並行世界で悪魔とゲーム

誇高悠登

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掃除は大事 (正大 継之介)

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「おい! 悪かったって! 皆だって忙しかったんだからさ。そんな怒ることないだろ、公人!!」

 俺は扉を叩きながら言う。
 大声で叫ぶ俺を心配してか、階段から純さんが顔を覗かせた。心配そうな顔で、「どうしたの?」と純さんが聞く。

「あ、いや……。ちょっと、仕事場でトラブルが……。それで公人が怒ってしまって……」

 純さんに説明する俺の声が聞こえていたのか、公人が中から怒りに燃える声で言い訳を否定した。

「トラブル……? 何を言っているんだ、継之介は? あんなのトラブルでも何でもない。当たり前のことじゃないか!!」

「だから、それが、しょうがないことだろってば!!」

 扉を挟んで言い合う俺達を、純さんは微笑ましく見つめる。

「喧嘩はいいけど、暴力は駄目よ?」と言って一階に戻っていく。
心配はするが、過度に深入りをしてこない純さん。

〈悪魔〉と戦う俺達に取って、それは有難いことではあるが、今日、この時に限っては全然有難くなかった。むしろ、深く追求して欲しかった。
 公人は普段は冷静だが、一度、腹を拗らせると面倒くさい。
 純さんから話をしてくれれば、少しは聞いてくれただろうに……。

 何故、公人がこうなったのか。
 話は数時間前に遡る。





「そう言えば、公人さんって今日帰ってくるんですよね! どこに行ってるんでしたっけ!!」

『明神興信事務所』の所長席――公人が普段使用している椅子に座り、莉子ちゃんが聞いてきた。

 金曜日。
 俺達がいた世界では、プレミアムフライデーなるものが施行されることになった第三週目の金曜日。
 結局、俺はそのプレミアムを味わう間もなく『並行世界』に連れて来られたな。
 でも、この世界は殆ど変わらない世界。
 ならば、もしかしたら――存在しているかも。
 よし、夕方になったら外に出て確認しよう。
 ……。
 今の俺はアルバイトなので、そんな関係はないかも知れないが。
 どうでもいいことを考え、時間を潰していた昼時、莉子ちゃんから質問を受けたのだった。

 公人はどこにいるのかと。

「えっと……。確か名古屋に行くって言ってたな」

「やった。じゃあ、お土産は名古屋飯ですね!! 味噌かつ、手羽先、きしめん、天むす、ひつまぶしにエビフライ!!」

「……よく、そんなにメニューが出てくるな」

 リズムに乗せるようにして、名古屋の名物を並べる莉子ちゃん。公人は別に旅行に行ってる訳じゃないから、お土産の期待はしない方がいいとは――とても言える雰囲気ではないな。

 公人は仕事で名古屋に向かったのだ。

『明神興信事務所』の仕事は探偵業のようなモノではあるが、実際は、〈悪魔〉を専門的に扱う、日本でただ一つの事務所だ。

 日本における〈悪魔〉の出現率は、言うまでもなく、悪の根源である〈ゲームマスター〉とやらが、拠点にしている四国が一番だ。

 継いで、俺達が生活しているこの街が多い。

「いや、正しくは多くしてるってところか」

 ゲームバランスを整えるために。〈ポイント〉を手に入れるのに、〈悪魔〉が見つからなければゲームにならない。だからこそ、俺達が暮らしていた街を中心にして出現率を調整しているのだ。

「どこまでも、ふざけてやがる……」

 俺達も〈悪魔〉もゲームの駒でしかない。それを告げられているようで、俺は拳を強く握りしめる。

「……継之介さん?」

 莉子ちゃんが心配そうに顔を覗く。
〈悪魔〉に対する怒りで、莉子ちゃんへの気遣いを忘れた俺は、

「ああ、ごめん。でも、公人のお土産は期待しない方がいいよ」

 と、つい口を滑らせてしまった。
 俺の言葉に、「ガーン」と口を開けて固まる莉子ちゃん。
 それは、まるでどこぞの民族が使うお面のような表情だ。
 バロンとかシーサーとかな。

「な、なんでですか!!」

「どれだけ遠くに行こうとも、仕事は遊びじゃない。だから、お土産は買わない。それが公人のスタンスだ」

「そ、そんな……」

 仕事とプライベートの線引きは明確にする。
 休むときは休み、働くときは働く。
 それは、自分だけでなく、『明神興信事務所』全員で実践していた。

『明神興信事務所』には数人の従業員がいる。
 彼らは皆、仕事中は〈悪魔〉について話す権利を手にしている。
だから、基本的に、遠い地区での〈悪魔〉出現情報に置いては、彼らが出向いてくれることが多い。

 そして、調べた対象者が〈悪魔〉である可能性が高いと判断されると、公人が実際に確認し、最終的に判断を下す。

 人に疑われるのは辛いことだ。
 それが分かってるからこそ、公人は例え、時間が掛かろうとも慎重に動いているのだろう。

「ま、だから俺も、所長代理として、それだけは守らないとな」

 だが、公人がいない『明神興信事務所』において、俺が所長代理を務めることになる。
 こういう時に、自由に時間を捻出させてくれるバイト先に感謝だ。
 誠子に嫌味を言われるだけで済む。

『明神興信事務所』の皆は暖かく迎えてくれるし――いい職場だぜ。
 現在、俺と莉子ちゃん以外の従業員は、皆、外で活動していた。

 一人で『明神興信事務所』で待機する俺はやることはなく、ただの留守番として一週間が経過した。その結果――

「じゃあ、そろそろ片付けるかな」

『明神興信事務所』は見る影もなく散らかっていた。
 俺は立ち上がって内部を見渡す。
 机には食べかけのお菓子袋や、依頼主に出した紙コップが山のように積まれていた。公人のデスクにも、俺が食べていたカップ麺の容器が積み重なっていた。

「えー。別に公人さんが帰ってきてから片付けて貰えばいいじゃないですか! 綺麗好きな人が綺麗にする。それで万事OKです!」

「……莉子ちゃん。君って意外にメンタル強いよね」

 部屋を汚しているのは、俺だけじゃなくて莉子ちゃんも同罪なんだけどな。
 俺は苦笑しながらも片づけを始める。
 公人は、かなりの綺麗好きだ。
 まあ、それには理由があるんだけどさ。
 
 ただ、厄介なのはその理由が理由だけに、掃除に関してはかなり手厳しい。

 アルバイトである莉子ちゃんにも、それは同じなのか、口をとがらせてる。
 こうして部屋が汚れていくのも、教師がいなくて騒ぎ出す小学生と同じ心境なのか。子供の心を忘れないって大事だよなと、莉子ちゃんと笑い合っていると――、

「ただいま。帰ったよ、継之介」

 噂をすれば影が差す。
 その諺を証明するかのように、公人が扉を開けた。
 ヤバいと俺と莉子ちゃんは視線を合わすが、既に開いた扉の先には既に公人が立っていた。
 腕には名古屋で有名な味噌かつ店の袋が握られている。
 どうやら、お土産を買ってくれたようだ――珍しい。さては、莉子ちゃんがいるからって、ちょっと見栄を張ったな!

って、そうじゃない。
 公人が帰宅する予定は、本来は今日の夜中。

 お昼を食べてから掃除しても間に合うと余裕を持っていたのだが、何故……?
 いや、今はそんなことを考えても無駄だ。
 この状況、敵ることはただ一つ!!

「お、お土産じゃんか~!!いつもは買ってないのにどうしたんだよ。さては、莉子ちゃんがいるから奮発したな~!!」

「えー、そうだんですか~! 私、味噌かつ大好きなんですよ~!」

 大袈裟なリアクションで誤魔化すだけだ。
 俺の作戦を瞬時に理解した莉子ちゃんが、公人が握るお土産袋に飛びつこうとする。しかし、莉子ちゃんが袋を受け取るよりも先に、白い袋がこすれながら地面に落ちた。

「……継之介。これはどういうことだ?」

 どれだけ過剰に帰宅を迎え入れた所で、部屋が綺麗になるはずもない。
でも、陽気なテンションで話しかければ、許してくれると思っていたんだ。俺の浅はかな考えが公人に通じる訳もなく――公人にしては分かりやすく怒っていた。

「あ、いや、その……」

 公人の剣幕に言葉を濁す。
 扉の外から部屋を指差して怒鳴る。

「この部屋は、なんでこんなに汚いのかと聞いているんだよ!」

 掴みかからんばかりの勢いで詰め寄る公人。

「いや、なんか、慣れない環境だとさ、おやつとか食べたくならない?」

 それに、ほら、子供が両親がいないと知ると、おやつとか買ってパーティーするだろ?
 あんな感じだ。

「それは前にも聞いた!! 僕が聞いているのは、何故、型付けがされていないかと言うことだ。今までは、掃除残しがあったりしても、それなりに綺麗だから目を瞑ってきたけど、今日のこれはなんだ!!」

 事務所を示して怒鳴る公人。

「これからの時期、湿気も多くなって大変なんだ!! 今日中に片づけておいてくれ!!」

 公人はそう言って扉を閉めた。
 恐らく――純さんの待つ家に戻ったのだろう。

 とにかく、急いで片付けようと俺と莉子ちゃんは頷き合う。
 俺はゴミ袋や掃除用具を取りに奥へと向かう。
 コンパクトな掃除機を手に戻ってきた俺の前に――、

「やっぱり、味噌は濃い目に限りますよねぇー!!」

 お土産に手を伸ばす莉子ちゃんがいた。
 あれ?
 さっきの同意は何だったんだ? 

「継之介さん、掃除機なんて持ってきてどうしたんですか? まずは腹ごしらえするんですよね……?」

 どうやら、目の前の少女は、俺が掃除用具ではなく、箸や小皿を取りに戻ったと思っているらしい。
 春馬 莉子。
 彼女のメンタルは――俺が思っているより、遥かに強かった。
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