経験値として生きていく~やられるだけの異世界バトル~

誇高悠登

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四章 ハクハ領の救出作戦

50話 届いた拳

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 俺の身体を、小さな銃弾が貫いた。
 何故、ユウランは俺をカナツさんよりも先に殺したのか。その答えを聞く前に、俺は命を落とした。

「ふふ……。リョータは戦闘は出来ないけど、なにするか分からないからね、悪く思わないでよ? あ、でも、もしかしたら、このお人形さんたちに復活するんだっけ」

 俺の意識がハクハにいる分身に移行する確率は三分の一。
 それは無視できるほど小さな数字ではない。
 用心深いユウランはミワさんに対して頷いて見せた。

 それが合図となって、鞭に捕えていた8人の首を絞める。
 ……。

「ぐっ……、うう、折角、この場所で……」

 生き返ってすぐに俺を殺すのかよ。
 俺はまだ、ハクハにいた。
 三分の一の確率を乗り越えて、この場に留まったのだが、捕まっていた一人として生き返っても、何の意味もない。

 分身の振りをして無表情を貫き、隙を付こうと考えていたが、その程度はユウランに見抜かれていた。

 俺は苦しさに足をバタつかせる。
 これは……、刃物で刺されるのとはまた違った苦しみ。正直、一番、嫌な死に方だ。
俺がどんな死に方であろうが、殺せればそれでいい。
ミワは8人、全員の呼吸が止まったことを確認すると、一斉に解放した。

 バタバタと俺が倒れて行く。
 分身を倒しても経験値は入らないが、これでもう、俺がハクハで復活するのは絶望的となった。

「さーて、残るは二人か。流石に、たった二人じゃ、復活はしていないみたいだね……。でも、念のために殺しておきますか」

 例え確率は低くても目障りだから殺そうか。
 ユウランが二人いる俺の内、カナツさんに近くで姿勢正しく待機していた俺に銃を構えた。

「リョータ、借りるよ!」

 分身だけが残っていても意味はない。
 カナツさんは、そう判断したのか、俺を掴んで、思いっきり、玉座の前に投げつけた。人形のように飛んでいく。

「ふふっ。仲間をそんな風に使うなんて、カラマリ領は、仲良しこよしの領じゃないんだっけ?」

 そんな軽口を叩く余裕がユウランには有った。人間一人を飛ばす腕力は凄いが、放物線を描いて飛んでいく。
 山なりの投球では避けることは容易いようだ。
 それどころか、宙を舞う俺に向かって、銃弾を放った。
 地面を転がりながら、布を赤く染めていく。
 どうやら、左手に当たったようだ。

「残るは一人、ですか……」

 銃弾で撃たれても、表情一つ変えない俺は分身だと判断したようだ。
 もう一人の俺も間抜けな顔をして立っているだけ。
 これでは、俺は当てにならないと思ったのだろう。
 カナツさんは、横たわっているトウカちゃんに聞いた。トウカちゃんがハクハ全員の戦闘データを持っていることは、既に伝達済みだ。
 なにか、少しでも有益な情報を得て、この場を切り抜けようと考えたようだが、

「ざ、残念ですが、今の私には――なにも出来ません」

 意識を保つだけで精一杯だと言う。
 当たり前だ。
 誰がどう見たって少女が負っていい傷ではない。

「困ったなー。シンリに文句も言ってないのに、逆に殺されそうだぜ!」

 殺されるかもしれないと言いながらも、カナツさんは何処か楽しそうである。
 常識知らずなカラマリの大将に、トウカちゃんは、体を起こして笑った。

「そもそも、大将が乗り込んできたら、こうなることは分かると思いますが?」

「うーん、リョータが平気だから、私も平気かなって」

「彼には『経験値』と言う利用価値があるからですよ?」

 他領の大将なんて、殺す以外に価値はないでしょうとトウカちゃん。

「そりゃそうだ。うん。残った一人も、分身みたいだし、私は逃げるけど、トウカちゃんはどうする?」

「……私はハクハに残ります。まだ、〈ハクハの信念〉を捨てたわけじゃないので」

 これだけの被害にあっても、少女は自分の信念を貫くことを選んだ。
 ここで引いてしまったら、完全に、自分の声が届かなくなると、気付いているようだった。人を従えるには、自分が先陣を切らなければならないのだと。
 二十歳を越えた俺でもできないことを、トウカちゃんは、やってみせた。

「そっか。わかったよ。なら、私は一人で逃げるよ!」

「逃がすわけ気ないでしょって!」

 トウカちゃんの意思を尊重して、一人で背を向けて玉座から離れようとするカナツさん。だが、大将を殺すチャンスを見逃してくれるほど、ユウランとミワさんは緩くない。

 それぞれが同時に銃弾と鞭を振るう。

「リョータ! また借りるね!」

 しなる鞭と走る銃弾を、俺に押し付けた。
 仲間を大事にするはずの領が、分身とはいえ、盾にして逃げる。その行為が面白いのか、ユウランは、「惨めですねぇ」と、子供らしからぬ悪意を込めて笑った。

 カナツさんを笑うか。
 ……それでいい。

 俺は吹き出しそうになるのを堪え、倒れていた。
 玉座の横で。
 ユウランもミワさんも気付いていない。
 カナツさんに投げられ、銃弾で撃たれた俺に――意識がある・・・・・ことを。

 いや、まさか、投げ捨てた相手に、銃弾を撃ってくるとは思わなかったのだけれど、なんとか痛みを押し殺すことができた。
 それが、逆にユウランが俺を分身だと判断したようだ。
 ……こっちは狂人達のせいで、多少の痛みには免疫が付いてるんだよ。

 それに、なによりも、池井さんが殺されてるんだ。
 そう考えれば、腕の一本に弾丸が当たった痛みなんて――大したことはない。

 まあ、そう言えば格好いいけれど、実際は弾丸が皮膚を僅かに抉っただけなんだけどね。
 ともかく、俺は分身の振りをすることで、自由に動く機会を得た。

 カナツさんが背を向けて、逃げたのは、俺から視線を反らすため。カナツさんに投げられることで、ユウランたちの背後に回った俺が、ゆっくりと移動したことに、ハクハの人間は気付いていなかった。

「我ながら陰湿な作戦だぜ……。でも、シンリがいなかったのはでかいな……」

 本当は、この作戦はシンリの前で使うはずだった。俺の分身の振りが通用するのか、作戦の肝だったのだが、幸いなことにユウランに、〈戦柱《モノリス》〉を任せて席を外してた。

 そう考えると、幸運に救われていると言うべきなのだろうが、ともかく、俺の目の前には怪しい光沢を持った黒い石碑が立っていた。

 探し求めていたハクハの〈戦柱《モノリス》〉だ。

「あとは、これを攻撃すればいいのか」

 俺はそっと手を触れる。
 そうすることで、俺の力を説明する文字が浮かんでくる。トウカちゃんは俺が〈戦柱《モノリス》〉を攻撃して、アサイド領と同じ目に合うことを望んでいた。

 だけど、本当にそれでいいのだろうか?
 ただ、〈統一杯〉を妨害するだけの亡霊となって生きる。そんなことしていいのか?

「なんて、本心は全然違うんだけどな」

 単純な話で――俺は人を殺すのが怖いのだ。
〈統一杯〉の願いで生き返らせればいい。
 それは分かる。
 でも、生き返らせることと、命を奪うことは違うんだ。
 俺は土通さんのようにはなれない。土通さんは何を思ってハクハの騎士を殺したのか。
 自分が同じ立場になって、その異様さがようやく分かった。

「俺にはできない」

〈戦柱《モノリス》〉に触れただけで充分だ。
 俺はそう考えて、触れていた手を放した。
 否。
 俺の手が、肩から離れたのだ。
 根元から、連なる刃に切断された。

「っ……、なぁ!!」

 この武器を使う男は一人。
 カズカの刃は布ごと切り裂き、意思を持って動いていた俺の姿を露わにさせる。
 腕を抑えて悲鳴を上げた俺を見て表情を変えた。

「はーっはっは! お前ら、二人そろって何やってるんだよぉ? え、これ、俺がいなかったら、ハクハ滅んでんじゃね? 使えねぇー幹部たちだな」

 人のミスを見つけ、喜々として騒ぐカズカ。

「大将も逃がして戦柱も守れないって、お前たちヤバいだろって」

「カズカ、いつからそこにいたのよ? だったら、あなたも同罪でしょ?」

 カズカが立っていたのは、部屋の扉。
 カナツさんが逃げた場所だ。
 同じ場所にいたのならば、逃がすことなく殺せたはずだとミワさんが指摘する。
 だが、

「いつからでもいいだろ? 俺がいつからいても、お前たちが守れなかったころは確かなんだからさぁ」

 言い合うハクハの幹部たち。
 今の三人は隙だらけだ。
 これなら、最後に足掻いてみてもいいだろう。

 まだ、生きていてくれば・・・・・・・・な。
 俺は祈りを込めて分身たちを見つめる。

 ミワさんに首を絞められた分身たちは――使えない。
 なら、残っているのは、カナツさんが盾に使った俺だけだ。最後の一人は、扉の近く、カズカの横で、頬から血を流していた。

 銃弾を喰らったにしては、遠目からだが血が出ていないような気がする。
 ……ユウラン、まさか『拳銃』の扱いが苦手なのか?
  
いや、違うか。

ユウランには殺意がない。その答えが命中率の低さなのだ。
適当に狙いを付けていたから殺意がない。
そういうカラクリなのか。

『拳銃』の威力を知った人間ならば、自然とそっちに意識が向く。
 それに対して、ユウランは意識を相手から反らす。
 殺意がないのではない。
 殺意を感じさせなかったのだ。

 ならばと、最後の望みを込めて視線を移すと――「すっ」と意識が抜けていくのを感じた。目を開くと視界が変化しているのが分かる。
 カズカの声がすぐ隣で聞こえてくる。

 どうやら、まだ生きていたようだ。
 しかも、右腕を失った身体よりは調子がいい。
 俺の予想通りに、ユウランの銃弾は浅かった。

 死にぞこない人間など、警戒していないのか――カズカの顔面は隙だらけ。
 このチャンスは逃せない。

 俺は痛みをかき消すように叫び声を上げ、カズカの顔に思い切り拳を振り抜いた。
 俺の右手に――確かな感触が残った。

 人を殺すことは出来なくても、怒りをぶつける位はするさ。
 俺だって人間だからな。
 ただの『経験値』じゃないんだよ。

「よくも……池井さんを……」

 狂人を俺は睨んだ。
 ここで一発殴ったところで、俺の気分は晴れないのだけれど。
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