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35.《勇者》兼《魔王の嫁》
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「このたびは重ね重ね多大なるご迷惑をおかけいたしましたことをここに深くお詫び申し上げます」
ルーチェはシーナに向かって深々と頭を下げた。
シーナがいなかったらルーチェはここにはいない。本当に頭の上がらない、敵わない存在となってしまった。せめてものお礼にと先ほど収穫してきた新鮮なリンゴを差し出す。が、受け取ってもらえなかった。
「いえ、魔王様の気もそぞろで、仕事が滞っておりましたので」
と、シーナはそっけなく返す。ふたりの様子を見ていたソティラスとレイルが笑った。
「素直に受け取っておけ、シーナ。自分も珍しくミスをしていたではないか」
「あれは……申し訳ございませんでした。ただ、普段より仕事の量が増えていただけです」
「でもシーナ様もずっとそわそわしてましたよ。リンゴ畑で考え込んでたり、うろうろしたり……あっ、もしかして、長期のお休みくれて実家に帰るよう勧めたのって――……!」
レイルがぱくぱくと口を動かす。声は出ていない。シーナが魔法でレイルの声を消したらしい。
ゲーティア国へ戻ろうと決意したルーチェは、ネグロ=ヴァルトへ向かったものの、一人で森を抜けることは難しかった。どうしようか悩んでいると、ちょうど実家へ帰省していたレイルと再会した。わけを話すと、レイルはシーナに相談。ひどく億劫そうにだが、彼が協力してくれたおかげもあって、空間転移魔法でゲーティア城までやってこれたのだ。
(すっごい幸運だったなー、なんて喜んでたけど……なるほどな、仕込まれてたわけね)
ルーチェはレイルにも「ありがとう」と頭を下げた。「いえいえそんなお安い御用ですよ」とレイルはしきりに照れている。
シーナもそっけないわりには協力的だ。今回の件以外にも、戦地に送ってくれたり、襲われているところを助けてくれたりと、散々嫌味を言っているわりにはよくしてくれている。
(……もしかして、今更素直になるのが難しいとか……? 案外俺に冷たい態度をとるのは照れ隠しなのかもしれないな)
そう思うと、魔王の側近様とも大分距離が縮まったように感じる。
「俺、ずっとシーナさんのこと、勘違いしてたみたいです。最初っから俺のこと殺したいのかなって思ってましたし」
「まさか、そんなことはいたしません。魔王様の大切なお方なのですから。まあ、今まで二千三十七回ほどは、殺す機会がありましたが」
「謀ってるじゃないですか」
いたさなくとも思ってはいたようだ。二人の距離はまだ果てしなく遠い。
「ルーチェ様、戻ってきたってことは、ここに住むんですか?」
と、口封じの魔法を解除されたレイルが尋ねる。
「んー、一応、住むことになるのかな。まあ、ハイリヒ側には二国間の交渉役ってことで派遣されてることになってるから、向こうに呼ばれたりしたら帰るけどな。あ、あと農繁期には実家に帰省するから」
最後までゲーティアに行くことを反対していた里親が認めてくれたぎりぎりの条件だった。
魔王討伐の旅に出るというだけでも心配をかけていたが、帰ってきたかと思ったら魔族との共存のために向こうに戻ると言い始めるのだから、さぞ困惑したことだろう。
完全に理解してもらうのは難しいかもしれないが、条件を受け入れてくれただけでも感謝しきれない。
(リンゴだけじゃなくて他にもいろんな野菜や穀物を作ってるから、しょっちゅう農繁期のようなものだけどな。こまめに帰らないと)
そこはソティラスが空間転移魔法を使ってくれるのでは、と期待している。
「ルーチェ様がここに住むっていうことは……」
レイルは顔を輝かせ、両手を打ち合わせた。
「もちろん式も挙げるんですよねっ」
「ふむ、挙式か……そうだな、考えてもいいかもしれぬ」
ソティラスは顎に手を当て、
「昨日も婚礼用の白いドレスを纏ってベッドに横たわる姿が――」
「おいっ、これ以上言うな!」
真っ赤になってルーチェは言葉を遮った。「どうしてですか?」とレイルが首をかしげる。
(も、もしやレイル、確信犯なのか……? 天然だよな? その笑顔が分からない……)
「――随分と似合っていたからな、必死にドレスの裾を掴んで恥じている姿は実に可愛らしく、」
「続けるな! 変態魔王がっ」
怒鳴るルーチェの声を聞き入れることもなく、突然ソティラスは「そういえば」と、ルーチェに険しい表情を向けた。
「ルーチェ、聞くタイミングを逃していたがあの男は何だ。私というものがありながら堂々と抱き合うなど信じられない愚行だ。よもや恋人同士だったとは言わないだろうな。ふむ、これは仕置きが必要ではないか」
「いま聞くタイミングでもないだろ!」
(くっ……突っ込みどころが多すぎる)
ルーチェは盛大にため息をついた。
「オルトスは俺の仲間だ。恋人なんかじゃないって。魔王を倒しにこの城まで来てるから一度は見てるはずだけど」
「私の記憶にはルーチェしか残っておらぬ」
と、ソティラスは不敵に笑った。
「まあ、奴と恋仲だったにしろ、無駄な恋心を抱いているにしろ、ルーチェがあられもなく乱れるのは私の前に他ならないからな」
「変なところで威張るんじゃねえよ変態魔王!」
ごほん、とシーナが咳払いをする。
(おっと、また距離が開くところだった。大人しくして笑顔を絶やさないようにしておこう)
「そういえばルーチェ様には大きな貸しがありましたよね」
「お、おう」
普段よりも爽やかな口調で話すシーナに、ルーチェの笑顔は引きつる。
(こ、今度は何を言われるんだ。どんな嫌がらせや無理難題が……)
「手始めにまずはゲーティア国のことをもっと勉強してもらわねばなりませんね。それから魔王様の補佐をしていただくため領地の管理も覚えていただかねばなりませんし、その前に食事のマナーや会合に際しての礼儀作法は完璧に覚えてください。ハイリヒ国との休戦協定もそのままにしておくわけにはいきませんので、交渉役として会議の場にも参加してもらいます。慈善活動にも積極的に参加してもらい、国民……いえ、城のものたちからですね、最低限存在を認めてもらうところからはじめなくては、」
「ちょっ、ちょっと、すみません」
たまらずルーチェはシーナの前に手をかざし、固まった笑顔のままで尋ねた。
「……多くないですか?」
「手始めに、と言いませんでしたか? ルーチェ様は魔王様の嫁となるのでしょう? これぐらいできなくてどうするんです。やらなければならないんですよ」
(姑か)
「嫌なら魔法でメイド服着させますよ」
「ふむ、今すぐやってくれ」
「勝手に了承するな! 魔法なんでもありなのかよっ」
真顔で即答したソティラスに怒鳴りつける。ごほんごほん、とシーナが二度咳払いをした。
「ああ、もう!」
と、ルーチェは半ばやけくそで乱暴に頭をかいた。
「共存のためなんだろっ。なんでもやってやるよ!」
レイルが目を見開いた。
「メイド服着るんですかっ?」
「着るかっ!」
「魔王様も仕事が溜まっておりますので。加えて魔族と人間の共存などという幻想を現実のものとするならば、今まで以上に忙しくなりますよ」
シーナは淡々と言ったが、共存に反対はしていないようだ。ルーチェの考えを見透かしたかのようにシーナは答えた。
「百年と言われ続けたら、いい加減説得することを諦めます。少しは前進したみたいですしね。とは言っても、進んだ距離は、そのリンゴの種一粒ほどもありませんが」
と、ルーチェの持つリンゴを指さす。
「やることが多くて大変だな」
ソティラスはルーチェを見て苦笑した。
「尻に敷かれないように、王と、夫の威厳を保てるよう気をつけるとしよう」
やることは多い。先の見通しなど無い。始まったばかりでこの先どうなるかも分からない。
それでも困ったように笑うソティラスは、どことなく幸せそうだった。
「あっそうだ! ねえルーチェ様、魔王様のプロポーズの言葉ってなんだったんですか?」
「え、それは……」
(『勇者ルーチェよ、私の嫁になれ』ってやつか? いや、プロポーズとは違うような……?)
「おお、私としたことが、側にいてくれることに浮かれて、大事な言葉を忘れていたな」
ソティラスがルーチェの前に片膝をついた。戸惑うルーチェの手から、レイルがさっとリンゴを回収する。
ソティラスはルーチェを見つめ、そっと左手を取った。
「正式な指輪は改めて用意しよう。今はこれで許してくれ」
と、ソティラスはルーチェの左手の薬指に口づけを落とす。
「ルーチェ」
心の底から慈しむように甘く優しく名前を呼び、真っ直ぐに見つめた。
「お前はこれから先の人生すべてを、私とともに歩むと誓ってくれた。私がこのとき感じた幸せ以上に、お前を幸せにする言葉を持ち合わせてはいない。だから私も、私のすべてをお前に捧げることで応えよう」
晴れやかな表情で、ソティラスは続ける。
「この先、ともに歩む苦労もあるだろう。いくつもの苦しみや悲しみに襲われるだろう。そのすべてから、私はお前を必ず守る。お前に貰った一生分の時を必ず幸せにしよう。お前のすべてを愛し、慈しみ、尽くすと誓おう」
ソティラスは微笑んだ。
「ルーチェ、結婚してくれ。私の一番近くで、一生添い遂げてはくれないか?」
ぶわっと、様々な感情が胸の底から溢れ出した。視界が滲み、喉が痛む。
「ばか……あんたの長い人生の全部なんて、くれなくていいのに……。俺が生きてる間だけでいい。俺が死んだ後のことなんかわからないし、お前がずっとひとりなのもつらいって」
今から終わりのときを考えても仕方がないが、自分がいなくなった後も、ソティラスの人生は共に過ごした時間の何倍も長く続いていく。他の誰かと結ばれることや、忘れられることを考えれば胸が苦しくなるが、それ以上に誰もソティラスの隣にいなくなることのほうがつらいと思った。
ソティラスがルーチェの手を握ったまま、立ち上がる。
「お前がいなくなったときのことを今から考えたくもないが……確かに百年後、千年後、私がどうしていようが、ルーチェにはわからないな。だが、確かに言えることがひとつだけある」
ソティラスは力強く手を握り、はっきりと続けた。
「これから先、魔族と人間との共存を望むたび、その結末を見届け続けるたび、私は必ずルーチェのことを想う」
「――……っ」
感極まり、ルーチェは言葉に詰まった。
魔族と人間の共存がいつ果たされるのか、本当に果たされるのかすらわからない。しかし、その途方もない願いと向き合うたび、ふたりでぶつかり合った日を、支え合った日々を、愛し合った人が隣にいたこと思い出す。何百年経とうと、その相手が隣にいなくなっても、愛する想いは、愛しい記憶は、永遠になくなることはないのだと。
「不安になるのなら何度でも誓おう。何百年、何千年経とうと、私の夢を思い出させてくれた愛する伴侶がいたことを想い続ける、と。――返事を聞かせてくれ、ルーチェ。私の悲願の行く末を一番近くで見守って欲しい。この想い、受け取ってはくれないか?」
不安などなかった。永遠の約束が、こんなにも嬉しいなんて。愛しいという感情が止めどなく溢れ続ける。
「…………ほしい」
ルーチェは答える。
「俺の一生、全部お前にやるから……。ずっと、お前の一番近くにいさせてくれ……」
真っ赤になって涙で声が震えながらも、ルーチェは応えた。ソティラスの心の片隅にでも、自分の存在がいてくれるのなら、これ以上の誓いの言葉はなかった。
ソティラスがそっと抱きしめ、ルーチェの涙がにじむ目元に唇を落とす。
(幸せだ。俺、今、世界で一番幸せだ……。嫁になるのって、唯一無二の相手がいることって、こんな幸せなことだったのか……)
温かいソティラスの腕の中で幸せを噛みしめていると、ぱちぱちと音が聞こえてきた。見守っていたレイルとシーナが拍手をしている。やっと二人の存在を思い出したルーチェは、ソティラスを突っぱねる。
「ぷ、プロポーズなんて、そんな、い、今さらだろっ。ああもう、ふたりの前でなにやってんだろ……もうレイルも拍手すんなって! シーナさん……は、もう叩いてませんよね」
ルーチェは顔を真っ赤にさせたまま、頭をかいた。
「ほら、忙しくなるんだろっ。まあ、その……俺もこの先ずっと一緒にいるしさ、先は長いけど、頑張ろうぜソティラス」
「ああ、そうだな。ルーチェがいれば、私に不可能は無いのだから」
前進した分のリンゴの種のように、いつかは芽吹いて大きな木となり、ふたりの願いが実を結べばいい。そう願わずにはいられない。
勇者として、
魔王の嫁として、
大切な人のために成すべきことをやり遂げよう。
「よし、やるか!」
気合をいれ、ルーチェはリンゴを手に取り、思い切りかじった。
口の中で弾けた果汁は、本来の糖度以上に甘くルーチェを満たしていった。
ルーチェはシーナに向かって深々と頭を下げた。
シーナがいなかったらルーチェはここにはいない。本当に頭の上がらない、敵わない存在となってしまった。せめてものお礼にと先ほど収穫してきた新鮮なリンゴを差し出す。が、受け取ってもらえなかった。
「いえ、魔王様の気もそぞろで、仕事が滞っておりましたので」
と、シーナはそっけなく返す。ふたりの様子を見ていたソティラスとレイルが笑った。
「素直に受け取っておけ、シーナ。自分も珍しくミスをしていたではないか」
「あれは……申し訳ございませんでした。ただ、普段より仕事の量が増えていただけです」
「でもシーナ様もずっとそわそわしてましたよ。リンゴ畑で考え込んでたり、うろうろしたり……あっ、もしかして、長期のお休みくれて実家に帰るよう勧めたのって――……!」
レイルがぱくぱくと口を動かす。声は出ていない。シーナが魔法でレイルの声を消したらしい。
ゲーティア国へ戻ろうと決意したルーチェは、ネグロ=ヴァルトへ向かったものの、一人で森を抜けることは難しかった。どうしようか悩んでいると、ちょうど実家へ帰省していたレイルと再会した。わけを話すと、レイルはシーナに相談。ひどく億劫そうにだが、彼が協力してくれたおかげもあって、空間転移魔法でゲーティア城までやってこれたのだ。
(すっごい幸運だったなー、なんて喜んでたけど……なるほどな、仕込まれてたわけね)
ルーチェはレイルにも「ありがとう」と頭を下げた。「いえいえそんなお安い御用ですよ」とレイルはしきりに照れている。
シーナもそっけないわりには協力的だ。今回の件以外にも、戦地に送ってくれたり、襲われているところを助けてくれたりと、散々嫌味を言っているわりにはよくしてくれている。
(……もしかして、今更素直になるのが難しいとか……? 案外俺に冷たい態度をとるのは照れ隠しなのかもしれないな)
そう思うと、魔王の側近様とも大分距離が縮まったように感じる。
「俺、ずっとシーナさんのこと、勘違いしてたみたいです。最初っから俺のこと殺したいのかなって思ってましたし」
「まさか、そんなことはいたしません。魔王様の大切なお方なのですから。まあ、今まで二千三十七回ほどは、殺す機会がありましたが」
「謀ってるじゃないですか」
いたさなくとも思ってはいたようだ。二人の距離はまだ果てしなく遠い。
「ルーチェ様、戻ってきたってことは、ここに住むんですか?」
と、口封じの魔法を解除されたレイルが尋ねる。
「んー、一応、住むことになるのかな。まあ、ハイリヒ側には二国間の交渉役ってことで派遣されてることになってるから、向こうに呼ばれたりしたら帰るけどな。あ、あと農繁期には実家に帰省するから」
最後までゲーティアに行くことを反対していた里親が認めてくれたぎりぎりの条件だった。
魔王討伐の旅に出るというだけでも心配をかけていたが、帰ってきたかと思ったら魔族との共存のために向こうに戻ると言い始めるのだから、さぞ困惑したことだろう。
完全に理解してもらうのは難しいかもしれないが、条件を受け入れてくれただけでも感謝しきれない。
(リンゴだけじゃなくて他にもいろんな野菜や穀物を作ってるから、しょっちゅう農繁期のようなものだけどな。こまめに帰らないと)
そこはソティラスが空間転移魔法を使ってくれるのでは、と期待している。
「ルーチェ様がここに住むっていうことは……」
レイルは顔を輝かせ、両手を打ち合わせた。
「もちろん式も挙げるんですよねっ」
「ふむ、挙式か……そうだな、考えてもいいかもしれぬ」
ソティラスは顎に手を当て、
「昨日も婚礼用の白いドレスを纏ってベッドに横たわる姿が――」
「おいっ、これ以上言うな!」
真っ赤になってルーチェは言葉を遮った。「どうしてですか?」とレイルが首をかしげる。
(も、もしやレイル、確信犯なのか……? 天然だよな? その笑顔が分からない……)
「――随分と似合っていたからな、必死にドレスの裾を掴んで恥じている姿は実に可愛らしく、」
「続けるな! 変態魔王がっ」
怒鳴るルーチェの声を聞き入れることもなく、突然ソティラスは「そういえば」と、ルーチェに険しい表情を向けた。
「ルーチェ、聞くタイミングを逃していたがあの男は何だ。私というものがありながら堂々と抱き合うなど信じられない愚行だ。よもや恋人同士だったとは言わないだろうな。ふむ、これは仕置きが必要ではないか」
「いま聞くタイミングでもないだろ!」
(くっ……突っ込みどころが多すぎる)
ルーチェは盛大にため息をついた。
「オルトスは俺の仲間だ。恋人なんかじゃないって。魔王を倒しにこの城まで来てるから一度は見てるはずだけど」
「私の記憶にはルーチェしか残っておらぬ」
と、ソティラスは不敵に笑った。
「まあ、奴と恋仲だったにしろ、無駄な恋心を抱いているにしろ、ルーチェがあられもなく乱れるのは私の前に他ならないからな」
「変なところで威張るんじゃねえよ変態魔王!」
ごほん、とシーナが咳払いをする。
(おっと、また距離が開くところだった。大人しくして笑顔を絶やさないようにしておこう)
「そういえばルーチェ様には大きな貸しがありましたよね」
「お、おう」
普段よりも爽やかな口調で話すシーナに、ルーチェの笑顔は引きつる。
(こ、今度は何を言われるんだ。どんな嫌がらせや無理難題が……)
「手始めにまずはゲーティア国のことをもっと勉強してもらわねばなりませんね。それから魔王様の補佐をしていただくため領地の管理も覚えていただかねばなりませんし、その前に食事のマナーや会合に際しての礼儀作法は完璧に覚えてください。ハイリヒ国との休戦協定もそのままにしておくわけにはいきませんので、交渉役として会議の場にも参加してもらいます。慈善活動にも積極的に参加してもらい、国民……いえ、城のものたちからですね、最低限存在を認めてもらうところからはじめなくては、」
「ちょっ、ちょっと、すみません」
たまらずルーチェはシーナの前に手をかざし、固まった笑顔のままで尋ねた。
「……多くないですか?」
「手始めに、と言いませんでしたか? ルーチェ様は魔王様の嫁となるのでしょう? これぐらいできなくてどうするんです。やらなければならないんですよ」
(姑か)
「嫌なら魔法でメイド服着させますよ」
「ふむ、今すぐやってくれ」
「勝手に了承するな! 魔法なんでもありなのかよっ」
真顔で即答したソティラスに怒鳴りつける。ごほんごほん、とシーナが二度咳払いをした。
「ああ、もう!」
と、ルーチェは半ばやけくそで乱暴に頭をかいた。
「共存のためなんだろっ。なんでもやってやるよ!」
レイルが目を見開いた。
「メイド服着るんですかっ?」
「着るかっ!」
「魔王様も仕事が溜まっておりますので。加えて魔族と人間の共存などという幻想を現実のものとするならば、今まで以上に忙しくなりますよ」
シーナは淡々と言ったが、共存に反対はしていないようだ。ルーチェの考えを見透かしたかのようにシーナは答えた。
「百年と言われ続けたら、いい加減説得することを諦めます。少しは前進したみたいですしね。とは言っても、進んだ距離は、そのリンゴの種一粒ほどもありませんが」
と、ルーチェの持つリンゴを指さす。
「やることが多くて大変だな」
ソティラスはルーチェを見て苦笑した。
「尻に敷かれないように、王と、夫の威厳を保てるよう気をつけるとしよう」
やることは多い。先の見通しなど無い。始まったばかりでこの先どうなるかも分からない。
それでも困ったように笑うソティラスは、どことなく幸せそうだった。
「あっそうだ! ねえルーチェ様、魔王様のプロポーズの言葉ってなんだったんですか?」
「え、それは……」
(『勇者ルーチェよ、私の嫁になれ』ってやつか? いや、プロポーズとは違うような……?)
「おお、私としたことが、側にいてくれることに浮かれて、大事な言葉を忘れていたな」
ソティラスがルーチェの前に片膝をついた。戸惑うルーチェの手から、レイルがさっとリンゴを回収する。
ソティラスはルーチェを見つめ、そっと左手を取った。
「正式な指輪は改めて用意しよう。今はこれで許してくれ」
と、ソティラスはルーチェの左手の薬指に口づけを落とす。
「ルーチェ」
心の底から慈しむように甘く優しく名前を呼び、真っ直ぐに見つめた。
「お前はこれから先の人生すべてを、私とともに歩むと誓ってくれた。私がこのとき感じた幸せ以上に、お前を幸せにする言葉を持ち合わせてはいない。だから私も、私のすべてをお前に捧げることで応えよう」
晴れやかな表情で、ソティラスは続ける。
「この先、ともに歩む苦労もあるだろう。いくつもの苦しみや悲しみに襲われるだろう。そのすべてから、私はお前を必ず守る。お前に貰った一生分の時を必ず幸せにしよう。お前のすべてを愛し、慈しみ、尽くすと誓おう」
ソティラスは微笑んだ。
「ルーチェ、結婚してくれ。私の一番近くで、一生添い遂げてはくれないか?」
ぶわっと、様々な感情が胸の底から溢れ出した。視界が滲み、喉が痛む。
「ばか……あんたの長い人生の全部なんて、くれなくていいのに……。俺が生きてる間だけでいい。俺が死んだ後のことなんかわからないし、お前がずっとひとりなのもつらいって」
今から終わりのときを考えても仕方がないが、自分がいなくなった後も、ソティラスの人生は共に過ごした時間の何倍も長く続いていく。他の誰かと結ばれることや、忘れられることを考えれば胸が苦しくなるが、それ以上に誰もソティラスの隣にいなくなることのほうがつらいと思った。
ソティラスがルーチェの手を握ったまま、立ち上がる。
「お前がいなくなったときのことを今から考えたくもないが……確かに百年後、千年後、私がどうしていようが、ルーチェにはわからないな。だが、確かに言えることがひとつだけある」
ソティラスは力強く手を握り、はっきりと続けた。
「これから先、魔族と人間との共存を望むたび、その結末を見届け続けるたび、私は必ずルーチェのことを想う」
「――……っ」
感極まり、ルーチェは言葉に詰まった。
魔族と人間の共存がいつ果たされるのか、本当に果たされるのかすらわからない。しかし、その途方もない願いと向き合うたび、ふたりでぶつかり合った日を、支え合った日々を、愛し合った人が隣にいたこと思い出す。何百年経とうと、その相手が隣にいなくなっても、愛する想いは、愛しい記憶は、永遠になくなることはないのだと。
「不安になるのなら何度でも誓おう。何百年、何千年経とうと、私の夢を思い出させてくれた愛する伴侶がいたことを想い続ける、と。――返事を聞かせてくれ、ルーチェ。私の悲願の行く末を一番近くで見守って欲しい。この想い、受け取ってはくれないか?」
不安などなかった。永遠の約束が、こんなにも嬉しいなんて。愛しいという感情が止めどなく溢れ続ける。
「…………ほしい」
ルーチェは答える。
「俺の一生、全部お前にやるから……。ずっと、お前の一番近くにいさせてくれ……」
真っ赤になって涙で声が震えながらも、ルーチェは応えた。ソティラスの心の片隅にでも、自分の存在がいてくれるのなら、これ以上の誓いの言葉はなかった。
ソティラスがそっと抱きしめ、ルーチェの涙がにじむ目元に唇を落とす。
(幸せだ。俺、今、世界で一番幸せだ……。嫁になるのって、唯一無二の相手がいることって、こんな幸せなことだったのか……)
温かいソティラスの腕の中で幸せを噛みしめていると、ぱちぱちと音が聞こえてきた。見守っていたレイルとシーナが拍手をしている。やっと二人の存在を思い出したルーチェは、ソティラスを突っぱねる。
「ぷ、プロポーズなんて、そんな、い、今さらだろっ。ああもう、ふたりの前でなにやってんだろ……もうレイルも拍手すんなって! シーナさん……は、もう叩いてませんよね」
ルーチェは顔を真っ赤にさせたまま、頭をかいた。
「ほら、忙しくなるんだろっ。まあ、その……俺もこの先ずっと一緒にいるしさ、先は長いけど、頑張ろうぜソティラス」
「ああ、そうだな。ルーチェがいれば、私に不可能は無いのだから」
前進した分のリンゴの種のように、いつかは芽吹いて大きな木となり、ふたりの願いが実を結べばいい。そう願わずにはいられない。
勇者として、
魔王の嫁として、
大切な人のために成すべきことをやり遂げよう。
「よし、やるか!」
気合をいれ、ルーチェはリンゴを手に取り、思い切りかじった。
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※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
私、魔王と勇者のBLものでこの作品が一番好きです。最近私も投稿を始めたんですが、頭の中ではわかっていてもそれを文字に起こすのが難しくてその度にすごいなと思います。この作品を作ってくれてありがとうございます😊