1 / 39
~序章~
第1話 ドラゴンの血を受け継ぐ少年
しおりを挟む
初めに断っておくがこの物語は冴えない主人公が異世界に転生した途端チート能力を発生して無双する訳でも世界最強になる訳でもない。
更には美少女達に囲まれてモテモテのハーレムにもなる訳ではない。
大体冴えないオタクが都合よく現実世界から離れて活躍するなんて虫が良すぎるのだ。現実で役に立たない人間など異世界に飛ばされたところであっちの世界の住人からも熨斗紙付けて送り返されるに決まっている。
と、ここまでの前振りで読者の三分の二は減ったと思われるが、そろそろ物語の本題に入るとしよう。
この物語はとある平凡な少年が大した事ないきっかけで勇者となり、悪の魔王にさらわれた姫を助け出すという何の変哲もない平凡なストーリーである……。開幕。
--------------------------------------
「目覚めよ勇者――!」
少年の耳に声が響く。
言っておくがこれは少年を導く神の声でも姫からのテレパシーでもない。ただの目覚まし時計の音声である。
まったくこのように珍奇な音声で毎朝起こされては快適な朝も憂鬱である。
この鬱陶しい目覚ましの声を聞き、少年は目を覚ました。
彼の名前は勇者太郎。勇者と書いてイサモノと読む。取って付けたような名前だが、彼は勇者ではない。ただの学生である。
平凡に中学を卒業し、平凡な高校生活に備え平凡な春休みを満喫している。一応主人公なのでそれなりに彼を紹介したいところだが、如何せん彼には特徴が無い。
それどころか個性も魅力も優れた容姿も能力も持っていない。
あえて身体的な特徴を言うならば、まとまりのない癖っ毛と全体的に垢抜けない雰囲気と言ったところか。あと猫背。
寝ぼけた目をこすりながらリビングへ向かう。
「おはよう、父さん母さん」
「あら、おはよう太郎」
先に返事をしたのは太郎の母、勇者みち子(専業主婦)。
「おはよう太郎。先にご飯食べちゃったぞ」
優雅に新聞を広げながら答えたのは太郎の父、勇者ヒロシ(公務員)。
この平凡な家族、家族構成までもが平凡すぎて誠に申し訳ない。
太郎は食卓の味噌汁をすすりながらテレビを見る。どうやら朝のニュースを放送しているらしい。いつもと変わらぬ天気予報と適当な芸能ネタ……。と、思ったが、その時女性キャスターの口からとんでもないニュースが飛び出した。
「緊急ニュースです。今朝チバ王国のプリンセスが何者かにさらわれました!」
余りにも突飛な内容に太郎は思わず口に含んだ味噌汁を吹き出した。まあ下品。
「コラ太郎!食事中に味噌汁を吹くなんて下品だぞ!」
父ヒロシからも制裁を受ける太郎であった。
「父さん!それどころじゃないよ!チバ王国と言ったら俺たちが住んでいる国じゃないか。プリンセスがさらわれるなんて大事件だよ!」
突然だが説明しよう。太郎達が住む世界はチバ王国と呼ばれる国である。某千葉県を彷彿とさせる、豊かな自然や産業に恵まれた平和な国である。あと落花生が旨い。
「見ろよ太郎、『きょうのグリフォン』でグリフォンが納豆食べてるぞ。可愛いなあ」
「父さん!そんな呑気にテレビ見てる場合じゃないだろうよ!」
一国の姫がさらわれたというのに、この家族いまいち緊張感が無い。
「じゃあアンタ助けに行きなさいよ」
慌てる太郎に声を掛けたのは母みち子。どうも言い方が軽い。
「そうだな母さん、太郎も遂に勇者になる時が来たようだ」
何やら唐突に話が進み出したようだが、当の太郎は全く話が掴めていない。
困惑する太郎に、ヒロシは真面目な表情で語り出した。
「太郎、勇者になれ。そして姫を救うのだ」
「なんで!?」
このシナリオを読み飛ばしたかの如く唐突過ぎる展開に、太郎はますますついて行けない。
「馬鹿たれ!姫がさらわれたんやぞ!誰が助けに行くんじゃい!勇者に決まっとろーが!」
「だからってなんで俺が勇者にならなきゃいけないんだよ!」
もっともである。
「あ、父さんな、昔ちょっと勇者してたんだぞ」
「昔ちょっとやんちゃしてたみたいに言うなよ」
父の意外な過去が判明したところで、話はますます太郎本人が置いてけぼりで進んで行く。
「いいか太郎。勇者と言うのはいつの時代もみんなの憧れ。その上歴史に名を残し、一生遊んで暮らせるくらいガッポリ稼げる素晴らしい職業なのだ」
(稼げるってとこがミソだな……)
「そんな事言ったって普通の学生が勇者になんてなれる訳ないじゃないか」
またまたもっともな意見を父にぶつける太郎。しかしその時、父は太郎に衝撃の事実を伝えるのだった。
「太郎よ……。今まで黙っていたが実はお前は普通の子供ではない。お前には……ドラゴンの血が流れているのだ」
さて、話の腰を折るようだがこの父ヒロシ。どのような人物として想像していただろうか?
平凡な公務員らしくごく普通の中年サラリーマン?それとも元勇者なので、屈強な肉体を持った猛々しい男を想像しただろうか。
残念だが言わせて貰おう。勇者ヒロシ、40歳。彼の皮膚は爬虫類のような緑色をしており、頭には二本の大きな角。そして口は大きく裂け無数の牙が覗いている。どこからどう見ても、彼は完全なるドラゴンなのである。
どう見てもドラゴンがネクタイを締めて新聞を読み、味噌汁を飲みながら朝のニュースを眺めている。
ドラゴンである点を除けば何の変哲もない中年親父なのだが、ドラゴンである事が全ての常識を見事打ち砕いている。
よく「お前は普通の子供ではない」などと言う親からの告白シーンがあるが、こんなに驚かないサプライズもそうそうあるまい。だって誰が見てもドラゴンなんだもん。
「父さん……」
「おお太郎、驚いたか?お前の血に流れる勇者家の秘密に……」
「父さん……。俺、知ってるよ……」
このアホみたいな家族のアホみたいな会話に嫌気がさしたかもしれないが、もう少しだけお付き合いして頂きたい。
勇者太郎の冒険はここから始まるのである……。
【つづく】
更には美少女達に囲まれてモテモテのハーレムにもなる訳ではない。
大体冴えないオタクが都合よく現実世界から離れて活躍するなんて虫が良すぎるのだ。現実で役に立たない人間など異世界に飛ばされたところであっちの世界の住人からも熨斗紙付けて送り返されるに決まっている。
と、ここまでの前振りで読者の三分の二は減ったと思われるが、そろそろ物語の本題に入るとしよう。
この物語はとある平凡な少年が大した事ないきっかけで勇者となり、悪の魔王にさらわれた姫を助け出すという何の変哲もない平凡なストーリーである……。開幕。
--------------------------------------
「目覚めよ勇者――!」
少年の耳に声が響く。
言っておくがこれは少年を導く神の声でも姫からのテレパシーでもない。ただの目覚まし時計の音声である。
まったくこのように珍奇な音声で毎朝起こされては快適な朝も憂鬱である。
この鬱陶しい目覚ましの声を聞き、少年は目を覚ました。
彼の名前は勇者太郎。勇者と書いてイサモノと読む。取って付けたような名前だが、彼は勇者ではない。ただの学生である。
平凡に中学を卒業し、平凡な高校生活に備え平凡な春休みを満喫している。一応主人公なのでそれなりに彼を紹介したいところだが、如何せん彼には特徴が無い。
それどころか個性も魅力も優れた容姿も能力も持っていない。
あえて身体的な特徴を言うならば、まとまりのない癖っ毛と全体的に垢抜けない雰囲気と言ったところか。あと猫背。
寝ぼけた目をこすりながらリビングへ向かう。
「おはよう、父さん母さん」
「あら、おはよう太郎」
先に返事をしたのは太郎の母、勇者みち子(専業主婦)。
「おはよう太郎。先にご飯食べちゃったぞ」
優雅に新聞を広げながら答えたのは太郎の父、勇者ヒロシ(公務員)。
この平凡な家族、家族構成までもが平凡すぎて誠に申し訳ない。
太郎は食卓の味噌汁をすすりながらテレビを見る。どうやら朝のニュースを放送しているらしい。いつもと変わらぬ天気予報と適当な芸能ネタ……。と、思ったが、その時女性キャスターの口からとんでもないニュースが飛び出した。
「緊急ニュースです。今朝チバ王国のプリンセスが何者かにさらわれました!」
余りにも突飛な内容に太郎は思わず口に含んだ味噌汁を吹き出した。まあ下品。
「コラ太郎!食事中に味噌汁を吹くなんて下品だぞ!」
父ヒロシからも制裁を受ける太郎であった。
「父さん!それどころじゃないよ!チバ王国と言ったら俺たちが住んでいる国じゃないか。プリンセスがさらわれるなんて大事件だよ!」
突然だが説明しよう。太郎達が住む世界はチバ王国と呼ばれる国である。某千葉県を彷彿とさせる、豊かな自然や産業に恵まれた平和な国である。あと落花生が旨い。
「見ろよ太郎、『きょうのグリフォン』でグリフォンが納豆食べてるぞ。可愛いなあ」
「父さん!そんな呑気にテレビ見てる場合じゃないだろうよ!」
一国の姫がさらわれたというのに、この家族いまいち緊張感が無い。
「じゃあアンタ助けに行きなさいよ」
慌てる太郎に声を掛けたのは母みち子。どうも言い方が軽い。
「そうだな母さん、太郎も遂に勇者になる時が来たようだ」
何やら唐突に話が進み出したようだが、当の太郎は全く話が掴めていない。
困惑する太郎に、ヒロシは真面目な表情で語り出した。
「太郎、勇者になれ。そして姫を救うのだ」
「なんで!?」
このシナリオを読み飛ばしたかの如く唐突過ぎる展開に、太郎はますますついて行けない。
「馬鹿たれ!姫がさらわれたんやぞ!誰が助けに行くんじゃい!勇者に決まっとろーが!」
「だからってなんで俺が勇者にならなきゃいけないんだよ!」
もっともである。
「あ、父さんな、昔ちょっと勇者してたんだぞ」
「昔ちょっとやんちゃしてたみたいに言うなよ」
父の意外な過去が判明したところで、話はますます太郎本人が置いてけぼりで進んで行く。
「いいか太郎。勇者と言うのはいつの時代もみんなの憧れ。その上歴史に名を残し、一生遊んで暮らせるくらいガッポリ稼げる素晴らしい職業なのだ」
(稼げるってとこがミソだな……)
「そんな事言ったって普通の学生が勇者になんてなれる訳ないじゃないか」
またまたもっともな意見を父にぶつける太郎。しかしその時、父は太郎に衝撃の事実を伝えるのだった。
「太郎よ……。今まで黙っていたが実はお前は普通の子供ではない。お前には……ドラゴンの血が流れているのだ」
さて、話の腰を折るようだがこの父ヒロシ。どのような人物として想像していただろうか?
平凡な公務員らしくごく普通の中年サラリーマン?それとも元勇者なので、屈強な肉体を持った猛々しい男を想像しただろうか。
残念だが言わせて貰おう。勇者ヒロシ、40歳。彼の皮膚は爬虫類のような緑色をしており、頭には二本の大きな角。そして口は大きく裂け無数の牙が覗いている。どこからどう見ても、彼は完全なるドラゴンなのである。
どう見てもドラゴンがネクタイを締めて新聞を読み、味噌汁を飲みながら朝のニュースを眺めている。
ドラゴンである点を除けば何の変哲もない中年親父なのだが、ドラゴンである事が全ての常識を見事打ち砕いている。
よく「お前は普通の子供ではない」などと言う親からの告白シーンがあるが、こんなに驚かないサプライズもそうそうあるまい。だって誰が見てもドラゴンなんだもん。
「父さん……」
「おお太郎、驚いたか?お前の血に流れる勇者家の秘密に……」
「父さん……。俺、知ってるよ……」
このアホみたいな家族のアホみたいな会話に嫌気がさしたかもしれないが、もう少しだけお付き合いして頂きたい。
勇者太郎の冒険はここから始まるのである……。
【つづく】
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
45
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる