30 / 34
年齢
しおりを挟む
結局、平成の家族の中で1年間過ごした。
この間に敬子には大きな変化があった。老眼がやって来たのである。
もともと目は悪くはなかった。それまで眼鏡をかけて生活したことは全く無い。
それは突然来た。それまで何の苦労もなく読めていた文字が霞んで見える。
「ついに来たか」
両親が老眼になった頃を思い出した。両親も若い頃には眼鏡などかけてはいなかったが、40代半ばころ急に使いだすようになった。
二つの時代に生きる自分は実年齢を意識して来なかったが、こうなっては意識せざるを得ない。両方の時代を生きた年数を合わせればもう40代後半である。
眼鏡屋で作ろうかとも思ったが、平成の時代には百均という店がある。実際には消費税が加算されるから100円ではないが、本来昭和の人間である慶子からすればどれも信じられないほど安く、物も悪くない。
ひょっとして老眼鏡もあるかも、と見てみたら、やはりあった。レンズはプラスチックで付けていないと思うくらい軽い。
帰宅後、ユウさんと娘たちに話す。
「老眼になったみたい。届け出た年齢より、実はかなりいっているのかもしれない」
ユウさんは特に気にする様子は無かった。
「いつかは誰もが通る道だし、眼鏡をかけた君もいいよ」
「ママ、似合ってる」
「ありがとう」
いつ昭和に戻るか決めていないけど、戻ったらすぐ作らなければ。向こうには百均など存在しないから、注文して出来上がるまでは虫眼鏡でも使わなければならないだろう。
ある日、ユウさんからこんなことを言われた。
「今度の夏休み、家族で海外旅行に行かない?」
「嬉しいけど、大丈夫なの?家族全員で行ったら相当かかるんじゃない?」
「格安航空券、ってものがあるらしいよ」
敬子はこういうものに興味が無いので知らなかったが、昭和では考えられないくらい安く海外旅行ができるらしい。場所によってはユウさんの両親も含めて家族7人一緒でもそれほど高額にはならない。
昭和にいた時は海外旅行など行ったことが無い。あんな夫と何日も一緒に旅行するなんて考えただけでもぞっとするが。友人たちと行くのであればいいが、あいにくそんな金は無い。
「どこか行きたいところ、ある?」
あることはあった。敬子は昭和の時代では「赤毛のアン」に夢中になっていたからである。こちらと違って楽しみが少ない生活の中では小説というのは寝る前など短い時間でいつでも楽しめるものだった。そんな「少女趣味」の慶子を夫がバカにしていることは知っていたが、気にしていたらきりがない。慶子の方でもほとんど趣味と言えるようなものを持たず、仕事しか生きがいの無い夫のことを内心バカにしていた。どうせ家にいるのは1年のうち1/3も無いのである。
昭和54年1月からテレビアニメで「赤毛のアン」が放送され始めていた。子供、特に少女向けの作品だが、慶子にとって楽しみが少ない昭和の家では子供たちより慶子の方が夢中になっていた。
舞台になっている「プリンス・エドワード島」に行ってみたかったが、そんなマイナーな場所では格安航空券や格安ツアー旅行は無いだろう。
ユウさんには隠すようなことではないので、正直に話す。
「確かに結構かかりそうだな」
「いいのよ。聞いてくれただけでも嬉しいんだから」
「きみ一人だけなら何とかなるよ」
「でも、悪いわ」
「気にすること無い。行ってきなさいよ」
しばらく考えた。ここで逃したら、一生行くことは無いかもしれない。
「ありがとう。本当にいいの?」
「子供たちのことなら心配いらない。ぼくの両親もいることだし」
決断した。むざむざこの機会を逃すことは無い。
「決めたわ。行ってきます」
それから、パスポートを取得したりし、いよいよその日が来た。
昭和の生活をしているときに既に成田空港は開通していたが、海外旅行の経験が無い慶子は行ったことが無かった。初めての海外旅行、緊張する。
「それじゃ、行ってくるわね。子供たちをよろしく」
50近くなって初めて、しかも一人だけの海外旅行だ。昭和の家族だったら絶対にありえない。
この間に敬子には大きな変化があった。老眼がやって来たのである。
もともと目は悪くはなかった。それまで眼鏡をかけて生活したことは全く無い。
それは突然来た。それまで何の苦労もなく読めていた文字が霞んで見える。
「ついに来たか」
両親が老眼になった頃を思い出した。両親も若い頃には眼鏡などかけてはいなかったが、40代半ばころ急に使いだすようになった。
二つの時代に生きる自分は実年齢を意識して来なかったが、こうなっては意識せざるを得ない。両方の時代を生きた年数を合わせればもう40代後半である。
眼鏡屋で作ろうかとも思ったが、平成の時代には百均という店がある。実際には消費税が加算されるから100円ではないが、本来昭和の人間である慶子からすればどれも信じられないほど安く、物も悪くない。
ひょっとして老眼鏡もあるかも、と見てみたら、やはりあった。レンズはプラスチックで付けていないと思うくらい軽い。
帰宅後、ユウさんと娘たちに話す。
「老眼になったみたい。届け出た年齢より、実はかなりいっているのかもしれない」
ユウさんは特に気にする様子は無かった。
「いつかは誰もが通る道だし、眼鏡をかけた君もいいよ」
「ママ、似合ってる」
「ありがとう」
いつ昭和に戻るか決めていないけど、戻ったらすぐ作らなければ。向こうには百均など存在しないから、注文して出来上がるまでは虫眼鏡でも使わなければならないだろう。
ある日、ユウさんからこんなことを言われた。
「今度の夏休み、家族で海外旅行に行かない?」
「嬉しいけど、大丈夫なの?家族全員で行ったら相当かかるんじゃない?」
「格安航空券、ってものがあるらしいよ」
敬子はこういうものに興味が無いので知らなかったが、昭和では考えられないくらい安く海外旅行ができるらしい。場所によってはユウさんの両親も含めて家族7人一緒でもそれほど高額にはならない。
昭和にいた時は海外旅行など行ったことが無い。あんな夫と何日も一緒に旅行するなんて考えただけでもぞっとするが。友人たちと行くのであればいいが、あいにくそんな金は無い。
「どこか行きたいところ、ある?」
あることはあった。敬子は昭和の時代では「赤毛のアン」に夢中になっていたからである。こちらと違って楽しみが少ない生活の中では小説というのは寝る前など短い時間でいつでも楽しめるものだった。そんな「少女趣味」の慶子を夫がバカにしていることは知っていたが、気にしていたらきりがない。慶子の方でもほとんど趣味と言えるようなものを持たず、仕事しか生きがいの無い夫のことを内心バカにしていた。どうせ家にいるのは1年のうち1/3も無いのである。
昭和54年1月からテレビアニメで「赤毛のアン」が放送され始めていた。子供、特に少女向けの作品だが、慶子にとって楽しみが少ない昭和の家では子供たちより慶子の方が夢中になっていた。
舞台になっている「プリンス・エドワード島」に行ってみたかったが、そんなマイナーな場所では格安航空券や格安ツアー旅行は無いだろう。
ユウさんには隠すようなことではないので、正直に話す。
「確かに結構かかりそうだな」
「いいのよ。聞いてくれただけでも嬉しいんだから」
「きみ一人だけなら何とかなるよ」
「でも、悪いわ」
「気にすること無い。行ってきなさいよ」
しばらく考えた。ここで逃したら、一生行くことは無いかもしれない。
「ありがとう。本当にいいの?」
「子供たちのことなら心配いらない。ぼくの両親もいることだし」
決断した。むざむざこの機会を逃すことは無い。
「決めたわ。行ってきます」
それから、パスポートを取得したりし、いよいよその日が来た。
昭和の生活をしているときに既に成田空港は開通していたが、海外旅行の経験が無い慶子は行ったことが無かった。初めての海外旅行、緊張する。
「それじゃ、行ってくるわね。子供たちをよろしく」
50近くなって初めて、しかも一人だけの海外旅行だ。昭和の家族だったら絶対にありえない。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
5
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる