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新たな日々

2・Chapter 12

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    エルディー
―――――――――――――
 ファスタードゥルゴーイとの戦いが始まり、俺達は加速し続けた。
二人が並んだその瞬間に、ファストパワーのエネルギーが不規則な空間振動をお越し、俺達は瞬間的に開く小ワームホールへと駆け進んでしまった。
俺の視界には、青白い空間の中に灰色の電流を出しながら超高速で走っているファスタードゥルゴーイの姿が見える。
只管に走った。走っていると、辺りの明るい空間の中で、急に夜の空の下。
雨水が水溜りになっている街中へと飛び出た。
そんなのもお構いなしに、ヤツは駆け抜けていく。
ファスタードゥルゴーイの背中を追いながらも辺りを見渡す。
あり得なかった。日本の町並とはまったく違う家や建造物の立ち並んでいる名も知らない場所だ。
ヨーロッパ辺りだろうか?
あの異空間の中を移動した影響かもしれない。
「……!!」
思いっきり、何度踏み込んでも追いつけない。
灰色の残像光は、そのまま大き目な屋敷の敷地内へと人飛びで飛び越えていく。
遠目から見ても大きな建物だったが、そこへと一瞬で駆けつけて、俺も同じ様に加速したままジャンプして飛び越えた。
敷地の中へと着地しながら、そのまま次の一歩を前へと出してファスタードゥルゴーイを追う。
スーパースローの中に誰かがいたが、この屋敷の関係者であろう彼等の横を通り過ぎていく。
屋敷の中へと入り込むと、食卓の部屋でヤツと同時に足を止め、長いテーブルを挟んで睨み合う。
《ここまで付いて来るとは、正直思っていなかった。エルディー……》
「何故名前を知っている」
《知りたければ、捕まえてみせるんだ。ヴィテス》
今度は俺のコードネームで呼んできたヤツの目は、恐ろしい程狂気染みていた。
食卓間にあるカレンダーの方に、不意に目がいった俺は眉を吊り上げて目を細めた。
そこには【2018 AVRIL】印は4の手前まで×が描かれている。
 4月4日。
三か月ちょっと前の月だった。
時を遡ったのだろうか?
《今君が疑問に思った事を教えてあげよう。私達ファスターはその力で時を超える事も可能だ。タイムリープやタイムトラベル。そういった事を君も知っているはずだ》
「……光速での時間の逆行?」
《逆行だけじゃないさ、時を戻したり別の時間に飛んだり自由に移動ができる。ある一定のエネルギー量が我々の身体を包むと光の速さを超えてしまうんだ。細かく言うと、超えられるのは時間だけじゃない……》
ファスタードゥルゴーイは変成器の様な声で、俺にそう語ってくる。
嘘ではない。
実際に俺の目の前でそれが起きているのだから。
唐突に部屋のドアが叩き開けられようとしているのが解り、ゆっくりと動き始める遅い時間の中でファスタードゥルゴーイが駆けた。
それを再び追う為に走り始めると、開こうとしているドアの隙間から見覚えのある男性の姿が見えた。
今はその人物に構っている場合ではない。
俺はヤツを捕まえる為に急行する。
この屋敷の中を駆け回り、廊下の一本道でヤツの右腕を掴んだ!!
ファストパワーを使う俺達にとっては、この数秒間が物凄く長い時間に感じる。
その一瞬の中でヤツの腕を掴んだと思った時、相手の力に身体を引っ張られ投げられた。
壁へと衝突すると、ヤツが俺の身体を掴んできたのが分かり、膝をヤツの腹部へとぶつけると簡単に上へと飛び上がっていく。
まるで無重力空間の様に、壁を蹴って天井に衝突したヤツを掴もうと両手を向けると、天井に足をついて体制を立て直していたファスタードゥルゴーイに殴られる。
左手のガントレッドで殴られて、凄まじい衝撃を感じた後も廊下の壁や床に天井を超高速でぶつかり合いながらスパイラルの光を瞬かせる。
超高速状態の俺達の世界は、嵐の様に粒子やエネルギーをまき散らしていきながら、ある室内へと叩き込まれた。
ドアを破壊してテーブルの上にぶつけられて、首元を手で押さえつけられる。
凄い力で、目の前にはあの黒い目に赤色の瞳が映った。
黒いマスクをつけているヤツの姿は、まさにヴィランそのものだ。
俺はその場で左拳を叩き込もうとしたが、ファスタードゥルゴーイは簡単にその手を弾いて、俺の首を掴み上げてがら放り投げた。
床の上に音を立てて倒れこむと、誰かが走っていく音が聞こえた。
隣の部屋からは、その直ぐに声が聞こえてくる。
「教授っ 教授……!!」
「……アズマ、か」
その名前を俺は知っていた。
ゆっくりと立ち上がって、少しだけ開いているドアの向こうを覗いてみると、そこにはボロボロで怪我をしてるアズマが跪いて、教授と呼んでいる男性の両肩を掴んでいる姿があった。
「直ぐに手当を」
そう言いながら教授の身体に一度触れると、大怪我で重症な教授は背から腹部にかけて、折れた杖が刺さっていた。
あれはきっと、もうどうしようもないだろうというのが、見ているだけで分かる。
教授はアズマの腕を掴んでから、必至に口を開いていた。
「……駄目だ、もう、長くはない」
「何を言うんですか。貴方は幼い俺を助け理解してくれた。次は俺が助ける番……」
アズマが涙を見せながら、彼に言っていると、彼はすごく優しそうな表情をしていた。
「……ッッ た、のむ。セリア、を……孫娘を、護ってやっ、て」
彼の言葉に、アズマは何度も頷く。
只管に何度も、ただ頷いていた。
「分かりました。絶対です。だから貴方も生きてセリアに会ってあげてください!!」
強く言いきったアズマの言葉は、既に彼には届いていたのかは分からなかった。
全身が無力になって動かなくなった教授に、アズマは無言のまま俯く。
見入っていると気が付いた。
二人は英語でもフランス語でもなく、日本語で会話をしていた。
誰かに聞かれるとまずいからだろうか?
隣の部屋の更に奥にあるドアに、大柄の男の姿が中へと入ってくるのが見えた。
アレが、この屋敷を襲撃した男?
そちらにしても、これは過去なんだ。
過去に触れてはいけない。というのが、どの映画やドラマ、アニメにおいても絶対的なルール。
俺が再び視線を変えた途端に、顔面をジャブで一撃叩かれ、怯まされた。
考える間も無くファスタードゥルゴーイに肩を掴まれ、その強い握力に驚き、相手の力に強引に向きを変えられる。
次の瞬間には、容赦なく肩から引っ張られる様にして身体を投げられ、窓ガラスを割って外へと放り出されてしまった。
「う、ァ……」
左肩から地面に激突して、ギッシリと敷き詰められた石のタイルにヒビができて、俺の視界はぐるぐると天地が回る。
自分の身体が止まるかと思った時、ファスタードゥルゴーイは俺の身体を蹴り上げて腹部を集中的に殴りつけた。
衝撃と同時に宙に浮いて横向きになっている俺は、自由がきかずに超高速で動くファスタードゥルゴーイの連続する拳に殴られ吹き飛ばされる。
再び屋敷の庭で転がされたかと思うと、やっと体制を建て直し両足で立ち上がって前へと顔を上げた。
視界の横から灰色の光と共に俺の身体を膝蹴りして、左腕を掴まれたかと思うと簡単に放り投げられてしまう。
仰向けで倒れる俺の身体は、既にボロボロだった。
いたるところが痛む。
《私には適わない。残念だが私も忙しくてね……いずれまた会う事になるだろう。少しばかり時間は違うが》
ヤツは胸の前で腕を組んでから、黒い尻尾を揺らしている。
正に余裕と言う状態なのだろう。
身体を起こして両手を地面についてから、立ち上がろうとするが、中々力が入らなかった。
ファスタードゥルゴーイが踵を返して、後ろへと振り返ると、俺に背を向けてから灰色の光が瞬いたのと同時に消えた。
俺も急いで立ち上がってから、それを追いかける為に走り始める。
白色のタキオンが心臓部から体に広がり、踏み込む走りの後自分の後ろへと粒子発光体が火花が空へ上がる様にして見えなくなっていく。
超高速状態のまま正面の門から外へと飛び出し、ファスタードゥルゴーイを追いかけていくが、そのフランス街の道中に見覚えのある姿が視界の端に映った。
少し横へと視線を移動させながら、相手にはほぼ感知すらされない時間を通りすがり駆け抜けていく。
その一瞬の中で、俺の視界にはハッキリとゴシックロリータな服装を身に纏ったセリアの姿がある。
姿を確認できた後は、気にする暇なんてなかった。
ただ只管にファスタードゥルゴーイを追いかける為に道中を駆け抜巡り、ヤツの後ろ姿を視界から消さない様に走り続ける。
大通りを曲がり曲がり、どこへ向かっているのかも分からないまま、唐突にファスタードゥルゴーイの目の前に小ワームホールが現れたのが見えた。
それが見えた後は、直ぐにヤツは中へと飛び込んでいく。
俺はその出現している小ワームホールの中へと突き進んだ。
また別の時代へ飛んでしまうのだろうか?
行き先すら分からない。
ただ、ヤツを捕まえて父さんの事を聞きだす事を目的に、走るだけだった。

     セリア
――――――――――――――
 私は、いつもの様に朝にセットしてある目覚ましのアラートで目が覚める。
ゆっくりと起き上がって、慣れ始めた日本の日差しを受けながら、カーテンを開く。
この時には既に美鈴の姿は無かった。
アズマのいなくなってからの功鳥家の家の中は、活気がなかった。
土筆はたぶん違う理由なんだろうけど、多加穂さんはアズマが意識不明になってから、どこか心ここにあらずな感じになってしまっている。
久々に帰ってきた家族が、急に意識不明になったのだから当然といえば当然なのよね。
パジャマを下から脱いで行き、前日に出してあった私服を下から順番に、ソックスにスカート、ワイシャツと着込んで、髪の毛のお手入れ。
それが終わると、学校へと持っていく物の準備を直ぐに整える。
充電されたiPhoneを手に取り、胸ポケットへと入れると、鞄を持って部屋から出る。
部屋から出てまず第一にする事は、いつも決まっている。
階段に近くの部屋のドアをノックして、土筆を呼ぶ事だった。
「土筆? 今日は学校、行く気ないの?」
部屋からは何も返事が返ってこなかった。
ずっとこんな感じ。でも、ドアの向こう側には確かに気配がある気がする。
数秒の間、部屋の前で待ってみたが、直ぐに階段を下りていく。
下の階へと降りると、直ぐにリビングへと入った。
広めのリビングには食卓台と、お茶の間のテーブル。
6時30になろうとしている家の中は、朝食のお味噌や玉ネギの匂いで、とても食欲をそそる。
「多加穂さん おはよう」
「おはよぉ」
優し声で返事が返ってくる。
食卓台には既に料理が並んでいる。
私の起床して降りてくる時間がいつも同じだから、嬉しい事に降りてきた時にはいつも朝食が出ているの。
まるで、本当に私がこの家の家族の様に扱ってくれて、日常になりはじめた今でも嬉しいく感じる。
「私は先に出るから、セリアちゃんはゆっくり登校しぃね」
「分かってる。多加穂さんも気をつけてね」
ニッコリと笑顔を返してきた多加穂さんは、リビングから出ていき荷物を持ってから玄関へと向かう姿が見えた。
私は食卓で朝食をとりながら、空腹を満たしていると、直ぐに時間が過ぎていく。
丁度、時間は7時15分頃だった。
食事を終えてから、少しゆっくりとしていると、唐突にiPhoneからメロディーが鳴り出す。
何かと思って胸ポケットからiPhoneを取り出してみれば、美鈴の名前が表示されている。
電話に出てみると、直ぐに美鈴の声が飛び込んできた。
『セリア。今すぐ助けてっ』
どこか急いでいるような声は、いつもの美鈴らしくはなかった。
「どうかしたの?」
『エルディー一人じゃ手におえないの……私の指定する位置に向かって』
「わ、わかった。どこに行けばいい?」
あの美鈴がこんなにも慌てているのだから、エルディーに危機が迫ってるのは分かった。
美鈴に言われた通りに家を出てから、鍵を閉めて街中を駆け始める。
iPhoneを片手に耳へ当てて、美鈴の説明を聞きながら目的の場所へと向かっていく。
ここから霧坂区と中央区は、距離的にはそんなに変わりないけど、美鈴の指定してきた場所は封鎖区域だった。
突如現れたファスタードゥルゴーイをエルディーに誘導させようとしているみたい。
iPhoneにイヤホンを装備してポケットへと入れ込む。
仕方ないので、土筆の自転車を借りていく事にした私は、あまり乗らない自転車で目的の場所へと移動する。
移動中、美鈴が声を上げた。
『そんなっ……エルディーが、消えた』
「……え? 美鈴、どういう事なの?」
イヤホンから聞こえた美鈴の声は、驚いて焦っている様にも聞こえた。
エルディーが消えた?
戦闘中の彼が突如消えたという事かしら。
『一定だったスピードが、唐突に上がったかと思うと消えたの……エネルギーセンサーも反応が、無い』
美鈴の言っている事も気になったけど、考えている間に、街中を黄色い稲妻のような光が通り抜けていった。
あの色は、リプター。ディーンのタキオン粒子と電気エネルギーの色だ。
という事はこの辺りでエルディーは戦っていたという事ね。
何があったのかは分からないけど、私は持ち場に行かないといけない。
封鎖地域のガードレールの前で自転車を止めて、その中へと急いで入っていく。
「はぁ…はぁ……こんなに走ったのは久しぶりよ」
目的の場所へとたどり着いてから、ゆっくりと足を遅めて一度落ち着く。
辺りには、ガラの悪い人だったりアビリティーだからという理由で迫害を受けた学生や子供。
ホームレスの人までいる。
五徳市も酷い環境になってしまったものね。
皆、傷ついている。

    エルディー
――――――――――――――
 光の中から飛び出して、一瞬のうちに五徳市の見慣れた風景が周りに存在している事に気が付いた。
中央区から封鎖区域の方へと向かう道の一直線。
横道から唐突に小ワームホールが開いたかと思うと、ファスタードゥルゴーイが飛び出してくる。
強烈なタックルに、足が地面から離れ、高速状態の中で車に衝突する。
移動中の車のガラスが割れて歩道側まで車体が移動してしまう。 
更に殴り込みに来ようとしているファスタードゥルゴーイの攻撃を間一髪で、横へと回避して拳の一撃でも叩き付けようと思った。
「ッッ」
俺の拳は簡単に掴まれて、首をがっしりと掴まれたかと思うと、ファスタードゥルゴーイの超高速に引き摺り込まれる。
足は地面から離れ身動きがとりにくい中、必至にヤツの手を振りほどこうとしたが、その力は速度と同じく強かった。
封鎖地域へと簡単に投げ込まれたかアスファルトに俺の身体がぶつかり、何度も視界が重力に逆らっているように切り替わり建物の中へと衝突した。
もう使われていないコンビニだった場所だ。
凄い量の煙を巻き起こして、中のコンクリートの壁が壊れた。
「……はぁ……はぁ、うッ」
全身が痛い。
治癒する細胞の活動量を速くしても、まるで追いついていなかった。
自身の身体から白色の粒子発光体を出しながら、煙の向こう側へと一気に駆け出す。
ファスタードゥルゴーイがいると感じた場所へ拳を強く突き出し、殴りこもうとした。
それも分かっていたのか、ヤツは回避しながら簡単に腕を掴んだかと思うと素早い払いで的確に関節部分へと打撃を与えて、頭を掴んだ次の瞬間には放り投げられた。
地面に仰向けで倒れこんでしまう俺は、視界いっぱいに青い空が見える。
体を起こそうとしたが、強引に鋼のブーツで踏まれ地面に押さえつけられた。
《速さは、まだまだなようだな》
そう言いながら再び脇腹を蹴りつけて、俺の身体を地の上で転がした。
俺はヤツに対して一撃も、有効打を叩き込む事はできなかったんだ。
あまりにも、強すぎる。
「……」
左腕のガントレットを振り上げて、俺の方へと近づいてきているファスタードゥルゴーイに、俺は反応する時間すらなかった。
灰色の電流を生み出して唐突に目の前に現れたヤツの姿が目に焼き付く。
そんな中で発砲音が鳴り響いた。
炸裂する銃声に、ファスタードゥルゴーイは瞬時にその方向を向いてガントレッドで銃弾を弾いた。
発砲の聞こえた方角へ俺も視線を向けてみると、そこにはジャニスの姿があった。
片手で構えたリボルバーを下ろして、ニヤリとほほ笑むその顔は、どこか誇らしげだ。
「やぁ」
《……》
ファスタードゥルゴーイの動きが止まったかと思うと、ジャニスの周りに見渡している様に見えた。
それを終えると、唐突にジャニスを睨みつけてから変成器越しに言う。
《カリバン博士……》
ぴくりと獣耳を震わせて、ファスタードゥルゴーイは、超高速状態で走り始めた。
ソニックブームの起こる炸裂音と共に、その音よりも速く駆け抜けジャニスへ接近した。
はずだった。
ジャニスの目の前には、電磁フィールドによるバリアが浮かび上がり、その壁にヤツは衝突して弾き飛ばされた。
宙を舞い簡単に着地してから首を鳴らす。
「おぉっと残念だが、君の相手は彼だけじゃない」
首を傾げるヤツの姿を後ろから見ながら立ち上がると、路地裏から轟音と共に強烈な炎が吹き出しファスタードゥルゴーイをその爆発級の炎の威力で再び吹き飛ばす。
炎が直ぐに消滅して、路地裏からはセリアが姿を出した。
俺を助けに、わざわざ来てくれたんだ。
地面へと背中から倒れこんだファスタードゥルゴーイの姿を見て、今すぐにでも駆けだそうとしたが、身体が思うように動かない。
立ち上がるヤツの姿は、黒猫の様に尻尾をゆらりと動かしながら、赤色の目をギラギラと見せて、装備しているマスクやガントレッドは不気味な敵そのものだ。
俺の方へと一度振り返ると、何も言わずにその場から消える。
灰色の粒子発光体を散して残像を残しながら、ヤツは俺達の前から消えたんだ。

 俺達は再び集う為のアジトへ。0ポイントへと来ていた。
といっても俺の家の下にある隠し地下室なんだけど、アジトと言った方がしっくりくる。
ボロボロの俺の手当てをしてくれているディーンは、思っている以上に手先が器用で素早かった。
色々な箇所を打撲に骨折。俺がファスターじゃなかったら、歩けていないし感知するのにも時間がかかっていたかもしれない。
これじゃぁ、また動けないな。
ディーンが包帯を結んでくれて、そのまま離れる。
「はいっ できたわよ。ちゃんと安静にしてて」
「ありがとうディーン」
美鈴はモニター画面とにらめっこしていて、すごく真剣な顔をしていると、数秒後に椅子を回して俺の方へと振り返る。
「エディ……アナタはどこに消えた? 10数秒だけ、エディとアイツが消えてた」
そうだった。
俺達はあの時、五徳市から姿を消していたことになってるのか。
未だに実感がわかないまま、少し黙り込んで考えてしまうが、美鈴達にも言う事にした。
「実はあの時ファスタードゥルゴーイを追って全力で追い掛けていたんだけど、小さなワームホールが出現した後俺の視界に映ったのはフランスで……しかも過去だった」
俺の話を聞いていた美鈴やセリア達の動きが止まったかと思うと、沈黙の時間が続く。
自分におこった事を言ったのに、まるで胡散臭い話でも聞いたかのような視線だった。
「言っておくけど、本当のことだよ」
一人ひとりに視線を送っていると、美鈴が口を挟む。
「事故的に光の速さを突破したか……ファストパワーの超エネルギーで、過去に行った?」
「たぶん、おそらくは、そうかもしれないね」
確証のない事で、自分でも何とも言えないけど、皆にはそう説明するしかなかった。
「エルディーっ それで、過去のフランスってどうだったの? タイムトラベルの気分は、っていっても交戦中で考える暇もなかったわよね」
美鈴の両肩を後から掴んだセリアは、興味津々で言ってきたけど、途中から少し考えているような顔をした。
交戦中で唐突に飛び込んだ場所だったけど、案外記憶の中には深く刻みついているみたいだ。
よく思い出せる。
でも、あの事はセリアに話すべきなのだろうか。
無言で話題に間をつくってしまうと、美鈴が次の話題を切り出した。
「そういえば、ジャニジャニなジャニス……ドゥルゴーイとはどうだった?」
ジャニスへと送った質問に、腕を組んでからテーブルに軽く腰をかけているジャニスは笑顔だ。
それも何か怪しいくらいに、誇らし気というか、とにかく変だ。
「ん~、私の作った斥力壁は完璧だった。スイッチ一つで誰も通れないバリアをつくれる」
「それは……よかったね」
「ファスタードゥルゴーイの事だが、今回間近で見て確信したよ。ヤツは私の世界にいたファスターだ。ヤツも私を知っていた」
会話を聞いていた俺にも、それは分かった。
ヤツは確かに、カリバン博士と呼んでいたのを耳にしたから間違いない。
と、いう事は俺と美鈴の思い浮かべていたシナリオが、崩れる事になる。
きっと美鈴も考えているんだろう。黙り込んだままジーっとして、右手を口にあてていた。
ジャニスの事を怪しんでいたのに、見当はずれだったという事になるんだ。
「どうかしたのかな?」
話の止まった美鈴や俺達に、ジャニスは頭の上に疑問符でも浮かべた様に首を傾げる。
俺と美鈴の憶測が間違っていた以上、ジャニスを疑っていても仕方がないだろう。
でも、美鈴はそうはいかないか。
彼女の力は、その嘘を発見する為にあるのだから。
「ジャニスの作った兵器はともかく、今後はどうすればいい。ヤツを止められない」
俺の発言に全員が黙り込んだ。
再び続き始める沈黙だ。
どれだけ捕まえようとしても、攻撃が真面にヤツに通る事はなかった。
それについてジャニスが、真剣な表情になって口を開く。
「君がもっと、速くなるんだ。ファストパワーの次の段階へランクアップする必要がある。ディーン君の力も借りよう。実践しながらの特訓だ。私が指導しよう」
ファストパワーの事を詳しく知っているジャニスは、どうもやる気満々らしい。
でもまぁ、その意見に関しては賛成だった。
今のままでいても、ファスタードゥルゴーイを捕まえる事もできない。
俺には訓練が必要なのは確かだった。
なら、やるしかない。
それが信用できない人の指導だとしても、俺がもっと強くなれる可能性があるなら、行動に移すべきなんだ。
「頼むよジャニス」
「それでは、まずは二日でその身体を治すことに専念しよう。それじゃぁ、速く学校へ行くんだ。セリア君もね」
まさかジャニスにそういう事を言われるなんて、想像もしていなかったな。
学校の事をすっかり忘れていた。
時計の方へ俺とセリアが視線を向けると、そこには8時10分を過ぎようとしているところだった。
「まずい……! ディーン、頼む。俺とセリアを」
「わかった。運んでほしいんだな」
ディーンは狐の様な獣耳を揺らして、もふもふの尻尾を揺らしながら俺の近くへと来ると、セリアが鞄を片手に駆けよってくる。
とても学業に専念できるとは思えなかったけど、仕方がない事だ。
怪我のまま学校へ行くことになるなんてね。
次の戦いで、こんな風にされないようにも自身でも鍛えないといけない。
ディーンにとっても、俺にとっても、他にも沢山の人物達にとっての脅威になる。
絶対に止めないといけない。
「それじゃぁ、二人とも準備はできてるな?」
その言葉に俺とセリアが頷くと、ディーンは二人を後ろから抱くようにして掴むと、黄色い光が見えた後は、超高速をセリアも体感する事になる。
俺はいつも自分の力で走っていたからか、誰かに連れられて行くのは変な感じだ。
ファスタードゥルゴーイに引きずられたが、本当に変な気分になる。
こんな事が起こった後も、直ぐにいつもの日常に戻り、学業へと急ぐのだった。
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