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あくる日、依里は昨日の連絡通りに、実家から持たされた大量のおせち料理用の根菜乾物その他を手押し車に乗せて、隣の家を目指していた。
隣の家には続々と同じような目的の人達が集まっており、一家庭から大体一人か二人の手伝い要員を回している事を考えると、十数人はおせち料理造りに参加しそうな気配である。
今年は一体何人分の煮物を煮るんだ、と依里は計算しそうになったものの、隣の家の門構えをくぐり、中をのぞくと、所在なさげに辺りを見回している林がいたので、そちらに近付いた。
「おはようございます、林さん」
「……おはようございます……朝から色々びっくりしました……田舎の農村ってこんな感じなんですか……? いやこの家が特殊なんですか……?」
「この家特殊だから」
「やはりそちらですか……まさか朝から先輩のご友人がやって来て、先輩を起こしにかかるとは思ってもみませんでした。あの人いつも朝に強い印象だったのですが」
「ハルは実家では気が抜けるんでしょうね」
「まあ、……飼っている犬と勘違いされて、抱き枕にされた俺は、もう……疲れましたが……」
朝から心底疲れた、と言いたそうな林の話を良く聞くと、こういう事だった。
晴美の部屋は、晴美の曾祖父の、大変に気難しい男がお気に入りだった晴美に残した離れで、そこは土間に台所がある、竈で煮炊きをするという何世紀前の台所だと言いたくなる設備の離れである。
内井戸があり、一段上がると障子で区切られた畳の空間があって生活空間はそこなのだ。
そして生活するに必要なものは一式そろっていて、過去には晴美達が夏合宿と称してそこに群れ、暑苦しい野郎どもで勉強漬けの二週間を過ごした事も有る、なかなかな空間だ。
晴美は当然そこに寝泊まりするわけで、完全に部外者な林も、知り合いがいる方がいいだろうというわけで、そこに晴美と布団を並べて寝たのだが、朝になると引き戸が開けられて、
「ハル起きろ!! 時間だ!!」
という大声が響き、林はそこで跳び起きたのだとか。
然しその時、がっちりと晴美が湯たんぽか何かを勘違いしているレベルで抱き込んでいたため、全く身動きが取れず、じたばたと暴れていると、入るぜ、という声とともに障子が開けられて、昨日も見た男達が暴れても脱出できない林を見て、こう言ったのである。
「そこはチロだろ!」
「チロって何ですか!! 先輩起きてください!! 離してください!!」
「その状態のハルはそう簡単に起きねえって。……おいチロいるんだろ」
「は……?」
林はそれまで全く気付かなかったのだが、何と離れの中にはすでに昨日教えてもらった、大鷺家の名犬チロが来ており、当たり前の顔をして土間から室内に上がり、ふすふすと晴美の顔の前で鼻を鳴らしたのだ。
それを聞いたのか、晴美の腕が林からはがれ、
「チロぉ……」
という完全に寝ぼけた声で晴美はチロを抱きかかえて、そのまま布団の中に入れてしまったのである。
ちなみにこのチロ、ぎりぎり大型犬に認定されない程度の、なかなかの大きさの中型犬で、過去熊を威嚇して追い払ったという伝説持ちである。
そして近所からも大変に信用されており、近所の子供たちの登校に必ず同伴する護衛でもある。
そのチロを抱っこして幸せそうに寝ている晴美を、林はなんとも言えない顔で見ていたものの、友人たちは慣れた調子で
「チロ、五分経ったら起こしてくれ。合図する」
というと、すっかり老犬なチロは鼻を鳴らして、五分後
「チロ、朝だ!」
というと、チロはべろべろと晴美の顔を舐めて、着ている服を引っ張り、ごろごろと晴美を転がして、文字通り起こしたのである。
中々の手腕だった、と林はいい、起きた晴美はチロをよしよしと撫でまわし、友人達を見て
「あれ、時間……?」
と暢気な事を言い、数秒後頭が回ったのか即座に土間に降りて井戸で顔を洗い、昨晩のうちに引っ張り出しておいたのだろう割烹着を身にまとい
「皆朝食べた!?」
と張り切った声で言い、彼等が食べたというと
「じゃあ、すぐに林君とおれの分作って、おれはすぐに食べて支度するから、外で石窯準備してて!! 入ってきたって事は父ちゃん達に声かけてあるんでしょ!」
と言い、すごい速度で食事の支度をして、食べて、今に至るのだと林は説明した。
「……この家なんで石窯があるんです」
「晴美達の高校時代の夏休みの自由研究の材料として、作ってました。作ってからはそこで当たり前の顔をしてパンが焼かれてお菓子が焼かれて……冬場だと集まってそこでゲームしたり参考書めくったりしてましたよ、晴美達」
「やけに立派だと思ってたんですが……そう言う事情ですか。かなり使い込まれているのも見えてましたけど、晴美先輩が音頭をとってやっていたなら納得ですね……」
もう何が起きても驚かないと言った林に、依里は問いかけた。
「林さんは手伝います? おせちのしたく」
「ええ。先輩だけに支度させるなんてとんでもないですからね」
ちなみに先輩とご友人達は今、おせちを作る家の数と材料の量の確認に入ってます、と林が言ったので、依里も実家から持ってきた物を引っ張って、彼等の元に向かったのであった。
隣の家には続々と同じような目的の人達が集まっており、一家庭から大体一人か二人の手伝い要員を回している事を考えると、十数人はおせち料理造りに参加しそうな気配である。
今年は一体何人分の煮物を煮るんだ、と依里は計算しそうになったものの、隣の家の門構えをくぐり、中をのぞくと、所在なさげに辺りを見回している林がいたので、そちらに近付いた。
「おはようございます、林さん」
「……おはようございます……朝から色々びっくりしました……田舎の農村ってこんな感じなんですか……? いやこの家が特殊なんですか……?」
「この家特殊だから」
「やはりそちらですか……まさか朝から先輩のご友人がやって来て、先輩を起こしにかかるとは思ってもみませんでした。あの人いつも朝に強い印象だったのですが」
「ハルは実家では気が抜けるんでしょうね」
「まあ、……飼っている犬と勘違いされて、抱き枕にされた俺は、もう……疲れましたが……」
朝から心底疲れた、と言いたそうな林の話を良く聞くと、こういう事だった。
晴美の部屋は、晴美の曾祖父の、大変に気難しい男がお気に入りだった晴美に残した離れで、そこは土間に台所がある、竈で煮炊きをするという何世紀前の台所だと言いたくなる設備の離れである。
内井戸があり、一段上がると障子で区切られた畳の空間があって生活空間はそこなのだ。
そして生活するに必要なものは一式そろっていて、過去には晴美達が夏合宿と称してそこに群れ、暑苦しい野郎どもで勉強漬けの二週間を過ごした事も有る、なかなかな空間だ。
晴美は当然そこに寝泊まりするわけで、完全に部外者な林も、知り合いがいる方がいいだろうというわけで、そこに晴美と布団を並べて寝たのだが、朝になると引き戸が開けられて、
「ハル起きろ!! 時間だ!!」
という大声が響き、林はそこで跳び起きたのだとか。
然しその時、がっちりと晴美が湯たんぽか何かを勘違いしているレベルで抱き込んでいたため、全く身動きが取れず、じたばたと暴れていると、入るぜ、という声とともに障子が開けられて、昨日も見た男達が暴れても脱出できない林を見て、こう言ったのである。
「そこはチロだろ!」
「チロって何ですか!! 先輩起きてください!! 離してください!!」
「その状態のハルはそう簡単に起きねえって。……おいチロいるんだろ」
「は……?」
林はそれまで全く気付かなかったのだが、何と離れの中にはすでに昨日教えてもらった、大鷺家の名犬チロが来ており、当たり前の顔をして土間から室内に上がり、ふすふすと晴美の顔の前で鼻を鳴らしたのだ。
それを聞いたのか、晴美の腕が林からはがれ、
「チロぉ……」
という完全に寝ぼけた声で晴美はチロを抱きかかえて、そのまま布団の中に入れてしまったのである。
ちなみにこのチロ、ぎりぎり大型犬に認定されない程度の、なかなかの大きさの中型犬で、過去熊を威嚇して追い払ったという伝説持ちである。
そして近所からも大変に信用されており、近所の子供たちの登校に必ず同伴する護衛でもある。
そのチロを抱っこして幸せそうに寝ている晴美を、林はなんとも言えない顔で見ていたものの、友人たちは慣れた調子で
「チロ、五分経ったら起こしてくれ。合図する」
というと、すっかり老犬なチロは鼻を鳴らして、五分後
「チロ、朝だ!」
というと、チロはべろべろと晴美の顔を舐めて、着ている服を引っ張り、ごろごろと晴美を転がして、文字通り起こしたのである。
中々の手腕だった、と林はいい、起きた晴美はチロをよしよしと撫でまわし、友人達を見て
「あれ、時間……?」
と暢気な事を言い、数秒後頭が回ったのか即座に土間に降りて井戸で顔を洗い、昨晩のうちに引っ張り出しておいたのだろう割烹着を身にまとい
「皆朝食べた!?」
と張り切った声で言い、彼等が食べたというと
「じゃあ、すぐに林君とおれの分作って、おれはすぐに食べて支度するから、外で石窯準備してて!! 入ってきたって事は父ちゃん達に声かけてあるんでしょ!」
と言い、すごい速度で食事の支度をして、食べて、今に至るのだと林は説明した。
「……この家なんで石窯があるんです」
「晴美達の高校時代の夏休みの自由研究の材料として、作ってました。作ってからはそこで当たり前の顔をしてパンが焼かれてお菓子が焼かれて……冬場だと集まってそこでゲームしたり参考書めくったりしてましたよ、晴美達」
「やけに立派だと思ってたんですが……そう言う事情ですか。かなり使い込まれているのも見えてましたけど、晴美先輩が音頭をとってやっていたなら納得ですね……」
もう何が起きても驚かないと言った林に、依里は問いかけた。
「林さんは手伝います? おせちのしたく」
「ええ。先輩だけに支度させるなんてとんでもないですからね」
ちなみに先輩とご友人達は今、おせちを作る家の数と材料の量の確認に入ってます、と林が言ったので、依里も実家から持ってきた物を引っ張って、彼等の元に向かったのであった。
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