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新たな日々

2・Chapter 5

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 最近この街を駆け回っている高速移動能力者は、アビリティー犯罪者を捕まえているらしいが、超高速で活動できるのは、その赤毛の男だけじゃない。
私もその中の一人だ。
黄色のタキオン粒子を残像の様に後へと放ちながら、街中を駆けていく。
ソニックブームを起こして、夜中に黄色い閃光が駆け巡り、五徳市の街外れにある屋敷へと入っていった。
警備も厳重にされている壁の周りもお構いなしに、超高速で正面ゲートから堂々と入り、屋敷内部へと足を踏み入れていた。
「見つけたぞ……」
アビリティー犯罪者の刑務所、収容施設は全てこの屋敷の地下に造られていた。
そんな近未来的な牢獄の中から、黄色いタキオンを放つ女性が立ち止まり、人間とは思えないやわらかな毛並の尻尾を揺らす。
獣耳を立てて、強化ガラスを一目見て、その中のすこし広い空間のベッドに寝ている男を見つめた。
男はベッドの上で上半身を起こしてから、彼女の方を見た。
彼女は口を開いてから言う。
「比留間 祐司。二ヶ月前のテロ事件を起こしたフューチャーエヴォリューションという組織のボスで間違えないな?」
「うぅむ。私はフェヴォと略していたが、それはどうでもいいか。だとしたらどうする?」
彼女の体から大量の黄色い電流と共にタキオンが溢れ出る。
次の瞬間、ソニックブームを起こす程の超加速と同時に当たりガラスも多少なり揺れ、彼女の一撃の拳に強化ガラスは破壊された。
凄まじい音が鳴り響いた時には、比留間を掴み上げ文字通り超高速で建物の外へと賭け出ていく。
五徳市の端から数分もせずに中央区を通り過ぎ、霧坂区を横断して封鎖地域の建物へと入り込んだ。
強引に力強く投げ飛ばし、夜の暗い廃屋の中で比留間は転がった。
「ぐぉァ……」
「答えるんだ。弟はどこにいる?」
「………彼は戻っては来なかったよ。ネイドラ君」
その言葉を放ったのと同時に比留間は、超高速で首を掴まれて壁に叩き付けられる。
あまりの衝撃に何が起こったのかも分からないといった顔で、彼女の方へと視線を向けて腕を掴む。
「死んだのか。 誰が殺した?」
「待て、その前に条件がある。私の息子が檻の中に……」
「答えるのが先だ。弟を殺したのは誰だ!?」
「功鳥 梓馬だ……!!」
名前を聞くと、彼の首を離して地面に捨てた。
急き込んでいる彼に背を向けて、ゆっくりと何かを考えながら歩き進む。
その彼女の服は、夜の暗がりに紛れる黒色をしていた。
比留間は両手から大量の電気を放出させて、彼女へと電流の塊を解き放った瞬間だった。
彼女は黄色いタキオンの残像を残して横へと移動する。
「……無駄な事はよせ。答えを貰った以上、アンタには用は無い」
再び超高速で目にも止まらぬ速さで動き、比留間が気が付いた時には、警察署の前でアビリティー用の手錠をかけられて放り投げられた。
乱暴に投げられて転がった比留間を置いて、彼女は再び走り始める。
鋭い眼差しを比留間へと向けて警察の前から姿を消す。
空気を掻き分ける音がかすかに聞こえたかと思うと既にその場にはいない。
エルディーとは違う、黄色いタキオンの彼女が超高速で五徳市の夜景を走り抜けていくのだった。


◆◆◆◆◆

    セリア
――――――――――――――――――

 その日はとても天気のいい日だった。
青色の空に少ない雲が空の上を移動している。
私達のヒーロー活動が始まってからまだ二日目の昼。
エルディーからしてみれば、美鈴と組む前から見かけた犯罪者を懲らしめていたらしいから、私達よりもずっと先輩になるわね。
私も何だかんだで、あの時のアズマの背中を追いかけているのは自覚があった。
でも、それでも彼が私をずっと護ってくれていた様に、私も誰かの力になりたいと思ったんだ。
そんなヒーロー生活序盤の私にも、普通の日常は存在する。
休日の私はアズマの入院している病院まで来ていた。
この間来たばかりの病室は、綺麗なままだった。
「アズマ。また来たよ……って言っても聞こえない、か」
眠っているアズマの寝顔を見ながら、彼の横に椅子を置いて腰を下ろす。
鞄をテーブルに置いてから一息つくことにした。
本当だったら、全てが終わった後にもっと話しをしたかった。
せっかく日本に来てから、少しはアズマと会話ができるようになったと思ったのに、こんな結果はとても嫌だ。
「きっと、おきるよね………」
独り言を眠っているアズマに向けて言っていると、唐突に病室の扉が開いた。
ガララと横へとドアのローラーが動く音に、私が視線を向けてみれば、懐かしい顔ぶれが二人入ってくる。
二ヶ月ぶりの再会だった。
柵 日向。寺を継いだ坊さんと、最近は日向と良い感じの魔夜。
見ててこっちが恥ずかしくなるくらい仲のいい雰囲気が溢れだしている。
「よー、セリア珍しいな」
「久しぶり セリア。最近元気が無いとは聞いてたけど、平気?」
二人とも変わっていなかった。
あの日のホテルでの一件から何も変わってない。
「うん、大丈夫。 最近ここにも来てなかったから、今日は夜までずっとここに居ようと思って」
「いいね~。きっとアズマも内心は嬉しいはずだぞ。 魔夜が風邪ひいた時なんか、俺が一緒にいる時とそうでない時の落差激しいからな いってぇ!!」
ペットボトルで肩を叩かれた日向も何だか嬉しそうに笑顔を見せている。
二人共、今の生活が幸せそうね。
そんな皆の日々を護る為にも、エルディー達と戦う。
アビリティーと呼ばれる異能力犯罪者を捕まえて、この五徳市をいつもの普通の街に戻す。
「セリア?」
「……え?」
もしかして、魔夜に心を読まれた?
最近は自分の意思でコントロールできて、力を使っていないって聞いたけど。
「ちょっとしんみりしてるかなって思ったけど、アズマが眠ったままじゃ そうなっても仕方ないよね。何か相談したい事があったら、日向に連絡して」
「俺かよっ!!」
「いいのっ 私はケータイ切られてるから仕方ないの」
「いや、いいか決めるのは俺であってだな」
「ケチ坊主……」
「俺は髪の毛フサフサだ。フサ坊さんと言え」
あらら、二人で変なモードに入っちゃったみたいね。
何だかここに私がいるのが逆に気まずい雰囲気な気がしてたまらない。
私が魔夜と会った日とは、まるで人が変わった様に性格が違っていた。
これも、日向がずっと接してきたからだろうか?
人は誰かが寄り添って支えようとしてくれているのだと分かると、きっと変われるんだ。
アズマも、あんな暗がりにいるような緊迫した感じが抜けるといいなと夢を見る。
生死や私を護る事に縛られずに、一緒に泣いたり笑ったりできるような日々を…………
「それじゃぁ またな。何かあったら連絡してくれ」
「今度会った時は、二人で話しましょ。またね」
「二人共ありがとう」
手を振って見送ると、病室の外へと行ってしまった。
閉まったドアを見つめて、一人考え込む。
きっと、いつかは気づかれるかもしれないけど、それまでは黙っておきたい。
アビリティーを捕まえているなんて事、そんな活動の手助けをしているなんて知ったら、絶対に二人は自分も手伝うと身を乗り出すはず。
幸せそうな二人を見ていたら、まだその日常を満喫してほしいと思ったんだ。
二人の能力は確かに凄い力になるはずだけど、私はどうしても二人を巻き込みたくはなかった。
アズマの方へと身体ごと振り返り、ゆっくりとベッドへと両腕を置いて近づく。
こうしてると、ドラマや映画みたいだけど、私の見てきた映画だと大抵 付き合っていた彼女だったり妻は他の男性と結ばれている。
私は只管にアズマを待ちたいと思った。
最初のあの日、まだ敬語でたどたどしく接してきたアズマの姿を思い出す。
もうあれから、だいぶ日が経過していたんだ。
今の五徳市には、謎の渦が上空に出現していて、今も市民の恐怖の象徴となっている。
渦の中心は気味悪く薄く発光しているあの渦。
アズマだったら、何か分かる事があったりするのかな?
それとも、超能力や科学では解明できないかもしれない魔法だったり?
でも、いずれあの渦を塞ぐ日がきっと来る。
そう思った。


◆◆◆◆◆

    エルディー
―――――――――――――――――

 俺はいつもの様に、インカムを装備して走っていた。
スイフトに渡された例の青いコスチュームを着て、ファストパワー全開で走りつくす。
昼間だというのに、俺が能力を使い移動するだけで残像として残る白色のタキオンと白色の電流が一般人には見えているだろう。
アメコミヒーローが現れたとか、X‐メンが結成しててそのメンバーだとか噂は沢山飛び交っていた。
まぁ、面白い噂は沢山あるけど俺のする事はファストパワーが無い時と変わらない。
犯罪者を見かけたら、即逮捕。
アビリティー犯罪者でなくても、犯罪者は犯罪者だ。
窃盗に猥褻、沢山いるけど手あたり次第に捕まえては刑事さんの乗るパトカーへと連れ込む。
高速でパトカーに入れ込んだ俺は外で一服している東条さんに声をかけた。
「やぁ、東条さん。 監視カメラにばっちり映ってる犯罪者。とおまけに最近有名な詐欺師を捕まえた。勝手に手錠は借りたよ?」
「お前……やるじゃないか。でも休憩しろ」
「分かってますよ。でも、もっと人の役にたちたくてウズウズしてるんです」
「力が有り余ってるのは見りゃぁ分かるが、やりすぎだ。着替えて来い」
彼はそう言っているけど、俺は全然疲れていなかった。
元々、ファストパワーが身に付く前までは中々疲れにくく丈夫な体で、回復力も早い身体強化系の異能力者だったんだ。
力を掛け持ちと言うと、なんだかすごくズルい気もするけど、今ではファストパワー無しじゃどうにかなりそうだ。
より早く駆けつけて、より早く事件を解決できる。
犯人逮捕も、文字通り目にも止まらぬ速さでね。
でも、着替えろと言われたからにはそうするしかない。
東条さんは頑固なんだ。 高速で移動して二秒もせずに私服で戻ってきた。
「それならいつでもマジシャンになれるな」
「嫌味ならいりませんよ」
「ただの冗談だ。 乗れ」
俺は東条さんに言われるがままパトカーの助手席に乗り込んだ。
何でも、いつもならパトカーではなく、一般用に似せた車を使っているらしいんだけど、今日は違った。
変な感じだ。人生初のパトカーが刑事さんの運転席の隣なんてね。
こう、何だかいつも見る風景が変わって見える。
東条さんが車を出すと、そのままいつもの五徳市を移動して警察署の方へと走っていくのが分かった。
後ろに座っている彼等は気が付いたら俺にパトカーに連れ込まれていて、何とも言えない表情になっている。
逃げられはしない。
俺の速さからはね。
そうこうしているうちに、警察署までたどり着いて東条さんは捕まえた二人を連行していく。
 
 捕まえた後の処理も大変だな。10数分待っていると用を終えて戻ってきた東条さんが、運動飲料のペットボトルを投げてきた。
それを片手でキャッチして受け取ると、東条さんの後からもう一人ついてきている男の人がいる。
前にも会った事があったな。
確か名前は、鞘草 亮。
アビリティーで東条さんの相棒だ。
「待たせたなエルディー。重要な話があるんだ」
東条さんはそう言いながらパトカーに寄りかかってから、管コーヒーを一気に飲み乾していた。
相棒の亮さんは俺の方に少し手を上げて、微笑んでくる。
すごい爽やかスマイルだな。
「昨夜、アビリティーを閉じ込めてる牢獄に侵入者が入ったそうだ。それも比留間という、例の渦が発生した時にシェンリュホテルにいたフランスのフューチャーエボリューションという機関。後にフェボと名乗っていた組織のボスが連れ去られた」
「連れ去るって、まずアビリティー用の牢獄があるのも初耳だけど……犯人は?」
「目撃証言によると、超高速で動く何かが警備を蹴散らして牢獄の強化ガラスを破壊したらしい」
「あー、もしかしてまた俺だと思ってるんじゃ」
頭を抱えながら、左手に持っていたスポーツ飲料のペットボトルが肌に触れて冷たかった。
「今回は違うぞ。他にも情報があるんだが、ソイツが走り抜けると黄色い発光体が残像の様に見えたそうだ」
「黄色い、タキオン……?」
「あぁ、比留間は再び牢獄へ連れていかれたんだが何も証言しなくてな」
ファストパワーを使う者が出すタキオン粒子。
でも俺の見た灰色のタキオンではなく、唐突に黄色だと言われても脳が追いつかなかった。
まさか、この街には、アビリティーとは別にファストパワーを宿した者が俺を含めて三人もいるのか?
ありえないと言いたいところだけど、現れたのは確実だろう。
東条さんは冗談を言うような人じゃないと思うし。
「それで、そいつは今野放しと」
「そういうこったぁ お前達なら探せるんじゃないかと思ったわけだ」
「了解。美鈴達に相談してみて、それから先手を打てれば打ち込む」
東条は真剣な表情で俺の事をじっと見てから頷く。
この間話していた通り、既に警察の力だけじゃどうにもならない領域のアビリティーが増えているんだ。
でも、それ以前からいた異能力者達はいったいどうして力を……?
あの渦から出たダークマター粒子を受けて力を手に入れた人と、オリジナルの異能力者ではやはり何かが違うのか、ただ鍵となる物を簡単に開けるだけの存在だったのか。
それを突き止めたところで、ただの一人も救われるわけではないんだけどね。
今俺にできるのは、この活動だけだ。
そして、この速さは、あの件の鍵になる。
「エルディー君」
唐突の亮さんの声かけに、少しびっくりした。
「念のために連絡先聞いてもいいかな」
「そのくらいなら、よろこんで」
彼とスマホの連絡先を登録して、東条さんの相棒とも仲良くなったわけだ。
ポケットにスマホを入れ込んでから、貰ったスポーツ飲料のキャップを開いて口をつける。
う~ん、あんまり好きな味じゃないけど体にはいいのかな。
飲んでいる最中に、唐突にスマホが鳴り始めた。
入れたり出したりと忙しいね。ペットボトルにキャップして、スマホを取り出してみると【ミスズ】と表示されている。
何か急ぎの用事でもあったのかな。
通話を繋いでから耳へとあてた。
「どうした?」
電話の向こうでは、慌ただしくタイピングをする音と共に美鈴の声が聞こえてきた。
『セリアからS.O.S.のメッセージが来た……場所は、五徳市総合病院 ケアセンター内。アズマの病室!!』
いつもと違ってすごい慌てた口調で、まるで美鈴とは思えなかった。
本当にそれほどのS.O.S.なんだ。
「東条さん また後で」
俺は急いで駆け出した。警察署から飛び出る瞬間に、音速を超えた音が爆発的に起こる。
私服での能力発動は、前にもなった様に服が燃え出す事がある。
一度家の方へと戻ってスイフトに貰ったコスチュームを着るべきだ。
でも、その速さで追いつくだろうか?
どちらにしても、更に加速するなら必要なものだ。
考えたあげく、真っ先に家へと戻って、例のコスチュームを着て限界ギリギリの速さで駆け抜けていく。
到着するまでに約1分かかってしまったが、周りにいる人たちからすれば何かが通り過ぎたようにしか見えない俺の姿が、総合病院へと弱い風を起こして先っへと進む。
アズマの病室が何処かは分からなかったが、いつもの得意な早業で早急に見つけた。
ここだッ!!
病室の前で立ち止まってみると、開いたドアの向こうにありえないものが立っていた。
「尻尾……?」
狐のような尻尾に耳。それをつけている人の形をした何かが、アズマであろうベッドの上で眠っている人物に手をピンと突き立てて近づけようとしていた。
俺の声に気が付いたのか、その誰かはこっちへと振り返る。
黄色の瞳が俺の方を見ると、尻尾がふわりと揺れた。
何なんだコイツは……!?
セリアは部屋の端に倒れこんでいて、ゆっくりと体を起こそうとしていた。
「やめろ。目的は何だ」
「功鳥 梓馬の抹殺」
機械的にそう言った彼女は、左手を振り上げて一気に下ろそうとしたのが見て分かる。
俺は走った。視界の先にいるその女の腕を掴み強引に引っ張り出す。
音速で病院の外へと引きずり、セリア達から離れた場所へと移動した。
尻尾のある彼女を投げ飛ばすと、彼女の身体からは黄色いタキオンが出て、移動する度に電流を流す。
まさか、コイツが例のファスター!?
勢いあまって病院からかなり離れた場所へと来たのはいいが、街中まで来てしまった。
人通りの多いこの場所で、彼女がどんな行動にでるのかも、彼女がどのくらいの速度での移動が可能かのかも分からない。
だが、このまま引き下がるわけにもいかなかった。
装備しているインカムから、不意に声が聞こえてきた。美鈴だ。
『彼女から出てる異粒子の分子体……タキオン粒子。探知機が……加速粒子エネルギーに反応してる』
ファスター同士の対決か。俺はどうする?
問いかけるより先に走ればいい。今までみたいに。
「……どうやら君は敵の様だ。悪いけど捕まえさせてもらう」
「それはできない。なぜなら私の方が速いから」
ほぼ同時に動き出したはずだった。
黄色いタキオン粒子が空気に触れて弾けて消えていくのが見える。
彼女のファストパワーが生み出しているタキオン粒子だ。
昼間の太陽の下でもよく見える黄色だな。
わずか0.001秒ほどの一歩目から超加速を起こし、五徳市中央区の街中で二つの色がぶつかった。
いいや、ぶつかったと言うよりは相手の拳を回避して後へ回り込もうとした俺を超絶スロー空間で動く俺に、蹴りを叩き込んできた。
凄まじい威力と発生した電流に、蹴り飛ばされた瞬間に相手の妙な電気をビリビリと感じ、気が付けば超高速で路地裏へと転がっていしまう。
速い。
迫ってくる黄色い光に、再び自分も力をフルに活用しようとした。
女性だと思って甘く見ていた。今捕まえないと、ヤツはきっと目的をもう一度遂行しようとするはず。
一直線に移動して相手よりも早く拳を打ち込もうとした。
だがその拳は、腕を横へと弾かれ俺のスピードを利用してタックルをぶつけてくる。
凄い速さ、なんて表現じゃまだ可愛いくらいの速度でコンクリートの角に激突して粉砕してしまう。
地面へとまた倒れこんだ俺に向かってきた。
相手の拳の動きを見て、立ち上がると直ぐに後へと回避し、自分のスピードに勢いがつき止まる瞬間に少しだけ脚が滑る。
立ち止まったかと思うと彼女の方へと再び駆け走った。
一撃が、彼女の頬に激突した。
そのぶつかり合いと同時に、彼女は身体をひねって後へと振り返り、真っ直ぐと前へ進みだした。
彼女の超高速を俺も白色のタキオンを放出しながら強いエネルギーが白い電流となって体に行き渡る。
路地裏から出て、街中を駆け回り追いかけていく。
ぶつかる風がすさまじく次から次へと速度の遅い車の群れを回避しては、あの狐に尻尾と耳のある女性の背中を追い続けた。
後ろから手を伸ばそうとすると、体制を低くして肘打ちがとんでくる。
腕で受け止めながら、ヤツにラリアットをぶつけてやるつもりが、素早く受け止められ攻撃されの攻防を超高速状態の走りの中で行う。
封鎖地域へと入ったかと思うと、唐突に脇腹へとグーの拳が後へ叩き込むようにぶつかる。
「ぅぐぁッッ」
たった一撃が重く、頑丈な自分の身体でも強い痛みを感じる。
痛いと思った時には減速と同時に、肩を掴まれ地面へと叩き付けられ引きずられる。
本気を出せば速さは互角になるかと思っていた。
けど違った。
相手の方が闘いの心得があるらしい。
「はぁ……はぁ……君は何なんだ」
「その質問をそのまま返す。なぜ私と同じ力を持っている……ファスタードゥルゴーイの実験体なのか?」
「何? 実験体って一体……」
仰向けの状態で、胸元に手をあてられているだけなのに、この状態から逃げようとは思わなかった。
この距離であのスピードの一撃を受けたら、おそらく胸を押しつぶされて、肺が潰れるかもしれない。
そうでなくても彼女に捕まっている以上は下手に身動きするだけで攻撃がとんでくる。
しゃがんでただ手をあてている彼女の黄色い瞳に、俺の顔は映っていた。
「俺の質問にも答えてくれ。 君は誰で、何のために犯罪に手を出す?」
「弟の仇を殺す。それ以外に私にすることもできる事もない」
眉を寄せてから遠い目をしている彼女は、どこか寂しそうな表情をしていた。
再び俺の目を見ると、そのまま一瞬で消えてしまう。
タキオンの残像も直ぐに消えて、どこに居るのかも分からなくなる。
俺の視界には既に、封鎖地域のビル群と、青い空に雲の移動していく光景しか映っていない。
まずいな。もしかしたら、また病院の方へ向かったのかもしれない。
身体を起こしてから急いで駆け始める。

 文字通り一瞬で五徳市総合病院のセリアのいた病室へと足を踏み入れた。
病室の中にはベッドに横たわったまま、さっきの出来事も何も知らないアズマと、その近くで立っているセリアの姿があった。
あの女性はここには戻ってこなかった様だ。
そっとセリアの方へと歩み寄ってみれば、何だか真剣な表情をしていた。
「大丈夫?」
「……ええ」
どうも様子が変に見えた。
いつものセリアと違う。
「あの女に何か言われたのか? チームなら行ってほしい」
「そうね。彼女はアズマを殺しに来たんだけど、その理由は弟を殺されたからだって…… きっとアズマが異能力者を私に近づけさせない為に戦っていたから、たぶん」
「おま、アズマは人殺しをするのか?」
「する。異能力を使ってでも、それをやり遂げる瞬間を見たから言えるけど、アズマはいつも本気だったの」
あー、あまり聞いちゃいけない話だったかもしれないな。
東条さんが来てたら速攻で捕まりそうな話だ。
でも彼も銃でアビリティーを殺した。
殺してでも護りたかった。確かにやらなきゃやられると思う程の能力者が、今後俺の前に現れてもおかしくない。
さっきのファスターだってそうだ。
セリアは思いつめたような顔で、俺の方を見てから言う。
「彼女。きっとまたアズマを狙いに来る」
「それは俺でも分かる。美鈴とジャニスにも協力してもらうべきだ」
「わかった。 私も家に連絡をするから、エルディーは美鈴達に伝えて」
「了解だ」
できるだけ早く美鈴達にも知らせないといけないが、ここで電話して話すのは少しまずいか。
ここのどこに話を聞いているヤツがいるかだったり、変に耳がいい人が聴いてたりでもしたらあれだしね。
まぁ密かにヒーロー活動はいいけど、だったらマスクが欲しい。
こんな青いコスチュームより、仮面をつけたりとかね。
とにかく、この件は絶対に相談が必要だ。
アズマの問題ではなく、俺がどうやってもう一人のファスターと戦えばいいのかが分からないかぎり、次の戦いは危険だと感じた。
だとしても止まるわけにはいかないけどね。
俺は病室から飛び出し、屋外へと移動して、自宅の倉庫へと急いだ。
ここからかなりの距離があるが、そこへたどりつくまでは一瞬だった。
十数秒もすると、いつもの自分の家が見えて一気に倉庫へと入り込んでいく。
地下へと続く階段の扉を開く為に、壁に設置してあるパスキーに番号を入力してから、床の扉が開くと下へと降りて行った。
病院からここまで戻ってくるのに約一分くらいだろうか。
速さは十分に思えたのに、あのケモミミ尻尾のファスターに勝つには、もっと早くならないと無理だ。
「美鈴。いるか?」
「……私はここ。敵はファスター?」
「そうだ。黄色いタキオンと電流を放ってた。黒いコスチュームで、しかも頭に耳と腰には尻尾があった」
俺の言葉に、ソファーで寛いでいたジャニスが立ち上がる。
ファストパワーに詳しいと自分から言ったジャニスなら、何か良い作戦でもあるんじゃないかとは思っていた。
ここに居てくれてよかったよ。
ジャニスは微笑みながら、俺の方を見てマジックペンを向けてキャップの先でこついてきた。
「それで負けて帰ってきたというわけか」
「……怒ってる?」
「怒ってるさ。美鈴に呼ばれた時には、既に私の出番は無かった。 もう少し早さを控えるか耐えてから追い続けていれば、私も助言できていた」
何だか、態度が大きいな。
思っていた言葉とは違っていた。まるで他にファスターが居る事には驚いていないし。
後ろへと下がりながら、ジャニスは美鈴のいるデスクの方へ近づくと少し溜息をついていた。
「君の命は一つしかない。あまり無茶をするな」
また思いもしない一言を言われた。
あぁ、怒っていたのは俺を心配していたからか。ありがたいけど、そうならそうとハッキリ言ってくれた方が分かりやすい。
「わかった。それで、ジャニスには病院でセリアと一緒に居てほしいんだけど」
「かまわない」
「それじゃぁ、美鈴はここから指示を出してくれないか?」
「うん……ついでに、敵を探すアプリを作ってるから。発生した電気と五徳市内の熱を探知する便利なのをね。機材……少しだけ貰う」
俺が美鈴に対して頷くと、ジャニスの方へと振り返った。
既に準備ができているのか階段の前へと歩いていく姿を俺はついていく。
というか、歩いて行くつもりなのかな?
ちょっと早着替えして、鞄にコスチュームを詰めてから病院へ行くべきかな。
このままだと、すごく目立つ。
色々な意味で有名になってしまいそうだ。
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