猫っぽいよね?美鈴君

ハルアキ

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1、俺の正体

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 うちのクラスの美鈴君は、猫っぽい。

 どこが? って聞かれたら、そうだなぁ……。まずはあの、つり上がり気味の大きな目。
 くぁっと口を開けたあくびの仕方。
 時々猫背だし、足音を立てないで歩くところなんて、猫そっくり。

 それにね、美鈴君はいつも寝てるんだ。
 授業が終わると机にふせて、すやすや寝てる。授業中にもこっそり居眠りしてる時があることを、私は知ってる。
 美鈴君って、カッコいいよね! とクラスの女子は騒いでいるけど、私が注目しているのはそこじゃない。

 イケメンかどうかってことより、猫っぽいことが気になってしまう。
 どうしてみんな、気がつかないの? 美鈴君って、ほんとに、猫みたいなのに!
 そう言って友達に笑われるのが嫌だから、話したことはないんだ。私はこっそり、バレないように、毎日美鈴君を観察してる。

 ほら、美鈴君は今日も寝てる。猫はいつも寝ているけど、美鈴君も同じだ。眠くて眠くて仕方ないみたい。

(でも……、おーい、授業中だよ美鈴君。先生に見つかったら、怒られちゃうよ!)

 窓際の席。窓の外からそよそよと吹きこむ風が、美鈴君の柔らかい髪を揺らしている。
 気持ち良さそうに眠ってるなー、なんて思っていると……。

(……あれ?)

 美鈴君の頭に、とがった耳が生えている。
 おしりから生えた尻尾が席からはみ出して、ユラユラ揺れて……いる?
 ぎょっとして、私は目を見開いた。

(い……いやいや、まさか! そんな馬鹿な!)

 ブンブン首を横に振って、何度もまばたきをして、もう一度、よーっく見てみる。

(消えてる……。見間違いか。そうだよね。私ったら、美鈴君のこと猫みたいだって思いすぎて、幻まで見えるようになっちゃったのかな。ヤバいなぁ)

 このところ美鈴君のことが気になって、熱心に観察しているせいで授業もおろそかにしちゃってる私。次のテストの点がどうなるかと思うと、ぞっとする。
 その時、美鈴君が体を起こした。

 しかも、真っ直ぐこちらを見る。
 美鈴君の鋭い視線と私の視線がぶつかった。

(うわっ!)

 あわてて目をそらす。
 もしかして、じろじろ見てたのわかっちゃったかな?
 国語の教科書に顔を隠しながら、冷や汗をかく私。

 危ない危ない。私と美鈴君って、ほとんど口を聞かない仲だし、あんまり見てたら怒られちゃうかもしれないよね。
 気をつけなくちゃ!


 ……なーんて、思っていた日の休み時間。

「おい、叶井。放課後、校舎裏のビニールハウスのところで待ってるから、一人で来い」
「……叶井って……私?」
「当たり前だろ。クラスに叶井はお前だけだ」

 自分の席に座る私はぽかんとしながら、目の前に立つ美鈴君を見上げた。
 そうです。私は叶井真梨佳。叶井といったら、クラスどころか五年生にも私だけ。
 だけど、信じられないじゃない? ろくにしゃべったこともない美鈴君に、呼び出されるなんて。

 一体、どうして?
 聞いてみたけど、「後で話す」と言って自分の席に戻ってしまい、教えてくれない。
 あー、これってあれだよね。さっきじろじろ見ていたせいだよね。
 私、美鈴君に呼び出されて、めちゃくちゃキレられちゃうんじゃないの……?
 どうしようーっ!


 気づけば、あっという間に放課後だ。
 こっそり帰っちゃおうかな、と悩んだものの、明日また顔をあわせるんだから、すっぽかした方がまずい。
 というわけで、私は観念して、一人とぼとぼ、ひと気のない校舎裏に向かった。

(どうやって言い訳しようかな……美鈴君のことを見てたんじゃなくて、窓の外を見てたんです……これでいけるかな……)

 ひとりごとをつぶやきながら、ビニールハウスの近くに到着した。

「それとも正直に……私、美鈴君のことが前からずっと気になってて……ってこれじゃあ告白じゃん!」

 違う違う! と自分の言葉にあわてて、じたばたする私。
 すると。

「来たな、叶井」

 上から声が降ってくる。美鈴君、先に来てたんだ。……って、上?
 ビニールハウスの横の木の上に、美鈴君は座っている。危ないから登っちゃダメだって、先生方がよく怒っている大きな木だ。

「お前、いつも俺のことを見てるよな」
「う……」

 バレてた。それも今日だけじゃなくて、前から見てたことを。
 やっぱりどこか猫を思わせる大きな瞳で、美鈴君はこちらを見下ろしていた。しなやかな体。つんとした表情。どこからどう見ても、猫っぽい。

「気づいてるんだろ? 俺の正体」
「正体……?」

 何の話だろう? と首をかしげていると、美鈴君は立ち上がって、なんと――ジャンプをした。

「危ない!」

 身長よりもずっと高い。落ちて転んだら骨を折っちゃうかもしれない。
 でも、美鈴君は、ひょいっとほとんど音もなく、実にキレイに着地した。私の方を冷ややかに見て、美鈴君は軽いため息をつく。

「このくらいの高さ、危ないわけないだろ」

 そして衝撃の一言。

「俺は猫なんだからさ」
「へ?」
「だから、俺が猫だってこと、お前も気づいてるんだろ?」

 まるで時間が止まったように、私は身動き一つとらずに、美鈴君を見つめていた。フリーズってやつ?
 うん。だって、何を言ってるかわからないからね。
 俺は猫って、どういう意味?

「お前には言っておきたいことがある。もうじき、この町からは猫が一匹残らずいなくなるぞ」
「…………は?」

 待って待って。さっきから何言ってるの?
 ごめんなさい。私はもう、お手上げです!

 * * *

「こんにちはーっ」

 学校から帰った私は、保護猫シェルター「HOKAHOKA」に向かった。ここは叔母さんがボランティアで働かせてもらっていて、私もお願いをして手伝わせてもらってるんだ。
 猫が大好きなんだけど、うちはお父さんがアレルギーだから飼うことができないんだ。どうしても猫と関わりたかったし、猫のためにできることはないかなって思ってたから、手伝いを許された時は本当に嬉しかったんだよね。

「よしよし、ミータ元気? ココアは食欲戻ったんだって? よかったね。三郎は耳のケガ治ったの?」

 猫はみーんな、可愛い。
 それぞれ模様や顔に特徴があって、すぐに名前も覚えちゃった。新入りさんが来ても、覚えるのは得意なんだ。
 トイレやケージの中の掃除。じゃらして運動、ブラッシング。爪切りは……私にはまだ無理かな。
 楽なことばかりじゃないけど、猫のお世話をするのは私にとって、すごく幸せな時間なんだ。

「今日もありがとう、真梨佳ちゃん」

 スタッフのおばさんが、猫をじゃらしている私に声をかけてくれる。それから、後ろをちらっと見た。

「真梨佳ちゃんのお友達、猫にモテモテねぇ~」
「……はあ」

 部屋の隅で猫を撫でているのは、美鈴君だ。美鈴君は猫達にすりすりされている。絶対誰にもなつかない、凶暴な猫「ゴン」までが美鈴君のそばでおとなしくしているなんて……。

「君は猫が好きなの?」

 おばさんに声をかけられた美鈴君は、にっこりと微笑む。

「はい、好きです。うちでも三匹、飼ってるんです」

 わ! 学校ではあんな愛想の良い顔、しないのに!
 ……さては美鈴君、猫をかぶってるな……?
 好き、という言葉にウソはないようで、美鈴君は慣れた手つきで猫をなでている。ほおをこすりつける猫(名前はポテトちゃん。茶色のトラ柄)は、しっぽをぴんと立てて嬉しそうだ。

 私は美鈴君の謎の言葉については一切説明をされないまま、「お前保護猫シェルターで手伝いしてるんだってな。俺も見に行きたいんだけど」とここへ連れて行かされる羽目になってしまった。
 私は今一番気になっている、小さな白い子猫がいるケージの中をのぞいてみた。隅の方で丸まっているこの子は、新入りさん。

 町の林道に、箱に入れられて捨てられてたんだ。それを見つけた人が相談にきて、うちで保護することになったの。

「おーい、元気? シロちゃん」

 来たばかりの猫は大体こんな風に縮こまって警戒しているものだけど、このシロちゃん(名前はまだ決まってないので、おチビちゃんとかシロちゃんとか呼ばれてる)もそうだった。
 あんまり食欲も元気もなくて、心配だなぁ。

 動物病院で診てもらったところでは、異常はないって叔母さんが言ってたけど……。
 美鈴君はといえば、穏やかな顔をして猫とまだたわむれている。
 そうやって美鈴君を見ていると、また目が合ってしまった。

「ねえ、説明はいつしてくれるのっ?」

 小声で私は声をかけた。
 そんな私を見て、美鈴君は「ふふん」といった顔で笑う。
 ちょっと、何なのその笑い方。まさかからかってるわけじゃないでしょうね!
 私はもやもやした気持ちを抱えながら、猫達のお世話へと戻った。
 なんだか、今日はとんでもない日になりそうだ。というか、なりつつある……。
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