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旧世界より

1.とあるジャーナリスト

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『くそ……』

 枕もとで携帯電話がけたたましく鳴っている。

 私は上司からの電話で叩き起こされ反射的に身を起こす

『おいテメーすぐに出ろよ』

『すみません……』

 暗闇の中、携帯の時計を見ると午前4時45分と表示されている。

『おいカスッ!お前寝てたのか?出張中で気が緩んでんじゃねーぞ』

『すみません……』

 上司の目の届かない出張先のホテルで気が抜けたのか完全に寝てしまっていた。

 熟睡している所を起こされたせいか、それとも寝てしまった事への後ろめたさからか
 
 私は言い返すどころか、まともに言葉もでない有様だった。

『それで取材の方はどうなってるんだよ』

『はい。8時にホテルを出まして9時から資料館の方へ』

『テメェ 馬鹿か?俺が今日の取材の話を今すると思ってんのか?このタイミングで電話してる意味分かる?』

『すみません……』

『すみません すみません じゃねーんだよ 昨日までの取材資料どうなってんだよ』

『よくあんな内容で俺に送ってこれたなテメェはよぉ』

『はい。すみません……』

 やっと目が覚めてきた私だが、完全に上司の怒りムードにのまれてしまった。
建設的な話をする機会をなくしてしまいこのまま朝まで上司の叱責と愚痴に付き合う事になってしまったのだ。

 上司からの電話から解放された時には、ホテルの窓から差し込む朝日が目に染みる時間になっていた。
私は旭日を掲げるとある新聞社の下請け会社で働いている。

 つまり末端の末端である。
 
 今日も私の目を突く朝日が『さあ働け!すぐにやれ!今やれ!』とせかしているようだ。

 専ら私の仕事は取材のための下調べや簡単な取材だが、いつか大きな事件をスクープし歴史に真実を刻むのが私の目標だ。
 
 今世界は混乱の時代だ。
 
 日本では「特定災害区域」そう呼ばれている場所が3年前、北海道南西部の海岸沿い河口部に突如現れた。

 似たような現象は世界各地で観測されていて、規模は様々だが陸地海底を問わず確認された。

 近年急激にその数を増やしている。

 北海道に現れた「特定災害区域」その仕事が自分に回ってきた事は、日本で燻る凡人たる自分に与えられたチャンスなのである。

 私は空港近くのホテルにその取材の為しばらく滞在している。

 朝食を済ます時間もないので、せめてもの抵抗とタバコに火を着け忌々しくも照り付ける太陽に向けて紫煙を吹きかけるが、窓ガラスに阻まれた煙は、寝不足の私の目を刺激するために戻ってくるばかりだった。

 ホテルのチェックアウトを済ませてホテル前のタクシーに乗り込む

『あぁ―ここから40分くらいの所にあるアイヌ民族資料館ってわかります?』

『あーはいはい!』

気さくそうな運転手が振り向くと、運転手の顔がパッとあかるくなったのがわかった。

『お兄さん!昨日も乗ってくれたお兄さんでしょ!』

『ええ、奇遇ですね今日もよろしくお願いします。』

 運転手はやたらと日本語の達者な中年の外国人男性で、昨日も彼のタクシーに乗せてもらった。先祖がユダヤ人だとか、祖母は中国系だとか言っていたのを覚えているが。見た目は髭の濃い白人男性だ。イギリス系らしいがロシアから北海道に渡って来たようだ。
 
人の懐に入るのが上手いらしく私も顔をみた瞬間なんだかホッとして顔が緩んでしまった。

『お兄さん北海道初めてって言ってたよねー』

『ええ、仕事で』

『お兄さん、ジャーナリストでしょ ボクわかるよー最近たくさん乗せるよ!ジャーナリスト!』

『そんな格好のいいもんじゃないですよ』

『お兄さん!いま怖いよねウイルスとか地震とか!今日それでしょ?』

『昨日はそんな感じです。今世界を危機的状況にしているウイルスは震源地から来たってやつですよ』

『あれ?ウイルスはミサイルでしょーお兄さん?』

『ほかのお客さんこっそり教えてくれたよ!ミサイル宇宙でウイルス付いて落ちてきたって!』

『いろんな意見や未確認の事実が多くて私の仕事は大忙しなんですよ』

『世界的な大震災、ウイルス問題、ミサイル問題や戦争で世界は大混乱。終末時計は待ったなしの状態ってやつで』

『ふーん。昨日はって事は今日は違うの?』

『アイヌ資料館に行くんですよ、世界情勢だのとは無縁の平和な取材です』

『私にとって今日の仕事は息抜きみたいなものです』

 仕事としては、アイヌ資料館は、おまけなのだが、民族や歴史を調べるのが好きな私としては
新しくできた資料館の取材は今日のメインディッシュであり、ご褒美なのであった。

40分ほどの道のりを楽しく会話する事で救われた気分になった。

『ありがとう!今夜もあのホテルに泊まるから明日も縁があればよろしくね!えーとミスターX……』

私は運転席の横にある乗務員証をみると、Xiang Vasseyと書いてある

Xiang Vasseyシャン・バッシィーです!友達にはエクシバスと呼ばれていたよ!気軽にエクシバスと呼んでね!』

『ありがとうエクシバスさん。ではまた』


 気さくな外国人エクシバスに見送られ私はアイヌ資料館へと向かう。

 湖畔に造られた施設は緑にあふれ、普段コンクリートに囲まれて仕事をしている私を開放的な気分にさせる。

 『いけない。気を引き締めないと』

 そう呟き自分を窘めてから、建物に入り施設の学芸員である杉浦さんという女性に面会をし、簡単に館内を案内してもらう。

 『なるほど、展示だけじゃなくて体験もできるんですね』
 
 『はい!簡単な体験ですと、民族衣装を着て写真を撮ったり、民族楽器の演奏がおすすめです。良かったら体験されてみませんか?』

 『あーそうですねー』

 私が生半可な返事をすると杉浦さんは食い気味に

 『楽器どうですか?良くないですか?民族楽器!今日来てる講師のおばあちゃん上手なんです!』

 『えっ、あっ、じゃあ・・・・・・・お願いします』

 私がそう言うと杉浦さんは体験コーナーへと案内しながら
 
 『何かすみません……お時間大丈夫でした?』

 と申し訳なさそうにした。
 
 私は『大丈夫ですよ』と身振りを交えながら笑顔で答える。 

 『今って、こんなご時世じゃないですか。もっとPRしなきゃ、私もお仕事が無くなっちゃうと思って。ここも来場者が激減しちゃってるんです・・・・・・・』

 そう言いながら杉浦さんが案内してくれた体験コーナーで苫米地とまべちさんという老婆を紹介される。どうやら講師のおばあちゃんとはこの方のようだ。

 私は名刺を渡し、取材の趣旨を伝えると苫米地さんは、丁寧に案内してくれた。
 
 苫米地さんは、「トンコリ」と呼ばれる、ギターのヘッドとネック部分だけの様な弦楽器を手に取り演奏してくれた。
 
 ギターと違って指で押さえず、弦を弾くだけで、同じメロディーを繰り返すだけの演奏方法だが、実際に手渡されるとなかなか難しい・・・・・・・

 音色はギターよりも琴に近いように思える。


 『おにぃちゃん楽器は苦手かい ヒヒッ』
 
 『そういえば私、音楽は好きなんですけど楽器はからっきしでした』

 たまに変な笑い方をするおばあちゃんだが、何だか愛嬌があるり『ヒヒッ』と笑った顔が印象に残った。
 
 苫米地さんは再び楽器を手に取ると民族楽器の話や自然と暮らすアイヌの生活や文化そして信仰について、ゆっくりで言葉数ほ多くないが語ってくれた。
 
 『なるほど、カムイは神格を有する高位の精霊ね』

 私は仕事柄か、社会構造の中で信仰の役割や歴史の話になると興味を惹かれてしまう。

 それを察してか、苫米地さんは、カムイの話や北海道に点在する伝承の話をしてくれた。

 途中から本来の取材の趣旨はそっちのけで私の趣味に走ってしまっていた

 最後の方は上司には報告できないな。テープは私の個人的なライブラリにしまっておこう

 そんな事を考えながら私はアイヌ民族資料館を後にするのだった。

 
 

 
 
 

 

 







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