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第三十七話 尻尾は大人気だったそうだ
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ふわっふわのとても気持ちいいものを抱きしめている。鶴がぼんやりと意識持ち上がった時に、思ったのはそんな事だった。
とてもふわふわで柔らかくて、すべすべで、するすると滑らかで、大変に気持ちがいいものを、抱きしめて寝ている。
なんだろう、これ。
鶴はそれに顔をうずめた。なんだろう、何と言えばいいのかわからないけれども、何というか……生き物の匂いがする。
そして温かい。どくどくと脈打っている。
なんだろう。
そこまで思って、鶴はやっと、彼女に呼び掛けている声に気が付いた。
「つる、つる……つるや、つる。おいらちっとも動けねえんだけど……起きてくれねえかなこれは」
呼びかけているのは、最近やっと聞き慣れてきた声だ。
その声は、声だけ聴くとべらぼうに男前な声で、それでいてちょっとだけ丸まった優しさがある。
こんな声の男がいたら、誰でもいちころになりそうだ、と思うような、女性が理想的だ、と感じやすい、骨の髄を痺れさせる事だってできそうな、そんな声だ。
その声が、困ったように言っている。
それも自分の名前を呼んでいる。
そこまで頭が巡ってきて、鶴はやっと、自分が何を抱きかかえていたのかに気付いた。
ブンブクだ、ブンブク……あれおかしい、ブンブクは鍋狸の姿をしているはず、それからあのとんでもない男前に化けるはず。
こんなにも抱き枕にちょうどいいものを、ブンブクは備えていないはず……
「鶴、起きてんだろ、目を開けて現実に向き直ってくれ」
鶴はそこまで呼びかけられたため、なんだよもう、と思いながら目を開けた。
目を開けると、ブンブクが、何とも言えない目をして、彼女を見ている。
彼女が抱きかかえているのは……なんとブンブクの尻尾だった。
それだけではない。
「ブンブク、でかっ!?」
第一声がその言葉になってしまったのは仕方がない。
だってそうだろう。と鶴は誰に言い訳するでもなく、思った。
その、この前布団を持ってきた四つ足の、犬じゃない、目の周りに模様がある四つ足の生き物は、そこまで大きな体を持っていなかった。小型犬というには大きいけれども、中型犬というには小さな体をしていた。
なのに、このブンブクと思われる獣の大きさは何なのだ。
軽く子羊くらいの大きさはある。絶対にある。
そんな規格外の巨体の狸は、鶴を見下ろしているのだ。
怖いかと言われたら実に微妙だ、ブンブクの眼はいつだって鶴に優しい。
「おいおい、第一声がそれかよ……まあ起きたならありがたいから、尻尾返せ、な?」
鶴は腕から力が抜けた。力の抜けた腕から、滑らかな手触りの余韻を残して、尻尾が離れる。
ブンブクが自分の尻尾を回収して、ほっと息を吐きだした。
「よだれついてら」
「あ、ごめん……」
「いいってことよ、子狸たちはおいらの尻尾にじゃれついて咬みついたりしてくるしな!」
わたし今、子狸と同列に扱われたの、と鶴は思わず脳内で突っ込んだ。誰だって突っ込むに違いなかった。
二十もこえたような、自分の力で立っている女を、子狸扱いはしないだろう。
「ええと……ブンブク、だよね?」
「おう。あ、つるはこっち見た事なかったな。これがおいらの正体だ」
念のため確認すると、即答で返事が返ってきた。本当にブンブクだった。とりあえず鶴は、そこで肩の力が抜けた。
ブンブクを怖がる理由なんてないのだから。
そして鶴は、なぜこうなったのか思い出そうとして、しかしうまく思い出せなかった。
だがブンブクは覚えているらしい。鶴をみて、苦笑いとでも言うのか、そんな声で話し出した。
「あのなあ、先においらが寝ぼけて、つるを抱っこして布団に寝かしつけたのはわるかった。でも何で尻尾を抱き枕にしちまうんだよ、今まで動けなかったんだからな」
つまり先にブンブクが寝ぼけて、鶴を抱きかかえて寝かしつけたのだ。その時に彼女が、尻尾を抱きしめて寝入ってしまったのだろう。
その事にたいして言い訳を考えようとして、鶴はうっかり、思ってしまった事を口に出してしまった。
「気持ちよかったから……」
鶴の必死の弁明を聞いた瞬間に、ブンブクが呵呵大笑というかのように笑った。
おかしくてたまらない、と言いたそうに笑ってから、こういう。
「おーおー、修二郎とおんなじこと言いやがって。そんなとこまで似なくたっていいじゃないか!」
どうやら、尻尾を抱き枕にされた事を、不愉快には思っていなさそうだ。
ただ、いままで動けなかったから、その文句だけ言いたいらしい。
「そんなに良かったか」
「たぶん。……寝ぼけてもすごく気持ちがよかったから」
毛並みが気持ちいいというのは褒め言葉なのだろうか。ブンブクが嬉しそうにする。そして自慢げに言い出した。
「そうだろう、そうだろう。おいらの尻尾は昔から、子狸も雌狸にも大人気の尻尾だ!」
「大人気だったの」
「そうだぜ、親分の尻尾が一番! ってのはいつも言われてたからなあ」
「へえ……」
なんか話の焦点がずれていないだろうか。鶴はそんな事を思ったが、体を起こして、改めて、ブンブクが狸という生き物にしては、洒落にならない位に大きい事を実感した。
物凄く、大きい。
「……なんでブンブク、そんなに体が大きいの」
「そりゃあ、おいらが長生きの狸の中でも、一番長生きだからに決まってんだろ」
山の主は、どうやら長生きと決まっているらしい。
そしてブンブクは、百匹以上の狸の大親分だから、これ位大きいのか。
ブンブクの言い方だと、そう受け取れる。他に受け取り様がない。
そんなものなのか……
だが、ブンブクはほかに言いたい事があるらしい。
「だからごめんな、朝飯何にも用意してねえよ」
そりゃあ、今まで鶴が抱きかかえていたのだから、何もできなかったに違いない。
でもブンブクは、不思議な力で物を動かせなかっただろうか。
「布団を持ち上げた力は使えないの? 料理には」
「料理にあの力は使えねえんだよ、こっからじゃあ、調理台も見えやしねえだろ」
確かに、屋根裏は台所の真上にあるため、とても見えない。
つまり見えないと作業できない、らしい。
「なんかあったか……」
ブンブクはそう言いながら、鶴を残して、階下へ降りて行く。
ぽふん、という軽い音とともに、足音が軽やかになった。まるで重さまで変わったようだった。
とてもふわふわで柔らかくて、すべすべで、するすると滑らかで、大変に気持ちがいいものを、抱きしめて寝ている。
なんだろう、これ。
鶴はそれに顔をうずめた。なんだろう、何と言えばいいのかわからないけれども、何というか……生き物の匂いがする。
そして温かい。どくどくと脈打っている。
なんだろう。
そこまで思って、鶴はやっと、彼女に呼び掛けている声に気が付いた。
「つる、つる……つるや、つる。おいらちっとも動けねえんだけど……起きてくれねえかなこれは」
呼びかけているのは、最近やっと聞き慣れてきた声だ。
その声は、声だけ聴くとべらぼうに男前な声で、それでいてちょっとだけ丸まった優しさがある。
こんな声の男がいたら、誰でもいちころになりそうだ、と思うような、女性が理想的だ、と感じやすい、骨の髄を痺れさせる事だってできそうな、そんな声だ。
その声が、困ったように言っている。
それも自分の名前を呼んでいる。
そこまで頭が巡ってきて、鶴はやっと、自分が何を抱きかかえていたのかに気付いた。
ブンブクだ、ブンブク……あれおかしい、ブンブクは鍋狸の姿をしているはず、それからあのとんでもない男前に化けるはず。
こんなにも抱き枕にちょうどいいものを、ブンブクは備えていないはず……
「鶴、起きてんだろ、目を開けて現実に向き直ってくれ」
鶴はそこまで呼びかけられたため、なんだよもう、と思いながら目を開けた。
目を開けると、ブンブクが、何とも言えない目をして、彼女を見ている。
彼女が抱きかかえているのは……なんとブンブクの尻尾だった。
それだけではない。
「ブンブク、でかっ!?」
第一声がその言葉になってしまったのは仕方がない。
だってそうだろう。と鶴は誰に言い訳するでもなく、思った。
その、この前布団を持ってきた四つ足の、犬じゃない、目の周りに模様がある四つ足の生き物は、そこまで大きな体を持っていなかった。小型犬というには大きいけれども、中型犬というには小さな体をしていた。
なのに、このブンブクと思われる獣の大きさは何なのだ。
軽く子羊くらいの大きさはある。絶対にある。
そんな規格外の巨体の狸は、鶴を見下ろしているのだ。
怖いかと言われたら実に微妙だ、ブンブクの眼はいつだって鶴に優しい。
「おいおい、第一声がそれかよ……まあ起きたならありがたいから、尻尾返せ、な?」
鶴は腕から力が抜けた。力の抜けた腕から、滑らかな手触りの余韻を残して、尻尾が離れる。
ブンブクが自分の尻尾を回収して、ほっと息を吐きだした。
「よだれついてら」
「あ、ごめん……」
「いいってことよ、子狸たちはおいらの尻尾にじゃれついて咬みついたりしてくるしな!」
わたし今、子狸と同列に扱われたの、と鶴は思わず脳内で突っ込んだ。誰だって突っ込むに違いなかった。
二十もこえたような、自分の力で立っている女を、子狸扱いはしないだろう。
「ええと……ブンブク、だよね?」
「おう。あ、つるはこっち見た事なかったな。これがおいらの正体だ」
念のため確認すると、即答で返事が返ってきた。本当にブンブクだった。とりあえず鶴は、そこで肩の力が抜けた。
ブンブクを怖がる理由なんてないのだから。
そして鶴は、なぜこうなったのか思い出そうとして、しかしうまく思い出せなかった。
だがブンブクは覚えているらしい。鶴をみて、苦笑いとでも言うのか、そんな声で話し出した。
「あのなあ、先においらが寝ぼけて、つるを抱っこして布団に寝かしつけたのはわるかった。でも何で尻尾を抱き枕にしちまうんだよ、今まで動けなかったんだからな」
つまり先にブンブクが寝ぼけて、鶴を抱きかかえて寝かしつけたのだ。その時に彼女が、尻尾を抱きしめて寝入ってしまったのだろう。
その事にたいして言い訳を考えようとして、鶴はうっかり、思ってしまった事を口に出してしまった。
「気持ちよかったから……」
鶴の必死の弁明を聞いた瞬間に、ブンブクが呵呵大笑というかのように笑った。
おかしくてたまらない、と言いたそうに笑ってから、こういう。
「おーおー、修二郎とおんなじこと言いやがって。そんなとこまで似なくたっていいじゃないか!」
どうやら、尻尾を抱き枕にされた事を、不愉快には思っていなさそうだ。
ただ、いままで動けなかったから、その文句だけ言いたいらしい。
「そんなに良かったか」
「たぶん。……寝ぼけてもすごく気持ちがよかったから」
毛並みが気持ちいいというのは褒め言葉なのだろうか。ブンブクが嬉しそうにする。そして自慢げに言い出した。
「そうだろう、そうだろう。おいらの尻尾は昔から、子狸も雌狸にも大人気の尻尾だ!」
「大人気だったの」
「そうだぜ、親分の尻尾が一番! ってのはいつも言われてたからなあ」
「へえ……」
なんか話の焦点がずれていないだろうか。鶴はそんな事を思ったが、体を起こして、改めて、ブンブクが狸という生き物にしては、洒落にならない位に大きい事を実感した。
物凄く、大きい。
「……なんでブンブク、そんなに体が大きいの」
「そりゃあ、おいらが長生きの狸の中でも、一番長生きだからに決まってんだろ」
山の主は、どうやら長生きと決まっているらしい。
そしてブンブクは、百匹以上の狸の大親分だから、これ位大きいのか。
ブンブクの言い方だと、そう受け取れる。他に受け取り様がない。
そんなものなのか……
だが、ブンブクはほかに言いたい事があるらしい。
「だからごめんな、朝飯何にも用意してねえよ」
そりゃあ、今まで鶴が抱きかかえていたのだから、何もできなかったに違いない。
でもブンブクは、不思議な力で物を動かせなかっただろうか。
「布団を持ち上げた力は使えないの? 料理には」
「料理にあの力は使えねえんだよ、こっからじゃあ、調理台も見えやしねえだろ」
確かに、屋根裏は台所の真上にあるため、とても見えない。
つまり見えないと作業できない、らしい。
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