記憶の先に復讐を

秋草

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第三章

貴族の勘

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 その目を見るだけで、その声を聞くだけで、彼女が「戻ってきた」のだとすぐに判った。そうして急激に膨れ上がった感情を抑えることはできず、気がつけば目の前の彼女をかき抱いていた。

「アドレイ様?」
「よく、生きていてくれた。無事でよかった」

 死んだかと思った。その言葉を呑み込み、ただただ彼女の無事を噛み締める。ソフィアは俺を抱きしめ返しはしないものの、大人しく身を委ねてくれた。俺はそれだけで満足だ。

「ソフィア、記憶を取り戻して間もないのにすまないが、一つだけ聞かせてくれ。……ジルは、無事か」

 声音をできるだけ落ち着かせ問うた瞬間、彼女の肩は明らかにびくつき、気のせいでもなく体が震え始めた。

「ソフィア? どうした?」

 彼女の背を抱いていた手を離し、彼女の顔を覗き込む。その顔は目に見えて青ざめ、光を取り戻したと思った目は地の底に沈んだように暗くなっていた。

「ジル様、は……」

 目を見て、その一言を聞けば、あいつの現在を察するには充分に事足りた。
 ジルは、死んだのだ。だから彼女は記憶を喪った。事故でもなんでもなく、きっとわざと思い出を消し去ったのだ。

「ソフィア、もういい。今はとにかく休もう」

 彼女の顔を見ていられずもう一度抱きしめる。それでも身体の震えだけはどうしようもなく、自然と腕には力がこもった。
 この、胸の内を巡る激情は何だろうか。彼女を置いて逝ったジルへの苛立ちか、友人を喪ったことへの悲嘆か……いや、これは、ジルとソフィアを苦しめた見知らぬ元凶への怒り。
 あいつが、ソフィアを置いて勝手に逝くわけがない。それでもこの世にいないというのなら、あいつは誰かに殺されたに違いない。
 伏せていた顔を上げ、傍に音もなく佇む王子に目を向ける。この人は一体何を思うのだろう、という疑問から見上げたその顔は、何色も映さず何も感じさせなかった。こうも静かだと返って恐ろしいというものだ。

「今夜は彼女のそばにいるといい。私は仕事を片付けてくるよ」

 それだけ言って部屋を後にした王子を見送り、ソフィアに意識を戻す。震えは既に収まり、彼女は大きく深呼吸をした。

「アドレイ様、ありがとうございます。もう大丈夫です」
「そ、うか」

 彼女を解放し改めて向き合う。その瞬間背筋に走った寒気は今までにないもので、言葉を失うには充分だった。

「ソフィ、ア」

 ああ、やめてくれ、そんな、全てを棄てたような色のない表情は。ただただ苛烈な熱を宿したそんな目も、君が持って良いものではないはずがない。

「もう、大丈夫です。ジル様は私に『生きて』と仰いました。ですから、私は大丈夫です」

 違う、今の君を「大丈夫」とは言わないんだ。そんな死んだような顔をして生きるなんて、あいつは望んではいない。

「君は陽だまりの中で笑って、輝きに満ちた瞳でいてくれ。そのためなら、その笑顔を取り戻すためなら、俺は命だって懸けられる。だから、どうか取り戻した記憶の全てを話してほしい」
「記憶の、全てを……」

 思い出したものを全て話すなど、きっと地獄の拷問のように辛いだろう。だがそれでも、ジルと彼女を助けるためには必要なことだ。
 眉を顰めて黙り込んでしまったソフィアをただじっと見つめ、言葉を待つ。ソフィアは完全に迷いを断ち切れないようだったが、ついにはポツポツと話し始めた。
 彼女が伝えた真実の物語……そのすべてを聞いたとき、俺の中には吐きそうなほどの悪感情が溢れ返った。
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