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第2章 不可視の類似
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響生が唐突にキッチンから離れていったのは追及を逃れるためのように見えたけれど、逃げるほどの話題ではない。環和は独り首をかしげて、親子丼の仕上げにかかった。
十分後、買ってきたパックご飯を温めて親子丼は完成し、付け合わせにサラダという質素な夕食にありついた。
空腹感はスーパーに行っている間に一度、通りすぎたけれどいざ食べ始めると、食欲に支配された野性動物のように口に運んで、環和はあっという間に半分くらい食べてしまった。
いったん箸を止めた傍らで、響生はせっせと箸を動かしていて、もう残り少ない。
「美味しい?」
そう訊ねているうちにどんぶりの中は空っぽになった。響生の口から深いため息が漏れる。
「腹へってるときに美味しくないって、よっぽどまずい料理だな」
「全然、素直じゃない云い方!」
「おまえと同じだ」
「子供っぽい」
「おまえといると、大人でいることがバカらしくなる」
煙草を一本取りだしながら響生は云い、口に咥えて火をつけるとさっそく一服する。
「……どういう意味?」
「おまえ見てると口を出したくなるようなことが多い。説教たれるのも疲れるし、おまえも説教されるのよりマシだろ」
ひるがえせば、気取らずに素の自分を出しているということになる。それはそれでいいけれど、おかしな言動をそんなに頻繁(ひんぱん)にしているつもりはない。
「子供扱いする気? 子供にはできないこと、わたしとやってるくせに。それとも、ロリコンとかいう性癖あるの?」
「あってたまるか」
覗きこんだ環和に顔を近づけ、響生はふーっと息を吹きかけた。息というよりは煙だ。避けるべく無自覚にのけ反ると、バーのカウンターみたいに固定された椅子から転げそうになる。躰が傾いて手が泳ぎ、直後、環和の手は響生がつかんだ。
「何やってるんだ」
「響生が子供っぽい悪戯するから」
「じゃれてやってる。おれにかまわれたいから来るんだろ」
ずいぶんと自信過剰な云い分だ。なまじっか、そのとおりだから抗議もできない。
「……響生もたまには家でだれかとごはんを食べるのもいいでしょ。シンプルでも手作りだとうれしかったり」
環和が問うように首をかしげると、「なら早く食べろ。冷めるだろう」と云って響生は環和から視線を外した。テーブルにそれぞれ肘をつくと正面を向いて紫煙を吐く。
「大抵のヤツはだれか家族が手料理やってるだろうし、それがあたりまえになってて手作りがうれしいとかないんじゃないか」
「たぶんね」
気のない相づちを打ち、環和は親子丼を平らげにかかった。
すると、左手をテーブルからおろして響生は躰ごと環和のほうを向く。横顔に視線を感じた。響生に見られることはかまわないけれど、平然とできるほど慣れているわけではない。頬が火照る。
気にしないふりをしながら食べ、最後のひと口を残して環和はカトラリーケースの中からスプーンを取ると、響生を振り向いた。
「食べる?」
返事を聞くまえにスプーンで残りの親子丼をすくうと、響生の口もとに差しだした。環和のしぐさは予測不能だったはずが、戸惑ったせいか無反応だったのは一瞬、響生は環和の手からスプーンを奪った。
「どっちがペットかっていったらおまえだろう」
そう云って、環和にスプーンが向けられる。
「じゃあ……ペットは無責任に捨てられないよね? 付き合っても長くて三カ月って噂だけど」
環和は咬みつくようにスプーンに口を持っていく。顔を引いて口をもぐもぐさせながら挑むように響生を見つめた。
響生は目を狭めて怪訝そうにする。
「だれに聞いたんだ。……ああ、友樹か」
「友樹くんはわたしにジェラシー感じてるっぽいけど。だから、せいぜい三カ月だって意地悪云ったのかも」
正確には、三カ月を超えられるか楽しみにしていると友樹はおもしろがって云ったのだが、環和は良心が痛まない程度の誇張をした。
響生は目を丸くしたあと、息を一つ短くつき、それから笑いだした。
「なんの話だ」
「だれかの恋愛感情にアンフェアなんて云えないよ? いつか見た映画で、自分の感情だけど好きになる相手も好かれる相手も、自分では選べないって云ってた。だから、叶うかどうかは別として、人の気持ちに応えられないことはあってもいいけど、否定するのは卑怯。自分だって好きになりたくてその人を好きになってるはずないんだから」
しばらく響生は何かを見いだそうとするような様で環和をじっと見ていたが、ふっとかすかな笑みをくちびるに浮かべた。
「確かに、自分のことなのに自分に選択権がないということはたくさんある。いくら煙たい存在でも、親の存在を完全に切り離すことは不可能だ。だろう? おまえの話しぶりからすると親は東京に住んでるんだよな。なんでわざわざ独り暮らしをしてるんだ? だれかとごはんを食べたいんなら戻ればいい。県外から来る奴も普通にいるんだ、都内で通勤がたいへんてことはそうないだろう」
プライベートに響生が踏みこんできたのははじめてかもしれない。
「わたしの場合は、だれかとっていうより、いまは響生と食べたいだけ」
と、かわしたつもりが――
「泣くまで、なんで雨が嫌いなんだ」
響生はそれが重要ポイントであるかのように直球で疑問を投げた。
十分後、買ってきたパックご飯を温めて親子丼は完成し、付け合わせにサラダという質素な夕食にありついた。
空腹感はスーパーに行っている間に一度、通りすぎたけれどいざ食べ始めると、食欲に支配された野性動物のように口に運んで、環和はあっという間に半分くらい食べてしまった。
いったん箸を止めた傍らで、響生はせっせと箸を動かしていて、もう残り少ない。
「美味しい?」
そう訊ねているうちにどんぶりの中は空っぽになった。響生の口から深いため息が漏れる。
「腹へってるときに美味しくないって、よっぽどまずい料理だな」
「全然、素直じゃない云い方!」
「おまえと同じだ」
「子供っぽい」
「おまえといると、大人でいることがバカらしくなる」
煙草を一本取りだしながら響生は云い、口に咥えて火をつけるとさっそく一服する。
「……どういう意味?」
「おまえ見てると口を出したくなるようなことが多い。説教たれるのも疲れるし、おまえも説教されるのよりマシだろ」
ひるがえせば、気取らずに素の自分を出しているということになる。それはそれでいいけれど、おかしな言動をそんなに頻繁(ひんぱん)にしているつもりはない。
「子供扱いする気? 子供にはできないこと、わたしとやってるくせに。それとも、ロリコンとかいう性癖あるの?」
「あってたまるか」
覗きこんだ環和に顔を近づけ、響生はふーっと息を吹きかけた。息というよりは煙だ。避けるべく無自覚にのけ反ると、バーのカウンターみたいに固定された椅子から転げそうになる。躰が傾いて手が泳ぎ、直後、環和の手は響生がつかんだ。
「何やってるんだ」
「響生が子供っぽい悪戯するから」
「じゃれてやってる。おれにかまわれたいから来るんだろ」
ずいぶんと自信過剰な云い分だ。なまじっか、そのとおりだから抗議もできない。
「……響生もたまには家でだれかとごはんを食べるのもいいでしょ。シンプルでも手作りだとうれしかったり」
環和が問うように首をかしげると、「なら早く食べろ。冷めるだろう」と云って響生は環和から視線を外した。テーブルにそれぞれ肘をつくと正面を向いて紫煙を吐く。
「大抵のヤツはだれか家族が手料理やってるだろうし、それがあたりまえになってて手作りがうれしいとかないんじゃないか」
「たぶんね」
気のない相づちを打ち、環和は親子丼を平らげにかかった。
すると、左手をテーブルからおろして響生は躰ごと環和のほうを向く。横顔に視線を感じた。響生に見られることはかまわないけれど、平然とできるほど慣れているわけではない。頬が火照る。
気にしないふりをしながら食べ、最後のひと口を残して環和はカトラリーケースの中からスプーンを取ると、響生を振り向いた。
「食べる?」
返事を聞くまえにスプーンで残りの親子丼をすくうと、響生の口もとに差しだした。環和のしぐさは予測不能だったはずが、戸惑ったせいか無反応だったのは一瞬、響生は環和の手からスプーンを奪った。
「どっちがペットかっていったらおまえだろう」
そう云って、環和にスプーンが向けられる。
「じゃあ……ペットは無責任に捨てられないよね? 付き合っても長くて三カ月って噂だけど」
環和は咬みつくようにスプーンに口を持っていく。顔を引いて口をもぐもぐさせながら挑むように響生を見つめた。
響生は目を狭めて怪訝そうにする。
「だれに聞いたんだ。……ああ、友樹か」
「友樹くんはわたしにジェラシー感じてるっぽいけど。だから、せいぜい三カ月だって意地悪云ったのかも」
正確には、三カ月を超えられるか楽しみにしていると友樹はおもしろがって云ったのだが、環和は良心が痛まない程度の誇張をした。
響生は目を丸くしたあと、息を一つ短くつき、それから笑いだした。
「なんの話だ」
「だれかの恋愛感情にアンフェアなんて云えないよ? いつか見た映画で、自分の感情だけど好きになる相手も好かれる相手も、自分では選べないって云ってた。だから、叶うかどうかは別として、人の気持ちに応えられないことはあってもいいけど、否定するのは卑怯。自分だって好きになりたくてその人を好きになってるはずないんだから」
しばらく響生は何かを見いだそうとするような様で環和をじっと見ていたが、ふっとかすかな笑みをくちびるに浮かべた。
「確かに、自分のことなのに自分に選択権がないということはたくさんある。いくら煙たい存在でも、親の存在を完全に切り離すことは不可能だ。だろう? おまえの話しぶりからすると親は東京に住んでるんだよな。なんでわざわざ独り暮らしをしてるんだ? だれかとごはんを食べたいんなら戻ればいい。県外から来る奴も普通にいるんだ、都内で通勤がたいへんてことはそうないだろう」
プライベートに響生が踏みこんできたのははじめてかもしれない。
「わたしの場合は、だれかとっていうより、いまは響生と食べたいだけ」
と、かわしたつもりが――
「泣くまで、なんで雨が嫌いなんだ」
響生はそれが重要ポイントであるかのように直球で疑問を投げた。
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