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第7章 摧頽-濫りに淫ら-
1.値打ちのない躰
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嵐司の肩にもたれた頬が浮いてしまうほど、毬亜はびくっとおののいた。顔を上げれば、嵐司の背中越しに吉村が見えるに違いなく、毬亜はそうできなかった。反対に、隠れるように躰を嵐司に押しつける。嵐司の腕が腰を締めつけたかと思うと、次の瞬間には真逆に引き離された。
毬亜の躰をベッドに横たえて嵐司は躰を引く。快楽から一気に冷めた躰は内部まで縮こまっているのか、男根がずるりと抜けだしていくきつさは、宴の男たちがもたらすものと同じ感覚だった。
呻くような毬亜の喘ぎ声を嵐司の薄笑いが引き継ぐ。
嵐司はあぐらを掻いた脚を片方だけ解いて、わずかに躰の向きを変えながら吉村を見やった。
「目のまえに女がいて、そいつが気に入ってるんなら抱きたい。女の意思なんて関係ない。そう教わったつもりです」
「下っ端が目上の囲い女に手を出していいと教えたつもりはないが」
「一月さんがそうおっしゃるんでしたら、おれの聞き間違いだったようです」
「聞き間違い?」
怪訝にした吉村の質問は、肩をそびやかしたしぐさでかわされた。
腹の探り合いをするような沈黙がはびこる。ともった灯があればふっと消えてしまう。そんな酸素不足を引き起こしている。毬亜は嵐司に寝かされたときのまま、じっとして動けなかった。
「いつからだ」
「一回でも百回でも問題は変わらない。少なくともマリに関しては。ですよね?」
嵐司は吉村に何一つまともに答えない。何を企んでいるのか――違う、一月さんについていけと毬亜に云った嵐司が、〝一月さん〟と慕っているのは確かであり、それならば真意は何か。
いま毬亜が気づいたのは、嵐司は最初から吉村がここにやってくることをわかっていたのではないか、ということだった。
「おれは、おまえの親父さんには恩義がある」
そう云って吉村が動く気配がした。
「嵐司、だからといって何をしても許されるとは思うな」
ベッドが揺れる。それを体感した直後、嵐司はベッドから蹴り飛ばされていた。
呻き声と毬亜が息を呑む音はどちらが大きかったのか。
ベッドに飛び乗っていた吉村は、すぐさまおりて、床に転がった嵐司に歩み寄る。
「息子は所詮、息子。ちやほやされて育ったアマちゃんか」
云い捨てながら吉村は、肩を手でかばいながら起きあがろうとした嵐司の腹部に蹴りを入れた。嵐司は背後の壁にぶち当たり、反動でまえに倒れながら躰を折る。
「下っ端がおれの意に背くのを容赦するとでも? 甘く見られたもんだ」
吉村は嵐司の腹部を踏みつけた。ぺちゃんこにする気ではないかと思うほどぐいぐいと足はのめりこんで見える。
驚怖に身を縮めていた毬亜は、気づけばベッドからおりていた。
「吉村さん!」
吉村の腕を引っ張ると足は嵐司から離れたが、振り向きもせず、再び足の裏で嵐司を蹴り飛ばす。
「可愛がってやってる礼もなしに徒にするとはな。落とし前はどうつけてくれるんだ」
いつも冷然とした吉村が激昂していることは間違いなかった。
吉村さんを止められないのなら――
毬亜はとっさに嵐司の上に覆い被さった。
「マリ、どけ」
「あたしが悪いの! あたしはバカで、どうしようもないって思って、だから嵐司はなぐさめてくれただけ」
「どけと云ってる」
毬亜は首を激しく横に振った。
「踏みつけられて当然なのはあたし。あたしの躰は全然惜しくないから」
毬亜の躰は借り物だ。なんの値打ちもない。そんな躰でも抱きしめてくれた嵐司は、毬亜の知らない多くの人にとってきっとかけがえのない人だ。
苦痛を覚悟したのに、それはいつまでたっても起こらない。
無意識に息を詰めていた毬亜は、殺されてもいいと思ったこととは裏腹に生きることを欲して、苦しさに喘いだ。
「出ていけ」
吉村の声は静けさを取り戻していた。踵を返したらしく、背後の足音が遠のいていく。
毬亜は固まったように動けなかった。逆に、とても動けるとは思えないほど手ひどくやられた嵐司のほうが立ち直りは早かった。
息をついた嵐司は毬亜の腕をつかんで一緒に上体を起こした。
「嵐司……」
「大丈夫だ」
受け合った言葉のとおり、暴行されることさえ織りこみずみだったのか、嵐司は堪えているふうではない。けれど、あれだけのことをされて痛みがないはずがない。
「でも……あたしのせい……」
嵐司は顎をしゃくるように首を振って、それ以上を制した。
立ちあがった嵐司は一度大きく息をつき、寝室を出ていった。
毬亜はその背中を見ながら、嵐司を見るのはこれが最後になるのだろうと思った。吉村も嵐司もいない。そんな自分がどうやってここで生きていけるのか、想像もつかなかった。
やがて浴室の戸が閉まる音を聞きつけると、毬亜はようやく立ちあがってリビングに行った。
すると、吉村は帰ることなく、寝室に背を向ける側のソファに座って煙草を吸っていた。顔が見えないことは救いなのかどうか。
嵐司はリビングに戻ってくると、毬亜を見据えた。
「マリのせいじゃない。おれは、一月さんが腹を立てて当然のことをした」
「ちが――」
「マリ、いつか……一月さんじゃないだれかが必要になったらおれを呼べ」
嵐司は毬亜の否定をさえぎって、ちょっとまえ云いかけていた続きを口にすると、見向きもしない吉村に向かって深々と一礼をした。
「一月さん、お世話になりました」
嵐司が出ていった部屋は、まるでだれも存在しないかのように静まり返った。ただ、煙草の薫りだけが息づく。
吉村は腹に据えかねていて、帰ってしまっていてもおかしくなかった。いまここにいる意味を考えても、後ろ姿から読みとるなど毬亜には到底無理で、埒が明かない。
値打ちのない躰を抱きしめてくれたのは吉村もそうだ。いまここにいることではなく、いまここに来たことに意味があるのかもしれなかった。
けれど、そんなふうに意味を求めることは愚かなのだろう、きっと。
毬亜の躰をベッドに横たえて嵐司は躰を引く。快楽から一気に冷めた躰は内部まで縮こまっているのか、男根がずるりと抜けだしていくきつさは、宴の男たちがもたらすものと同じ感覚だった。
呻くような毬亜の喘ぎ声を嵐司の薄笑いが引き継ぐ。
嵐司はあぐらを掻いた脚を片方だけ解いて、わずかに躰の向きを変えながら吉村を見やった。
「目のまえに女がいて、そいつが気に入ってるんなら抱きたい。女の意思なんて関係ない。そう教わったつもりです」
「下っ端が目上の囲い女に手を出していいと教えたつもりはないが」
「一月さんがそうおっしゃるんでしたら、おれの聞き間違いだったようです」
「聞き間違い?」
怪訝にした吉村の質問は、肩をそびやかしたしぐさでかわされた。
腹の探り合いをするような沈黙がはびこる。ともった灯があればふっと消えてしまう。そんな酸素不足を引き起こしている。毬亜は嵐司に寝かされたときのまま、じっとして動けなかった。
「いつからだ」
「一回でも百回でも問題は変わらない。少なくともマリに関しては。ですよね?」
嵐司は吉村に何一つまともに答えない。何を企んでいるのか――違う、一月さんについていけと毬亜に云った嵐司が、〝一月さん〟と慕っているのは確かであり、それならば真意は何か。
いま毬亜が気づいたのは、嵐司は最初から吉村がここにやってくることをわかっていたのではないか、ということだった。
「おれは、おまえの親父さんには恩義がある」
そう云って吉村が動く気配がした。
「嵐司、だからといって何をしても許されるとは思うな」
ベッドが揺れる。それを体感した直後、嵐司はベッドから蹴り飛ばされていた。
呻き声と毬亜が息を呑む音はどちらが大きかったのか。
ベッドに飛び乗っていた吉村は、すぐさまおりて、床に転がった嵐司に歩み寄る。
「息子は所詮、息子。ちやほやされて育ったアマちゃんか」
云い捨てながら吉村は、肩を手でかばいながら起きあがろうとした嵐司の腹部に蹴りを入れた。嵐司は背後の壁にぶち当たり、反動でまえに倒れながら躰を折る。
「下っ端がおれの意に背くのを容赦するとでも? 甘く見られたもんだ」
吉村は嵐司の腹部を踏みつけた。ぺちゃんこにする気ではないかと思うほどぐいぐいと足はのめりこんで見える。
驚怖に身を縮めていた毬亜は、気づけばベッドからおりていた。
「吉村さん!」
吉村の腕を引っ張ると足は嵐司から離れたが、振り向きもせず、再び足の裏で嵐司を蹴り飛ばす。
「可愛がってやってる礼もなしに徒にするとはな。落とし前はどうつけてくれるんだ」
いつも冷然とした吉村が激昂していることは間違いなかった。
吉村さんを止められないのなら――
毬亜はとっさに嵐司の上に覆い被さった。
「マリ、どけ」
「あたしが悪いの! あたしはバカで、どうしようもないって思って、だから嵐司はなぐさめてくれただけ」
「どけと云ってる」
毬亜は首を激しく横に振った。
「踏みつけられて当然なのはあたし。あたしの躰は全然惜しくないから」
毬亜の躰は借り物だ。なんの値打ちもない。そんな躰でも抱きしめてくれた嵐司は、毬亜の知らない多くの人にとってきっとかけがえのない人だ。
苦痛を覚悟したのに、それはいつまでたっても起こらない。
無意識に息を詰めていた毬亜は、殺されてもいいと思ったこととは裏腹に生きることを欲して、苦しさに喘いだ。
「出ていけ」
吉村の声は静けさを取り戻していた。踵を返したらしく、背後の足音が遠のいていく。
毬亜は固まったように動けなかった。逆に、とても動けるとは思えないほど手ひどくやられた嵐司のほうが立ち直りは早かった。
息をついた嵐司は毬亜の腕をつかんで一緒に上体を起こした。
「嵐司……」
「大丈夫だ」
受け合った言葉のとおり、暴行されることさえ織りこみずみだったのか、嵐司は堪えているふうではない。けれど、あれだけのことをされて痛みがないはずがない。
「でも……あたしのせい……」
嵐司は顎をしゃくるように首を振って、それ以上を制した。
立ちあがった嵐司は一度大きく息をつき、寝室を出ていった。
毬亜はその背中を見ながら、嵐司を見るのはこれが最後になるのだろうと思った。吉村も嵐司もいない。そんな自分がどうやってここで生きていけるのか、想像もつかなかった。
やがて浴室の戸が閉まる音を聞きつけると、毬亜はようやく立ちあがってリビングに行った。
すると、吉村は帰ることなく、寝室に背を向ける側のソファに座って煙草を吸っていた。顔が見えないことは救いなのかどうか。
嵐司はリビングに戻ってくると、毬亜を見据えた。
「マリのせいじゃない。おれは、一月さんが腹を立てて当然のことをした」
「ちが――」
「マリ、いつか……一月さんじゃないだれかが必要になったらおれを呼べ」
嵐司は毬亜の否定をさえぎって、ちょっとまえ云いかけていた続きを口にすると、見向きもしない吉村に向かって深々と一礼をした。
「一月さん、お世話になりました」
嵐司が出ていった部屋は、まるでだれも存在しないかのように静まり返った。ただ、煙草の薫りだけが息づく。
吉村は腹に据えかねていて、帰ってしまっていてもおかしくなかった。いまここにいる意味を考えても、後ろ姿から読みとるなど毬亜には到底無理で、埒が明かない。
値打ちのない躰を抱きしめてくれたのは吉村もそうだ。いまここにいることではなく、いまここに来たことに意味があるのかもしれなかった。
けれど、そんなふうに意味を求めることは愚かなのだろう、きっと。
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