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第5話 始まる救済(3)

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「橋本様。そちらも、心配は無用でございます」

 学校に行くと、加藤さんがいる――。頭の中が加藤百合の顔と声で一杯になっていると、ソレらを払拭する落ち着いた声が鼓膜をくすぐりました。

「元凶が残っていたら、『貴女を救済する』は達成されないもの。悩み苦しむ日々も、今日でお仕舞よ」

 魔力補給を終えハンカチで口元を拭いたエリスは、自身の手にある杖を一瞥。そうしたあと、11時の方向――百合が暮らす家が建つ方角を、見据えました。

「橋本涼子さん。貴女が所属している高校の始業は、8時30分だったわよね?」
「は、はい。8時半です」
「なら――その頃には、貴女にとっては・・・・・・平穏と感じる日常が戻っているわ。だから貴女は、そうね。今日だけは朝練をお休みして、そのあとはいつも通り動けばいい。のんびりと朝食を摂って登校すれば、以前のような状況が待っているわ」

 捏造がはびこる事はなく、加害者も白い目も存在しない毎日。それらが戻ると、エリスは明言しました。

「さっきの詳説にあったように、この世には『因果』が存在しているの。善行を積めば相応の良い事が返ってきて、悪行を摘めば相応の悪い事が返ってくる」
「………………。因果……。相応の、わるい、こと……」
「そう、『相応』。あたし達は、始まる・・・切っ掛けを与えるだけ。加藤百合は自身の罪によって、心身を苛まれる事になるわ」

 エリスは改めて右手にある杖に目をやり、そうしていると蓮が涼子の傍から彼女の隣へと流麗に移動。純白のハンカチを回収しつつ、「お嬢様。式神に反応がありました」と告げました。

「あら。ようやく、元凶がお目覚めなのね。それじゃあそろそろ、あちらにお邪魔しましょうか」
「承知致しました。お嬢様、転移はいつでも可能でございます」
「ありがとう、蓮。……橋本涼子さん。そういう事だから、あたし達は行(ゆ)くわね」

 隣に小さく頷いたあと、エリスの視線は正面へと向き直ります。

「ずっと、よく頑張ったわね。これから貴女を待っているのは、当たり前が当たり前にある日々よ。まもなく戻る日常を、満喫して頂戴ね」
「はい……っ。宝城さん、安倍さん、ありがとうございます……っ。本当に、ありがとうございます……っ」

 ペコリっ、ペコリっ。涼子はそれぞれに対してしっかりと身体を向け、言葉と行動で感謝の気持ちを伝えます。

「お二人のおかげで私は、救われました。このご恩は、一生忘れません」
「あたし達も、その笑みを忘れる事はないわ。橋本涼子さん、お元気で」
「橋本様、おめでとうございます。どうかお幸せに」

 蓮は紳士的に一礼、エリスはドレスを軽く持ち上げてカーテ・シー。2人は2人の『色』が出た動作で別れを告げ、「転」。五芒星によって転移。
 救済を完結させるべく、加藤百合のもとへと飛んだのでした。

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