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第8話 切っ掛けは部室で(6)

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「………………へ? え……!? な、なにこれ……」

 今度は、百合が石像になる番。便箋を突きつけられた彼女は呆然となり、目を見開き凝視する事しかできませんでした。
 手紙にある文字は、全くの別物。そこにあるのは涼子を再現した文字ではなく、教本にあるお手本の如き文字達。イメージと一致させるべく必死に習得した、加藤百合の文字だったのです。

「よくこれで、誤魔化せると思ったね。これじゃバレバレだよ」
「外は上手く真似してるのに、中は自分の字にしちゃうなんて。嘘みたい」
「こんなミス、あるんだね……。信じられない」
「しっ、信じられないのはわたしの方よ!! 一体どうなってるの!? わたしはちゃんと橋本を真似て書いた!!」

 それは、紛れもない事実。およそ1時間費やし作成、その後更に1時間かけて何度も何度もミスがないかをチェックをした、渾身の力作でした。

「わたしはこれまでずっと、全部っ、完璧に仕込んできたっ!! そんなわたしがこんな失敗をするはずがないっ!! 異常っ、異常よっ!! 絶対に有り得ない事が起きてるっ!! ちゃんと書いて何回も確認してから封をしたのにっ!! こんな事になるなんて――ぁ…………」

 怒り半分、怯え半分。目を血走らせ身体を震わしながら叫んでいた百合は、ようやく気が付きます。自ら、罪を白状してしまっている事に。

「監督への想いを書いた手紙を、リョーコをかたって書いた。そして、『これまでずっと』『仕込んできた』。もしかしなくても……。監督とリョーコが付き合ってるって話を広めたのは、アンタだったのね」
「それに、だとしたら……。きっと……。橋本に関する他のコトも、加藤の仕業だった」
「先輩のお財布が、橋本さんの鞄に入ってたのも……。レギュラー目当てで、橋本さんが陰でイジメていたって噂を広めたのも……。全部、加藤さんがやったこと……」
「ちっ、ちがっ! 違うっ!! 違いますっ!! これはっ、我慢の限界になったからやってしまっただけです!! 他はやってません!! 無実ですっ!!」

 百合は即座に大和撫子の皮を被り、涙目になってふるふると首を左右に振ります。ですが――

「「「「「……………………」」」」」

 返ってくるのは、無言の白眼視。
 部員達は『裏の顔』を知ってしまっており、なによりあの激昂――到底芝居には見えない、駄々洩れした本心を目の当たりにしています。そのため、女子テニス部内での――否。学校内での、加藤百合の評価は一転。
 その日から、涼子と百合の立場はそっくりそのまま入れ替わってしまったのでした。

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