私を利用するための婚約だと気付いたので、別れるまでチクチク攻撃することにしました

柚木ゆず

文字の大きさ
38 / 41
番外編(リクエスト)

番外編その2 アルクとサイズの平民生活~ダメ息子と農業とリナとレオの言葉~(2)

しおりを挟む
「アルクサイズっ。これ食ってみろ」

 あの日から12日間後。平民生活が始まって27日目の事でした。農業の師匠であるゲイルが、2人の前に真っ赤なトマトを差し出しました。

「「……え? いえ……。遠慮しておきます……」」

 今日も今日とて虫に悪戦苦闘して、おまけにさっきは――

『『ぎやああああああああっ!! 虫が落ちたっ!! 腕に落ちてきたぁっ!!』』

 兄弟仲良く、右腕をゾワゾワと這われてしまいました。
 元々虫が苦手な彼らには、それは大ダメージで。いつも以上に疲弊しており、力なく首を左右に振りました。

「「……お気持ちだけ、頂いておきます……。はい……」」
「おいおい、そんな事言うなって。このトマトはお前達がこの畑に来て、初めて世話をしたやつなんだぞ? 記念に食ってみろよ」
「「……トマトは、何百回も食べてるから……。結構で――」」
「自分が携わったもんは、一味も二味も違うんだよ。いいから食ってみろって!」

 嬉々として手の平に置かれ、アルクとサイズは顔を見合わせ、程なく揃って頷きます。
 この様子だと、返しても返される。食べた方が、労力が少なくても済む。
 2人は抵抗を諦め、渡されたトマトにかぶりつきました。

「「もぐもぐ……。もぐもぐ………」」
「アルク、サイズ。どうだ? いつものトマト、だったか?」
「「…………………………違う。全然、違う。すごく美味しい……っ!」」

 瑞々しさとか果肉の食感とかは、はっきり言って高級品には及ばない。なのに、遥かに美味しい。美味しくて、止まらないっ!
 2人はトマトを夢中で食べ続け、あっという間に完食してしまいました。

「こんなの、初めてだ。自分でも、ビックリしてる……」
「オレも、こんなに夢中になったのは初めてだよ……。どうなってるんだろう、これ……?」
「ははっ、そんなの決まってるだろ。お前達がその手で、作ったものだからだよ」

 ポカンと呆けてしまっていたアルクとサイズに、快活な笑みが届きます。

「どっさり汗水流して世話をした、子供のようなものだ。お前らは嫌々やってたけどよ、それでもしっかりと働いたのは事実。こいつにはお前らの努力が詰まってるから、旨いんだよ」
「「………………。努力……」」
「ぶっちゃけ他人からすれば、何の変哲もないトマトだけどよ。作り手にとっては、ちょいと特別なもの。少々大袈裟だが作った側の歴史が一つ一つに詰まっていて、それが味を引き立てるんだよ」
「「………………」」
「これは作る側だけが味わえる、農家の特権、ってヤツだわな。野菜一つ一つの値段はまあ安いし、そこまでいい生活はできないけどよ。食ってくれた人が笑ってくれたり、こういう事があったりするから、辞められねえんだわ」

 そう語るゲイルは、キラキラとしていて。アルクとサイズは無意識的に、こんなことを思っていました。

 ……今まで、考えたこともなかった……。オレ(俺)達のもとに届く前には、沢山の苦労があるだなんて。
 ……今まで、知らなかった……。こんな喜びがあるだなんて。

 農家って、すごい。農業って面白い。
 ゲイルさんは輝いていて、カッコいい!

 これまで抱いていたものが、180度変わっていました。

「「……ゲイルさんっ!」」」
「お、おう? 一斉にどうした?」
「実はオレ、農業をバカにしていて……。一か月間、適当に終わらそうとしてました」
「俺も、兄さんと同じでした。いい加減な気持ちで、やろうとしてました」

 2人は視線を正し、揃って頭を下げます。腰を90度に折り曲げ、正直に打ち明けました。

「でもっ。今からは違います」
「貴方とこの仕事は、尊敬に値します。これからは心を込めて、一生懸命やらせていただきます……っ」

 やりたいこと・・・・・ができたため、農業には携われないけれど。この期間は自分の為にも、キッチリとします。
 口に出せない部分は心の中で喋り、2人は今一度頭を下げました。

「ゲイルさん、残り3日間よろしくお願いします……っ」
「ビシバシ扱いてください。よろしくお願いします……っ」
「…………よく分からんねぇけど、目が別人みたいになったな。こいつは教えがいがありそうだぜ」

 呆気に取られていたゲイルは、破顔一笑。アルクとサイズの肩を力強く叩き、彼ら3人は気合十分で仕事を再開させたのでした。




 ――こうして目を覚ました、アルクとサイズ――。
 無事に勘当されない条件を満たして安泰となった2人でしたが、その2日後。平民生活29日目に、彼らは未曽有の決断を迫られる事になるのでした――。

しおりを挟む
感想 330

あなたにおすすめの小説

敗戦国の元王子へ 〜私を追放したせいで貴国は我が帝国に負けました。私はもう「敵国の皇后」ですので、頭が高いのではないでしょうか?〜

六角
恋愛
「可愛げがないから婚約破棄だ」 王国の公爵令嬢コーデリアは、その有能さゆえに「鉄の女」と疎まれ、無邪気な聖女を選んだ王太子によって国外追放された。 極寒の国境で凍える彼女を拾ったのは、敵対する帝国の「氷の皇帝」ジークハルト。 「私が求めていたのは、その頭脳だ」 皇帝は彼女の才能を高く評価し、なんと皇后として迎え入れた! コーデリアは得意の「物流管理」と「実務能力」で帝国を黄金時代へと導き、氷の皇帝から極上の溺愛を受けることに。 一方、彼女を失った王国はインフラが崩壊し、経済が破綻。焦った元婚約者は戦争を仕掛けてくるが、コーデリアの完璧な策の前に為す術なく敗北する。 和平交渉の席、泥まみれで土下座する元王子に対し、美しき皇后は冷ややかに言い放つ。 「頭が高いのではないでしょうか? 私はもう、貴国を支配する帝国の皇后ですので」 これは、捨てられた有能令嬢が、最強のパートナーと共に元祖国を「実務」で叩き潰し、世界一幸せになるまでの爽快な大逆転劇。

姉から奪うことしかできない妹は、ザマァされました

饕餮
ファンタジー
わたくしは、オフィリア。ジョンパルト伯爵家の長女です。 わたくしには双子の妹がいるのですが、使用人を含めた全員が妹を溺愛するあまり、我儘に育ちました。 しかもわたくしと色違いのものを両親から与えられているにもかかわらず、なぜかわたくしのものを欲しがるのです。 末っ子故に甘やかされ、泣いて喚いて駄々をこね、暴れるという貴族女性としてはあるまじき行為をずっとしてきたからなのか、手に入らないものはないと考えているようです。 そんなあざといどころかあさましい性根を持つ妹ですから、いつの間にか両親も兄も、使用人たちですらも絆されてしまい、たとえ嘘であったとしても妹の言葉を鵜呑みにするようになってしまいました。 それから数年が経ち、学園に入学できる年齢になりました。が、そこで兄と妹は―― n番煎じのよくある妹が姉からものを奪うことしかしない系の話です。 全15話。 ※カクヨムでも公開しています

『婚約破棄された令嬢、白い結婚で第二の人生始めます ~王太子ざまぁはご褒美です~』

鷹 綾
恋愛
「完璧すぎて可愛げがないから、婚約破棄する」―― 王太子アルヴィスから突然告げられた、理不尽な言葉。 令嬢リオネッタは涙を流す……フリをして、内心ではこう叫んでいた。 (やった……! これで自由だわーーーッ!!) 実家では役立たずと罵られ、社交界では張り付いた笑顔を求められる毎日。 だけど婚約破棄された今、もう誰にも縛られない! そんな彼女に手を差し伸べたのは、隣国の若き伯爵家―― 「干渉なし・自由尊重・離縁もOK」の白い結婚を提案してくれた、令息クリスだった。 温かな屋敷、美味しいご飯、優しい人々。 自由な生活を満喫していたリオネッタだったが、 王都では元婚約者の評判がガタ落ち、ざまぁの嵐が吹き荒れる!? さらに、“形式だけ”だったはずの婚約が、 次第に甘く優しいものへと変わっていって――? 「私はもう、王家とは関わりません」 凛と立つ令嬢が手に入れたのは、自由と愛と、真の幸福。 婚約破棄が人生の転機!? ざまぁ×溺愛×白い結婚から始まる、爽快ラブファンタジー! ---

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

居候と婚約者が手を組んでいた!

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!  って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!  父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。  アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。  最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。

虚弱で大人しい姉のことが、婚約者のあの方はお好きなようで……

くわっと
恋愛
21.05.23完結 ーー 「ごめんなさい、姉が私の帰りを待っていますのでーー」 差し伸べられた手をするりとかわす。 これが、公爵家令嬢リトアの婚約者『でも』あるカストリアの決まり文句である。 決まり文句、というだけで、その言葉には嘘偽りはない。 彼の最愛の姉であるイデアは本当に彼の帰りを待っているし、婚約者の一人でもあるリトアとの甘い時間を終わらせたくないのも本当である。 だが、本当であるからこそ、余計にタチが悪い。 地位も名誉も権力も。 武力も知力も財力も。 全て、とは言わないにしろ、そのほとんどを所有しているこの男のことが。 月並みに好きな自分が、ただただみっともない。 けれど、それでも。 一緒にいられるならば。 婚約者という、その他大勢とは違う立場にいられるならば。 それだけで良かった。 少なくとも、その時は。

婚約破棄させたいですか? いやいや、私は愛されていますので、無理ですね。

百谷シカ
恋愛
私はリュシアン伯爵令嬢ヴィクトリヤ・ブリノヴァ。 半年前にエクトル伯爵令息ウスターシュ・マラチエと婚約した。 のだけど、ちょっと問題が…… 「まあまあ、ヴィクトリヤ! 黄色のドレスなんて着るの!?」 「おかしいわよね、お母様!」 「黄色なんて駄目よ。ドレスはやっぱり菫色!」 「本当にこんな変わった方が婚約者なんて、ウスターシュもがっかりね!」 という具合に、めんどくさい家族が。 「本当にすまない、ヴィクトリヤ。君に迷惑はかけないように言うよ」 「よく、言い聞かせてね」 私たちは気が合うし、仲もいいんだけど…… 「ウスターシュを洗脳したわね! 絶対に結婚はさせないわよ!!」 この婚約、どうなっちゃうの?

処理中です...