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新たな日々

2・Chapter 3

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 それはある日の朝だった。誰よりも早く五徳市の立ち入り禁止区域へと足を踏み入れ、彼はジャージ姿でスタンディングスタートのポーズをとる。
肉体強化によって頑丈な身体と、最近手に入れたこの能力。高速移動能力は相性がとても良かったらしい。
私と美鈴が立ち会って、美鈴は持ち運びのできるキャンプ用のテーブルにノートPCを置いて確認をしている。
今まで使っていたものより大き目のサイズになったインカムをエルディーが左耳に装備して、電源をオンにする。
いつも通りGPSサーチ機能付で、どの回線よりも速く感知する美鈴の改良型インカム。
風圧で飛んでいかないといいんだけど………
彼は身構えて地面に両手をつき、地面へついていた膝を上げる。
準備はできたみたいね。
「それじゃぁ、初めていいよ。タイム伸ばしてね」
「わかったッ」
良い返事が返ってくる。
今回の走り込みがいつもと違うのは、タキオンの出すエネルギーセンサーや心拍数を計る装置を彼の身体に張られているってこと。
美鈴はこの力が影響する事が、他にもあるんじゃないかと睨んでいるんだ。
ただ速くなっているだけではないと………
身体からタキオン粒子が電流状に放出されているのと、別の関係性が見えてくるかもしれない。
彼の父親の研究していたものが、偶然俺の力として生み出せる様になるというのも変だもの。
そして彼は駆け出した。
一歩目から前へと全身した時には、私達二人の視界に俺の姿はなく、風を巻き起こしながらタキオン粒子の密集した電流を身体に貯えながら超高速で移動していく。
道の角で止まる瞬間も、彼にとってはいつもどおり走って曲がっている感覚なのかもしれない。
足を止める事なく次々に建物の間を通り封鎖区域の隅々を走り去っていく。
美鈴はノートPCの画面に移る正確に組み込まれた地形の中をエルディーのポイントが目まぐるしく移動していくのを見ながら、タキオンの放出量を測定する。
「………既に記録を上回ってる」
「何の記録を上回ってるの?」
「高速移動が可能なアビリティーのデータを……アズマのPCから取り出した」
画面を切り替えて、その人物の写真にDNAパターンと出身まで細かい情報が広がる。
ファイルにも載っていた人物。渦の発生の後、私はファイルを焼いて処分したのだけど、アズマのPCにはちゃんと能力者の事が記録されていたんだ。
今日あたり、アズマのお見舞いに行こうかな。
「アルス・ネイドラ。彼は、フューチャーエヴォリューションに所属してた……高速移動のアビリティー。100mあたり……約5秒。エルディーなら、5秒で大複7週はしてる」
「つまりエルディーの方が速くて、比較にならないってこと?」
「そう……」
一瞬にして封鎖区域の全ての道を周り終えて、私達の目の前にジャージ姿のエルディーが現れた。
大きな扇風機にでも煽られた様に風を受けて、背中まで伸びる私の髪が乱れてしまう。 
ちょっとというか、かなり迷惑ね。この後は学校だというのに。
美鈴はそんなエルディーに少しばかり不満気にしているかと思ったら、口元が微笑んだ。
「何だよ。何がおかしいんだ……?」
少しの間も無くエルディーの着ているジャージが燃え始め、発火し燃え始めた。
「うぉあ!! あっつい」
「…セリア」
美鈴の呟くような一言に、この為にわざわざ私を呼んだのかと思うくらい、無駄な雑用だった。
エルディーの方へ手を向けて、火だけを切除して宙に浮かせて消滅させる。
アズマと一緒にいた頃は全然能力を使ったりしなかったけど、あの約束も彼が目覚めていないから注意されることもない。
何だか寂しいものね。
「エディは……風圧の事忘れてた」
「あぁ、そういえばそうだった。俺の身体が平気でも服は無理か。いくら美鈴でも鋼のスーツは作れないよな」
「予算次第……」
美鈴って、ほんとに天才エンジニアなのね。
まぁこれ程のアイテムの数々を作ってきたのだから、やっぱりすごい子。
こんなに見た目は幼いのに、人は見かけによらないわ。
それにしても、エルディの高速移動についての問題点がやっぱり摩擦熱による発火なんだ。
「ねぇエルディー、少し速さを原則して今のところはそうしましょ?」
「あー、そうだね。でないと俺の身体が何度も燃やされてしまうよ」
「ところでだけど、もう私は行ってもいいかな? エルディーより遅いから」
「ありがとうセリア。今日もいつもの場所にいるから、来てくれると助かるよ」
一人で戦ってるのも大変なのは、アズマを見ていたからよく分かる。
最後には仲間の力を借りる事を知ったのに、まさかあんな結果を迎える事になったなんてね。
でも死ぬはずの人間を救う事ができたのだから、彼の行動は間違ってはいなかった。
二人をこの地に置いたまま、私は背を向けて霧坂の大通りへと出ていく。
今日の天気は曇り。
湿気の多い気候は、風がふかないと多少気分が悪い感じもした。
お爺様の葬式の日を思い出す。
ちゃんと私とアズマで全ての事を終える事のできなかった葬式。
あれからどうなったのかも分からない。
曇り空の下をどんよりとした気分で歩み、霧坂の大通りへとたどり着く。
私の通う高校。霧坂学園は、視界に映っている複数の建物がある。
小中高の校舎があるから、あの土地の広さなのは当たり前ね。
とにかく、いつも通っている学校へと足を進めた。

 いつも通りの学校、いつも通りの教室で同じ席に座る。
こう言うのもなんだけど、一番退屈に思えるのが校舎の中での一日だった。
何だろう、最近やる気が全然足りないのかもしれないわね。
最近はずっと同じ事ばかりを考えていた気がするけど、何だか今日は違った。
エルディーと出会ってから、彼のしている事も力の使い方も、憧れなのかな。
自分に目的があって、その行動を止めずにやっている事は、とてもいい事だと思う。
それがたとえ、自分の身が傷つくかもしれないとしても、それは良い事なんだ。
誰かの為に戦うヒーローなんて、自分の力を知ってから本当に行う人なんてそうはいない。
皆その力を隠していくか、もしくは力を使って誰かを傷つけて何かを奪い取るかだけなんだ。
だから、彼は凄い。彼が憧れている何かになろうとしてるのだから。
ジッと考え込んでいると、いつもの聞きなれた友人の声が耳にとびこんでくる。
来夢だ。
「おっはよーセリア」
「おはよう。今日も元気ね」
「土筆君、最近大丈夫? 前までうちの近くのコンビニによく来てたからさ」
「色々複雑なの。彼のお父さんがまた行方不明になって、土筆は能力を取り除いてほしかったらしいんだけどね。それも叶わず、アズマとは喧嘩したままで……」
そう、土筆と梓馬はあの決戦でお互いに敵同士として戦っていた。
最初は二人のすれ違いだったけど、気が付けば二人の父親が仕向けた事だった。
功鳥家も複雑な家族なんだよね。私の家と同じで………
「そうだ。じゃぁ土筆に伝えてあげてくれると嬉しいな。 その力も君が生まれた事にも意味がある。だからこそ自分の使命を見つけるべきだ……てね」
「……来夢 カッコいい事言うわね。スパイダーマンのベンおじさんみたい」
「セリアの笑うところ、久々に見たよ。少しは調子戻ってきた?」
「よくわからないけど、今日 アズマのお見舞いに行こうかなって」
「だったら あたしも行く。少しはお世話になってたし……」
少し遠い目で来夢が窓の外を見た気がした。
やっぱり、あの事件でアズマが意識を失ったままの姿になってショックを受けたのは、あの場にいた親しい人は皆同じだった。
きっと魔夜や日向も、そうなのかもしれない。
私にもするべき事があるんだ。アズマが私を護りながら、能力者の組織を止めようと奮闘した様に、私にもしないといけない使命がある。
この力を使って、私にもできる事があるんだ。
「だったら、放課後一緒に行きましょ」
「うん。あたしはいつでもオッケーだよ」
来夢が笑顔でそう言う。
ほんと、この数か月いつも元気なのよね。
そろそろ私も進み始めないといけない。過去に縛られてあの日のショックのまま日々が過ぎて行ったら、何も変わらないもの。
アズマがやっていた事が無駄にならないように、今の五徳市を元に戻すには、誰かが立ち上がるしかないんだ。


◆◆◆◆

    エルディー
―――――――――――――――――――――――――――――――
 俺は速い。美鈴との相談の結果、俺に必要な物はタキオンのコントロールと速さの維持だった。
数回の測定から分かったのは、移動中の速度が乱れているらしく、速さの乱れはスタミナにも影響して余計なエネルギーを消耗している可能性があるそうだ。
と言われても簡単に速度を維持できるのなら、俺もそれを知りたいんだけど。 
遅刻ギリギリの時間に倉庫へと機材を持ち運んで、高速で登校準備を整える。
鞄に必要な物を詰め込んで、美鈴を倉庫に置いたまま駆け抜けていく。
「………まずいまずいっっ」
音速を越えて一直線の道を突き進み、周りの人からは誰が駆け抜けていったのか。
もはや人が通り抜けて行ったのかすらも理解できたものはいないだろう。
学園までの距離はそこそこあったが、只の真っ直ぐな道だ。
走り抜ければ一分もかからない。教室までギリギリ到着できると思っていたその時だった。
高速移動状態の俺に誰かが話しかけてきたのが聞こえてくる。
『目覚めたのね。その力に……』
「はっ!? 何だよ今の声……ッッ」
自分のいつも入る校舎の入口の前で、足を滑らせて、そのままこけた勢いで数十m先の茂みの中へと転がっていく。
視界が上下左右に切り替わっては通り過ぎてしまうと、そのまま一気に木に腰を打ち付けて止まった。
完全に今の声に気を取られてしまった。
地面に倒れたままでいると、仰向けになって上を見上げる。
揺れ動く木の葉と薄らとした木漏れ日に雲が見えた。
見つめていると、校舎の方からチャイムの音が聞こえてくる。
「のっは!! ち、遅刻ぅ……」
あ、あれ?
すーっと誰が自分の顔にかぶさり、視界に見知らぬ少女が映る。
しかも、何だコイツ。随分と凄い恰好というか
「白スク水…」
「ちがっ じゃなくて、話しをききなさい」
びしっと白スク水の様な恰好に、右腰に特殊メタルでも使ってそうな腰当。
それに右手には銀色のガントレッドだ。髪の色は俺と同じ赤色で三日月型のアクセサリーにツインテール。
いや、違和感というか、校内でこの恰好はないだろう。
たとえ規則上、指定服が無いからといっても……まぁセリアもゴスロリだったけど、白スク水は普通じゃない。
異常だ。
「あなたの力は、この私が与えたモノ」
「いや、まず何者か名乗ってほしい」
「話には順序があるの! 私はスイフト。分け合ってこの世界には物理的交渉ができない」
「………何? じゃぁその肉体は」
「この世界に無い粒子を使った疑似映像みたいなもの……つまり触れる事はできない」
立ち上がってみると、ちんまい彼女の肩に手を近づけ触れようとしたが、ピリピリと痺れる感覚がするだけで触れる事はできない。
それにしても、目の前に実際に存在している様に見えるなんてすごいな。
何かの投影技術に使えるかもしれない。
彼女は俺を睨みつける様にして眉をつり上げて、ツリ目でジッと見つめている。
「貴方には役割があるの。さぁ、はずはどの説明から」
「ちょっと待ってくれ。学校が、それに遅刻、神様だかなんだか知らないけど放課後まで待ってくれ頼むっ!!」
「…………分かった。でもこのファストパワーについて重要な事だから、ちゃんと憶えてて」
「ファストパワーって、このスーパースピードの?」
「まぁ、ちょっと違うけどそうね。それで学校は?」
「あぁそうだった。帰宅まで待って」
そう言い終えるとその場を後にする。
光速神スイフト、だったかなあの女の子。
彼女が神かそうでないかはさておき、俺の手に入れたこの力の事を知っていそうな口ぶりだった。
不思議な事にも不思議な能力にも慣れているから、今更驚く事はないけど、ファストパワーか………
俺的にすごく気になる。
急いで自分の教室へ向かうため、移動はもちろんスーパースピードで駆け抜け、一気に教室の手前までたどり着く。
視界は一転して校舎内の廊下。
話しを聞きたいのはやまやまだけど、それで学生生活をおろそかにするのもアレだしね。
そこだけはちゃんとクリアした上で何とかしないとだ。

 放課後を迎えるまで、あという間に感じた。
いつも通りすぎるくらいの授業と居眠りに、昼ご飯。
あまりに普通すぎる時間がただ過ぎていくだけで、あるで実感を持てない。
この力を得たのは二日前で、それまではただ人より頑丈で運動能力が高いだけのアビリティーしか使えなかったなんて、思いもしない。
ただ、やっていた事は今まで通り変わる事はない。
それどころか、この力があれば今まで駆けつける事ができなかった事件にも一瞬で駆け付けられる。
俺は恵まれているんだ。
全てが終わって放課後を迎えた夕方頃、空は相変わらず曇ったままで、直接日差しを受ける事はなかった。
とまぁ、約束の時間を迎えた訳だけど、今朝の場所で会話なんかしてたら部活動生に筒抜けだ。
これはまぁ、ダッシュで帰るか………
「よし……」
辺りを見て誰もいない事を確認して、能力を使い校舎を抜け出して行く。
みんな何かが通って行った様にしか見えないどころか、誰かが駆け抜けていったなんて感知すらしていない人の方が多いかもしれない。
風の様に突き抜け、学園を正面門から出て一気に坂道を下って行く。
とにかく一瞬で誰にも感知されずに家へと直行したかった。
家にたどり着くまで一分もかかる事はなく、家の庭にある倉庫の中へと入り込む。
暗がりの倉庫の中で、いつもの場所にある相性番号を押して床の扉を開く。
地下へと降りながら扉を閉め、下へと下りて行ってみると、美鈴の姿があった。
「美鈴。話があるんだ 神様が………ぁ?」
地下室にいるのは美鈴だけではなく、今朝に俺に話しかけてきたスイフトの姿があった。
あの白スク水みたいな服装のままでね。
こんな子が俺の倉庫の地下室にいるとこなんて見られたら、俺は犯罪者だぞ。
美鈴が俺の方を向いて、頷いてきた。
「話は、聞いた……」
「話って俺にじゃなくて、美鈴に話したのか」
スイフトの方を見てみると、彼女はツンとつり上がった目でこっちを見てくる。
小さい背丈で実態すら無いのに妙に存在感を放ってるな。
「貴方が遅すぎるから、貴方のチームのこの子。ミスズに話した。内容をザックリ話すと、貴方は時間軸を乱す者をこれからその力で狩るのよ」
「は……? 何だよそれ」
「その為に、貴方にファストパワーを与えたの。 まずは、貴方にその力をコントロールしてもらわなくちゃいけない」
あー、全然話しが見えてこないけど、つまりどういう事なんだ?
時間軸を乱すとか、何の話をしているのか全然分からない。
俺のそんな表情を見たからか、スイフトは腰に手を当てて睨んできた。
「とにかく、今は貴方の力をパワーアップさせる。そして貴方は私の言う通りに時間軸を乱す悪者を倒すの。分かった?」
「悪者ね。それを倒すのは俺の目的だよ」
「はぁ……たぶん分かってないかもしれないけど、ファストパワーについて説明してあげる。 この力は自身を高速にしてるんじゃなく、人の動く運動量倍増の過程で粒子が生成されて結果的に高速を動く事が可能になってるの、つまり」
「もっと速くなれたり、したり?」
「まぁ、そうね。なってもらわないと困るの」
俺は頷きながらソファーへと腰を下ろす。
何というか、すごく強引な感じだで少し気分が悪い。
つまり、何だ。ファストパワーが俺の高速化の原因で、その力は運動量の変換ができるということなのか?
謎だ。どういう原理でそういった現象が起こっているのかがまるで分からない。
てっきり俺は、タキオンを生成した影響で粒子光速化現象が身体で起こっていると思っていたし、美鈴もそう考えてたはずだった。
それはともかく、時間軸を乱す悪者とかいう存在。それも何か分からない。
「色々と謎が多くて……」
地下へ下がる為の扉が開く音が聞こえたかと思うと、一人の男が下がってくる。
ハンチング帽の刑事さん。東条刑事だ。
「エルディー。少し話があってな………で、何だこの子は」
「アイツが勝手に押しかけてきたんだ。俺が白スク水みたいな服装にさせたわけじゃない」
「あぁ、てっきり間がさしたのかと思った」
刑事がそう言い終えたのと同時だった。
スイフトが一瞬で俺の目の前にまで移動して、その実態じゃない姿で睨みつけてくる。
目の前で睨んでくるツリ目に、息を飲むと一言だけ言ってきた。
「貴方に私が必要な時は、ここから指示を送る。ミスズともちゃんと話あったから。それとこれは私お手製の支給品」
まるで魔法でも使ってるかのように、光につつまれた渦が発生して、中から青色のコスチュームにブーツまで一式飛んで来る。
随分と目立つ衣装だ。
まさかコレを着て、本当のスーパーヒーローになれとでも?
「で、これは…」
「女神の私が造った。未熟なファスターの為の対防護服。 貴方の世界の武器では大抵なものは貫通すらさせない」
「それは凄いな。カラーリングも凄いけど……」
また睨んできた。
直ぐ俺に睨んできて、どうしてそんなにイライラしているのかすら分からない。
最初から俺に拒否権すら与えてくれていないどころか、すごく偉そうだし。
自称神様なんだから偉そうにしてるのは当然なのかもしれないけど、やっぱり嫌だな。
「あー、少しいいか? スイフト、お前今どこにいる」
「………貴方達のいう大きな渦の向こう側。時空間のはざまよ。話は以上」
勝手に現れ勝手に話、そのまま目の前から勝手に消えていった。
ほんと光速神と名乗るだけあって、全て凄まじい速さだ。
説明もザックリすぎててわけがわからない。
溜息をしながら、東条さんの方へと視線を向けると、彼は不思議そうな表情を浮かべていた。
「今の、神って……」
「あぁ、信じられないだろうから気にしないでほしい。あぁいう変人もいるんだなって思ってくれると助かるよ」
苦笑いしながらそう言うと、どこからともなく【聞こえてるからね】と聞こえてきた。
天井というか、本当にどこから聞こえてきたのかは分からないけど、ここにいる三人全員がそう聞こえた。
これじゃぁどこでも愚痴なんて言えたものじゃないな。すごい地獄耳だ。
「………ところで刑事さん。俺に用事って?」
「そうだった。アビリティーで犯罪者の一人を警察が追ってたんだが、相手が強すぎたんだ。つまり…」
「警察じゃ歯が立たないから、アビリティーの俺に力を借りたいってこと? わかった手伝うよ」
「あぁ、頼むぞ」
そうそう、俺が求めていたのはこの感じなんだ。
悪党を倒す為に、誰かに協力したり仲間のサポートを受けながら戦う。
まさに街を救うヒーローの様な環境だ。
やる事は今までと大差ないんだけど、勝手が違うのはこのファストパワーという力が自分の体中を活性化させているという事だ。
パワーがみなぎっているのをずっと感じていた。
この力を得て初めての実戦になるかもしれない。
初の戦闘だ。

◆◆◆◆
     セリア
――――――――――――――――

 放課後を迎えた私は、来夢と共に五徳市の市立病院へと向かった。
この街でおそらく一番大きい病院かもしれない。
中へ入るととても広いホールに、色々な人達が行き交っている。
久々に来て思ったのは、どうして私はアズマのお見舞いにずっと来てあげなかったのか。
まぁ別に、お見舞いに来たからといって、アズマが目覚めるわけじゃなのよね。
私の顔を覗き込む来夢が、肩を掴んできた。
「ねぇセリア。こういう事言うのもなんだけど、ちょっと落ち込みすぎじゃない? あの時の私達には成す術なんてなかったじゃん」
「それは、分かってるつもりよ」
来夢の手に触れてゆっくりと振りほどき、私はアズマの号室へと向かう。
エレベーターの方まで先に行くと、来夢はそっと付いて来てくれた。
結局、アズマのした事で私を狙う組織は消えたけど、その代りに増加した能力者は自我欲に動かされ、他人を脅かしている。
アビリティーは世間的には、危害のない人でも迫害対象になっているのよ。
それを私達がどうこうできるわけじゃないけど、エルディーの様に犯罪者を捕まえようとしている人もいる。
今の私にできる事は、やっぱりエルディーの手伝いくらいかもしれないわね。
エレベーターは5階で止まり、フロアの西端にある部屋へと足を進めた。
私に案内されるまま、後ろをついてくる来夢も何だか静かだった。
部屋まで来て、久々に見るその扉を私は開いた。
アズマの父親が、この部屋を貸し切ったのは知っていたけど、やっぱり一つの部屋に一人だけなのは寂しいものよね。
廊下も部屋の中も変わらず白色ばかりで、寂しい雰囲気が広がっていた。
ベッドの周りとカーテンが中途半端にアズマの姿を隠してる。
窓の外から入ってくる外の光に、カーテンの奥のシルエットが見え、そこに誰かが座っていることが分かる。
「誰……?」
私がカーテンの奥へと顔を出してみれば、そこには女性の姿があった。
色素の薄い水色のような髪の毛がウェーブでショートヘアーなのに、前髪は片目を隠している。
どこの学生か分からない学生服姿だけど、どことなく変な感じがする。
彼女はアズマの方へ向けていた視線をゆっくりと私達の方へと向けた。
「……ずっと、来てませんでしたね」
「私は、貴女の事を全然しらないわ」
「あの渦が空に現れた日の夜。私は彼に助けられました。 この人は、とてもいい心を持っているのですね」
何だか、掴めない人ね。年上の様な風格をしていて、彼女の姿はとても大人に見えた。
それに乳位も………
でも、どうして助けられただけの人がアズマの病室を知っているのよ。
もしかして、そういう組織の人だったり、しないよね。
来夢は私の横を通り抜けて、ベッドを挟んで彼女の向い側の位置に立った。
「穏やかな顔してるね。今まで、いつも気を抜いてない表情だったから。私は初めて見たかも」
何気ない来夢の言葉に、私もアズマの方へと視線を向ける。
その言葉の通り、何も知らずに眠っているアズマの穏やかな顔がそこにはあった。
久々に見た彼の顔は、とても懐かしく感じる。
たった二ヵ月だったのに、こんなに懐かしく感じるなんて、不思議な感じ。
「ところで貴女……あれ?」
さっきまでいたはずの女性の姿はそこには無かった。
ほんの一瞬目を離しただけなのに、来夢もそれに気が付かず消えていた。
二人で目を合わせていると、来夢も何だか納得したように頷いた。
「幽霊じゃ たぶんないと思う」
「変な事言わないでよ来夢。きっとアビリティーなのよ」
「だね。さっきの子もアズマに助けられたって言ってたけど、本当に色々な人を助けてたんだ。アズマは」
「ええ。アズマは凄い人。 私のお爺様の助手なんだもの………」
目覚める事のない彼を挟んで、二人は椅子に座る。
このまま彼は目覚めるのかも分からないけど、このままの穏やかな寝顔の様な表情がずっとアズマに続いてほしいと思った。
もう、争い戦う事のない世界で彼は平凡に暮らす。
私達がしようとしている事で、五徳市を元の平和に戻った後に、彼が目覚めた後は平和な日常を歩める道を作ってあげたい。
ずっと戦ってきたアズマの様に、今度は私が戦う番なのだと、再び自覚する事ができた。
エルディーと一緒に戦う。

◆◆◆◆

    エルディー・ムレン
―――――――――――――――――――――――――――
 俺は今、刑事さんと共にある会社のビルの前に来ていた。
にしても引き受けたのはいいけど、誰もいそうにない真っ暗なビルのホールの中であのコスチュームを着て立っていた。
東条刑事とは別に、もう一人相棒がいるみたいだけど、どうもその人もアビリティーらしい。
二人とも銃を持っていて、緊迫したままの空気が長々と続いていた。
「あー、東条刑事。本当にここに来るのか?」
「さぁな……」
「さーなって、それ答えになってない………」
良くは分からないが、どうもそのアビリティーが来る場所を予測して、東条刑事は俺をここに連れてきたらしい。
まぁ俺は、東条刑事の相棒が気になってるわけだけどね。
ドラマだとよくある関係だけど、やっぱり現実でも、ちゃんと相棒を連れて現場に出たりするものなのか。
刑事が一人で行動ってのも、もしもの事があったら危ないから当たり前といえば当たり前だけど。
「ところで、相棒さん?」
「鞘草 亮だ」
「アビリティーだと聞いたけど、どんな力が?」
「ソナーだ。周りの状況を瞬時に把握できる」
蝙蝠みたいなものなのか。身体から人の感知できない音を出して、それで周囲にある物なんかを感知している。
すごく使えそうな能力だ。敵がどこから来るのかも分かるどころか、迷路の中で何処に人がいて、何処が出口かも分かるようなものなもの。
凄い能力だよ。攻撃的な能力じゃないから、銃を持っているってことか。
それは納得だ。
三人でただ立ち呆けていると、唐突にその音が聞こえてきた。
一瞬 何の音だか分からなかったが、これは電流が流れる様なそんな音だ。
実際には聞いた事がないけど、連想するならそんな音。
次の瞬間、俺達の視界には眩しい光のラインが見えた。
電気そのものが光を放ちながら、猛スピードで移動していったんだ。
東条刑事は俺の方へと視線を向けて言う。
「オマエが犯人じゃなかったのか……」
「おいおい、まさか俺を犯人だと思ってここに…ってそれは後だ。俺はヤツを追う!」
視界の先にある階段を電流は移動していったのを俺も見た。
俺もその同じ階段を使って昇ろうと、スーパースロー空間を猛スピードで移動し始め、タキオンを身体から放出して白色の電流状に拡散する。
スーパースピードの状態で階段を駆け上がっていくと、ふと視界が一気に白色の瞬く。
強烈な光と同時に、身体全身に衝撃が流れて階段から押し弾かれる。
凄い速さでホールの床へと仰向けに倒れると、電流状態のソレが俺の身体に衝突したのだと理解する。
電流は粒子が束になる様にして元の人型へと戻っていく。
アビリティーだ。
「くそ………」
俺が吐き捨てる言葉と同時に、起き上がろうとする俺の方へと少年の姿が映る。
手には何かを持っている様に見えた。
何かの機械だろうか? そういえば、この会社はテクノロジー系の会社だったんだっけ。
つまり、こういうものばかりを盗んでいて東条刑事は次にここを狙う事をある程度分かっていたんだ。
「君、アビリティー? それにその格好、ヒーローにでもなったつもりかい? でもまぁいい、僕にはどうでもいい事だ」
再び電流へと肉体が変化して目にもとまらぬ速度で、建物の外へと出ていく。
それを目で追ってから、急いで立ち上がり二人の刑事を建物の中に置いたまま飛び出して行った。
再びスーパースピードで、目まぐるしく光を放っている電流の姿のソレを只管に追いかける。
あの姿、まだ中学生か小学生くらいの年齢に見えたけど、まさかそんなヤツまでアビリティー犯罪をしてるなんてな。
どちらにしても犯罪は犯罪だ。俺は追いかけて捕まえる。
にしても、無線の方は調子が悪いみたいだ。ミスズが席から離れているのか、もはや居ないのか。
時間は九時を過ぎている。もう既に帰ったというのが正しいだろう。
街中を駆け抜け、ビルの間の細道を移動して先回りのルートを使った。
大通りへと出た瞬間、電流へと俺が拳をぶつけようとしたが、そのまま衝撃が全身に伝わるとダメージを受けたのは俺の方だ。
電流の身体を通り抜けて、そのまま地面へと倒れ込む。
すごく痛いな。
ありえないくらい痛い。
目の前に一度元の姿へと戻った少年の姿に、たぶん俺は睨みつけていただろう。
彼は鼻で笑う様にして、そのまま電流へと変わり近くの街灯の中へと入り込んで行った。
ありえない現象を目の当たりにするのは、初めてではないけど、捕まえる事ができなかったばかりか鼻で笑われるなんてな。
俺にとっては全然笑えない。
『エルディー、聞こえる? 今戦闘してたのね。まだ貴方一人じゃ無理よ。その力を…』
ゆっくりと立ち上がると、空は雲ばかりで星の姿は見えなかった。
何も見えないただの雲ばかりが広がっている。
どうするんだ?
ただ速くなっただけで、何も変わってないどころか、いつもより不安定なのは自分でも分かってる。
速さも、相手の方が速かった。
電気の身体のままのアイツを捕まえる事はできないんだ。
俺はスイフトの言葉を聞かずに走り始めた。
一気に街の中を駆け抜けていく。
道路を突き進む車達を左右へと回避して、とにかく走り続けた。
走り続けて、何も考えたくない気持ちに包まれた。
『走ったからといって解決はしない。話を聞いて…………』
全て聞こえていた。スイフトの言っている事は正しいはずだ。
まだ会って一日も経過していないけど、彼女がこのファストパワーに詳しいという事は分かる。
俺は、この力にまだまだ順応しないといけない。
その為にも、今の俺はただ走りたかった。
只管に走ってから、その後に物事を決めたい。
音速で移動をしていたエルディーの視界は真っ白になる。
ただの真っ白というよりは、物凄く明るい光なのに、なぜか眩しいを感じずに目を開いたまま。
意識もはっきりとした状態で音速を越えた瞬間だった。
タキオンに全身を包まれた感覚が、全身に伝わっただけ。
車に激突しそうになっているのかもしれない。でも俺は、只管に走る。
ただ走る。
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