並行世界で悪魔とゲーム

誇高悠登

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主犯 (春馬 莉子)

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『烏頭総合高校』のグラウンドに行くと、陸上部の生徒は一人もいなかった。
 時刻は18時30分。
 このくらいの時間であれば、高校生の部活はやってると思ったけど、陸上部は違うようだ。トラックを走る生徒は一人もいなかった。
 練習をしているのは野球部のみ。
 日が落ち、黒味を増した空の下で、威勢のいい声を上げていた。

 授業も受けて、部活でもあんなに声を出すなんて凄いなー。
 これが、運動部か社会に出て優遇されたりする理由なのかな?

 そんなことを考えながら、私は『烏頭総合高校』から帰ろうとする。
 黒執が一体、なにを確認しようとしていたのか気になるけど、これはまた、明日になりそうだ。

 だが、背を向けた私に黒執が言う。

「莉子ちゃん、陸上部の部室ってどこかな?」

「えっと……、そうだね……」

 どうやら、部室に人がいないかどうか確認するようだ。
 こういうところは意外にマメなようだ。
 だったら、いい加減教室の掃除でもすればいいのに。

 私は聞こえないように文句をいいながら、陸上部の部室に案内する。
 一度しか案内されていないので、部室の場所はうろ覚えだけど(実際に二度ほど、黒執に「ここはさっき通ったよね?」と嫌味を言われた、ほっとけ)、なんとか部室まで案内することができた。

 陸上部が使っている部室は、倉庫のような場所だった。
 薄い水色の緩い円を描いた屋根。
 スライド式の鉄扉が左右に一枚ずつ。
 うわ、なんだか、懐かしいな。私の中学校もこんな倉庫だったよ。

「そういえば、これ、片寄 碧が寄付したものらしいよ。自分の息子のために作るなんて凄いよね」

「さあね。でも、どんな気分なんだろうね。自慢の息子が〈悪魔〉だったなんてさ」

 私は黒執の言葉に無言で首を振る。
 ……そう言えば、〈悪魔〉って、どうやって生まれるのだろう?
 人間の姿に擬態できるのは知ってるけど……。
 私達は、何も知らないで〈ゲーム〉に参加してるんだな。
 まあ、ゲームなんて、製作者がどんな環境でなにを生み出したかなんて考えないから、それが普通なのかも知れないけど。

 ぐっと力を込めて開こうとするが、硬く閉ざされビクともしない。
 どうやら鍵が掛けられているようだ。
 だとしたら、開くはずもない。

「駄目だね……。開かないよ。やっぱり、もう皆帰っちゃったんじゃないの?」

「ちょっといい? どいててよ」

「えー、黒執?」

 黒執はメキメキと音を立てて竜人に変化する。
 何度も見ても鱗が身体を覆っていく姿は気味が悪い。
 一昔前に人気だったハリウッド映画のようだ。
 こういうのはフィクションだから良いのであって、リアルで目にするモノじゃないよね。フィクションだからこその美しさというのも、また、存在するのだ。

 ノンフィクションだけが素晴らしいと褒め称える時代はとうの昔に終わったのだ!

 そんな時代があったのか、映画に詳しくないので完全なる想像なんだけど。


 竜人の姿になった黒執の腕力は何倍にも跳ね上がる。
 鍵がかかっただけの倉庫の扉なんて、簡単にこじ開けることが出来る。
 それはもう、小麦粉をこねるかのように――、

「――って、壊しちゃだめだよ! これ――」

 器物破損で犯罪だよ!
 黒執の行為を責めようとしたけど、私は責める言葉を続けることが出来なかった。
 何故なら、倉庫の中には陸上部員たちがいて――二人の生徒を覗いて、全員が4つんばいで、しかも衣服を一切纏わずに、テチテチと歩いていたのだ。
 そんな光景を見ても、平然と会話をできるメンタルを私は持ち合わせていなかった。

 これはどういうことなのか。
 高校生の部室ってこういうことするのかな?
 昨今の学生たちは、変わった遊びをして時間を潰すのだと自分を納得させようとしたが、黒執はこの光景を予想していたようだ。

「ビーンゴ!!」

 黒執が壊れた取っ手を投げ捨てて、二足で立っている二人を指差した。

 その相手は、〈悪魔〉の姿の遠藤 旺騎と――片寄 忠だった。
私達を見た二人は、

「な、なんでお前らがここに……!!?」

 とあからさまに狼狽えていた。
 正大 継之介たちの手から逃れた〈悪魔〉――遠藤 旺騎の目的が分からない。
 それに――なんで、その隣に片寄 忠がいるんだ?

「えっと、駄目だ。どういう状況なのか分からないよ。でも、取り敢えず片寄 忠くん? 〈悪魔〉の隣にいるのは危ないと思うけど……」

 とにかく、この状況、〈悪魔〉が関与しているのは間違いない。
 出来ることならば、片寄 忠を少しでも離さないと!
 私は能力を使って瞬時に間合いを詰めようとするが、

「やめなよ」

 黒執が笑いながら私の肩を掴んだ。

「莉子ちゃん、まだ、気付いてないの? この2人は共犯だったんだよ」

「え……?」

「敢えて自分達から情報を流すことで、『明神興信事務所』の動きをコントロールしたのさ。相手が調べてくると分かれば、何かを隠すのは容易いからね。度胸と狡猾さがないと普通は無理だよね」

「そんなこと――」

 なくはない、あり得るか。
 普通の生活をしていても、どうせ、いつかは疑われる。他の生徒が『明神興信事務所』に依頼を出すかもしれない。
ならば、それを見越しておびきだす。

 その餌として使われたのが片寄 忠ということか。
 共犯者に仕立てられて可哀そうに。
 きっと、財力を持った親と、その過剰なまでの愛を受けているところに目を付けられたのだろう。
 親に愛された少年を利用するなんて、どれだけ卑怯なのだ!!
 やっぱり、〈悪魔〉は何処まで行こうと〈悪魔〉でしかない。
 怒りを込めて〈悪魔〉を睨む。

 私の視線に再び黒執が笑う。
 考え方が根本的に間違っていると。

「違うよ。そうじゃない――片寄 忠が主犯なんだよ」

 黒執はそう言った。
 この一連の事件で、手を引いていたのは〈悪魔〉である遠藤 旺騎ではなく――普通の人間である片寄 忠なのだと。

「え……?」

 直ぐにはその言葉を受け入れることが出来なかった。
 私の迷いに、訴えるように片寄 忠が詰め寄る。
 疑われるのは心外だと、大粒の涙を流しながら、助けを求めてきた。

「ち、違う! 僕は〈悪魔〉に脅されたんだ――! 本当だよ。ぼ、僕だって本当はこんなことしたくなかった。でも、そうしないと、皆みたいに……。そんなの嫌だから」

 逆らったら裸で四足で歩き回らされ、そして最後に殺される。
 それは嫌だと芝居がかった声で言う。

「そ、それに、僕が主犯だなんて、そんな証拠ないんでしょ?」

「ないね」

「なら、僕を助けて下さい! あなたも『明神興信事務所』にいたのであれば、〈悪魔〉を倒せるんですよね!」

『明神興信事務所』にいる人間全員が〈悪魔〉を倒す力は持っていない。
 いるのは正大 継之介と明神 公人の二人だけ。
 まあ、私も持ってはいるけど、あくまでもスパイだし。

 私に求められた救いに応じたのは黒執だ。
 陽気な声で宣言する。

「ああ、勿論、〈悪魔〉も殺すよ。そして、君も殺す。君は僕と同じでさ、人として底辺の匂いがするんだよ。いうなら、ゲロ以下の匂いってやつがね。そして、僕はその匂いを間違えたことはないんだよ――!!」

 黒執がはそう言って指先に付いた鱗を伸ばして鈎爪を作り、片寄 忠に振り下ろした。
 袈裟型に引き裂いた黒執の腕は、空を切った。

「……え?」

 普通の人間である片寄 忠が攻撃を避けた?
 しかも、『高速移動』で?
 そうだ。
 思えば、昨日、私達を邪魔した時も片寄 忠はその力を使っていた。

 後方に回避した片寄 忠は、後ろにある壁を蹴って、勢いを付ける。
 そして、そのまま黒執を正面から蹴り飛ばした。
 竜人となり、強化されているはずの黒執が吹き飛び、部室の中から転がり出る。

〈悪魔〉たちの戦いに、悲鳴を上げて陸上部の部員たちは逃げ出そうとする。
 全裸のまま、4つんばいで。
 私はその中の一人に手を貸して起き上がらせようとするが、彼らは自分達の脚で立つことは不可能だった。
 立つべき動きに必要な健が切り裂かれていたのだ。

 ……これが、同じ部に所属する仲間たちにする行為か?

 黒執を蹴り飛ばして得意げになっている。
 だが、表情は直ぐに痛みで染まっていった。

「ぐああっ!! いてぇ。僕の足が!!」

 いくら〈悪魔〉の力で速度が速くなっても体の強度は変化はないらしい。
黒執を蹴り飛ばした足の裏から、血が滲み、シューズを赤く染める。
 自分から剣山に飛び込んだのだ。
 そうなって当然のこと。
 足を抑えて地面に蹲る人間(・・)が私達に言う。

「ふざけんな! 俺の足を……。てめぇらが僕より前に立つことなんか許されねぇんだよ! 僕から逃げることは許されねぇんだよ!! そのためなら、〈悪魔〉だって利用してやる!」

「なるほど。つまり、君の『高速移動』は人にも付与できる力を持っていたんだ。……いや、違うな。自身の速さを人に分けることこそ君の能力か。『高速移動』は、〈悪魔〉の肉体を使って走ってるだけに過ぎないんだ」

 そうか。
 黒執の身体能力が向上するように、〈悪魔〉もまた人間離れした力を持っている。それを更に脚力にへと特化させれば、『高速移動』に近い速度を手にすることも可能。
〈悪魔〉が持つ能力とは別の――単純な肉体の持つ力か。

 自分と同じだと勘違いしてしまっていた。
 こういうパターンもあるんだね。
 勉強になりました。

「おい! 俺を無視して納得してんじゃねぇよ! 俺を無視するなんて、てめぇみたいな奴がしていいことじゃねぇんだ! 俺は誰よりも偉いんだよ!」

 自分より上に立つ人間が許せない。
 前を走る人間が許せない。
 だから、傷付けるし〈悪魔〉にも頼る。

 それが片寄 忠が〈悪魔〉と関わった動機らしかった。
 実に甘やかされた子供のように――駄々を捏ねた。
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