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第5章 ride double~相乗り~

4.

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 颯天は関口組の組員から車で送られ、凛堂会の事務所がある最寄りの駅付近で降ろされた。夕方というよりは夜に近い夕闇のなか、凛堂会へと心持ちゆっくりと歩きながら関口組の車が通りすぎるのを待って、颯天は歩道の脇に寄った。
 少しでも姿が隠れる場所を探していると、パン屋の脇に置かれた観葉植物が目につく。颯天はモンステラの大きな葉の陰に紛れた。
 スマホを取りだして『事務所』と登録した電話番号を呼びだした。料亭の地下にある娼館の番号の一つだが、接続して耳に当てると呼びだし音が二回繰り返されたあと、音が切り替わってまた呼びだしが続く。転送されてまもなく繋がった。
「祐仁、颯天です。聞いてましたよね」
『ああ。関口から云われたとおりにしろ。ただし、危険を冒す必要はない』
「はい。祐仁、一つ確認させてください。永礼組長には関口組の計画が伝わってるんですよね?」
 颯天にはすべて報告させるが、祐仁はどうするつもりか少しも打ち明けてくれない。それは立場を考えれば当然のことかもしれないが、颯天にも忠臣として祐仁の心配をする権利はあるはずだ。
『何も伝えてない』
 質問というよりは確認を求めたはずが返事は思ったものではなく、颯天は目を見開いてすっと息を呑んだ。
 祐仁と会えば、会話の主導権を握られたうえ快楽にごまかされる。いつも訊きそびれていた答えをやっと聞けたにもかかわらず、求めていた安堵は得られないどころか颯天は一気に不安に脅かされた。
「けど、それじゃ、永礼組長に祐仁を裏切り者だと誤解させてしまう!」
 声をひそめつつも叫ぶように颯天は訴えた。
 対して祐仁は鼻先で笑って、颯天の心配を軽くあしらう。
『云っただろう、一連のことを知っている者は必要最低限だ。おれは自分の身は自分で守る。永礼組長も然り、バカじゃないし、組内の裏切り者の話は寝耳に水ってこともないはずだ。加えて、永礼組長は人からの情報を鵜呑みにする、浅はかな人間でもない。それに、こっちにとっても裏切り者か否か、はっきりさせる必要がある』
「工藤さんのことですか」
『春馬なんてどうだっていい』
 それなら緋咲のことか。春馬が関口と話していたことも祐仁は聞き遂げたはずだ。そのうえでどうでもいいと云いきるほど、春馬の野心は些細なこととして片づけられている。
 おれは――と祐仁は念を押すように云い、『本意を知りたいだけだ』と続けた。そして。
『颯天』
「はい」
 改まった祐仁の呼びかけに畏まった返事をして颯天は耳を澄ました。
『云われたとおりにしろと云ったが、おまえが身の危険を察したときはその限りじゃない。本来の目的が失敗に終わったとしても、凛堂会に貸しをつくることはできる。どのみち秘密裡でやってることだ、次がある。だから、これ以降は何よりも自分を優先しろ。いいな』
 再び、危険を避けるよう颯天に云い聞かせた祐仁の本音はなんだろう。春馬より遥かに大事にされているのは当然かもしれないが、忠臣以上にそうでありたいという颯天の期待を煽る。
「はい。祐仁も気をつけてください。約束してもらわなければやり通せる自信がありません」
『もちろんだ。おれの野心を知ってるだろう』
 そう云って電話は切られた。かすかに笑っているような声音だった。
 ほっとするようでその実、颯天の心底では裏腹に予感めいたおそれが同居する。けれどそう感じることは、祐仁の力量を信用していないことにもなる。そんな反意でもって颯天は自分のやるべきことをやるだけだと自分を奮い立たせた。
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