甘えていた。
「じゃあ明後日院瀬見本邸に19時な。忘れるなよ」
「ああ。院瀬見だとヤバい女はいないだろうな」
「さすがにいないだろうな。…こら、紗那。噛むな」
じゃれていた藤堂副社長と姫野女史。どうやら姫野女史が甘えすぎて藤堂副社長の指を甘噛みしたらいい。藤堂副社長がごく微量のGlareを放つ。AクラスのGlareに、Bクラスの姫野女史は目が蕩けていた。
「…っ」
ついでに仕事をしていた葉琉も、Glareの余波を受ける。葉琉がハイランクのSubであるため、抵抗はいくらでもきるがさすがに不意打ちは少し堪えた。この後トイレにでも行って抑制剤を飲まなければ。と強く思った。
そしてそんな葉琉を七々扇社長が見逃すはずもなく。藤堂副社長と姫野女史がじゃれている間、藤堂副社長のGlareを受け少し欲情してしまった葉琉を物欲しげに見つめていた。
「じゃあ紫桜、また明日」
それから少しして、藤堂副社長は姫野女史を伴って帰宅した。
それを狙ったかのように、七々扇社長がまだ書類整理をしたいた葉琉の視線を己で遮る。
「っ…!」
意識しないようにしていたGlareによる欲情が、目の前の極上のDomによって引き出されているのが分かった。すぐに距離を取ろうと立ち上がるが、それを見越して社長に腰を掴まれてしまう。
「葉琉、逃げるな」
「っ!ちょっ!Glareを出すなっ!」
どんどん強くなる社長のGlareに、葉琉は小さな抵抗を試みる。最近は自分の抵抗のみでどうにかなっていたので、抑制剤を飲む頻度も少なくなっていた。そのツケが回ってきたのだ。
「放せっ!」
力強く社長を押し返す葉琉。だが、葉琉以上に鍛えられたDomの力にはかなわない。どうやってもその腕から逃れる事ができなかった。その間も社長のGlareは強くなっていく。抵抗する力もどんどん奪われていく。ハイクラスのDomにこんなに抵抗できないとは思わなかった。だって、同じAクラスのDomである父親のGlareにはいくらでも耐えられるのに。
自分の情けなさに涙が出てくる。
「っ!」
その瞬間、葉琉を拘束していた腕が一瞬弱まる。弱っていながらも、それだけは見逃さなかった。いつも緊急用で持ち歩いている強力な抑制剤を胸ポケットから取り出し、水もなく飲み込む。そんな葉琉の行動に目を見開き、止めようとする社長の様子を見ながらも、葉琉は抑制剤を飲みこんだ。
「どうして…」
唖然としている社長。葉琉はゼェゼェと呼吸を荒くさせ得ながら自分のデスクに手を着いた。葉琉が落ち着くまでの間、社長は葉琉を見つめているだけで微動だにしない。ただ、驚いた表情は悲し気な、苛立ちに似たような感じになっていた。
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