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異能力との対峙

Chapter 25

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 暗く闇の続く空間の中に、映像の映るディスプレイの光が宙に浮いている。
私達は今までの出来事。その必要点を見せられていた。
呼吸もでき足場の有るこの空間は、後ろへ振り返れば純粋な黒色しか見えない場所。
そんな場所に連れてきた張本人のトレンチコート男。
ちょっとイギリス風なおじさん。彼の力で次々とディスプレイが移動させられて、次のディスプレイが目の前で止まる。
本当にコレを見せたかっただけなのか、もしかしたら足止めの為にこんな事をしてるんじゃないかなんて思い始めてしまう。
でも、これは彼等の……お爺様たちの過去の記録。
今見ないと、きっと後悔してしまう。
強いられているのではなく、自分の判断でコレを見る。
数か月前に亡くなったお爺様の事をもっと見たい。
私は見続ける事にした。
このおじさんが何であろうと、彼の力で過去が覗けるのなら何でもいい。
話しの続きを見たい。
途中から始まった私の話じゃなく、始まりの話を見たい。
宙に浮いているヴィジョンは、訪問先の家に入ったアズマとメラニー、そして私のお爺様が訪問先の男性と会話をしている。
お爺様は真剣な顔で、テーブルを中心に椅子に座って彼と向かい合っていた。
『それじゃぁ、始めてくれ』
彼はその言葉に頷いて、テーブルの上に置いていたグラスに視線を向ける。
数秒もしなかった。彼の意識を向けているであろうグラスは、すーっと横へと滑る様に移動した。
『凄いじゃないか。それは君の才能そのものだ』
お爺様の言葉を聞きながらも、彼は焦っている様な表情を浮かべていた。
それを見てアズマもしかめっ面になりながら一歩前へと出ると、グラスがガタガタと揺れ始める。
どうも様子がおかしいと感じたのはアズマだけじゃないらしく、お爺様もメラニーも顔を見合わせた。
彼を見てからお爺様が口を開く。
『もういい、やめるんだショーン君』
『違うっ 止まらないんだ!』
グラスは揺れが収まることなく激しさを増し、唐突に弾ける様にして割れて散る。
破片がテーブルに広がって、メラニーは嫌な物を見るような目で彼を見ていた。
お爺様の顔の前に腕を出しているアズマは、今の一瞬で手を伸ばしていたみたい。
肩に手をあてて、真剣な表情で眉を寄せて、お爺様を確認している。
『教授、大丈夫ですか?』
『あ、ああ無事だよ』
『後は俺とメラニーが………』
『そうか……そうだな。若者同士の方が話もしやすい。効率的だ』
そう言いながらも椅子から腰を上げて立ち上がるお爺様。その背中をアズマはゆっくりと押す。
椅子に座ったままの彼は不安そうにしていた。
リビングを抜けて玄関から外へと出ていく姿を背に、アズマとメラニーが目を合わせる。
何か打ち合わせでもしていたのか、二人はショーンという彼の方へ視線を向ける。
アズマが先に口を開いた。
『今から君が自分の力をコントロールできるように、それを教える。 君はどうしたい?』
『……たのむよ』
彼が頷く姿が見えると、またしても場面は急遽替えられてしまう。
目がチカチカして、まるでこの空間が現実世界の個室で、投影機でも使って映しているようにも見える。
この暗い空間に立っている男性も、ただ只管映像の方に集中していた。
これだけの記録を映し出しているのだから、きっとかなりの集中力がいるんだ。
ヴィジョンは暗転したのかと思いきや、夜の屋敷の中で慌ただしくアズマが何かを探していた。
テーブルの上にあるファイルや棚の上に、デスクの引き出しまで開いては中を確認していく。
『どうしたんだねアズマ』
『無い。無いんですよ……』
『いったい何が』
『能力者だと分析したDNA情報。それを纏めていたファイルです』
『メラニー君は、彼女はどうした……?』
二人の顔色が変わると、頭の中できっと同じ事を考えていたのだろう。
大体の予想はつく。ファイルをメラニーが盗んでいったんだ。
部屋から飛び出しす二人は、屋敷の外へと駆け出てゆく。
階段からお爺様とアズマの二人が急いる姿を見ている私は、漠然としながら見つめていた。
そういえば、こんな日もあったかなと思い返してしまう。
外へ出てみれば庭にあるはずの車は無く、アズマは開いたままの門を睨む。
『まさか、どうして……』
『と、とにかく連絡しよう』
『どこにですか』
『政府の機密組織で……とにかく、我々に世界中のDNAサンプルを配給した者にだ。一刻も早くファイルを取り返さねば』
アズマが大切にしていたファイル。
きっと、この後色々あって取り戻したんだろうけど、そのファイルが手元から失くしてしまったのは私に責任がある。
やっぱり、ただ帰ってくるのを待っているだけなんてできないもの。
そんな事を思っていると、画面が暗転した。
ヴィジョンは消えて暗い空間の中で薄明りがついているように、三人の姿だけ妙に見えやすい。
もう、全て終わったの?
「これが全てだ。身の安全を確保するなら、ファイルには関わらない事だ。もしそれでも関わるのなら、ファイルは君の手で処分しろ。セリア・レインベール」
彼はそう言い終えると、後ろへと下がりながら空間が元の場所へと戻っていく。
暗い一室のような場所から視界が歪む様にして、気が付けばホテルの29階。その階段の前に立っていた。
廊下の角で、まるでさっきと時間が変わっていない様に見える。
 何故私に過去を見せたのかは、さっきの言葉から察すればすぐに分かった。
ファイルに関わる事で危険が迫ってくると伝えたかったんだ。
それでも、私は逃げたくない。
ファイルを取り戻したら、もう誰にも被害がでないように燃やしてあげるわ。
視界を通路へと向けると、あの映像でメラニーと呼ばれていた女と、アズマが動けなくなっている。
たぶん、あの中年のおじさんの能力なのね。
「来夢。私、アズマを助けたい」
「わかってるよセリア。 私が何とかする」
そう言って来夢が前へ出た。男はこっちに背中を見せている。
それも大きな声でアズマに何か言っているようだった。だからこっちには全然気が付いていない。
来夢はゆっくりとそれでいて平然と歩み寄りながら、近づいて行く。
薄暗い廊下を移動していくと、動けなくなっているメラニーがこっちに気が付いたみたいだった。
裏切者のメラニー。
でもそんな彼女までどうして捕らわれてるの?
おかしな感じだけど、内部抗争なんかもしているのかもしれない。
男は足音に気が付いたのか、唐突に振り返る。
「誰だッ!!」
その大声が響き渡るのと同時に、来夢は左手を前へと突き出す。
空気の波が起こったのか、その音がドンッと聞こえたのと共に、中年の男の身体が後ろへと吹き飛んでいく。
壁へと激突して床に転がった彼の姿を見て、来夢は手を向けたまま様子を見ている。
既に気絶してしまったみたい。
固まっていたはずのアズマと、メラニーが動けるようになった。
壁に背をつけているアズマはこっちを見てから睨んだ。
「どうしてここに……」
「あの時私を助けてくれたように、私が進んで助けに来ただけ。だから、セリアには酷くあたらないで」
来夢………
そこまでしてほしいなんて、私言ってないのにな。
アズマはこの状況に、振り返って気絶したままの男の姿を見て、溜息を一つ。
何か少し考えているみたいだったけど、直ぐにアズマは納得したように口を開いた。
「わかった。今明良がファイルを捜してるはずだ。ファイルを手に入れたら明良を連れて直ぐにこのホテルから離れる。いいね?」
そう言いながら来夢に肩に手を乗せるアズマ。そのままこっちにも視線を向けてきた。
私はゆっくりと頷いて返事を返す。
言われなくても、私のしようとしていたのはファイルを手に入れて脱出することだったわけだけど……アズマは、違うのかな。
すごく気になるけど、真剣な表情をしているアズマを前に、私は口を開けなかった。
向き返る彼はメラニーの方へと視線を変えた。
「君にチャンスは無いメラニー」
そう言ってアズマは一人で先に階段の方へと向かって行った。
金髪の彼女は立ったまま俯いてジッとしている。
私はどうしていいのか分からないままでいると、来夢が私の方へと来てくれた。
上に行かなくちゃ。
でも、この人………
「あのっ メラニー…さん?」
「………あなた。教授のお孫さんね……ごめんなさい。 今の私には貴女には何度誤っても足りないけど………ごめんなさい」
今は、何を言っても彼女はそれしか言いそうになかった。
目の下はヤツレてるように隈がひどく、瞳は病んでいるみたいに冷たい感じがする。
来夢の方を見てみると、私の肩に来夢が手を置く。
私達も上の階に向かわなくちゃ。
アズマはたぶん、最上階に向かってるんだと思うけど、私達はファイルの回収が目的。
シフォンの部屋に行かなきゃいけない。
二人で再び階段の方へと向かって行く。
倒れたままの中年男性とメラニーをこの階に置いたまま、目的の為に進む。


 アズマは上へと上がっていく、最上階手前の物置。一つのフロアがコンクリート一色に染まった場所にたどり着いた。
薄暗い空間の中四方向全てに窓ガラスが有り、外から入ってくる光に照らされているのが分かる。
フロア内は柱が何本も有り、使われていない道具や機材が並べられているが、それでも、この広いフロアすべてを使い切っていなかった。
奥へと視線を向けてみれば、中央に一人誰かが立っているシルエットが見えた。
どのみち、ここの階段はここまでしか登れないらしい。
窓の外へ視線を向けてみれば、どうやら足場が外にあるらしく、鉄の足が何本もあるのが分かった。
最上階へ通じるこのフロアの外装は、まだ工事中なんだ。
奥に階段がちゃんと有る。
そして………
中央まで行くと、そこに立っている人物が男で、振り返る彼の姿が誰なのか分かった。
両手からバチバチィと音を立てながら電流を放出している。
まぎれもなく、自分の弟だと理解した。
土筆だ。
「……土筆か? どうしてオマエが」
「兄貴、悪いけどここは通さない。 俺を見捨てたアンタだけは」
「土筆……時間が無いんだ。そこをどいてくれ」
そう言いながら歩み寄ろうとすると、土筆の放つ電流が足元に一直線に飛んできて床に焦げ跡を残しながら火花を散らす。
本気なんだ。
ここを何事も無く通す気はないということか。
土筆は両手をゆっくりと移動させながらも、俺の方を見て口を開く。
「兄貴、俺はこの力が怖かったんだよ。でも何だよ。 兄貴は心配すらしてくれなかっただろ」
「……色々、たてこんでたんだ。それに、その力は消したくて消せるものでもない」
「いいや嘘だね。 父さんが言ったんだ。力を消せるって……」
何を言っているのかが分からなかった。
親父……だと?
俺が帰ってくる前から行方が分からなくなっていた。あの親父と会ったのか?
怪しいが、でたらめを言っているようにも見えない。
「土筆、親父と会ったのか?」
「兄貴は知らないだろうけどね。父さんはこの計画も止める気だし、俺の力も消してくれる。 そして、兄貴をここで止めるように言われた」
「すまないがそんな時間は無い!」
俺が先に攻撃を仕掛けるつもりでいた。
でもそれは違った。 土筆の両手からは大量の電気が放出され、一気に両手を前へと出した途端に、電気の塊がレーザーの様に飛んでくる。
念動力ではどうにもならず、横へと飛び退いて床へと身体を打ち付けながら柱の後ろへ身を隠す。
まさか、こんな短時間であれだけ能力をコントロールできるようになったというのか?
一人で上達したとは考えにくい。だとすれば、組織の誰かが土筆に指導しながら吹き込んだに違いない。
幻覚を見せるような異能力を持つ誰かに。
「待て、その件はすまない。俺も忙しかったんだ。 今上で起こそうとしてる事を一刻も早く止めないといけない。 分かってくれ土筆」
「馬鹿言うなよ兄貴。あんたさっき俺に攻撃しようとしてただろ。 本心では俺の事なんかどうでもいいんじゃないのか?」
その言葉には、どうしてか否定できなかった。
自分自身、本当はそうなのかもしれないと、そう思えてくる。
だとしても俺は、ここで止まる以前にしないといけない目的があるんだ。
今の環境が壊される前に、しないといけない事が……
一度瞼を閉じ、意識を集中させる。
電気が早くても放出するまでのラグが有る。その0.数秒の隙があれば十分だ。
柱の陰から飛び出し、土筆がそれに反応したのが分かると、次の行動に移る。
土筆が両手から放電から電流を飛ばしてこようとしたその瞬間。
空間移動により姿を消して、瞬間的に後ろへと回り込んだ。
「悪いが本当に時間が無いんだ」
後ろから声をかけて、振り返ろうとした土筆を殴り飛ばす。
上に行けば、きっとヤツがいる。比留間が居るんだ。
ヤツを止めれば組織は終わる。能力者を集めようとしていた彼等の犯罪も止まるはずだ。
それをどうにかして終わらせないといけない。
おもいっきり殴った渾身の一撃に、簡単に倒れ込んだ土筆。
大きな音をたてて機材にぶつかりうつ伏せの状態になっている。
その姿を見て、上へ通じる階段の方へと向き返ろうとした。
身体に不思議な違和感を感じ足を止めると、前へ吸い込まれる様に、唐突に引きずり込まれた。
おかしな事に誰かに掴まれているわけじゃない。まるで空気に引き込まれたみたいなこの感覚。
念動力だ。
倒れている土筆が起き上がろうとしている間に、吸い寄せられた俺は黒いシルエットの誰かに腹部に掌打を叩き込まれた。
「ぐふぉッ」
掌打の衝撃に後ろへと飛ばされ、床に背中を打ち付けて倒れ込んだのが認識できた。
誰が、誰が攻撃してきたんだ。
一体だれが………
横へと視線を向ければ、立ち上がろうと身体を起こした土筆の姿がある。
少し脳が揺れてしまったのか、身体を動かしにくい。
判断が元に戻る間もなく、自分の上に誰かがしゃがんだ。
胸ぐらを掴まれて強引に身体を起こされ、そこにいる人物の顔がやっと見えた。
コイツは、紛れもない。
「お、親父……?」
黒いジャケットにワイシャツ姿の相手は、自分の記憶の中にある若い頃の親父だった。
あの時よりも、やつれた顔をしている彼が目の前にいた。
どうして今になって、あんたが出てくるんだ。
「今日で終わりだ…」
その言葉の後に頭を鷲掴みにされ、身体の感覚が一瞬だけ無くなり意識が遠退く。
ほんの一瞬だけだったが、何かが吸われたような妙な感じがした。
何かがおかしい。何をされたんだ。
数秒間掴まれていた頭から手が離れると、今度は胸ぐらを急に離した。
床に頭をぶつけて、痛みが後頭部を襲う。
「梓馬。これでオマエは私の求めた普通の生活をおくれる。 今まで突き放していたせめてもの償いだ」
「何が言ってるんだっ」
腰から上の上半身を起こして、親父の方へと右手を向け、念動力で推し飛ばそうとした。
だが、何も起こらない。微動だとしない親父の姿は後ろへと遠退き、何度集中しても力が使えなかった。
どうして、このタイミングで力が……
俺が考えている間、親父は俺の方を見ながら口を開いた。
「もう力は使えないはずだ。 私は長らく研究して完成させた………」
研究だって…?
ふざけるなよ。それで力を奪われたからといって、ここで止まるわけにはいかない。
日向達もそのために戦ってくれていたんだ。
立ち上がろうと膝をついた途端、フロア全体。いいや この建物全体が大震動をお越し揺れ始めた。
揺れは音を鳴らして発生して、数秒の揺れの後に、窓の外に見える空が異様な色をしている様に見えた。
紫色に発光している空を見れば、もう始まってしまったのだと分かる。
「最初は奴等に手を貸し、お前達と同じ人間を増やそうと思ったが、これを完成させて気が変わった。梓馬、土筆、お前達は下へ降りて逃げるんだ。後始末は私がやる」
「父さん。俺の力も消してくれよ」
「すまないが今は時間が無い。梓馬が言っていたようにな」
そう言って屋上へと直接つながっている階段の方へと歩いて行く。
親父。今になって出てきて、完全にタイミングが悪かった。
何を考えているかもわからない親父だけど上に行かせて、そのまま引き返すわけにもいかない。
この状況で、どうしろっていうんだ。太刀打ちできる武器すら持っていない。
唯一使えるのは自分の身体のみだ。
土筆の方を見てみれば、ゆっくりと立ち上がり、勝手に歩きはじめていた。
まるで無関心そうな顔で、俺の方を横目で見たのが分かると、薄暗いこのフロアを下へと向かう階段の方へと歩み進んでいる。
「土筆……」
「あんたの話は聞かない。俺は……先に帰る」
背を向けて階段を下りて行く土筆の姿を見つめ、自分の話など聞く耳なんて持ってはいないと悟った。
窓の外を覗きながら膝をついて立ち上がり服をはたく。
上の屋上ではもう始まっているであろう、何かをくい止める。
セリアの住むこの街で、能力者騒動を長引かせるわけにはいかないんだ。
きっと、ファイルは回収しだい適切な判断をしてくれるはず。
あの教授の孫娘なのだから、考える事は一つだけ。セリアならきっと既にそう考えている。
ファイルの処分を………
先へ進もう。


◆◆◆◆


 その頃のセリアと来夢は、丁度シフォンの部屋の前まで来ていた。
来夢がケータイのライトを片手に、薄暗い廊下を明かるく照らしながらその部屋を確認する。
間違いなく、魔夜と来た時のシフォンの部屋のドアだった。
この部屋の中にファイルがあるはず。
一度、来夢の方に視線を向けると、凛とした笑顔で頷いてくれた。
緊迫した空気なのは、この部屋の中に誰かが待ち受けているかもしれないと、想像してしまうからだった。
ドアを開けば、唐突に襲い掛かってくるんじゃないかって……そんな想像をしちゃってる。
「………」
息を飲んで、ドアノブへと手を伸ばそうとすると、まるで爆発でも起こったような大きな轟音が聞こえ、建物全体が大きく揺れた。
縦に揺れる様な奇妙な揺れで、それでもって地震程の長い揺れでもなく収まった。
何かが、何かが始まったのね。アズマはそれを止める為に上に行ったんだ。
揺れが完全に収まったのに、私達の足は少し震えているみたい。
まだ揺れているように感じる。
こんな異能力を使えるのに、私達 怖がってる。
止まってしまった手をこんどこそノブに触れて、部屋のドアを開く。
開いて中を照らすと、何かが飛び跳ねた。
「にぎゃッ」
妙な悲鳴が聞こえたけど、この声 聞き覚えがある。
来夢がライトで影の方へと光を当ててみれば、やっぱり見覚えのある子がいた。
東井 明良だ。
彼女の方を見て、少し近づいてから声をかけてみた。
直接話したことのなかった子だけど、こんな状況で初の会話なんて変な感じね。
「えっと、明良。だったよね」
「そういうアンタは……アズマんとこの」
相手も覚えてくれてたみたい。名前は、憶えてくれてないっぽいけどね。
彼女の手には、あのファイルが握られていた。
よかった。ちゃんとここに残っていたんだ。
それにしても、組織はこのファイルを狙ってるんじゃなかったんだ。
私が狙われていた理由は、別にあったのかな。
何にしてもファイルはちゃんと回収しなくちゃ。
「私達も貴女と、そのファイルを捜してたの。皆で外へ脱出するようにって」
「はぁ? それって逃げろって事だよね」
私と来夢が顔を合わせて、面倒だなと思いながら明良の方へ視線を戻す。
そんなに逃げるという事が嫌なのかな。
今、私達がアズマの所へ向かっても、きっと邪魔になったり足手まといになる。
これまでのアズマの戦いは、いつも本気だった。
私の変わりに、異能力者と戦っては……法律上は言い逃れできても人を殺めたりもしてきたんだ。
いつの間にか真剣な表情で明良を見つめていたのか、彼女も少し焦った様な顔で言ってきた。
「あ~、わかったよ。私も逃げるから」
意見は纏まった。
ファイルを持って三人で外へと出る。
アズマなら、きっと今まで通りなんとかして帰ってくるだろうしね。
三人が、この部屋から出ようとドアの方へと振り返ろうとした時だった。
後ろから迫ってきた足音と共にサーチライトの光に照らされる。
唐突の事に右手を向けて微小ながら火を生み出し放射準備をすると、来夢も近くに落ちていた傘を念動力で持ち上げて構える。
「待った。待ってくれ君達」
男の声がそう言ってきた。ライトを下へと下げて、シルエットに見えていた人物が二人である事が分かった。
若い方の男性が、銃を持っているハンチング帽の中年を後ろに押すように腕で抑えている。
もしかして、警察の人なのかな……
私が右手の前に生み出した炎を消すと、それを見て来夢も傘を床へと落とした。
「えっと、貴方達は?」
「刑事だ」
「よかった。 今屋上で大変な事が」
「ああ知ってる。君達が何故ここに居るのかは後日聞かせてもらうから、早くここから逃げるんだ」
彼等もすごく焦っている様だった。
何で、今まで警察は必要以上に異能力事件に関与してこなかったのに、今になってここに乗り込んできているのか。
そんな事より私達は外に出る事の方が先決、か。
出口のドアから離れた彼等の姿に、私は来夢と明良をこうごに見て、先に進み始める。
この人達も、きっとこの事件を止める為にここへ来たんだろう。
そして、中年の刑事さんは、必要以上に私達を敵視しているのが分かる。
嫌な程の痛い視線を向けて睨みつけられた。
私達は出ていく。
二人の刑事を後ろ手に、彼等から離れて非常階段の方へと向かう。
後ろで、密かに会話している二人の言葉が「上へ行きましょう」「どうしようも無かったら射殺だ。いいな」と言っているのは聞こえた。
私達もそのまま攻撃を行っていたら、あの人に撃たれていたかもしれない。
彼等からすれば、この異能力は剥き出しの刃物と同じなんだ。
当たり前の事だけど、少しだけ人との隙間を感じた気がした。
私が来夢を慕い、来夢が私を信じてくれたりしてくれてるのは、同じ能力者だからなのかな?
私も普通の人だったら、あんな目をしていたのかもしれないのかと考えると、嫌な気分になる。
だんまりとした三人は下へと向かう。
薄暗い階段を来夢の照らすライトの明りを頼りに、只管下りて行くのだった。


◆◆◆◆


 俺は力を奪われた。奪われたが、今起こっている事を止める。
その目的を達成するまでは、ここで引き返して帰ることなんてできないと思った。
足を動かし階段を上って行く。屋上へと向かう一本道を登り、視界にあるドアへと急いで駆け上がる。
真っ暗の階段を明りも無しに、ドアの上部ガラスから入ってくる外の光を視界の頼りにたどり着いた。
ドアを強く押し開けてみれば、視界に映ったのは上空に広がる大きな渦だ。
この世界の空間というものがあるとすると、今見えているソレはその壁が壊れていくような。そんな感じだ。
渦を中心に外側の空は紫色に発光している様にすら見える。
雲が渦の中へと吸い込まれ、薄い光の膜の様なものが視界の端から端まで広がっていく。
おそらく、この世界中にその光は広がってるのかもしれない。 
波紋の様に何度も広がる光は、身体に浴びる度に妙な感覚を与えてきていた。
心臓の鼓動が一瞬だけ遅くなって、流れる血が止まる様に全身が停止する感覚に包まれる。
痺れと来る違和感に襲われた。
親父が比留間の後ろ姿を見ている。何をする気なんだ。
話し始めた親父に、俺は足を止める。
「コレで能力者を増やす気なのか?」
「ああ。貴方に行った事と同じですよ。 人の内に眠るモノの進化速度を速めている。力が無い者からすれば、途方もない程の苦痛へと変わっていく」
親父達の会話を聞きながらも、違和感を堪えながら比留間の方へ視線を向けると、奴の隣にセリアの姿があった。
そんな……何故ここにいる。ファイルを回収して外へ出る様に言ったはず……いや、それ以前の問題だ。
どうしてそっちの側に立ってる。
俺が来た事に気が付いたのか、親父はこっちを少し振り返り、横目で見つめてくる。
面倒だと言わんばかりの表情に見えた。
俺の方へ視線を向けた比留間に、苛立ちを憶える。
「お~、功鳥親子が並んでいる姿を見られるとは。 今度は心変わりしてくれたのかな?」
「残念だが、コイツにはもう異能力は無い。 私が吸った」
「………なんだって? 計画は聞いたはずだろう。息子を殺す気なのか?」
「そのつもりはない」
比留間がしかめっ面になったのが分かると、目の前で親父が左手をセリアの方へと向けた。
念動力で一直線に引き寄せたかと思うと首を掴み上げる。
「止めろ親父!!」
「コイツはまがい物だ」
その言葉と共に横へと放り投げた。
水タンクへと身体を強打させたセリアは、倒れ込んで意識を失ったのだろうか?
ぴくりとも動かない。
ぐったりと横たわったその姿を見つめる。
すると数秒もせずに姿が変わった。
褐色の女だ。最初から分かっていたのか。
「そこの男を叩き潰せば、この現象も止まるんだな?」
「まぁ、これは想定外の事態で……止まるかどうかは分からない。だが、止めさせはしないさ」
上空に発生している巨大な渦から発光体が飛んでいくのが見える。
何か分からないが、その光は他の波紋の様に広がる光とは違う。
二人が睨み合っている最中、建物が再び大きく揺れる。
崩れるのは時間の問題かもしれない。
唐突に比留間が身体から放った電撃に、後ろへ下がる。
土筆と同じ能力なのか………
いいや、少し違う。睨み合いは突如戦闘へと変わり、親父から距離を置いて離れる。
ここでは力の奪われた俺は不利。
比留間の姿が電流に包まれ、文字通り高速で移動をしはじめた。
身体ごと電気に変えるなんて、奇妙なものだ。
電気の様な発光体へ身体を変化させた比留間に、親父は衝撃波を与える。
空間の歪みが波上に見える。その衝撃はに弾かれた比留間は、簡単に弾かれて身体から放つ電気をかき消して地面へと倒れ込む。
俺もここで立ち止まる訳にはいかない。
視界を変えて、この現象の根源である人物の方へ向いた。
親父のやつ。遠回しに俺に伝えたんだな。
あのコートの男が、上空の渦を作ってしまっているんだ。
空間の割れ目の様なソレは、まるで別の世界と繋がっている様にも見える。
男の方へと歩み寄っていくが、近づく俺の事など気にもしていない様に微動だとしない。
声をかけようかと口を開こうとすると、彼の方から話しかけてきた。
「心配ない。この事態は直ぐに終わる」
「……どういうことだ」
近づこうとすると、交戦中の比留間が電流を槍の様に投げてきた。
間一髪のところを上半身を後ろへと捻って電流の槍を回避する。
体制を崩してしまい、後ろへと倒れ込んでしまうと、コートの男はこっちを見て口を開く。
「セリアは無事だ。私が真実の一部を見せた。 お前のしようとしていた事を理解したはずだ」
身体を起こしながら「何がいいたい?」と問うと、彼は両手を下げた。
争っている二人の能力が苛烈していくところに、素手で殴られている比留間が、手をこっちへと向けたのが分かった。
ヤツは微笑んでいる。光を放つ電気の中で、奴は笑っていた。
計画は既に成功したと言う事なのか?
「大丈夫だ。この出来事はパラドックスを起こさない為に必要な事だ。 だが、オマエはこれを憶えている事はない」
コイツは何を言っているんだ?
下から屋上に続いているドアが唐突に開かれた。
俺の見覚えのある刑事が姿を現し、比留間の方へと銃を向けて連続発砲する。
火薬が爆発し弾丸が飛ぶ大きな音が聞こえたが、電気を帯びた彼の身体は、既に電気そのものになっているように見えた。
弾丸は彼の身体には当たらず。通り抜けていく。
だが、次の瞬間彼の表情が変わり元の姿へと戻っていた。
刑事の「くそッ 弾がねぇ」という声の後ろから、日向とシフォンの二人が現れた。
日向が能力制御をおこなったんだ。
今の比留間には力がない。そして、この男の力もそうだろう。
上空にある渦が爆発を起こし始める。
その爆発と同時に光の波紋が何度も俺達の身体を通り抜けていく。
意識が遠退きそうだ。
町中の人達がそうだろう。
「残念だよ功鳥」
殴りかかろうとした親父に、比留間は懐から銃を取り出そうとしているのが見えた。
銃を取り出して向けられた瞬間に両者の動きが止まる。
その瞬間に俺は駆け出した。能力が使えないから銃を取り出したんだろうが、一対一の戦いじゃない。
後ろから、比留間の銃を持つ右腕を掴み脇腹に膝蹴りをぶつけると、下へと向いた銃口から発砲音と同時に弾丸が発射された。
怯まずに比留間の腕へと肘を落としでぶつけ、簡単に銃は地面へと落ちる。
「もう終わりだ」
顔面を殴り飛ばし、勢いよく地面に倒れ込んだ比留間。
痛みの中でヤツを殴り飛ばした。
ここでもう終わるんだ。セリアも日本で普通の生活へ戻る事ができる。
きっと……
「クククク………あの時の教授の連れの能力者が、私を殴るとわね。あの時から長年研究を重ねてここまで来たんだ! 終わらせてたまるか!!」
身体を起こした比留間の手からは電流が放出されていた。
日向の力での能力で、完全に制御しきれていなかったのだろうか?
それともその制御よりも強い意志を持っていたのかは分からない。
比留間は電流の槍を俺へと投げようと、手を伸ばす。
日向が「まずいッ」と駆けこもうとした姿が見えた。まるでスローモーションの様にその異様な光景が長く感じる。
親父も、目を見開いて俺の方へと駆けようとしていた。
あれだけ、俺が幼かった頃突き放してきた親父のその姿は、正に異様でしかなかった。
渦から広がる光の波紋を浴びながら、その瞬間を待った。
日向は比留間の後頭部に渾身の一撃を叩き込み。その瞬間に右手から電流が放出される。
崩れるように倒れる比留間は、そのまま地面へと倒れていく姿を最後に、電流が身体に直撃した。
視界が真っ白になる。
心臓が揺れるような大きな電撃音が聞こえた気がした。
刑事としてここまで来た東条が、渦の光に跪いたのが見える。
頭を抱えて全身に感じる痺れと痛みに襲われているんだ。
東条の前でしゃがみ込んだ男が彼に何か話しかけ、安否を確認しようとしている。
最後にその相方が俺の方へと視線を向けたのが分かった。
身体が思う様に動かず、真っ白と元の風景が交互に見え。そのまま風景は消えた。
「梓馬!!!」
親父の声が聞こえた気がした。
電流を浴びせられ、後ろへ倒れたアズマは、屋上から落ちる。
夜のホテルから人が落ちると言うと、サスペンスが始まりそうな響きだけど、ある意味では間違っていない。
物語の間に誰かが死ぬのは付き物で、誰かが傷ついてしまうのも付き物だ。
人は誰かを踏み躙り、誰かを気づ付けて、思い思いに生きているのだから。


◆◆◆◆


 あの巨大な渦の発生から、約3週間。
比留間は警察に捕まり、功鳥 伊勢蔵というアズマの実の父親。
彼が指定の場所に、今回の事件を起こした異能力者達を連行したらしい。
詳しい内容は、あの現場にいた刑事さんにも教えてはもらえなかった。
唯一分かるのは、あの日の巨大な渦から出た光を浴びた人の中には、未だに頭痛を抱えている人がいるらしく、その傷は人知れず跡を残しているということ。
これで、本当に終わったんだろうか?
上空にある渦は今も残ったまま、自衛隊や学者の人達まで、この街に集まっている。
レインベール家は本当の意味で衰退し、お爺様の残した研究資料や礼のファイルも、全て焼き払った。
私に残されてたのはアズマの家族と、私とお爺様の最後の繋がりであるレインベールという苗だけ。
シェンリュホテルでの事件以降、ニュースでは特殊能力を持つ人間が明るみに出ていた。
事の発端はただの強盗で、一人目の犯罪者が現れると、連鎖的に次々と同じような事件を起こし始める。
まるで赤信号の歩道を一人がわたり、それにつられて周りの人達も動き始めたかのように。
この日は下校中に来夢と別れて、魔夜と病院で待ち合わせをしていた。
いた。病院のロビーに魔夜がいつもの服装で立っている。
「ごめんなさい。少しホームルームが長くなっちゃったの」
「いいよ。 名簿には私が書いておいたから、早く行こう?」
「うん……」
魔夜はいつもの魔夜だった。
あの日から何も変わっていない様に見えるけど、なんだか、私に気遣っている気がしてならない。
ずっと、私の顔を覗っているような、そんな感じ。
友達としては、とっても嬉しい事だけど…………
病院の廊下を歩き進んでいくと、いつも来ている病室のドアの前で魔夜が立ち止まる。
どうしたんだろう。ドアノブに手をあてて、彼女は少し躊躇ったようにして、口を開いた。
「別に、セリアに気遣ってるつもりはないから。 ただ、セリアの寂しそうにしてる姿を遠くから見てるだけなのは、嫌だっただけ」
「………ありがとう。魔夜はやっぱり」
「言わなくていい。私も自己満足でセリアと一緒にいるんだから」
魔夜が扉を開いた。
功鳥家が貸し切っている一つの部屋の中、その白い空間には、アズマが一人ベッドに横たわっていた。
そう。あの事件の最後、アズマは電流を全身で浴びてしまった。
バイタルは正常で身体に別状は無いのに、未だに昏睡状態が続いている。
心臓が一度停止して、脳に新鮮な血が届かなくなったのが原因だと医者は言っていたけど、こんな事になって納得はいかない。
納得がいかなくても、アズマはあの日から眠り続けたままなんだ。
病室に入って魔夜がドアを閉めると、二人でアズマの前まで歩み寄った。
眠ったままの彼には点滴に、酸素マスクまで付けている。
前よりも、少しばかり細身になって筋力の衰えも見るだけで、誰でも分かる程。
隣から魔夜が私の肩に手を乗せてきた。
「あの屋上から落ちて平気だなんて、普通ありえないと思うけど……」
「皆そう言ってるけど、アズマはただ落ちたわけじゃなかったの」
そう、アレは皆がいう奇跡でもなんでもなかった。
私はそれを見ていた。一緒に脱出した明良と来夢も、その瞬間を目撃した。
「どういうこと?」
「心、読まないのね」
「最近は自重してるだけ。それより、その話の方が気になる。アズマはただ落ちたわけじゃないって……」
「うん。屋上から落ちてくるアズマを私達は見たんだけど、その途中でアズマの身体が妙な光に包まれて、そのままゆっくりと落ちてきた。きっと、誰かが助けたんだと思うけど心当たりが無くて」
初めて聞いた魔夜は、少し不思議そうな顔をして私の肩から手を離した。
たぶん、魔夜の知っている能力者にもそんな力を使える人に心当たりがないんだ。
少し真剣な表情になった魔夜が、私に質問してくる。
「その光って、どんな感じだった?」
「どんなって………薄い青色で、遠目で見た時は水にアズマが落ちたように見えた。ゆっくりと落ちてきた後、アズマの服が濡れていたから、多分水だと思う」
「発光する水って、流石に見たことないわ。 今日、日向にも聞いてみる」
「うん………」
話しは途切れてしまった。
アズマはいつになったら起きるんだろう。
私を護ると決めていた頃の彼の姿は、どんどん弱くなっているように見える。
彼の弟の土筆は、まるでアズマを避けていて、私の話も聞いてくれない。
アズマがいない間に、色々な事がどんどん変わってしまうよ。
早く、起きて…………
今はそう願うしかなかった。
神に祈りをささげる訳でも、仏様におまいりするわけでもないけど、ただ只管に心の中で願う。
 
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