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新たな日々

2・Chapter 7

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 その日の朝は少し曇り空で、風がとても弱く湿気に溢れかえっていた。
いつも通り起きて、高速で着替えてから顔を洗い、下の階で食卓の準備をしている母さんの前まで向かう。
昨日のリプターとの戦闘で、和解したと思った後にタキオン粒子がエネルギー体へ変わり、灰色の閃光の残像を見た。
あの灰色の光は前にも見たことがある。
父さんが消えたあの日の倉庫で、確かにアレと同じものを見たんだ。
気のせいだったり、記憶違いかもしれないけど、それと同一のものにしか見えなかった。
考え事をしながら行動していると、時間は直ぐ過ぎていく。
俺にとって時間はたっぷりあるようなもので、それでも短く感じる事があるんだ。
ただ活動量が他の人より多く動けて、沢山のしたい事ができるってだけ。もちろん人助けもできる。
誰かが困って助けの手を上げていたら、その手を掴んで引き上げる事も、今の俺にはできるんだ。
目の前で傷つけられそうな人全員を助けられるわけじゃないけど、目に見えた人を大勢助けられる。
でも、一番自分が満足でき気が安らぐ場所は家の中だった。
きっと皆そうだ。自分のいるべき場所へといると心から安らげる。
『昨夜 五徳市 西中央区で発見された遺体は、紗枝 実里さん26歳……』
リビングではテレビからニュースの音声が流れ出ていた。
いつもの様に事件の多い街みたいだ。
「おはよう母さん」
「おはようエルディー」
「二ヶ月前に俺、父さんの手がかりを見つけたって言ったけど、また近づけそうなんだ。拉致だったりの可能性があって」
「その話なんだけど、エルディー?」
すごく寂しい表情をしていた。
俺もその変わった空気に息をのむ。
ああいう顔をした時は、いつも説教か俺の事を話す時なんだ。
「何?」
「あの人の事は私も悲しいし、あの日消えた理由も、最初は知りたいと思ってた。でもいいのよ。 ずっと引きずっていく人生より、エルディーも前を見ながら前進してほしい」
「でも、あの日みた灰色の光。思い出して、共通を見つけたんだ。その光を昨日アビリティーを連れ去った」
「待って……もしかしてアビリティーに関わるような事をしてるの?」
「……ぁ」
「だから最近地下の作業部屋に籠ってるのね。自称天才の女の子を連れてたり。 うちの前にパトカーが止まってる事もあった。変だと思ったのよ」
「分かった言うよ。警察に手を貸してるんだ。 俺も多少なり父さんの息子で科学とか、ちょっとした知識は色々と知ってて、物づくりも得意」
俺の話を聞いている母さんは、頭を抱えてから溜息をついた。
母さんはもしかしたら、父さんの事を忘れたいのかもしれない。
でも、俺には無理だ。目の前に居て、手も届きそうな距離に居たのに助ける事すらできなかった。
別れの言葉も無しに唐突に目の前で消えたんだ。
絶対に忘れる事はない。あの灰色の粒子発光体と、あの気味の悪い声を…………
「それで危険に手を突っ込んで、貴方まで失ったら私はどうなるの?」
「…………」
「エルディーはアビリティーの仕業じゃないのかと思ってるんでしょ? 世の中にはアビリティーじゃなくても悪い人は沢山いる。私の両親がそうだったみたいに」
「母さんの……?」
「突然に失ったものはどうにもならない。もっと傷つく事にもなるわ」
「それでも父さんを探したい。そのためなら占い師にも霊能力者にだって、アビリティーにも頼む。俺は止まらないよ。 犯人かもしれない誰かが目の前を通って行ったんだ」
こんがりと焼けたトーストを片手に、俺は立ち上がってから母さんの方を見ながら左右に動かして無言でその場から立ち去ろうとした。
母さんは逃げてるんだ。どうしようもないという意見を俺に押し付けようとしてきている。
俺は諦めたくなかった。もしかしたら、まだどこかで生きているかもしれない。
そう思うと、自分の力もその他の誰かの力を借りてでも助けたかった。
もし既に死んでいるというのなら、それが分かるだけでもいい。
決着が欲しいんだ。その気持ちとの決着が欲しい。
「俺は、できるなら墓には遺骨を納めてやりたい。 それに俺はムレン家より雨宮の名が好きだ」
そう言ってから部屋から出ていくと、不意に小声で「私もよ……」と聞こえてきて、廊下へと出た俺はよく分からない感情に包まれる。
嫌な感じだ。
気持ちも乱れ、何か他の事も言いたかった気がしたけど、もやもやしてやめた。
直ぐに、玄関に置いていた鞄を持ってから、元父さんの倉庫へと足を向けて中へと入るといつも通りに、地下室へと下がっていく。
高速で降りてみれば、もうすでに美鈴の姿があった。
まるで自分の家の様にいつも居る。というか、速すぎだ。
今日もここで活動する事になるかもしれない。
学校生活を満喫して、放課後は正義の味方活動。
学校の方が大変だ。
「美鈴。今日も速いな」
「うん……ジャニジャニがいない時にしかできない事をしてる」
「え……?」
「昨日、あれだけエディーの事で怒っていたのに、エディーが戦っている間……屋敷の監視映像にクラッキングしてみたら、ジャニスの姿はどこにもなかった」
「何だって?」
「まだ分からないけど、ちょっと気になってるだけ。気にしないで」
何だかおかしな様子の様に想えた。
美鈴は何かを隠している様な、そんな感じに見える。
ジャニスが持ち場を離れた理由。本人に聞いた方が早いのだろうけど、何だかな。
せっかく仲間うちで仲良くやり始めようとしているのに、疑いをかけているみたいで嫌だな。
「怪しんでるのか? ジャニスは仲間だろう」
「仲間でも、心から信用できるのはセリアとエディーだけ。単純だから……」
「バカにしてるだろ」
その俺の言葉に美鈴は返答しなかった。
とにかくだ。その事は美鈴に任せるとして、俺は学校にいかないとだ。
既に大卒の天才少女は、チームのアジトに引きこもりってわけだね。
本当なら俺もここでヒーロー活動を優先したいんだけど、夕方までの辛抱だ。
直ぐに地下室でUターンをすると階段を上っていく。
俺の家は学校まで一直線の道で、途中から上り坂になっていくが、その道を常人の目にはパッと見では誰が通ったのか分からないくらいの速さで駆け抜けた。

 もはや人が走り去ったという事すら、分からない人もいるだろう。
青色のワイシャツ姿でぼやっとしたものが皆の視界には映り、そして消える。
超高速で駆け抜けた俺は、人気のない場所へと飛び込み、スピードを落としていつもの生活へと足を進めた。
まぁ、最近はコレが日課だ。
生活に支障がでるような噂もないどころか、不自然な程に俺が日頃やっている事もアビリティーだという事もバレテは居ない。
正確に言うとアビリティーとファスターの複合なんだけど、それはどうでもいいこと。
問題なのは、俺が五徳市で噂のお助け人ってだけだ。
速すぎて、ちょっとした人助けなんか誰にも見られてはいないけど、やめられないんだよね。
鞄を片手に、校舎へと入り何気ない感じに教室へと向かう。
三階の廊下でたまたま彼女の姿が目に留まる。
セリアだ。
昨日の一件があった後なのに、ちゃんと来てるのか。
俺だったら身内に何かあったら休んでるかもしれないし。
前に父さんの事を調べる為に学校へ行かなかった事もある。
その時は酷く叱られたけど。
「セリア。アズマの事は?」
「……あ、エルディー。アズマは屋敷に器具を移して病室と同じ環境で面倒を見てくれるって」
「それも東条さんが?」
「アズマの父親が、あの屋敷の責任者、スポンサーと知り合いだったらしいの。東条さんが責任者のご老人と会話してたのを聞いて、どうもそのご老人は日本初の異能力者なんだって」
またまた変な話を次々と持って帰ってきたな。
最初から最後まで頭にちゃんと入ってこなかった気がする。
とにかく、アズマはそのまま屋敷で看病してもらうって事だな。
確かにここからなら屋敷までの道は完全に把握しているから、俺の速度で急いで行けば1分か2分。
何かあった時は直ぐにでも行ける場所だ。
にしても、東条さんは動きが速いな。
「それで、一応大丈夫ならいいけど、気になるなら放課後はアズマのとこまで送ろうか?」
「……大丈夫。私も皆と集まる」
そんな話をしていると、不意に背後から気配と同時にドンっと脇腹をこつかれた。
ふつうにまだ怪我した場所が痛むんだけど……
それと共に二人にとって聞きなれた声が飛んでくる。
「皆と集まるって何? ってか、二人ともいつから知り合いになったんだよ」
来夢だ。本当の意味で面倒な子がやってきたよ。
確か超能力研究会とかいう部活に入っているんだっけ、よくそんな胡散臭いものに入部したものだよ。
あ、セリアもだったか。
「えーと、ちょっとね。美鈴とアズマのお見舞いに、いこうと思って」
「あぁ、だったら あたしも付き合うよ」
「あっ えっと、それはいいの。うちの家での個人的なお見舞いだからぁ」
セリア。予想以上に嘘が下手だな。
それもびっくりするくらいの下手な嘘だ。来夢すごい怪しんでる。
じーっとセリアの方を見てる来夢は、腕まで組んですごい睨むように見てる。
俺は、その間に逃げよう。
「じゃ、俺はこれで。来夢もほどほどにな」
「事情聴取してるつもりじゃないんだけど」
こっちへと睨んできた来夢に背を見せて、自分の教室へと向かう。
俺は彼女達と違って、一般科ではなく科学・化学エンジニア先行なんだ。
だから少しだけ教室が離れているんだけど、まぁこの校舎は広いから大抵はこの一本の廊下に全ての科で一つの学年の教室がそろっている。
噂では特別クラスは別棟に有るとか無いとか、どこかで聞いた気がするけどよくは分からない。
そんなこんなで教室へと足を踏み入れると、何だか今日は皆早いな。
既にクラスにはクラスの大半の生徒が来ていた。
俺はあまりこいつ等が好きじゃない。何というか、ただの馴れ合いで自分の意見ばかり押しつけ。
仲間を作っては、少数派をまるで敵の様に扱う。
だからといって、虐めをしているわけでもないどっちつかずなんだ。
まぁ、こういう奴等はどこにでも、どのクラスにもいるだろうけどね。
無駄な仲間意識は高く、友達が間違った行動やアドバイスをしていても、間違った意見に乗るような奴等。
他者の心を踏みにじっているとも知らずに…………
俺は席につくなり、鞄を置いて頭をぶつける様に鞄へと押し付けた。
力は有るのに、日常で考えるのはそのことばっかりだ。
どっちが悪いでもないけど、人を傷つけるような意見を出している方の味方をしているヤツも同罪だよな。
問題なのは、自分の友人をとって他者を傷つけるか、友人に注意をするか。
だが彼等はそんな事は考えてもいないだろう。心を傷つける者達は、他人の気持ちを理解しようとは、しないんだ。
「はぁ……」
鞄に顔を押し当てて、俯いたままつい溜息が出ると、誰かの足音が近づいてくる。
複数人の足音が俺の方へ近づいてきたかと思うと、俺の近くで止まる。
何だか分からないけど、俺に用事って事かな。
顔を上げてみれば、そこに居たのは俺の学科のいわゆる曰く付きの不良生徒だ。
そんな奴等が四人も来てる。
二ヶ月前に、うちの不良生徒の数人が殺害されたとか、ニュースにもうちの生徒の遺体が発見されてたりしてたっけ。
少なからず何か事件に関わってそうだけど、俺にとっては面倒な連中の一つだ。
「エルディー。リーダーがお前を呼んでる」
「ちょっと待て、何で俺だ」
「俺が知るか」
「リーダーって、三年の女子って噂だけど」
「自分の目で確かめろ」
朝から面倒くさい連中だよ本当に。
それに、わざわざクラスの中にまで入ってこられると凄く目立つ。
俺が着いて行くまで、この四人は出ていかないだろうし、行くしかないか。
立ち上がってみると、彼等は案内するように先に進み始める。
なんだかゲームでよく見るNPCについていく主人公みたいな気分だ。
廊下へと出てそのまま別棟への渡り廊下を通り、あまり立ち入った事のない図書室へと連れてこられた。
俺は学内の図書館は使った事がない。
彼等が脚を止めると、無言で入口の周りで俺の方を睨みつけている。
いいや、ただ見てるだけかもしれないけど、すっごい睨まれてる気がする。
みんな目つきが悪いな。
「後はリーダーと会うだけだ。リーダー以外のヤツが入らない様に俺らが見張る」
「そんなに機密的な事をしないといけないわけ? 聞かれたくない話とか?」
俺がそう言っていると、全員が俺の後ろへと視線を向けた。
わかったぞ。そのリーダーが来たって事だな。
映画とかでよくあるもんな。そういう登場の仕方が好きなのかもしれない。
「貴方達はもういい。この事を忘れて自由にいつもの生活に戻って」
聞いたことのない女声に、困惑しながらも後へ振り返ってみると、一人のブレザー姿の少女が立っていた。
うん。俺の知らない人物だ。
相手の方は、俺を呼んだのだから知っているんだろう。
彼女の言葉の通りに、周りにいた彼等はバラバラに別の場所へと移動しはじめる。
それも、まるで意識が無いようにとぼとぼと歩いていく。
もしかしなくても、意識操作系のアビリティーか何かだ。
肩までの長さの髪を揺らして彼女が俺の横を通り過ぎて、図書室のドアを開く。
「さぁ入って。貴方に話があるの」
名前すら知らないのに、彼女は自己紹介も無しに誰もいない図書室へと入っていく。
ゆっくりと足を踏み入れてみれば、ブラインドが閉じられて、薄暗い空間が広がっていた。
以外にも、この学校の図書室は広いな。
二年目にして初めて入ったかもしれない。
そのまま彼女は近くの読書スペースのテーブルに腰を下ろして足を組んだ。
マナーがなってないな。
「ドアと鍵を閉めて。聞かれたくない話だから」
言われるがままにドアを閉めて鍵をかけた。
振り返ってみれば、すごく偉そうに腕まで組んでいる。
不良グループのリーダーが、噂通り女子高生だったなんてな。
「それで、俺に何の話がある?」
「アビリティーについてだけど、良い情報を持ってるの。戦う超高速ヒーローさんに、それを知らせたかった」
「知ってるのか……」
「ま~ねぇ。この学園内で誰がアビリティーなのかは把握しているつもりだから。 それにこの学園はその為のあるんだし」
霧坂学園がその為に? アビリティーの為にって事かは分からないが、彼女は色々と知っていそうだった。
その知っている情報を全て言うつもりはないんだろう。
「で、要件は?」
「ある居酒屋で働いていた子の遺体が、川で発見された。でも彼女は平然とその次の日に目撃されていたのよ」
「死人が生き返ったって言いたいのか?」
「違うわ。遺体はちゃんと警察側で扱ってるみたい。それは貴方の仲間の刑事さんに聞いた方が分かるんじゃないかしら? これ、写真ね」
そう言いながらブレザーの中から一枚の写真を取り出して、俺の方へと向けてきた。
にしても、夏になろうとしている時期なのによくブレザーだな。
後一か月もすれば、どんどん暑くなっていくのに、彼女は涼しそうにしている。
俺がその写真を受け取ると、そこに映っている女性は見覚えがある気がした。
「この人、俺も見覚えある」
「ニュースでも出てたからあたりまえだけど、とりあいずこれと同じ顔がまだ街で歩いているから、五徳市をくまなく探して」
「捜したら、君にどんな得がある?」
「ソイツは私にも化けていた。面倒だからさっさと捕まえてくれないと困るのよ。よろしくね」
要望を強引に押し通されて、気が付くと彼女は名前すら名乗らずに鍵を開いて廊下へと出ていく。
何だかよく分からない人だが、アビリティーによる犯罪の予感がするのは、俺もたいだい分かった。
彼女が言いたかったのはつまり、人が他の人間に姿を変えて活動しているって事なんだろう。
今日も帰宅後は忙しくなりそうだ。
出ていく彼女の背を目で追って、写真を片手に、自分も図書室を出る事にした。

 丁度放課後になった頃、俺はそそくさと高校の校舎から出て高速で移動する。
誰にも見られる事なく素早く動き、大通りを一気に駆け下りて、途中の住宅街の小さな道を更に真っ直ぐ進むと自分の家の倉庫へと駆けこんでいった。
いつも通りの一日を終えて、裏の一日が始まる。
そこには美鈴とジャニスの姿があり、既に主力メンバーである美鈴はそこにいた。
「美鈴。仕事がある」
「……なに?」
「死亡したはずの女性が目撃されたらしくて、その人物を探してほしい」
「ん~、わかった」
俺が取り出した写真を見せると、美鈴はその写真を手にとってからデスクの上に置いた。
その写真を横から覗き込んできたジャニスは、ペンを片手に左手でくるくると回しながら見つめている。
何とも興味深そうにしているジャニスが、不意に俺の方へと振り向く。
「死んだ人間が歩いてたって事は、不死身な能力を使うアビリティーかい?」
「いいや、遺体は警察が回収したらしい。 こういうのは東条さんに聞いたが早いと思うけど、おそらく遺体とその同じ顔の人物は別人だと思うんだ」
「まったくの別人……んー」
何か考え込んだ様に目を細くしてから、デスクから離れていく。
美鈴はというと、既にPCで何か作業をしてキーボードをかたかたと扱っていた。
小型のペン型レーザースキャナーを片手に持って、写真をPCへと読み込んでいく。
まるでダブルオーセブンみたいな秘密アイテムだな。
俺もそういうアイテムが欲しい。指輪型麻酔針とか、ライター型スタンガンとかね。
まぁ持っていても使う機会はなさそうだけど、ロマンだ。
ジャニスは色々と考えている様にして、両手を頭に当てて歩き回っているかと思うと、唐突に振り返ってきた。
「細胞が相手のDNAを記憶しているんじゃ?」
「……そういう理論は本人を見つけたが早い。彼女……または彼が、五徳市 定木区の駅に入ったみたい」
さっき写真を渡したばかりなのに、もう見つけたみたいだ。
流石は美鈴というか、機械設計や機械の操作は素早い。
俺はその言葉を聞いてからさっそく出かける事にした。もちろん超高速でだ。
言われた場所の方へと急ぎ、コスチュームを入れた鞄を片手に、音速で街中を駆け抜け。
風よりも速いスピードで、風を発生させながら立ち並ぶ建物達を掻き分ける様に避けて移動していき、その移動していくエルディーの位置情報は、美鈴のモニターに移されている。
俺からは見えないけど、彼女は見ているんだ。
駅の影までたどり着いて急停止し、物陰から駅の周辺へと出て辺りを見渡していく。
iPhoneを取り出して美鈴へと駆けて、通話がつながると言う。
「今どこにいるか分かるか?」
『駅から出て……右手のタクシー乗り場』
言われた通りの場所へと、普通の速度で走り自分の記憶の中にある人物の顔を探していく。
移動しながら人の顔を一人ずつ素早く確認すると、見つけた。
「おいっ 待ってくれ」
彼女へと向けていった言葉に、目を丸くしたかと思うと、その場からそそくさと走り出す。
俺が追っている事を知っているかのように、俺と逆方向へと逃げていく。
まるで誰かに追われる事を知っていたみたいだった。
直ぐに俺も走り出す。もちろんふつうのスピードでだ。
凄まじく走りにくいけど、どうしたものか。
「美鈴。次までにマスクか何か作ってくれないか? キャプテンアメリカみたいなヤツをさ」
『……考えとく』
素っ気ない返事がiPhoneから聞こえて、俺は通話を切ってポケットへと入れ込んだ。
もう面倒だ。一目なんて気にしてても何の意味もない。
この街にはアビリティーの一人や二人、紛れ込んでいてもおかしくない。
途中までふつうに走っていた俺は、唐突に力を使った。
辺りに白色の光が瞬いたかと思うと、タキオンの粒子放射の後に音速状態から彼女の前まで一気に移動した。
目の前で立ち止まり、急に現れた俺に彼女は面倒くさそうな表情をして、俺の顔を見る。
写真に写っていた人物。ニュースでも遺体で発見された人物を同じ顔の人間がそこにあった。
「君は何ものなんだ」
「貴方が街を駆けるソニックブームなのね」
話を変えようと俺の事を話し出した。
それもこんな公共の場で、そんな事を話してたら色々と、まずい。
スマホを取り出す人達の姿を超スロー空間の様に見える俺の感覚の中で、考える有余は沢山あった。
俺の出した結論は、この場から離れること。
この女を連れてね。
彼女の腕を掴んでから、再びスーパースピードで駆け出しその場から瞬時に立ち去る。
空気に振動を起こし風を発生させて、開けた場所から人気のない通路へと彼女を連れてきた。
「……ほんとに速いんだ」
「それで、君は何者なんだ。亡くなった双子の姉か妹がいるわけじゃないよな?」
「私が本物で、彼女がドッペルゲンガーだから殺した。って言ったら信じてくれるかしら?」
「冗談ならいらない」
それなりに真剣な表情でそう言うと、彼女は不適な笑みを浮かべた。
この状況でのその笑顔は、とてつもなく不気味だ。
本当に姿を変える能力が使えるとして、それが光の屈折を操って姿を変えているとするなら。
以前、二ヶ月前にあった連続殺人事件。噂だとレーザーを使う異能力者だったと聞いた。
今で言うところのアビリティーだ。それと同じ様に光を操られると、光の速さで攻撃される。
いくら俺の速さでも、光の速さの攻撃を至近距離で回避することは、きっとできない。
表情から不安を感じているのが分かったのか、彼女は唐突に後ろへと駆けだした。
路地裏から表通りへと向かう彼女の姿に、俺は急いで追う。
通りへと出てみれば、そこには色々な人が行き来している中、さっきまで見ていたはずの女性の姿は無かった。
辺りを見渡しても、もう既に無駄の様に想えた。
本当に居ないんだ。

 数分くらい歩き回っただろうか。
逃げられてしまった彼女の姿は、既にこの区では見つけられずに、ただ只管歩き回っただけ。
姿を変えられたとすると、もう見分ける事はできない。
辺りをいくら見渡しても当然見つかるはずもなかった。
街中を人々が歩き進んでいく姿が、延々を見える。
そんな中に一人の知り合いの姿が見えた。
セリアだ。
「セリアっ」
彼女の方へと駆けよると、6月も後半に突入しようとしているのに、珍しくゴシックロリータファッションで歩いていた。
俺の声に気が付いた彼女が、こっちへと振り返り視線を向けてくる。
眉を寄せて変な表情で俺を見あげていた。
「セリア?」
「あぁ 大丈夫。えっと、どこかに向かってるの?」
「アビリティーを追ってたんだけど、見失ったんだ」
「そうだったの」
「美鈴も今例の地下室から手伝ってくれてる」
「例の地下室、ね」
そういえば、アズマのいる屋敷の方とは正反対の方角なんだけど、何の用事でここに来たんだろうか。
何か個人的な用事でもあったんだろうし、プライバシーまで足を踏み入れるのもね。
「俺は一度戻るけど、セリアはどうする?」
「それじゃぁついて行こうかな」
今日は、アズマの所には行くつもりがないのだろうか。
朝に合った時とも様子が違うような、というより。何かが、違うような。
特に思い出す事もできずに、二人で俺の家の方まで向かう事になった。
近くのタクシーを呼び止めて、後部座席に二人で並ぶように乗り込んでから向かい始めた。
外に出てまで、あまりタクシーを使うタイプじゃないんだけど、まぁたまにはいいかな。
既に夕日になって、空はオレンジ色と暗い青色が交じっていた。
こういうのはずっと見ていても飽きないけど、自然のつくる風景は直ぐに別の姿へと変わっていく。
空の色は数分もすれば夕日が沈むにつれて変化していくんだ。
タクシーが俺の家へと到着する頃、まだ夕日は完全に沈むことなく、空と同じ様に街中を綺麗な色に覆っていた。
黄昏時と言われる時間なだけあり、この時間帯の風景が好きな人は多いかもしれない。

 家へと到着してタクシーの料金を払い終えると、先に降りていたセリアの横へと立ち並んだ。
何だか少し不安気にしている気がしたが、太陽の光で表情が見えにくい。
俺は彼女横を通り、先に倉庫へと入り込むと後ろをついてくる。
地下室へと降りる為のドアを暗証番号を打ち込んでロックを解除し、現れた階段を使って下へと降りていく。
俺が進むとセリアも同じ道を後ろから追ってきていた。
いつもの光景、いつもの場所に、階段を降りきってみれば美鈴がPCモニターの前で椅子に座ったままクルクルと回っている。
両手でマグカップを持ったまま、デスクの脚を蹴って何度も回る。
「美鈴ごめん。見逃してしまったんだ」
「大丈夫……期待、してなかった」
「ひどいな」
ソファーの上に鞄を置いて、美鈴の方へと歩み寄ってみれば、モニターには色々な場所の監視カメラ映像が映っていた。
PCが勝手に早戻しの状態で探している。凄いな。こういうのはドラマでしか見たことがない。
「何か対策とか、あったりしないか? 今回は色々と、いつもと違うタイプのアビリティーだから」
「細胞を調べないと……何とも、言えない。能力の抑制なら……何かしら、作れるかもしれないけど。内に生物学者はいない」
そういえばそうだけど、美鈴はそういうのに詳しそうなのに、薬品なんかは作れないのだろうか? と思ったが何も言わなかった。
今までエンジニアとして俺のアイテムを制作してくれてたんだから、あまり頼みすぎるのもね。
ゆったりと色々考えていると、セリアが歩き進みながら、俺達の後ろへと立った。
モニターを覗き込みながら、モニターの方へと視線を向けている俺と美鈴に言う。
「姿を変える女を探してるの?」
「あー、あぁそういう事」
丁度監視カメラから映像の中から、写真の女性の姿が映った部分が割り出されて、その五か所の映像が再生された。
姿を変える前の姿から、相手の目の前で姿を変える少女の姿が映っている。
相手の姿に成りすます為に殺したって事なのか?
でもどうして死体がこんなにも見つかりやすい場所に……
後ろから迫ってくる気配に、ふと振り返った瞬間。ナイフを持ったセリアの姿が視界に映る。
何がおこったのか気が動転したのと同時に、更にそのセリアの背後からジャニスが現れ、テイザーガンのトリガーを引いて、セリアへと電流がバチバチと流れ込んだのが、姿を見ていて分かった。
放心状態の俺の目の前で、ゴシックドレス姿の彼女は倒れこんだ。
「……え?」
「見て分からなかったのかい。 コイツはセリアじゃない。彼女は姿を変える女と言ったが、知らないはずでは?」
「たしかに」
「それに、セリアは右利きだ」
ジャニスはそう言いながら、倒れているセリアもどきの方へと視線を向けていた。
その左手にはナイフが握られている。
ゆっくりと、倒れているセリアの姿をしている人物へジャニスが能力抑制の為に手錠を付けて、ナイフを奪った。
手に取って短い刃をじっくりと見つめて、ソレをデスクの上へと置いてソファーへと直行していた。
ソファーに腰を下ろしたジャニスは、足を組んで随分と馴染んでる。
「エルディー君。彼女、または彼を訊問しよう」
「どうしてさ。東条さんに引き渡した方が……」
「ここまで来る理由があったかもしれないのではないかと、思ったんだ。わざわざここまでついて来る理由がない」
ジャニスは気になる点を突いてきた。でも確かにそうだ。
逃げるならいつでも逃げられたのに、セリアの姿の状態では、俺から逃げる事はなかった。
それに、彼女は美鈴の名も知っていたとすると、少し答えが見えてきそうだ。
美鈴の方は心当たりがないみたいだけど……
モニターに向かって、何か過去のデータを引き上げている美鈴。
自分勝手というかマイペースというか、美鈴も言葉を放つ。
「わかった……二ヶ月前に、アズマと会ってる異能力者。元フェボという組織のメンバー」
「ほぉう、やはり知り合いか。でないとここまで来るはずがない」
ジャニスは一人で興奮気味にそう言った。
「わかった。それじゃぁ、東条さんが来る前に訊問の準備だ。言いだしっぺがやってくれよ?」
「いいだろう。訊問の心得は多少ある」
楽しそうにそう言いながら、足早にロッカーの一つを開けて中からアタッシュケースを取り出していた。
既に小道具が用意さしていたいたいだ。その、訊問用のね。
それにしても、人の姿へと変わる変身能力か。
初めて見るタイプのアビリティーだけど、本当に姿かたちはセリアそのものだった。
もし、ここに来るのを目的として計画されていた事だとするなら、全てを教えてもらう必要がある。
その理由が聞ければいいけど。
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