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新たな日々

2・Chapter 14

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    エルディー
―――――――――――――
 丁度夜になろうとしている頃だった。
皆が集まっている俺の家の地下室で、各々のすべき事を行っていた。
ジャニスはPCから街の全ての情報をチェックして、セリアはゆっくりと休憩をしながら俺は腕立てをしている。
皆、冷静でゆっくりとしている様で俺とセリアは焦りが動きや表情に出てしまっているのが分かる程だ。
俺と美鈴が活動を開始するより前に捕えられていたアビリティーも、今回の騒動で逃げ出している。
あの眼鏡の男。沙潟 陽に付いていった人物も多いみたいだし、どうも気が抜けない。
いつ何処で同時多発的に事件が起こされてもおかしくないのだから。
少しすると、リプターが地下室へと降りてきた。
「アビリティーが逃げ出したらしいな。私も手を貸そう」
「ああ、助かるよ」
腕立てをしている体制からゆっくりと手を床から離して膝をつき、そのまま立ち上がる。
いつも来ているはずの美鈴が居ないのは、少し違和感を感じてしまう。
そんな中で待機していると、不意にPCからアラートサイレンが鳴る。
美鈴の作った市内監視アプリにSNSの目撃情報が入ってきたのだろう。
ジャニスがすばやくPCのマイクをオンにしてから俺の方へと向く。
「香合区の自然公園でアビリティーが暴れているそうだ。行けるかい?」
その言葉を聞くと、超高速で白い粒子発光体を残しながら駆け出す。
瞬間着替えもだいぶ慣れてきた気がしていた。
香合区は工場の多い産業地帯。
そんな場所で何をしようというのか、俺は謎だった。
音速を越える寸前の速度で移動していき、目撃された現場である自然公園へと足を踏み入れ、滑る様にして足でブレーキをかけ立ち止まる。
近くから音が聞こえてきた。
飛んできた氷柱を超スロー空間の中で回避する。
通り過ぎていく氷柱を見て、軌道元の方へと視線をやると、そこにはあの男。
煤見ラボに勤めていた沙潟 陽。
眼鏡の奥に見える目は俺を睨みつけていた。
どうしてそこまでして俺を狙う。本当にファスタードゥルゴーイに命令されているだけなのだろうか。
その場から彼の方へと超高速で移動しはじめた時だった。
横から迫ってきた何かが同じ速度で飛んできている事に気が付いた時には、全身に電流を叩き付けられ、宙を飛んでいた。
地面を転がり、辺りの速度が元の状態へと戻った。
沙潟が倒れこむ俺の方へと振り向くと、辺りに散らばった電流が再び密集して人の形へと形成していく。
現れたのは、前に捕まえた事のある少年。
トランスエレクトル。比留間 光だ。
「誰かと組むのは好きじゃないけど、ヴィテスが倒される様を見るのは楽しいね」
沙潟の方へと振り返りながら言うコウに、あまり仲間とは思えない様な鋭い目でコウを見てから彼は両手を広げた。
それと同時に空中に水が移動して形を変えながら動く。
「比留間。親父の所へ行かなくていいのか……他の奴等も各自で街を荒らしている。ヴィテス殺しには既にバッチリな人数だ」
複数人相手だというのに、体を電気へと変えられる光と水を操る沙潟。
それに……
沙潟の奥の方からはジャバスの姿が見える。
装備しているインカムから、ジャニスの声が聞こえてくる。
『敵は三人。他の場所はディーンに動いてもらっている。君も本気で戦うんだ』
そんな事は言われなくても分かってる。
直ぐに動き始めようと、いつも通りの超高速のままトランスエレクトル。
光が電流体へと姿を変える前に、アッパーで弾き飛ばし、宙をゆっくりと飛んでいくのを見て直ぐにジャバスの方へと攻撃を仕掛ける。
奴の身体へ連続して拳を振るったが、その巨体は微動だとしなかった。
後へ回り込んで超高速の連続パンチをぶつけたがやはり効果は薄く、大振りの腕に直撃して叩き飛ばされる。
「うぐッ……」
急いで立ち上がると、コウが両手から稲妻を放つ。
背中から全身に突き刺さる様な痛みと熱を感じた後は、凄まじい威力で再び弾き飛ばされる。
耳に装備していたインカムが壊れたのか、急に高い音が鳴り、俺はインカムを取り外して捨てた。
一度彼等と距離を置こうと考え、再びファストパワーによる超高速状態で移動を試みた。
だが、移動中の俺に追いついたのは電流体へと変わったコウだ。
目の前で肉体へと再構成して俺の首を掴んだかと思うと、そのまま勢いよく地面へと叩き倒される。
背中が地についた状態で、首を掴まれたまま目の前にはコウの姿があった。
「僕は負けたままじゃ嫌なタイプなんだ。この間の醜態を晴らさせてもらうよ」
左手をすーっと移動させて、俺に見える位置で目に映る程の電流を放ち始めた。
生身の状態だとコウは超高速の俺を目で追う事はできない。
そんな彼の頬を目にも止まらぬ速さで連続して殴ると、勢いよく慄いた。
解放された俺は立ち上がり走り出そうとした時、辺りの温度が急変しはじめる。
急に寒くなりはじめたかと思うと、辺りを霧が覆う。
飛んでくる氷柱の音を耳で聞き取り、素早く回避する度に白色の粒子発光体が瞬く。
多方向から飛んでくるそれを回避していると、稲妻まで飛び交いはじめた。
回避ばかりで攻撃に手がつけられないどころか、ジャバスは自分の力でなんとかできそうにない。
インカムが壊れた以上、助言を貰う事もできない。
助走をつけて殴れば、ジャバスでも手応えはあるはずだけど、他の二人の攻撃がそれを阻止してきている。
どうすれば……

◆◆◆◆◆◆

    セリア
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 エルディーが戦っている最中、私達のアジトである倉庫の地下では、戦うエルディーをサポートするはずだった。
でもそのつもりだったジャニスはモニターを睨みながらキーボードを打ち込んでいる。
インカムが壊れ、エルディーの来ている超耐熱スーツに組み込んでいたマイクロカメラまで破損したらしい。
こうなったら彼がどんな風に戦っていて、どういう状況なのかも分からない。
「ジャニス、まだなの?」
「あの公園の監視カメラに入り込んでる。もう少し待ちたまえ」
気が気ではなかった。
やっとカメラに繋がったのか映像がモニターに映ったのはいいものの、薄暗く霧のある現場の中が映っている。
遠くで瞬く光とアビリティー三人の姿が薄らと見えるが、詳しい状況は把握できなかった。
でも。ピンチだってことは流石に分かる。
ピンチが分かったとしても、できる事は限られていた。
「気温が低下しているようだ」
五徳市全体の温度計測機。その自然公園の部分だけが、青色に包まれている。
もう夏時期になろうとしているのに、-の温度になるなんて普通じゃない。
「沙潟の能力で間違いないだろう。そして温度の低下はエルディー君の速度を奪う……」
「つまり、ピンチなのよね。だったら答えは一つしかない」
私は椅子の上で拘束されている郷間の近くへと足を運ぶ。
何事かと私の事を見上げる彼は、悪い目付きで睨んでいる様にも見えた。
彼へ向けて手を向けて炎を出す。
放射された炎は勢いよく彼に吸収されていくのが目に見えた。
よくあるSF映画みたいに消えていく炎。
少しばかり郷間の表情は歪んでいたから、多少熱さを感じるのかもしれない。
それを見たジャニスが口を開いた。
「何のつもりだ。彼の能力は」
「知ってる。火力や熱エネルギーを吸収して自分の筋力や瞬発力に変える能力」
十数秒の間受けていた私の炎は彼の中に全て吸収された。
手を止めてから郷間へと言う。
「貴方ならエルディーを護れる。あの怪力男を倒せるはずよ」
郷間は自分の力が倍増したのが身体で分かったのか、一度両手をグーとパーするのを繰り返した後、自分を縛っていた鎖を破壊する。
鎖が床へと落ちて解放された郷間は、その場で立ち上がってから私を見下ろしてきた。
エルディーよりも高い慎重で、やっぱり厳ついし怖い。
「テメーの力で助けれるだろ」
「私だと公園を焼き払ってしまうわ。貴方の力なら人を助けられる」
「俺を自由にしてくれたのは礼を言う。だが俺は赤の他人の為に戦わねェよ」
郷間はそう言いながら、自分の使っていた口を覆うマスクを手に取る。
まるで乗り気ではなかった。
でも……
「貴方は私達を助けてくれた。貴方が今、彼の所へ行かなかったら……きっと死んでしまう。いくら頑丈だといっても人間なんだから」
「……俺は弟のトコへ帰る。テメーの仲間はテメーが護れよ」
そう言いながらジャニスを横目で見ながら階段を登っていく。
地下室から出ていく郷間の姿を見ながら、私は不安を押し殺した。
もしかしたら良くない事かもしれないけど、ここで頼れそうなアビリティーは彼しかいなかった。
私と来夢を助けてくれた彼なら、助けてくれるかもしれないと、そう思っての独断の行動。
ジャニスは眉間にシワを寄せて睨みつけてくる。
「何故奴を放った。エルディー君も危険を感じるなら逃げだすはずだ!!」
「そうだと思ってるなら、そう思っていたらいいわ。私達はモニター越しに見守るしかないけど」
そう言ってモニターの方へ視線を向けると、ボロボロになりながらも、三人のアビリティーと戦っているエルディーの姿がある。
超光速で移動する瞬間のタキオンの粒子発光に残像。
決定打が無いまま、低下した温度の中で動きが鈍くなってきている。
それでもまだ戦っていた。
「ファスタードゥルゴーイに敗北してから、彼は強くなろうとしてる。きっと自分からは逃げない」

◆◆◆◆◆◆

    エルディー
―――――――――――――
 全身が痛い。電流を浴びたり、氷柱を避けたりとかなり忙しい。
一対一だったら、こうはなっていなかったはずだ。
でも文句を言う暇があるなら、突破口を見つける方が先決。
氷柱を回避しながら周囲の水分をコントロールする事のできる沙潟の方へと突き進んだ。
まずは彼の能力を封じて、残りの敵を倒す。
俺の周りは既に寒さで凍り付きそうだった。ジャバスも寒さで動きが鈍くなっている。
電気体へ変わるコウは関係無さそうに追いかけてきていた。
相変わらず状況は最悪だ。
「ッッ」
一発の拳を沙潟へとぶつけ、頬を殴られた彼は体を歪ませて宙を回転する様に身体が浮く。
ほんの一瞬の出来事も俺の目線だと凄まじく遅いスローモーションの世界に映っていた。
そんな俺の視界の中で、電流体のコウが追いかけてくる。
急いで跳ね飛ばした沙潟とは別の方向へと移動しようとするが、全身に電撃の衝撃が貫く。
それと同時に地面へ倒れこみ、勢いよく肩をぶつけ数メートル引きずられた。
くそ、敵が多い。
俺はもっと強くならないといけない。
でないと、ファスタードゥルゴーイに追いつく事すら、到底不可能だ。
分が悪くても、ここで下がるわけには……
手を地面について、ゆっくりと身体を起こす。
電流体から人の姿へと戻ったコウが、目の前で俺の首元を蹴り上げる。
勢いよく仰向けに転がされてしまった。
体は丈夫な方なんだけど、けっこう痛いな。
自分の視界に夜の空と木の葉が風に揺られている光景が見え、次の瞬間 肩を掴まれて持ち上げられた。
ジャバスだ。
まずいな。身体が動かない。
さっきの電流を受けてから、体の感覚が無いな。
「あっけなかったね。やりなよジャバス」
「言われなくても殴り潰してやるさ」
ジャバスは俺を高く上げてから拳を構えて叩き付けようとしたのが見えた。
見えたはずだった。
力すら使えなくなった俺の身体へと迫ってくるハイパワーなパンチが、ゲキトツするかに思えた。
だが、その拳が当たる寸前に横から割って入ってくる。
ジャバスの拳を掴み、強く握り動かすもう一人の男。
こいつは……
「ヒートコンバージョン!?」
彼は少し眉間にシワを寄せて面倒くさそうにしながら、ジャバスの拳を握りつぶす。
骨が砕ける鈍い音が鳴り、発散された熱エネルギーが白い煙を出す。
思わず掴まれていた俺が解放され、ジャバスは後へと慄いた。
尻もちをついて見上げてみれば、ヒートコンバージョンがジャバスを一撃のジャブで叩き飛ばした瞬間が映る。
凄まじい威力の一撃に、俺も怯んでいるとコウが能力を使おうとする前に彼はポリタンク両手で持ち、勢いよくコウへと浴びせた。
電気体へ変わろうとすると、そのまま関電してしまう状態に濡れてしまったコウが怯んでいると、成長期真っ盛りな比留間 コウへ右ストレート。
《ウラァ!!》
炸裂した拳は加減をした緩いパンチだったが、コウの身体は一気に吹き飛ばされ沙潟へと直撃する。
それを確認した彼は、ボイスチェンジャー機能のあるマスク越しに話しかけてきた。
《炎使いの嬢ちゃんに頼まれた。動けるなら一度撤退するぞ》
「あ、あぁ……でもどうしてお前が?」
《いいから立て。それと、郷間って呼べ》
俺の方へ手を向けて掴めと言っているようだ。
その手を掴んで、彼の力で引き起こしてもらうと、身体はだいぶ感覚を取り戻しつつある事に気が付く。
郷間は俺をわざわざ助けに来てくれたんだ。
セリアが頼んだ口約束を実行する為に。
二人でこの場を後にして、自然公園から土地の外へと出ていく。
とても普通じゃないくらい身体のいたるところが痛い。
もっと体を鍛える必要が有りそうだ。

 身体の痛みに耐えながら、俺の家の下にあるアジト。ゼロポイントへと階段を下りていくと、ジャニスとセリアの姿が有る。
郷間と共に俺はここへと戻ってきたわけだけど、ジャニスはあまり歓迎はしていなさそうだった。
それと違って、セリアはドヤ顔で腕を胸の前で組んでいる。
何度かジャニスの方を見ながらセリアはすごく勝ち誇っていた。
郷間が俺の背中を押して、前へ倒れかけながらも立ち止まる。
黒いマスクを取った郷間が最初に言葉を放つ。
「ほら、仕事はやったぞ。俺の役目は終わりだ。今度こそ帰らせてもらうからな」
「待ちなさい。貴方はれっきとした悪から正義に逆行するタイプのヒーローよ。 だから私達に協力することになるわ」
物凄く楽しそうにしながら、セリアは郷間に人差し指を向けてから狙い定めた様にして言う。
あまり見ない様なセリアの一面を見ている気がする。
郷間の方を振り返ってみれば、彼女を睨みつけていた。
「俺は関係ない。ただ今回は、見過ごせなかっただけだ。お前達のチームに入る義理は無い」
言いながら階段の方へとUターンをして、ここから出ていこうとする。
元々は脱獄者で、犯罪を犯したアビリティーなんだけど。
彼がいなかったら俺はどうなっていたか分からない。
今回は彼を見逃してもいい気がした。誰かを助ける気持ちが、彼の根本に有るなら……
「待って 佐須郷間!!」
更に声を上げて言うセリアの一言に、何でか郷間はピタリと一歩目の階段から動くのを止めた。
溜息をするジャニスを他所に、セリアは郷間の方へと歩み寄る。
その足音が聞こえて、郷間も一段目から足を下ろして振り返り、セリアの方へと視線を向けた。
「何だ」
「貴方は正義の味方になれるのよ? ファスタードゥルゴーイや悪のアビリティー達の脅威から街を護るの」
「どうして俺が」
「貴方の力は私の力でパワーアップできる。それに貴方は根は良いヤツのはずよ?」
「……とにかく俺は、弟のとこへ帰る。チームには入らない。絶対にな」
セリアへ向かって言い放つと、郷間は今度こそ階段を登って行き、この地下にある部屋から出ていった。
乗り気ではなかったジャニスは、オフィスチェアーに腰を下ろしてセリアの顔を見上げる。
どうしてもチーム入りさせたかったらしいセリアは、少しばかりふくれているみたいだ。
俺としては、今のチームのままで問題なさそうにも思えるけどね。
「セリアは分かってない。元は犯罪者だ。気まぐれな行為にすぎないさ」
ジャニスの言う言葉にセリアが反発する。
「そうとも限らないと思うけど、エルディーはどう思う?」
「あー、俺は……頼れる仲間なら味方にほしいかな」
「それなら私が役割を担う。エルディー君のスーツに別の機能をつけよう。神の耐久だけでは心もとないって事が、今回ので分かったはずだ」
さっそく何かアイデアが浮かんだらしいジャニスは、スーツをソコに置けとテーブルの方へ指を差す。
俺は目にも止まらぬ速さで早着替えをして、テーブルへとスーツ一式を置いた。
今更だけど、まだ美鈴の姿を見ていないな。
何か用事でもあったのだろうか。
「エルディー君。君は少し走る時のフォームを見直した方がいい。 まるで子供のかけっこだ」
「指摘ありがとう」
そう言われても、ファストパワーと走るフォームが関係あるとは思えなかった。
でも、今のファストパワーが俺に与える速さでは確実にファスタードゥルゴーイを倒す事はできない。
体を鍛えて、フォームの見直しだな。
もし俺がパワーアップしたなら、戦いが始まる一瞬で三人相手でも大勢相手でも倒せるはず。
郷間程のパンチを繰り出すには、少なくとも100mの助走は必要かもしれない。
だけど三人の敵が居るとなると、俺一人ならジャバス一人で手一杯だ。
考えながら階段を上がっていく。
俺の背中を追う様にして、セリアが後をついて来る。
倉庫へと上がった俺とセリア。
何か話しが有るのだと分かり、地下への扉を閉めてから二人で向かい合う。
「何か話でも?」
「郷間の事よ。チームに加えたらきっと良い協力者になる。 逃げても良かったのに私の頼みを聞いたんだから」
「でも彼は犯罪者だ」
「犯罪者は心を入れ替えるチャンスも与えたらダメなの?」
セリアが言っている事はもっともな事だった。
でも彼はアビリティーで、その力は普通の人々からしたら脅威でしかない。
もし彼が何かに対して怒ったりしたら、そういう事を考えてしまう。
「俺がもっと強くなれば問題ない」
「その判断の結果が今日の戦いじゃないの? 逃げもせずに無謀な戦いに突っ込んで。郷間が居なかったら貴方は今頃……」
「それも分かってるさ。とにかく今は、俺は自分にできる事をする。郷間の事は君に任せるよ。 彼も乗り気じゃないみたいだけどね」
セリアは溜息を一つ。
俺はそれを聞いてから倉庫の外へと歩んだ。
外へ出てみれば生ぬるい風が身体にぶつかる。
そのままセリアを置いて、自分の家の中へと上がっていった。

◆◆◆◆◆◆

    美鈴
――――――――――――
 アビリティー収容所のある屋敷の中で、有れている廊下を歩き移動する。
今日の脱獄事件から数時間経過したけど、一向にここの職員たちの片づけは終わりそうになかった。
そんな屋敷の中で、私はベッドに寝かされて点滴を変えられて直のアズマの隣に来ていた。
意識不明のまま眠り続けているアズマ。
どうも脳は動いているらしく、植物状態ではないというのが医者の見解。
私は気になっていたものの、眠ったままのアズマと会うのはとても久しぶりなことだ。
「アズアズ、貴方の心は動いている……? 貴方の護ろうとしたセリアも、この街も、私は精一杯護ろうとしてる。早く起きて」
眠ったままのアズマの顔を覗き込みながらそう言うと、唐突に誰かの手がアズマの頬に触った。
視線を一気に上げてみれば、そこには女性が居る。
見たことの無い女の人。優しい目でアズマを見つめていた。
ドアを開けた様な音も聞こえなかったけれど、まるで瞬間移動の様にして現れたみたいに感じる。
「この人は、まだ役目の時じゃないの。でも、起きた時には……」
「誰、なの?」
私の問いに答えようとしない彼女は、すっとアズマから手を離して魔法使いの様な雰囲気を漂わせている。
神々しい何かを感じるけど、言葉にできない何とも言えない感覚だった。
彼女はゆっくりとベッドから離れてドアの方へ向かおうとすると、突風が巻き起こる。
窓の開いていない部屋の中で起こった強い風に、私はびっくりしながら目を反らしていた。
視線を向けた時には、既に彼女の姿は無い。
少しすると、ドアを開いて東条が駆けこんでくる。
「大丈夫か? 外に出てったアビリティーを数人確保できたが、街の騒ぎもまずいな」
「刑事さん。さっき女の人が出ていかなかった?」
「あ? いいや、廊下には誰も居ねぇよ」
アレは、私の見た幻覚だったのかな。
「そう……それより、逃げたアビリティーはどんな?」
「俺が知ってるのはジャバス・ノリーとかいう怪力野郎と、エルディーが捕まえた比留間 光。姿を変えるジンニー・ミトル。それとアズマがあの晩に倒したメラニー・ジョーンズと、ノーマン・ジャックス。他にも色々だ」
「忙しくなりそう……」
「そりゃぁそうだ。とにかく、一刻も早くアビリティー達の再確保が必要だが、手こずってる。リプターの手も借りてるんだがな」
東条がそう言っていると、黄色い粒子発光体の光が瞬くと同時に部屋の中へリプター。
ディーン・ネイドラが入ってきた。
エルディーと同じファストパワーを使う事のできるアビリティー。
「東条。アビリティーを二人収容所へ入れた。それと、エルディーがやられたって連絡があったわ」
「何ィ? こうしちゃいられねぇな。美鈴の嬢ちゃんも来い。車で送ってやる」
「私は東条の相棒、亮と行動しよう。彼の能力は頼りになる」
頷く東条は早歩きで部屋の外へと向かう。
私はそれを追って廊下へと出た。歩幅が違うから、足が疲れる……
さっきの女性の事も気になるけど、今すべきは脱獄してしまった犯罪者アビリティー達の捕獲。
エルディーが倒されたとなると、ものすごく先が思いやられる。
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