君と暮らす事になる365日

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年末まで一か月。そして給料日間近は多少金銭的にきつくなる人間も多かろう。
そして依里自身も偉そうな事など言えない身の上で、騒音により続いた寝不足の結果の体調不良や、なんとか捻出した引っ越し代金やらで、財布の中はなかなか厳しい。
そのため外食など簡単に選べる選択肢ではない、というわけで、とりあえず給料日までは弁当が欲しい、と頼んだ結果、晴美のやつは喜々として目を輝かせて、こう言い放った。

「こってりとさっぱりどっちがいい!」

「食べでがあるやつ」

「そっかそっか! そんな事言えるんだったら、ヨリちゃんの胃袋はもう大丈夫だね!!」

ぱあっと華やか極まりない笑顔を見せた奴に言われて、依里は、自分の胃袋がやられていたらしいと気付いた。

「話とかで、たぶん胃袋弱ってそうだなあと思ってたから、かつ丼作った時は、思いっきり怒られるかもってちょっと思ったけど、そう言えるなら大丈夫でしょ! 胃がおかしいと食べたいもの出てこないもんね! 結構みんな、胃がおかしい時に油たっぷりお料理は嫌いなんだよ!」

そう言えば、かつ丼以外の晴美の出した料理は、油が少なめの料理だったな、と遅まきながら依里は気が付いた。

「おれ自分の胃袋強いから、あんまり胃が弱ってる時のレパートリー少ないけど、今まで一緒に暮らしてきた人たちとの経験はあるからね! きんぴらも繊維質多いから、良くなかったかもしれないけど、うん、多少回復してから出したから大丈夫だったんだ、良かったよかった」

うんうんと頷いた晴美である。
そしてそんな、喜々として弁当を作る本物の料理人が、用意した弁当がこれである。

「……どこかの店にありそうなのり弁だな……」

依里は、弁当箱を開けた瞬間に、これは何処のチェーン店だ、と錯覚しそうになりながらも、きっとそれに寄せたんだろうな、と感じた。
ちくわの磯部揚げが二つ、でんっ、と乗っており、ひじきの煮物が添えられ、当たり前の顔をして水菜のドレッシング和えらしきものがあり、何か文句でも? と言いたげに、大学芋が乗っている。端に、自分もいますよ、と言いたげなブロッコリーの茹でたのまである。
これだけおかずがあれば、食べ応え十分だ。よくまあこれだけ乗せたな、と感心する配置だ。
そして味は間違いないわけで、依里は喜々として箸を取り、今日は仕事のデスクの上で食事を始めた。





そんないかにも、チェーン店の見た目だというのに弁当箱は普通の物という、何とも不思議な弁当を食べながら仕事をする給料日前。
社食ではなく、デスクで一人弁当を食べて、それからぼんやりとするという事も出来るようになったある日の事である。
今日もなかなか栄養的にはしっかりしているけれども、見た目ホットなチェーン店風弁当を広げようとしていた依里は、後ろから声をかけられた。

「ねえ、環さん! 一緒にご飯を食べましょうよ!」

それを聞いて依里は振り返った。仕事仲間と言っても問題のない、営業一課の営業補佐の美人さんたちが、愛想よく笑って誘ってきていたのだ。
そう言えば、この営業一課の仲間たちとの交流は、かなり薄いものだったな、と依里はそこで遅ればせながら気が付いた。
というのも、結構笑えない量の仕事を押し付けられていた総務課では、一人飯など日常、さらに言ってしまえば、自分の食事はゼリー飲料系の十秒でチャージしたい例の物と、エナジードリンクだったのだ。
こんな女性社員と会話したり、一緒にお昼を食べたい仲間はあまりいないだろう。
つつけば何が出て来るかわからないのである。
疲労感たっぷりな顔をしていた事も、総務課時代に声をかけられない一因だったはずだ。
そんな事を頭の中で思い起こした依里は、にこりと笑って頷いた。

「いいですよ、どこででしょう」

「社員食堂のスペースで! 私達いつも、お互いの仕事の交流とかを、お昼にしているのよ!」

「環さんがこっちに移動して来てから、誘いたかったのだけれど、ほら、柳川さんが声をかけてきた事があるから、そっちのお誘いの方があるんじゃないかなって思っちゃって」

「ああ……」

言われた事に依里は納得した。社内一のイケメンかつ、エリート街道を走るであろう本社から来た男と、お昼を共にした事がある女性社員だったら、なんとなく声をかけにくいに違いない。
そちらの誘いがあったら間違いなく断られるわけで、誘い損になるかもしれないとか思ったのかもしれなかった。
だが、依里はあの食事会のための連絡以来、柳川と接触などないも同然で、課が違えば顔を合わせる事もないというわけで、そのまま放っておいたのだ。
イケメンを誘って、他の女性社員たちの恨みを買うなんて言う、恐ろしい真似は死んでも出来ない。敵に回して怖いのは、女性社員仲間なのである。

「聞きたい事があったから、あの日はお昼を一緒にしましたが、その程度ですよ」

依里はあくまでも、柳川と親しいアピールではなく、親しくないアピールをしてみた。これってとっても大事である。主に仕事を円滑に回すためには。

「そうだったんだ! まあ、柳川さんが環さんの仕事量に驚いて、職場移動を飢えに持ち掛けたって噂もあるしね!」

「仕事のあれこれだったんだー」

うん、いいように解釈してくれた。そういうわけで、依里も弁当箱の入ったパラフィン紙の弁当袋を掴み、立ち上がった。
そして向かうは社員食堂である。
そこの指定席同然なのだろう、とある机は空いていて、営業補佐の皆さんがそこに座る。
彼女たちの中には、もちろん社食を利用する人もいる。そういう人たちの分もお茶を用意して、弁当を持ってきた人たちは弁当箱を開く。
依里は自分の弁当について、思う事など何もないので、当たり前にそれを広げた。
横からそれを見ていた明石という女性社員が、驚いた声を上げた。

「うわあ! 環さんのお弁当、お店のものみたい! 自分で作ったんですか?」

「違いますよ。自分でこんなに立派なお弁当は作れませんって」

「だったら、お弁当代行の人に作ってもらったとか? そういうプロがいるって、何かで聞いたわ!」

「そうじゃないですよ、これは、料理に情熱を注いでいるルームシェア相手が、作ってくれるんです」

依里がオブラートに包んだ事実を言うと、明石は目を丸くする。

「こんなに品数多くて!? その人、毎朝大変じゃないの? 自分のついでとか?」

「本人のやりたいようにやってもらっているんで、きっと辛かったら言ってくれると思うんですよね。地元の知り合いですし」

「へえ……うらやましい……」

明石はそう言って、自分のお弁当箱と、依里の物を見比べる。
この態度は、依里にとっては高校時代におなじみの態度だった。
ちなみに、今日のお弁当の中身は、塩鯖を焼いたもの、キャベツともやしの塩昆布あえ、定位置のピーマンの醤油焼きに一味を振ったもの、それから焦げ目など一つも存在しない完璧な出汁巻き卵、人参と切り干し大根のたらこ和えと言ったおかずが、どーんとごはんと海苔の上に鎮座するセレクトである。
確かに品数は多いと思うけれども、あの料理大好きで、それしか見えていない幼馴染にしては、凝っていないというありがたいセレクトである。
あの幼馴染が、見た目の事まで考えだし、本気を出したら高級弁当の見た目になるに違いないので、その辺のさじ加減はありがたかった。
そして、お弁当の中身は彩りよく五色入っており、食欲をそそるであろう。
そんな素敵なお弁当をみた明石が、自分のお弁当箱の中身の、海苔を巻いたおにぎりとお惣菜のから揚げだけのお弁当を見て、うらやましがるのは無理もない。

「ええっと、何か食べます?」

これってどこまで声をかけるべきだろう、と依里は思ったものの、きっと晴美はこういう時、食べてよ! と笑って弁当を差し出す男なので、その男に習って、そう声をかけた。
すると、明石が目を丸くした後、身を乗り出してきた。隣に座っているので、距離が近すぎる。

「いいんですか! えっと、じゃあ、じゃあ、出汁巻き卵一つ貰っていいですか! こんな綺麗な卵色の出汁巻き卵、立派なお店のでしか見た事ありません!」

「はい、先にとってください」

出汁巻きはたっぷり三つも乗せられているわけで、依里はその一つを明石にとってもらった。

「うわあ、くやしい! 先を越されちゃった! お弁当のおかず交換しましょうって、誘おうと思ったのに!」

けらけらと笑ったのは、加山という少し年上の女性社員である。
ちらっと見ると、彼女のお弁当は、冷食のメインに、色よく副菜を詰めた物だ。
これもこれで美味しそうである。冷食を依里は全く否定しない。冷食って素晴らしい。
ついでに言えば味が濃いので、ごはんが進むいい物である。

「でもすごいわね、そのルームシェアしているお友達。何日かちらっと見てたんだけど、毎日違う物を、全部手作りで用意しているじゃない」

改めて、依里のお弁当の中身を見て、そんな事を言う加山である。確かに、冷食を一つも使わない晴美の弁当は、かなりとんでもない方角であろう。
本人がやりたい放題やっている結果なので、当人は負担など一切感じていないというのが、救いではある。
しかし何と言えば角が立たないか、と依里は少し考え、遠慮がちにこう言った。

「今度お礼を言っておきます……」

ここで自慢をして、あいつが人気イケメンカリスマシェフ、大鷺晴美だと大暴露する事になったら後々面倒くさいため、正体がばれないようにするには、こんな言い方をするほかwなかった依里だった。
一方、出汁巻き卵を一口大に箸で切って口に運んだ、明石は目を見開いている。
目を見開き、咀嚼し、ごくんと飲み込んでから、彼女は依里を見て問いかけた。

「環さん、毎日こんな美味しい物、お弁当で食べさせてもらってるんですか……?」

圧力を感じる眼である。これへの返答の仕方はよく分からない。しかし嘘は言えないので、こう答えた。

「本人のやる気があれば、ですけど……」

「どうしたの、明石さん。なんかすごい顔になっているわよ」

そう言ったのは、社食の定食を持ってきた女性社員、大久保である。彼女に向って、明石は言った。

「だって!! 大久保さん!! 私環さんのお弁当の出汁巻き卵よりおいしい物、人生で今まで一度も食べた事ないかもしれないくらいなんだもの!」

「大げさでは?」

流石につっこみたかったものの、依里が言わないのに、大久保が思っていた事を言った。
明石は更に言う。

「こんなふわふわでお出汁たっぷりで、噛むとじゅわっと口の中に美味しい味が広がるのに、卵の味のいいところが全部広がる出汁巻き卵なんて、高級寿司の出汁巻き卵でだって食べれませんよ!!」

「明石さん、食べ歩き趣味だものね、なんか信憑性があるわ」

「ねえ、環さん、申し訳ないのだけれど、私のエビフライと、出汁巻き卵交換してもらえないかしら……聞いたらすごく気になってしまって」

やや遠慮がちにだが、加山が問いかけて来る。
依里はこれに対しても、普通に了承した。食べた人間がここまでべた褒めする出汁巻き卵に、興味がわくのは仕方がないのである。

「加山さん、半分こしてください!」

と言ったのは大久保で、大久保と加山は依里の弁当の出汁巻き卵の一切れを、半分にして口に入れた。
そして真顔になってこう言った。

「明石さんの発言が間違いじゃなかったと知ったわ」

「これは……高級卵をお使いで?」

大久保の質問に、依里は冷蔵庫の中の卵を思い浮かべて、首を振った。

「いいえ、特価セールの一パック145円の卵です」

「それがこんなに化けるの……」

大久保は戦いた顔になった後、これまた真顔で問いかけてきた。

「ご友人、卵焼き職人だったりします?」

「いえ、なんでもござれで」

いいつつ、そろそろ食べなければ時間が無くなるという事で、各々食事を始めたのだが、明石が自分のお弁当を食べながら、何か決意に満ちた顔になっていた。
そして大体全員が食べ終わり、雑談の時間になった時である。
明石が真剣そのもの顔で、依里に頭を下げたのだ。

「環さん……お願いがあるんです……いきなりで、申し訳ないんですけど……」

「仕事の肩代わりはあまりできませんよ? 明石さんの担当の杉田さんの顧客データわからないので……」

「違います! あの!」

明石は可愛らしい、化粧もしっかりとした顔に、決意を込めてこう言った。

「お弁当、私の分も作ってもらえないかって、お友達に頼めませんか! もちろん、食費はお支払いします! 出汁巻き卵が、出汁巻き卵が、人生で一番おいしくて……」

……なんだかこの表情、どこかで見た気がするなと思った依里は、それが高校時代の級友や先輩が、晴美にお願いをする際に、仲介してほしい、と頼んできた時のそれである、と気が付いた。
高校時代、晴美を捕まえられなかった生徒たちが、依里に代わりに頼んでくれ、と言ってきた時の顔である。
そして高校時代も、今も、答えは変わらないのだ。

「本人に聞いてみますね。それによります。無理だと言われたら、すみませんが」

「いえ! 頼んでもらえるだけありがたいです!! あんな素敵出汁巻き卵を食べられたら、そりゃあもう、仕事がはかどりまくること間違いなしで!!」

明石はどれだけ外れの出汁巻き卵に出会って来たのだろう……とさすがに思わざるを得なかった依里だが、意外な事に、これに大久保が乗ってきた。

「すみません、私の分も頼んだりできますか?」

「え? あ、はい」

「頼むだけなら、私もお願いしたいわ。聞くだけでいいから!」

加山もそう言いだし、結果、晴美の出汁巻き卵を食べた全員が、食費や手間賃をきちんと支払うから、お弁当を作ってもらえないか、と打診する事になったのだった。
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