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「君って、大学出ているの?」
「慶子」は高卒だ。慶子が卒業した高校は決してレベルが低いわけではなく、何より当時はあまり勉強できない人はそもそも高校へ進学したりしなかったが、大学へ行ける人はごく一握りで、学年上位の人でも進学しない人の方が多かった。大学に進学するのは学力も高くて家庭環境にも恵まれた人だけだった。
もっとも、「敬子」は高卒資格すら無い。記憶喪失で自分自身がどこの誰かも分からない(ということになっている)のだから。
ユウさんはすぐに気づいたらしい。
「ごめん。普段あまりに普通に生活しているものだから、君が記憶喪失だということをすっかり忘れていた。でも、かなり教養があるようだし、大学を卒業しているように思えるんだけどね。きみにその気があるなら、大学の授業受けてみようと思わない?」
それは慶子にとって憧れ続けていたことだった。同級生で大学や短期大学に進学したのはごく限られていたけど、どんなに輝いて見えたことか。
もちろんそんなことは「夢のまた夢」であることもわかっている。もっとも、今の生活自体が「夢のまた夢」と同じなのだけれど。
「私、高校を卒業しているかどうかも分からないのよ」
「きみにその気があるなら、高認試験を受けてみたらどうかな。きみだったらすぐ合格できそうな気がするよ」
「そんなの無理よ」
「慶子」の時に高校を卒業したのは遥か昔だ。国語や社会科なら何とかなるかもしれないが、特に数学なんて合格する自信は無い。
「ネットを使えばできるんじゃないかな」
インターネット学習!そこには考えが及ばなかった。昭和の時代には(少なくとも慶子には)存在すら知らなかったものなのである。
「やってみようかな」
「きみならきっとすぐ合格できるよ」
自信が沸いてきた。昭和の家庭だったら絶対あり得なかったことでも、この家族ならきっと叶う。
昭和では、中学生の歩と泰代もそろそろ高校受験勉強を考えなければならない年齢。二人に負けないように勉強を始めるのも悪くは無い。昭和の家族の元に戻っている時はそんなことはできないから、しばらくこちらにいることになるだろう。
元々成績はそれほど悪くは無かった。「慶子」が中学を卒業する頃は誰もが高校に進学していたわけではなく、成績が並以下の子のほとんどは就職していた。中卒でも採用する就職先がいくらでもあったからである。
数学や理科は得意だったわけではないけど、まるっきり忘れたわけではないから復習すれば何とかなるかもしれない。理工系の大学を目指すわけではないから最低限の勉強をすれば済むだろう。
検索してみたら、問題集やらテキストやらがたくさん出てくる。それらのほとんどが無料で使える。昭和の時代を思えば夢のような世界である。
思わず口走る。
「パソコン一つで何でもできるなんてすごいわね」
「きみ、昭和から来た人みたいなこと言うね」
思わずぎくりとしたが、平静を装う。
「ひょっとしたらそうなのかもしれない」
実際そうなのだが。
昭和の家族でも、上の二人はそろそろ高校受験の頃だ。成績優秀な泰代は心配していないが、歩はお世辞にも勉強に身が入っているとは言い難い。夫が教えていたこともあったが、夫の教え方はスパルタというより恐怖政治に近く、恐れおののいた歩は一切夫に聞かなくなった。夫は仕事の関係で滅多に家にいることが無いが、家にいないときと家にいる時の歩の態度は全く違う。家に帰ってくることを知った時の歩は顔色が目に見えて変わる。よほど夫のことを恐れているのだ。
それは慶子も同じだ。夫がいないときは心が休まるのを否定できない。
時代背景もあるかもしれない。
実家の父親も絶対君主であることに変わりはなかった。ただ、母親に対して暴力を振るったりしたのは見たことが無い。
夫は違う。
自分が気にいらないことがあると子供でも妻でも暴力を振るう。ただ、泰代に暴力を振るったのは見たことが無い。よほど夫のお気に入りなのだろう。
反対に歩は幼少時から気に入らなかったらしく、何かといえばすぐ暴力を振るってきた。慶子が何か言っても一切聞く耳を持たない。
歩には同情した。もし、双子に生まれていなかったら、比較の対象がそもそもないわけだからここまでひどい暴力は振るわれなかったことだろう。慶子に言わせれば容量が良く夫の気に入られるようなことばかりしている泰代よりはるかに純粋でいい子なのだが、夫からすれば自分の気に入ったように行動することだけが子供に対する価値観の全てなのである。
夫は成績は優秀だったらしいが、高卒だ。実家は名家だが、祖父の代に没落したらしく、奨学金を借りて高校を卒業したと聞いた。高卒の身で管理職になっているのは相当に能力があったからなのだろうが、だからといって家族を馬鹿にしたり暴力を振るっていい理由にはならない。
私が大学を卒業すれば、学歴は夫を上回ることになる。そんなことは口に出せないけど、精神的には見下ろすことができそうだ。
「やってみる」
すぐに勉強を始めた。インターネットでなんでも調べられる平成の世界の強みだ。図書館が丸ごと家にあるようなもので、昭和では絶対に不可能なこと。
「慶子」は高卒だ。慶子が卒業した高校は決してレベルが低いわけではなく、何より当時はあまり勉強できない人はそもそも高校へ進学したりしなかったが、大学へ行ける人はごく一握りで、学年上位の人でも進学しない人の方が多かった。大学に進学するのは学力も高くて家庭環境にも恵まれた人だけだった。
もっとも、「敬子」は高卒資格すら無い。記憶喪失で自分自身がどこの誰かも分からない(ということになっている)のだから。
ユウさんはすぐに気づいたらしい。
「ごめん。普段あまりに普通に生活しているものだから、君が記憶喪失だということをすっかり忘れていた。でも、かなり教養があるようだし、大学を卒業しているように思えるんだけどね。きみにその気があるなら、大学の授業受けてみようと思わない?」
それは慶子にとって憧れ続けていたことだった。同級生で大学や短期大学に進学したのはごく限られていたけど、どんなに輝いて見えたことか。
もちろんそんなことは「夢のまた夢」であることもわかっている。もっとも、今の生活自体が「夢のまた夢」と同じなのだけれど。
「私、高校を卒業しているかどうかも分からないのよ」
「きみにその気があるなら、高認試験を受けてみたらどうかな。きみだったらすぐ合格できそうな気がするよ」
「そんなの無理よ」
「慶子」の時に高校を卒業したのは遥か昔だ。国語や社会科なら何とかなるかもしれないが、特に数学なんて合格する自信は無い。
「ネットを使えばできるんじゃないかな」
インターネット学習!そこには考えが及ばなかった。昭和の時代には(少なくとも慶子には)存在すら知らなかったものなのである。
「やってみようかな」
「きみならきっとすぐ合格できるよ」
自信が沸いてきた。昭和の家庭だったら絶対あり得なかったことでも、この家族ならきっと叶う。
昭和では、中学生の歩と泰代もそろそろ高校受験勉強を考えなければならない年齢。二人に負けないように勉強を始めるのも悪くは無い。昭和の家族の元に戻っている時はそんなことはできないから、しばらくこちらにいることになるだろう。
元々成績はそれほど悪くは無かった。「慶子」が中学を卒業する頃は誰もが高校に進学していたわけではなく、成績が並以下の子のほとんどは就職していた。中卒でも採用する就職先がいくらでもあったからである。
数学や理科は得意だったわけではないけど、まるっきり忘れたわけではないから復習すれば何とかなるかもしれない。理工系の大学を目指すわけではないから最低限の勉強をすれば済むだろう。
検索してみたら、問題集やらテキストやらがたくさん出てくる。それらのほとんどが無料で使える。昭和の時代を思えば夢のような世界である。
思わず口走る。
「パソコン一つで何でもできるなんてすごいわね」
「きみ、昭和から来た人みたいなこと言うね」
思わずぎくりとしたが、平静を装う。
「ひょっとしたらそうなのかもしれない」
実際そうなのだが。
昭和の家族でも、上の二人はそろそろ高校受験の頃だ。成績優秀な泰代は心配していないが、歩はお世辞にも勉強に身が入っているとは言い難い。夫が教えていたこともあったが、夫の教え方はスパルタというより恐怖政治に近く、恐れおののいた歩は一切夫に聞かなくなった。夫は仕事の関係で滅多に家にいることが無いが、家にいないときと家にいる時の歩の態度は全く違う。家に帰ってくることを知った時の歩は顔色が目に見えて変わる。よほど夫のことを恐れているのだ。
それは慶子も同じだ。夫がいないときは心が休まるのを否定できない。
時代背景もあるかもしれない。
実家の父親も絶対君主であることに変わりはなかった。ただ、母親に対して暴力を振るったりしたのは見たことが無い。
夫は違う。
自分が気にいらないことがあると子供でも妻でも暴力を振るう。ただ、泰代に暴力を振るったのは見たことが無い。よほど夫のお気に入りなのだろう。
反対に歩は幼少時から気に入らなかったらしく、何かといえばすぐ暴力を振るってきた。慶子が何か言っても一切聞く耳を持たない。
歩には同情した。もし、双子に生まれていなかったら、比較の対象がそもそもないわけだからここまでひどい暴力は振るわれなかったことだろう。慶子に言わせれば容量が良く夫の気に入られるようなことばかりしている泰代よりはるかに純粋でいい子なのだが、夫からすれば自分の気に入ったように行動することだけが子供に対する価値観の全てなのである。
夫は成績は優秀だったらしいが、高卒だ。実家は名家だが、祖父の代に没落したらしく、奨学金を借りて高校を卒業したと聞いた。高卒の身で管理職になっているのは相当に能力があったからなのだろうが、だからといって家族を馬鹿にしたり暴力を振るっていい理由にはならない。
私が大学を卒業すれば、学歴は夫を上回ることになる。そんなことは口に出せないけど、精神的には見下ろすことができそうだ。
「やってみる」
すぐに勉強を始めた。インターネットでなんでも調べられる平成の世界の強みだ。図書館が丸ごと家にあるようなもので、昭和では絶対に不可能なこと。
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