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第三十話 狸印の人気者
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矢田部はこれからも仕事であり、鶴はこのままゆっくりと蚤の市の見物を続ける予定だ。矢田部はその言葉を聞くと苦い顔になり、ぼやいた。
「鶴と一緒に見て回りたい」
「そういった彼氏面をする前に、お前は仕事をしろ」
厳しい言い方になった物の、もう二人の関係は終わった物なのだ。
それに対して何かを言う事は、矢田部の権利ではない。
矢田部が不承不承うなずいて、去っていく。あちらの通路を見回る様子だ。
見目のいい矢田部には早速、女性の声がかけられている。
声をかけた女性に、優しいイケメンの顔をする矢田部。
これで何人もの女性を夢中にさせてきたのだと言う経験がある、と鶴は元カノだから知っていた。
さてこれからどこに行こう、何をみよう。案内のパンフレットを開いた彼女は、不意に鼻をかすめた甘い香りに、そちらの方を見た。
しかしそちらは古物商らしき、色々な物を積んだ店だ。
本当に雑多な物が置かれている。
どれも地域のおみやげ品程度の物だろう。
お宝が眠っているとは思えない。
だがこの、甘くておいしそうな、バターと砂糖が溶けたたまらない匂い入ったいどこから流れてくるのだろう。
彼女が首を巡らせたときだ。
「ねえねえ、じいちゃん、あっちにケーキのお店があるよ、行こうよ」
通りすがりの子供が、祖父の袖を引っ張ってねだりだした。
あっち、と言われた方に彼女の視線も向いてそこで、通路の一つ向こうのお店で、実際に何かを焼きながら販売している出店がある事に気がついた。
砂糖とバターの匂いは彼処からの様子だ。
鶴もそうなるととたんに欲しくなって、そちらに足を向けると、気のいい気持ちのいい声がそこから響いてきた。
「さあて、地域限定、南でしか食べられないよ、狸印のバターケーキ! 狸印の牧場直送のバターとミルクで作ったふわふわのケーキだよ! 今ならキャラメルソースをここでかけて食べられるよ! いかがー!」
狸印。ちょっとネーミングセンスを疑う名前だ。悪獣狸の印をわざわざ品名にしなくても、と思う彼女とは違い、周囲の人々が少しざわついた。
「それって地域でも不定期でしか食べられない、あの幻の……」
「いつもは地域の市場でしか出品しないって聞いていたけれど、ここに来ていたのね、移動販売」
「やだ、狸印のバターっていったら、味が違うから高級菓子店でも使いたいって言う話があるくらいじゃない!」
狸印のバターとかは、知る人は知るかなり有名な物のようだ。
バターの産地も、牛乳の産地も、特に気にしなかったので、自分が詳しくないだけなのかもしれない。
その後は、すごい勢いで並びだした女性客や、女性客に並ぶように言われてしまった男性客などとともに、鶴も行列の一部となり、全員が頭おおいを完全に装着し、髪の毛の一本も入らないように気をつけた身なりの青年たちが、お客さんを裁いてくのを眺める事になった。
彼らがとにかく、手際がいい。お客さんのオーダー似合わせた物をすぐさま袋に詰めていく。バターケーキは量り売りらしく、相手の指定した量が切り分けられて、紙袋に入れられていく販売方法だ。
そして端っこの切り落としは、別の袋に入れられて、しまわれていく。
捨てたりはしないだろう。だが何に使うのか、鶴もちょっと気になった。
そして鶴の前のお客さんで、ついにバターケーキは品切れになってしまったらしい。
前のお客さんが肩を落として去っていく。
「一切れじゃ、嫁さんと娘に怒られる……」
彼は三切れほどは絶対に必要だったらしい。
鶴も二切れ欲しかったので、あきらめて行列を去った。
彼女が去るぎりぎりに、狸印の販売員たちが大声をあげる。
「量り売りは終了いたしました、これからは訳あり! 切り落とし販売です!」
失敗した、切り落としをグラム販売で買えばよかった。
彼女があわてて戻ろうにももう遅い。行列の最後尾になってしまう。
仕方がない、あきらめよう。
鶴は肩を落として、それはもう前の人と同じくらい肩を落として、その場を去った。
「鶴と一緒に見て回りたい」
「そういった彼氏面をする前に、お前は仕事をしろ」
厳しい言い方になった物の、もう二人の関係は終わった物なのだ。
それに対して何かを言う事は、矢田部の権利ではない。
矢田部が不承不承うなずいて、去っていく。あちらの通路を見回る様子だ。
見目のいい矢田部には早速、女性の声がかけられている。
声をかけた女性に、優しいイケメンの顔をする矢田部。
これで何人もの女性を夢中にさせてきたのだと言う経験がある、と鶴は元カノだから知っていた。
さてこれからどこに行こう、何をみよう。案内のパンフレットを開いた彼女は、不意に鼻をかすめた甘い香りに、そちらの方を見た。
しかしそちらは古物商らしき、色々な物を積んだ店だ。
本当に雑多な物が置かれている。
どれも地域のおみやげ品程度の物だろう。
お宝が眠っているとは思えない。
だがこの、甘くておいしそうな、バターと砂糖が溶けたたまらない匂い入ったいどこから流れてくるのだろう。
彼女が首を巡らせたときだ。
「ねえねえ、じいちゃん、あっちにケーキのお店があるよ、行こうよ」
通りすがりの子供が、祖父の袖を引っ張ってねだりだした。
あっち、と言われた方に彼女の視線も向いてそこで、通路の一つ向こうのお店で、実際に何かを焼きながら販売している出店がある事に気がついた。
砂糖とバターの匂いは彼処からの様子だ。
鶴もそうなるととたんに欲しくなって、そちらに足を向けると、気のいい気持ちのいい声がそこから響いてきた。
「さあて、地域限定、南でしか食べられないよ、狸印のバターケーキ! 狸印の牧場直送のバターとミルクで作ったふわふわのケーキだよ! 今ならキャラメルソースをここでかけて食べられるよ! いかがー!」
狸印。ちょっとネーミングセンスを疑う名前だ。悪獣狸の印をわざわざ品名にしなくても、と思う彼女とは違い、周囲の人々が少しざわついた。
「それって地域でも不定期でしか食べられない、あの幻の……」
「いつもは地域の市場でしか出品しないって聞いていたけれど、ここに来ていたのね、移動販売」
「やだ、狸印のバターっていったら、味が違うから高級菓子店でも使いたいって言う話があるくらいじゃない!」
狸印のバターとかは、知る人は知るかなり有名な物のようだ。
バターの産地も、牛乳の産地も、特に気にしなかったので、自分が詳しくないだけなのかもしれない。
その後は、すごい勢いで並びだした女性客や、女性客に並ぶように言われてしまった男性客などとともに、鶴も行列の一部となり、全員が頭おおいを完全に装着し、髪の毛の一本も入らないように気をつけた身なりの青年たちが、お客さんを裁いてくのを眺める事になった。
彼らがとにかく、手際がいい。お客さんのオーダー似合わせた物をすぐさま袋に詰めていく。バターケーキは量り売りらしく、相手の指定した量が切り分けられて、紙袋に入れられていく販売方法だ。
そして端っこの切り落としは、別の袋に入れられて、しまわれていく。
捨てたりはしないだろう。だが何に使うのか、鶴もちょっと気になった。
そして鶴の前のお客さんで、ついにバターケーキは品切れになってしまったらしい。
前のお客さんが肩を落として去っていく。
「一切れじゃ、嫁さんと娘に怒られる……」
彼は三切れほどは絶対に必要だったらしい。
鶴も二切れ欲しかったので、あきらめて行列を去った。
彼女が去るぎりぎりに、狸印の販売員たちが大声をあげる。
「量り売りは終了いたしました、これからは訳あり! 切り落とし販売です!」
失敗した、切り落としをグラム販売で買えばよかった。
彼女があわてて戻ろうにももう遅い。行列の最後尾になってしまう。
仕方がない、あきらめよう。
鶴は肩を落として、それはもう前の人と同じくらい肩を落として、その場を去った。
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