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私にさようなら
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棺の<自分>は、見なかった。
友人たちや「自称学友」たち(騒動ゆえの野次馬だろう)が、次々と花を手向ける。
踵を返して、席につくそれぞれが、
好奇の目で、<エリゼ>を見た。
「欠席してもよかった」
侯爵は、再びの小さなつぶやきを盛らす。
「なりませんわ……
どういう因果であろうと、見送るのは、わたくしの責務です」
それは、心の中のエリゼの懇願だった。
お辛いと思います!でも、でも、
ご自分のお体とお別れすることは
(必要だと、おっしゃったのよね)
長兄が、挨拶に立った。
「本日は、ご参列ありがとうございました。
故人リアは、優秀な前途ある学生でした。しかし、
事故は、悪意はなくとも、リアが引き金で起きています。
サウスウッド侯爵様、ノースフォース公爵様には、
多大なご迷惑とご心痛をおかけしています。
この度の、葬儀に際し、
両家から、多大な支援も得ており、
かくも盛大な見送りとなりました。
改めて、お礼と感謝を申し上げ、
皆様のご厚意にも、深くお礼申し上げます。
残された家族一同、
この悲劇を乗り越え、
前に向かってまいります。
ありがとうございました」
(賢いお兄様らしいわ)
長兄は、私をサゲ、多分であるが侯爵家から、見舞金として莫大な金額が支払われているのだろう。
(私が犯人じゃない!)
確かに、確かに私はあの時、押されたのだ。
まだ捜査半ばであり、公言はなされていないのに、
葬儀の感謝として、私が原因だと知らしめ、
侯爵家公爵家、双方とは和解しているといったストーリーを展開した。
(多分)
私を売るかわりに、商売をしている長兄の支援か、下の弟の学資保障か、
とにかく
実家は潤ったのだ。
多分、私が職を得て、家庭を持つまでの間、仕送りをし続けるよりも。
「エリゼ」
侯爵様は、優しい声で、帰宅を促した。
「はい。お父様」
父も母も
忘れるだろう。
気の強い自立を願う娘のことなど。
兄の商会や、
次男の結婚や、
弟二人の進学や
みすぼらしい領地の開拓や
領地に帰るころには、
忘れてしまうのだろう。
王都の墓地に瀟洒な墓石を与えられた娘のことなど。
(さようなら。
お母さま、日常の家事を押し付けてくださってありがとう。
おかげで、暮らしに困らない娘になれました。
お父さま、帳簿をつけさせてくれてりがとう。
初等学校の私でしたが、簿記をマスタすることで、理数に強くなれました。
にいさん、さぼるあなたの代わりに麦を育てて、
私はたくましくなりました。
弟たちのおかげで、
私は王都でシッターのアルバイトに呼ばれました)
これからどうなるか、わからないけれど、
エリゼの瞳で、私は家族を見つめた。
そして、覚えたての着座のカーテシーをして、
従者に押されて車いすで退出したわ。
(……あっけないものね)
今日は自分との惜別だと、
エリゼの中で生きていく覚悟を決める日だと、思っていた。
でも、
私の中に残ったのは、
実の家族との、今生の別れ。
そしてそれは、あまりにもあっさりと受け入れてしまうものだったのだ。
薄情なのかも。
人としてどうかしてるわ。
もう生きてないから、人じゃないけど。
「これで、そなたを悪く言うものはいないだろう。
ノースフォース令嬢は、まだ目覚めないが、あの流れで決着がつくはずだ。
エリゼ。不運ではあったが、そなたに何ら瑕疵はない。
胸を張って、もとの笑顔のエリゼに、早く戻っておくれ」
馬車の中の侯爵の言葉に、合点がいく。
やり手の侯爵は、娘の醜聞を薙ぎ払うために、長兄を丸め込んだのだろう。
今日は、それを確実に実行させるために、葬儀に出たのだろう。
娘のエリゼが同行する、とは予定にはなかっただろうけれど。
「はい。お父様。
……はやく、#もとのお父様の娘に__・__#」
戻してあげよう。
そして、私はあの世に旅立つの。
もう、私の亡骸は、朽ち始めているのだから。
かえしてあげるわ、エリゼ様。
友人たちや「自称学友」たち(騒動ゆえの野次馬だろう)が、次々と花を手向ける。
踵を返して、席につくそれぞれが、
好奇の目で、<エリゼ>を見た。
「欠席してもよかった」
侯爵は、再びの小さなつぶやきを盛らす。
「なりませんわ……
どういう因果であろうと、見送るのは、わたくしの責務です」
それは、心の中のエリゼの懇願だった。
お辛いと思います!でも、でも、
ご自分のお体とお別れすることは
(必要だと、おっしゃったのよね)
長兄が、挨拶に立った。
「本日は、ご参列ありがとうございました。
故人リアは、優秀な前途ある学生でした。しかし、
事故は、悪意はなくとも、リアが引き金で起きています。
サウスウッド侯爵様、ノースフォース公爵様には、
多大なご迷惑とご心痛をおかけしています。
この度の、葬儀に際し、
両家から、多大な支援も得ており、
かくも盛大な見送りとなりました。
改めて、お礼と感謝を申し上げ、
皆様のご厚意にも、深くお礼申し上げます。
残された家族一同、
この悲劇を乗り越え、
前に向かってまいります。
ありがとうございました」
(賢いお兄様らしいわ)
長兄は、私をサゲ、多分であるが侯爵家から、見舞金として莫大な金額が支払われているのだろう。
(私が犯人じゃない!)
確かに、確かに私はあの時、押されたのだ。
まだ捜査半ばであり、公言はなされていないのに、
葬儀の感謝として、私が原因だと知らしめ、
侯爵家公爵家、双方とは和解しているといったストーリーを展開した。
(多分)
私を売るかわりに、商売をしている長兄の支援か、下の弟の学資保障か、
とにかく
実家は潤ったのだ。
多分、私が職を得て、家庭を持つまでの間、仕送りをし続けるよりも。
「エリゼ」
侯爵様は、優しい声で、帰宅を促した。
「はい。お父様」
父も母も
忘れるだろう。
気の強い自立を願う娘のことなど。
兄の商会や、
次男の結婚や、
弟二人の進学や
みすぼらしい領地の開拓や
領地に帰るころには、
忘れてしまうのだろう。
王都の墓地に瀟洒な墓石を与えられた娘のことなど。
(さようなら。
お母さま、日常の家事を押し付けてくださってありがとう。
おかげで、暮らしに困らない娘になれました。
お父さま、帳簿をつけさせてくれてりがとう。
初等学校の私でしたが、簿記をマスタすることで、理数に強くなれました。
にいさん、さぼるあなたの代わりに麦を育てて、
私はたくましくなりました。
弟たちのおかげで、
私は王都でシッターのアルバイトに呼ばれました)
これからどうなるか、わからないけれど、
エリゼの瞳で、私は家族を見つめた。
そして、覚えたての着座のカーテシーをして、
従者に押されて車いすで退出したわ。
(……あっけないものね)
今日は自分との惜別だと、
エリゼの中で生きていく覚悟を決める日だと、思っていた。
でも、
私の中に残ったのは、
実の家族との、今生の別れ。
そしてそれは、あまりにもあっさりと受け入れてしまうものだったのだ。
薄情なのかも。
人としてどうかしてるわ。
もう生きてないから、人じゃないけど。
「これで、そなたを悪く言うものはいないだろう。
ノースフォース令嬢は、まだ目覚めないが、あの流れで決着がつくはずだ。
エリゼ。不運ではあったが、そなたに何ら瑕疵はない。
胸を張って、もとの笑顔のエリゼに、早く戻っておくれ」
馬車の中の侯爵の言葉に、合点がいく。
やり手の侯爵は、娘の醜聞を薙ぎ払うために、長兄を丸め込んだのだろう。
今日は、それを確実に実行させるために、葬儀に出たのだろう。
娘のエリゼが同行する、とは予定にはなかっただろうけれど。
「はい。お父様。
……はやく、#もとのお父様の娘に__・__#」
戻してあげよう。
そして、私はあの世に旅立つの。
もう、私の亡骸は、朽ち始めているのだから。
かえしてあげるわ、エリゼ様。
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