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三章 〈統一杯〉の亡霊
30話 ヒーロー気取りの異世界人(先輩)
しおりを挟む「なんだ、この奇妙な奴は? ははー、面白いねー! リョータもそう思うだろ?」
現れた男を指差し、カナツさんが笑う。
確かに、この男の格好は群を抜いて奇妙だった。この世界の住人たちの服装も、俺からすれば時代錯誤であったり、奇抜だと思っている。
だが、この男は変わっているのではなく「ダサイ」。それが俺の正直な感想だった。
全身がピッチリとしたコスチューム。赤と青で染色されたアンバランスなデザイン。
……。
この格好……どこかで見たような。
えっと、確か、少し前に先輩に連れられて見た、海外のヒーローものだ。
俺の先輩は海外のヒーローもの――じゃなくて、なんだっけ? なにレンジャーズだっけ? 名前は忘れたけど、アメコミと言っていた記憶がある。
海外のヒーローものと呼んで、こっぴどく説教されたのが懐かしいな。で、その反省の意味を込めて、先輩と一緒にこの格好をしたヒーローの映画を見に行ったのだ。
「……」
あれ?
懐かしんでる場合じゃないぞ? 現実世界で見たモノが、何故、ここにあるのだ?
一度、躓くと次から次へと疑惑が浮かんでくる。
言われてみれば、さっきの声、先輩に似てたような……?
覆面で顔が隠れているけど、露わになってる目元と口元が先輩っぽいしな。
「君たち、大丈夫か? この僕、マスターヒーローが来たからには、もう大丈夫だ!」
右手を突き出してポーズを決める男。
「……」
あ、これ先輩だ!
完全に声が一緒だもん。
長い台詞喋るから分かっちゃったじゃん!
「……」
……この人が先輩でいないでくれと、本気で目を瞑って祈る。
そして、再び見ると――うん、やっぱり先輩だった。先輩が異世界でヒーローになりきってるなんて、見たくなかったよ。
「あの、先輩? 〈紫骨の亡霊〉は強いみたいなんで、手を出さない方が良いと思いますけど……?」
しかし、俺の言葉は聞こえなかったのか、先輩はケインと〈紫骨の亡霊〉に集中していた。今も戦うケインをどうやって救い出そうか考えているのか。
〈紫骨の亡霊〉が、珍妙な乱入者に気を取られたケインに刃を振るう。
薙刀を地面に突き刺して変則的に躱した。
「おっと、亡霊の癖に狡い真似すんじゃねーよ! それに、あんた! 俺に助けは要らないから、早く帰って着替えでもしてこい!」
人の心配より、自分の服装の心配をしろとケイン。
映画の主人公だから格好いいのであって、現実では真面目にダサい。しかし、先輩に取ってはどんなブランドの服よりも、最も好きなデザインなのだ。
その程度の言葉では引くはずもない。
「馬鹿を言うな! 僕が弱いものを見捨てるなんてするわけないだろう? 君みたいな年頃は自分を大きく見せたいのは知っている。でも、素直に助けを求めるのも、また、一つの強さだ!」
「なんだよ、こいつ……」
話の通じない先輩の相手をしながら、戦えるほどに〈紫骨の亡霊〉は弱くない。とにかく、今は倒すことに集中したようで、視界の端で、いちいちポーズを決める先輩を無視し始めた。
「ふぅ。人の話を聞かない少年を、正義の道に正すのも僕の役目か」
大きく肩を竦めてため息を付く。
いや、話し方やリアクションを洋画風にしなくていいから。もう、正体ばれてるから、恥ずかしいから!
やめてくれと俺は懇願しようとするが、
「はあああぁ!」
先輩の拳に風の渦が纏われた。
その光景に俺は思わず声を呑みんでしまった。
拳が届く距離でないが、その場で先輩が右ストレートを放つ。飛来する龍の如く、竜巻が〈紫骨の亡霊〉を喰らった。
風が霧を巻き込みながら空へと消えていく。
「まさか、〈紫骨の亡霊〉を吹き飛ばしたのか……?」
霧状に変化させるのに、ケインがどれだけ苦労したか。
ただの変人じゃないとケインが意識を先輩に向ける――いや、ケインだけじゃない。カナツさんもこの男は只物ではないと、自身の刀に手を掛けた。
一触即発の空気が流れる。
「君たち。ここは危険な場所だって知らないのか? 一般人が近づいたら殺されちゃうぞ……?」
「がぉー」と両手を広げて驚かす。
この人マジかよ。
確かにカナツさんも年齢は年齢で言えば先輩より下だろう。18歳以上25歳以下だ。見た目も高校生と言われれば高校生。
でもだ。
仮にも領の大将を一般人扱いするのはどうだろう。
ケインもカナツさんも明らかに敵意が増したじゃんか。
「せ、先輩! 先輩もやっぱ、この世界に来てたんですね!」
少しでも場を和ませようと、先輩に俺の存在をアピールする。
そこで、ようやく俺に気付いたのか、
「き、君は……、な、なんでこんな所に!?」
と、覆面の上から分かる程に動揺していた。
どうやら、俺の存在は見てなかったらしい。
酷い先輩である。
俺に自分のコスチュームプレイを、俺に見られるとは思ってなかったのか。
一瞬、フリーズした後に、
「私はマスターヒーロー。か弱い人々の味方だ。困ってることがあったら、呼んでくれ! さらばだ!!」
と逃げようとした。
逃がすかと俺が先輩を掴まえるよりも先に、ケインとカナツさんがそれぞれの武器を突きつける。
カナツさんが首元に刃を。
ケインが背後から薙刀を。
実にナイスである。
「おいおい。子供達よ。感謝を示すにはちょっと物騒すぎやしないかい?」
そして、なにより恐ろしいのは、この状況でもなお、自分の存在を隠そうとする先輩の神経の太さである。
ハリウッド口調でおどけて見せた。
余計なことしないでくれよ……。
俺の気遣い空しく、カナツさんの肩なに力が込められる。
「私が弱いか試してみるか?」
「女の子がそんなことを言っちゃ駄目だよ?」
「……やっぱり、殺されたいんだな?」
カナツさんは、恐ろしいほど穏やかな笑みを浮かべると、刀を振り上げた。
あ、ちょっと、それは流石にヤバいって!
「カナツさん! 止めて止めて! それ、俺と同じ異世界人ですって!」
「……こいつがか?」
「まあ、はい」
普段はもう少しマシなんですけど、異世界でテンション上がっちゃってるのかな?
先輩は異世界から来たと言うことは同意するも、再び訳の分からないことを言いだした。
「ヒーローの世界からやって来た! 全てのヒーローを統率する者!! その名を――」
面倒くせー。
付き合いきれないと、先輩の名を呼んだ。
「……真崎(まさき)先輩、そういうのもういいですから」
俺は抑えられている先輩に近づいて覆面を外す。
「あ……、あ、はははは! 良かった、無事だったんだね、沙我くん!」
「どーも、お久しぶりです、先輩」
やはり、覆面の下は先輩だった。
分かり切ってたけども!
爽やかな好青年。
職場のおばちゃん達からは、ヒーローになりそうな顔と言われており、本人は満更でもなさそうだった。
因みに、「イケメンだ」というと怒る。どちらも褒めていることに変わりはないのに、そこで起こる差は一体なんなのだろうか。
なお、俺はおばちゃんたちから、「報奨金掛けられてる?」と聞かれる。
誰が指名手配犯だ。
眼が死んでるだけだってーの。
むしろ殺されている方だわ。
「やっぱり、先輩もこの世界に……?」
「そうだよ。僕の可愛い後輩を探すために、皆で来たら――この世界で目を覚ましたんだ」
「なるほど」
ありがたいことで。
「でも、折角探していた沙我くんを見つけたのに、皆とバラけてしまっては意味がないよね」
「そうですね……。一応、俺は土通さんと池井さんがこの世界にいることは確認できましたよ?」
「そっか。二人は無事なのか。良かった良かった」
……先輩は、土通さんと池井さんの他に、誰かと会ったのだろうか。
少しでも情報があれば知りたいと思うが、返事を聞く前にケインが俺に聞いてきた。
「おい、リョータ。こいつお前の知り合いなのか? 俺の獲物を横取りしやがって!」
〈紫骨の亡霊〉を吹き飛ばされたケインは怒っていた。とはいえ、俺の知り合いと分かったからか、薙刀は外してくれているが。
俺を信用してくれているんだなー。いい子だなー。
意外な所で喜びを感じる俺は返事が遅れた。
結果、俺が言葉を発する前に、先輩が深々と頭を下げた。
普通に謝るだけなら良かったのだが、
「済まない。しかし、誰がどう見ても君が負けそうだったから……」
態度こそ下手に出ているが、自然に人を挑発したのだった。
表情筋を痙攣させるケイン。
「なっ、なんだよ、こいつ! リョータ、倒していいか!?」
「駄目だって!」
先輩は別にケインを馬鹿にしている訳ではない。
思っていることを口に直ぐ出すだけなのだ。先輩は言うなればヒーローに憧れる純粋な子供。人は守るものであって気を使うものではないのだ。
よく言えばヒーロー信者なのだ。
……その年までヒーローを妄信できたものである。
「異世界人なら、殺すのは駄目だね!」
「大将! でも、こいつ異世界人なんだろ? だったら、他の領の人間ってことじゃんか」
一人でいるなら今のうちに倒すべきだとケイン。やっぱ、普通の人間はそう考えるんだ。クガン領が特別だったわけじゃないんだ。
少しだけジュウロウさんへの恨みが減った。
「まあ、リョータとの約束もあるしね」
「カナツさん!」
ケインとの約束と同じように、俺との約束も守ってくれるようだった。
仲間との約束は必ず守る大将。
素敵です!!
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