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国内唯一の男 Ⅱ

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 セリア・ユーエン女王が国民に新法令を配布してから数時間後、皇太子アートは宰相が待つ部屋へと向かっていた。
 アート・ユーエン、国では見かける事のない黒髪で格好次第では女子でも通る整った顔立ちの青年だ。
実際に数時間前までは女子として11年間過ごして来たのである。
文武両道と言われるにはまだ早いが、努力は惜しまない器の大きい人物である。
ただ優しい故に押しに弱い所もあり、友人のクリスやエマなどに振り回される事が多々有るのも事実である。
 
 今日は学塾か・・・オニキス先生は知りたがりだから煩そうだなぁ

「失礼します」

 アートが学問部屋に入ると既に全員揃っていた、当然の事ながら勉学などする気のない興味に満ち溢れた視線を浴びたのだった。

「えーと・・・母上が驚かしてしまった様ですみません」

アートは深々と頭を下げる。

「そんな、頭を下げないで下さい皇子様・・・うふ」

「オニキス先生、皇子は恥ずかしいですから何時もの様にアートでお願いしますよ」

「かしこまりました・・・うふ」

「クリスとエマも言いたい事は沢山有ると思うけど、話し方や接し方は変えないで欲しいのだけど良いかな?」

「分かったわ」

「どうしましょう・・・?」

「頼むよエマ」

アートはエマに両手を合わせてお願いするのだった。

「アート席に付いて下さい、今日クリスとエマは授業に成らないと思うので説明をお願いできますか?」

「もちろんですよ・・・あははは」

 自分は表舞台に出ないで世界を冒険出来る様にと、母のセリアから様々な知識を叩き込まれ育って来た事。
今回の決断が急であり、アート本人も伝えられる前であった事などを正直に伝えた。

 きっと今回の事情は、オニキス先生が一番気に成ってたのだろうな・・・。


 ジェナ・オニキス、ゾネス皇国の宰相でありアートとクリスにエマ3人の教育者でもある。
歳は母である皇女セリアよりも上で、腰にも届く髪にメリハリのある体型で眼鏡を掛けており、一見キツそうに見えるが基本身内には優しい性格である。

 クリス・オウエン、騎士団長であるナタリア・オウエンの娘で性格は母親譲りの男らしさがあり、頭で考えるより先に言葉の出る事が時折見かけられる。
非常に明るく3人の中では先頭を走って遊ぶタイプである。
父も騎士であり、セリアの付添で国を離れた時に身籠った娘なのだ。

 エマ・ハリエル、魔法団長の娘で母が身籠った時期は2人と同じく、セリアの護衛で国を出た時である。
非常に頭が良く魔法の覚えも早い、3人の中ではいたずらを考える時など彼女の案が採用される事も多い、小柄で少し愛想の無い感じだが生まれ付きであり本人は機嫌が悪い訳では無い。
肩まで伸びた髪の中で左側だけが長く三つ編みにして纏めてる事が多い。

「・・・と言う訳で僕・・・いや俺?が知ったのも最近だったのですよね」

「陛下と産婆さんしか知らないとはね」

「本当よ、アートが男だったなんて驚きよ、ねエマ?」

「ふざけてるわよね、男なら胸が無くて当たり前じゃない」

エマは自分の胸に手を当てながらアートの胸を直視した。

「もしかしてエマさんは怒ってます??」

「別に怒ってないわよ、胸なんてあっても邪魔なだけだしね!」

クリスは黙ったまま後ろへ向いたのだった。

「はいはい3人共席に着いてね」

微妙な空気をジェナが取り払う。

「それでアートは、この先どうするの?」

「予定通り来年からアカデミーに通い、卒業までに男性でも過ごしやすい国に成るよう整備に協力して行く事に成るかな」

「それも大変ね」

クリスは裏表の無い表情でアートに同情するのだった。

「おまけに卒業するまでには婚約者を見つける様に言われたんだよね」

「こ、婚約者?」

ジェナがアートの前にかけよるとクリスが間に入って静止させる。

「ジェナ先生は陛下より年上でしょう」

「この国には婚姻に年齢差の法律は無いからね、あはは・・・はぁはぁ」

「先生落ち着いて!」

クリスが必死に止める所に、エマが水魔法を頭からお見舞いしてやっと騒動は収まったのである。

「もう・・・先生のせいで私までびしょびしょじゃない」

文句を言うクリスからそっと視線をそらすアートだった。

「なるほど、アートが時折顔を赤くして視線そらす時が有ったのは知ってたけど、そう言う事だったのね」

「エマは突然何を言い出してるのかな、かなぁ?」

アートが急に頬を赤らめた。

「なになに?どう言う事?」

エマはクリスにコソコソっと耳打ちをすると、顔を真赤にして透けてるブラジャーを手で隠すのであった。

「見てないから、誤解だ~」

アートは頭を抱え悶えるのだった。

「アカデミーに進学するのは分かったけど、あそこは全寮制だったはず」

「俺も寮に入る予定ですよ」

「え?」

「・・・」

クリスとエマが複雑そうにアートを見つめる。

「当然ですよ、何れはアカデミーに通う男子が多く成りますからね」

「いや駄目でしょう、24時間もアートを守るのって無理だわ」

「無理無理」

クリスの言葉に同意して頷くエマ。

 あれれ? 何で守って貰うの前提なんだろう?

「えーと、特に守って貰う必要は無いよ」

「アート、少しは2人の気持を察して上げなさいよね」

「気持ちですか・・・?」

「クリスとエマはアートを取られたく無いのよね?」

「んん?」

何を言ってるのか意味がいまいち分からない・・・。

「これから貴方達も大変そうね」

『そうですね』

同時に溜息を付く2人であった。

「何気に全寮でアカデミーに通うの楽しみなんだよね」

「な、何を!」

「エッチ」

同時に後ずさる2人を尻目に、純粋な笑顔で語り続けるアートであった。

「クリスやエマは何を言ってるのかな、俺は王城でも自由じゃ無かったからなんだけど・・・」

「ああ・・・あはははそうよね知ってたわ」

「・・・そうね」

 俺って余り歓迎されて無いのかな?

顎に手を当て首を傾げるアートと顔を赤くして俯く2人を見比べて、今度はジェナが溜息を付くのだった。

「3人共、何かあったら遠慮なく相談しに来なさいね」



 一ヶ月後、サラスタ帝国政務室では現王ベリック・サラスタ6世と宰相であるグレイ・ケイスがゾネス皇国に付いて話していた。

「グレイ、そなたはゾネスの件をどう見る?」

「そうですな、あの国で男女共存と成れば働き手は増え、国力は増加すると思われます」

「ゾネス皇国は独自の文化や技術を持っておる、そこでだ来年皇太子がアカデミーに入るとの情報が入って来てるのでな」

「陛下わかりましたぞ、我が帝国の末娘であるティナ様を留学させたいと?」

「可能だろうか?」

「あの国は何処の国とも同盟を結んでおり、帝国も例外ではありませんので可能だとは思いますぞ」

「頼めるだろうか?」

「かしこまりました、上手く陛下の思惑通りに進めば帝国の跡目争いも3人から2人に成り、ゾネス皇国とも更に深い繋がりが出来ますな」

「ティナにも良い事だろう、噂では女人と並んでも引けを取らない美しい男と聞いておるからな」

「左様ですな」

こうして後に帝国の姫殿下はゾネス皇国アカデミーに通う事と成るのであった。


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