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貧乏貴族の臆病者

下級騎士の三男坊

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 下級騎士の家にいた僕が父さんから話しを聞かされたのは、一六歳になった七月七日のことだった……。

「ニクス。お前に未開拓の地に行ってもらう」

 父さんは腕を組みながら、年季が入ったボロボロの床の上で言う。

「は? と、父さん。いきなりなにを言ってるの……」

 僕は父さんの発言が理解できなかった。

「もう一度言おう。ニクス、お前に未開拓の地に行ってもらう」

 僕は同じ言葉を聞いても理解が追い付かなかった。

 ――下級騎士家系に加え、貧乏貴族の父さんに未開拓の土地なんて持ってるわけないじゃないか。

 僕には父さんにどういう意図があるのか全くわからない。

「わ、訳がわからないよ、父さん! 何で僕なの! 家から出たくないよ! 死ぬよ! 絶対に死ぬ!」

「たわけが……。お前はもう成人してるんだぞ。しかも、一年前にな。お前の兄貴たちは一生懸命に働いている。それにも拘わらず、お前だけは一向に働こうともせず家でぐうたら生活しやがって。少しくらい家に金を入れようとは思わないのか!」

 父さんは僕の前の前に立ち、ボロボロの床を踏みしめながら威圧してきた。

「僕だって働けるなら頑張りたいよ! でも、父さんは僕の弱さを知っているでしょ! 騎士養成学校の実技試験で最下位、実践試験では一秒で瞬殺され、ちょっとできた勉学の成績すら最下位。先生の情けで何とか卒業出来たけど、僕が騎士になったら敵国に入る前に森の中で死ぬよ!」

「情けない言葉ばかりは吐き捨てやがって……。それでも由緒正しき、ガリーナ家の人間か! 私はお前のような息子を持って恥ずかしくて仕方がない! 何ならうちの子じゃない方がましだ! よくわからない石を拾ってきては家でねちねち削って部屋に籠ってばかり。そんな暇があったら冒険者にでもなって日銭を稼いで来い! それがいやなら、未開拓の土地に行ってもらうからな!」

「と……父さん、ひ、酷い……。僕だって一生懸命やってるのに……」

「一生懸命にと言うのは……、これのことか」

 父さんはズボンのポケットから赤色の石を取り出し、見せてくる。

「あ! 僕が三日三晩磨き続けた、川の石! ちょっと、返してよ!」

「こんな石ころに、三日も使いよって……。三日あれば金貨三枚は稼げただろうが!」

 父さんは石を握りしめ、高く持ち上げた。

「あ!!」

 僕の情けない声と共に父さんは僕が三日三晩磨き続けた石を地面に叩きつけ、粉々にした。

 僕は石の欠片を集めるように手ですぐさま掬っていく。

「あぁ……。せっかくの石が……。もう少し磨けば高く売れたかもしれないのに」

「は! そんな石ころ、誰が買うんだ! 騎士たる者、戦って汗水を垂らしてこそ、賃金を得る資格がある! 私も父上からそう教わった! お前達にもそう教えてきたはずだ。なぜお前にはそれが出来ない」

「そ、そんなことを言われても困るよ……。僕、人間だし、弱いからすぐ死ぬし……」

「死なない生物がこの世にいるかバカ者! はぁ……、叫び疲れた。明日まで待ってやる。出ていくか、潔く働くかのどっちかだ。これだけは選ばせてやる。出ていけば、親子関係は消える。もうお前はガリーナ家の子ではない。石塗れの部屋で一日考えろ。腰抜けが」

「は、はい……」

 僕は粉々になった真っ赤な石を握りながら自分の部屋に向う。

「はぁ、出ていけばこの家の子じゃなくなる。かといって冒険者になって働けば、確実に死ぬ。死ぬのはやだな……」

 僕は床や壁が罅だらけの廊下を歩き、建付けが悪い扉の前に立つ。

 鉄臭い取っ手を下げ、奥に押し込んだ。

「はぁ……。なんでこの美しさがわからないんだ。息をのむほど綺麗なのに……」

 僕は窓から伸びる日の光に砕かれた半透明な赤石の欠片たちを翳す。すると、光が石の中で屈折し、部屋一面に真っ赤な光を乱反射させた。

「うわぁ……。これはこれで綺麗だな。宝石は砕かれるまで輝き続けるけど、砕けても輝きを分散させるんだ。そうだ……」

 僕は砕かれた赤色の石をガラスの小瓶に移し替える。

「うん、これはこれでありだな。でも瓶に石の欠片だけじゃ、寂しいか……。仕方ない、他の石も入れてみよう。どうせ、この部屋は僕が出ていくとき、まっさらにしておかないといけないんだから」

 この時、僕はすでに決めていた。

 ――働くのは嫌だ。死ぬのも嫌だ。なら、未開拓の地に行くしかない。人にこき使われて仕事するくらいなら自給自足の方がましだ。


 そう思っていた。数日前までは……。

「は、はは……ははは……。あぁあぁぁっぁ! 僕の農園! それと家があぁぁぁぁぁぁ!」

 僕は数日前、貧乏貴族の家を追い出され、お情けでもらった金貨すら全て失い、一瞬で無一文になった。

 そんなビビりで情けない僕がいつの間にか『焼き鳥』になり、生活するなんてこの時は全く思っていなかった。
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