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鶏を買ったら……知り合いが増えた。

獣族の少女に襲われる

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「『ファイア』」

 僕は抱えている少女に『ファイア』を掛ける。

 腕の中に焚火とは色が全く違う神々しい炎が燃え上がり、少女の体を包んでいった。

 僕の腕の中にとんでもなく大きな炎があると言うのに、全く熱くない。逆に少女の温もりを感じられて温かかった。

 少女を包む炎がしだいに弱まっていき、黒い斑点が一つ残らず消えて綺麗なキメの細かい人の肌が現れる。

 艶やかな髪が炎の上昇気流によって揺らめき、汚れが燃えたのか銀色の輝きを取り戻していた。

「…………」

 獣族の少女はゆっくりと瞼を開け、視線を僕の方に向けた。

 琥珀色の瞳が綺麗で、僕の心は吸い込まれてしまいそうだった。

「大丈夫? えっと、言葉はわかるかな?」

「グッ!」

 僕が獣族の顔を覗き込むと、少女は伸ばしていた脚を曲げて膝蹴りを僕の側頭部に放ってきた。

「うわっ!」

 僕は頭を後ろに反らせて少女の攻撃をギリギリで回避した。

 獣族はバク転をして僕から距離を取り、両足を大きく開き、両手は地面に付け、お尻を高く持ち上げて四つん這いになる。その姿は獣族特有の戦闘姿勢だった。

「グルルルル……」

 獣族は眼尻を吊り上げ、犬歯をむき出しにしながら僕に威嚇してくる。

 大きくふさふさの尻尾を立て、大きな耳を動かしながらあたりの警戒も忘れていない。さすが獣族と言うべきか、たとえ少女でも戦闘の際は大人顔負けの威嚇をしてくる。

「ちょ、ちょっと待って! 僕は君と戦わないよ! 僕は君の敵じゃないんだ!」

「グルルルル……」

 言葉が通じていないのか戦闘態勢を崩してくれない。威嚇も続けて行っており、僕はどうしたらいいかわからなかった。

――プルス、どうしたら僕達が敵じゃないって伝わるの?

「倒すしかないんじゃないですかね。獣族は自分より強い者にしか従おうとしませんから倒せば少なくとも、今よりはおとなしくはなると思いますよ」

――そ、そんな。あんなにやせ細っている女の子を殴れないよ。

「相手は獣族ですよ。舐めていると痛い目にあいます。相手の状態で心情を揺さぶられているようでは、主、いずれ死にますよ」

 プルスの言葉にはどこか重みがあった。きっと僕と同じようなことを言って殺された主が以前にもいたのだろう。

――わ、わかった。あの少女を無力化すればいいんだよね。それなら、この縄で手首や足首を縛れば僕の方が強いと認めてくれるかな。

 僕は薪を縛るように持っていた縄を握りしめる。

「まぁ、獣族も縄で縛られたら自分よりも強い相手だと認識するかもしれませんね」

――そうだよね。よし、すぐに止めないと少女の体がもたない。

 僕は獣族の少女の前に立ち、挨拶がわりの戦闘が始まった。

「それじゃあ、初めまして、で悪いけど、君を拘束させてもらうよ」

 僕は縄を引っ張り、直ぐに千切れないか確認する。

「グルルルル……。グワッ!」

 獣族の少女はお尻を後ろに一度引き、勢いをつけたあと、僕との間を一気に走って詰めてくる。

「は、速い!」

 獣族の少女は直線で向かってくるわけではなく、荒野を縦横無尽に動き回り、僕に行動を悟られないようにしていた。

「グワッ!」

 獣族の少女は僕の足もとにまでいつの間にか到着しており、超低い姿勢から僕の顎を狙って強烈な蹴りを放ってくる。

「くっ!」

 僕は顔を右に傾けて蹴りを回避して前に走り、距離を取る。丁度、獣族の少女が立っていた場所だ。

 獣族の少女は腕の力だけで地面を押し、高く跳ねて僕と対面する。今の一瞬の時間で僕達は場所が入れ替わった。

「はぁ、はぁ、はぁ……。グルルルル……」

 獣族の少女は四つん這いの体勢に戻るも、片膝を地面につけており、体を支えられていない。息も粗く、どう見ても本調子ではなかった。

――あれだけ弱っているのに少女の攻撃は僕が回避するのでやっとの速さ。凄い。

 さすが身体能力だけでこの世界を生き残っている種族だ。

 魔法や強い武器、加護に頼っている人族に比べて圧倒的にシンプルな強さ。

 『身体能力が高い』それだけの力でこの世界を生きて行くにはあまりにも過酷すぎる。だが、圧倒的に身体能力が高ければただの人間ではもはや太刀打ちできない。

「はぁ、はぁ、はぁ、……くっ」

 少女はひざを折り、地面に倒れ込む。

「あ、だいじょ……」

「主! 罠です!」

「え……」

「グワッ!!」

 少女は超低空姿勢で移動し、僕が倒れ込むのを心配した一瞬を突いてきた。

 僕はお人よしなのか、戦闘経験のなさか、どちらかわからないが僕の目の前に少女の手がある。爪は指先から一、二センチ飛び出しており、引っ掻かれたら相当痛そうだ。

 獣族の少女が狙っている位置は僕の眼。もう数ミリで眼球に爪が到達する瞬間。

「くっ!」

「!!」

 僕は反射で少女の右手を左側にずらし、攻撃を回避する。

 長い爪が僕の右頬を掠め、スパッと裂けた。熱い鮮血が頬を伝い、顎から地面に落ちる。

 僕に攻撃をかわされた獣族の少女はお腹ががら空きの状態だった。ただ、やせ細っており殴ったら折れてしまいそうなほど、細い体で、思いっきり殴りつけるなんて僕にはできなかった。

 僕は獣族の少女の右手に縄をかけ、左手と一緒に背中で縛る。逃げられるとまずいので足首と膝も縛っておく。

「はぁ……。何とか行動は不能にさせられたけど……」

「グルルルル……」

 獣族の少女は僕を常に威嚇してくる。どうやら屈服してくれるわけではないようだ。

「その格好じゃ寒いでしょ。僕の買ってきた服でも着せてあげるよ」

 僕は今日買ってきた服を縛られている状態の少女に着せる。腕は解けないので、ただ、頭を出しただけの状態だ。きっとなにも着ていないよりはましだろう。

「ぐるるるるる……」

 獣族の少女のお腹が鳴った。

「ん? お腹空いてるの。そりゃそうか、骨が見えるくらいやせ細ってるんだ。お腹くらい空いてるよね」

 僕は丁度いい具合に焼き上がっていた角ウサギの肉の足を千切って少女の口もとに持っていく。

「グルルルル……」

 お腹が空いた状態で肉を目の前にしても、獣族の少女は威嚇を止めなかった。

「食べないと、本当に死んじゃうよ。僕の目の前で死なれると困るんだ。毒なんて入ってないからさ」

 僕は角ウサギの肉を一齧りして毒が含まれていないことを証明する。

「ぐるるるるる……」

 少女のお腹からまたしても虫が鳴いた。

「く……。はぐ……」

「よかった。食べてくれた」

 少女は未だ僕を警戒しているらしく、角ウサギの肉を食べながら視線だけは向けてきていた。
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