おっとっとオンナ

shibuya RIKO

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おっとっとオンナ

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 渋谷璃子(しぶやりこ)
28歳OL、見た目は中の上。
まぁどこにでもいる少し気が強いタイプのオンナ。
結婚したいけど、まだ働いて好きな事したいしって
そんな事言ってたらもう28...おっとっと
 
  〔 30目前おっとっとオンナの物語。〕
 
  彼氏は人並みに居たわ、3人 。
私って気が強くてすぐ上から目線で話しちゃって、
彼も初めは優しくしてくれるけど
「イラっとさせる天才だよね~」ってソレが放たれると終焉の鐘が鳴る。
「璃子ってさ、本気で人を愛した事があるの?」って
コレが放たれた時には既に焼き付いたエンジンの臭いがする。だいたい決まってこうである。
そんな恋愛しか出来ないけど、仕事もソツなくこなしお給料もそれなりに貰える年齢になり、自分を磨いたり買い物したり何となくだけど不満もなく、このままでいいと思っていた。
 
  まずそうね、基本的に私はブランド好き。
休日になると自分のためにお金を使い
美容室に行き女を磨く。
美味しいと聴けばチェックLISTに仲間入りさせ
片っ端からランチ合戦。
ある程度自分のランキングが決まっていて
TPOに合わせ食事のセッティングなんか凄く得意。
また休日を迎えると、いい匂いのオイルを髪の毛に馴染ませ、ブランドものを買い漁る。
洋服にバッグ、時計、アクセサリーなどなど・・・
ある時はストレスに任せて買っていると
買いすぎ注意の警告音が脳みそで鳴り響くが、買ってから後悔しよう!っていう訳のわからない強い意志が現れるから厄介。好きなブランドのショッピングバッグを抱え歩くのがステータスって顔でカツカツ歩いて家路につくのだ。きっと、どこにでも居る普通のオンナ。
周りから見れば仕事のできる気の強い女。
何でも1人でやっちゃいそう・・的なね
勝手に人はそう位置付ける。しかーし実際のところ渋谷璃子という人間は、ネガティブシンキング極まりなく
おっとっとなぶくぶくオンナ(お風呂の中で口の上まで浸かりブクブク~ってする女のぶくぶく)なのである。
 
   例えば男、似たり寄ったりの歴代彼氏達。
ここまでっていう立ち入り禁止の領域を勝手に作り
薄っぺらくお付き合いしてきた彼氏達。
そりゃそーさイラっとさせる天才に本気で愛した事があるのかと問われる筈さ、わかっちゃいるがこれが私!
って強制的に耕すのが、強制終了しちゃうのが渋谷璃子のやり方だった。

そうやって付き合うものだから、
破壊癖も相俟って突然お別れを私から告げる。
いつもそう。だいたいそう。
あ、精神的な破壊で、突然真っ白にしたくなるそんな破壊癖。だから付き合う相手は自分から終焉の鐘を鳴らすのだけど、突然の私からの通達に
クエスチョンマークな煮え切らぬ顔で去って行く。
   そして女友達、浅く広くとか深く狭くとかよく言うけれど、親友と呼べる人が何人いるか?って尋ねられたら、、脇汗出る自信あり。ありあり。数少ない友人と深く付き合ってるとか言えばカッコイイのかもしれないけど、ハイ!たくさんいて、薄~い仲の友人ばかりでーす!って声を大にして言うしかない。これが自分が築いてきた成果なんだと思うとグッタリなる。
ここまで来れば私がネガティブシンキングである事が浮き彫りとなり、今既に顔マッカッカなのは想像がつくだろう。
 
  おっとっとぶくぶくオンナ、
毎日ゲラゲラ笑ってゲラゲラ泣いているのです。
 
1/16
今日もなんだかんだ終わり、疲れたなぁ~経理の鈴木
くそったれ鈴木、いつかやっちまうと心に決めた日。
(イライラ)数字を指摘されてチクチク嫌味、
無視したけどもうグーがでそう。
堪えろ!リコ!ゔぅーーーー。
まぁ明日も頑張るしかない、
自信ない!ある訳ない!
ワッショイ。
 
こんな私が毎日続けてる日記、
ネガティブ過ぎる内容と恨み辛み過ぎる日記を残し
将来どう処理しようか悩み出すくらいぶくぶくしてる
28歳の冬、もう直ぐ29歳の鐘が鳴る。
   前に書いた日記で酷いのがあったな・・。
何月だったか、あれはそうそう、コレか。

8/25
お昼に食べたケバブにアタッた。まじか・・
ありえんだろ
2度と行かんわコンチキショー!LISTから外れました。チーン。
 


いやいや、こんなのはどうでもよくて話を戻すと私の
28歳ってザックリ言うとこんな日々で、
何の旨味も苦味も持ち合わせてはいなかったんだ。

2/13
はぁー1日が長い、あー長い。今週末リサからご飯誘われた。がっつり食べて飲んで楽しんでくるかな・・・
少し肌荒れしてるから、疲れてんの~?とか絶対言われて、確実に根に持つしな。。そんな事より、
最近よく会うあの人・・・なんだかな
ドクンってした気がしたのは気のせいか?
気のせいだ!(笑笑)
 
   

29歳目前のおっとっとオンナ璃子は、運命の人に出逢うとも知らず、相変わらず薄っぺらい関係性の中でぶくぶくしながら過ごしていた。
   
私ね、絶対誰にも言えない楽しみがあるの、仕事終わって家に帰るとブワッーっと着替えて、コンタクトだと目に髪が入るとイラってするから、髪の毛を全部上にあげてゴムで団子にしてパラパラしないようにするのは必須!末端冷え性の私は両足に3枚ずつの靴下を履く。
もうコレしないとずーっと寒い。女は冷やしちゃダメよ!っておばあちゃんいっつも言ってた。
そして何より愛して止まない〔綿入りチャンチャンコ〕なかなか最近見かけない代物。
どこで手に入れたかは内緒。オレンジ色でデッカい牡丹の花が散りばめられたチャンチャンコを着るんだ。
この暖かさは最強。
来客あっても絶対居留守決定なこの姿こそが万全体制なのだ。これで今宵もお楽しみの時間が始められるし、
なんせ落ち着く。
缶カンの梅酒とサラミ(カルパスの方)これをコンビニで買う恥ずかしさったらないが、この組み合わせはやめる自信がないとはっきり言える。梅酒片手にビデオを観たり、ネガティブ日記書いたりするんだ。たまに火がついちゃって弱いくせにデロンデロンになりたくなって敢えて呑み過ぎたりもする。デロンデロンでも更に悩み出し悔やみ出すお酒は、良いお酒とは言えないが、
これが唯一私の楽しみなのである。
そりゃもーやめられない。
         
おっとっとでぶくぶくなデロンデロンオンナなのだ。
   
最近ランチLISTの中でもハマってるお店に通ってるんだけど、飽きるまではソコかなってくらい今はハマっているんだ。お店でよく会う男の人が居てね、始めカッタイ靴でガン!って蹴られ、イヤ当たったんだけど、
わざとか?イヤ偶然だよな、
それで「失礼!」って言われた時の瞳が印象的な人。
でもね、たまたまドライアイでコンタクト出来なくて眼鏡だったから、垢抜けない璃子な日でさ、神様ってイタズラするよね~って常々思ってたんだけど、
やっぱりイタズラなお方でさ・・
蹴られた男の人は感じからすると歳上だと思う。
スーツ姿で、でもギチギチの会社員みたいなスーツじゃないの、崩して着る感じも緩ーく着こなしてる感じも、小慣れた人なんだと思う。
気がつくとその人の事を考えてる。胸のトコの社章をガン見したけど全く見えなかった事や、(チキショー眼鏡)ゆるーくパーマのかかったオシャレ七三分けのつむじを探してみたり。
どうやったらまた会えるだろうかと考えた時にこのお店に通おう!と潜在的に決めたようだ。
それがどういう訳でこのような思考回路を辿ったのかは不明だが、ココのランチは美味しい!ハマった!
通おう!っていう思考に切り替わったと言える。
人間とはおもろしいもので、スーパーポジティブシンキングとスーパーネガティブシンキングを両脇に抱え、
秒殺で繰り出される感情に振り回されながら生きているのだと実感させられる。
 
2/29
目が合った!蹴られた七三男子と目が合った。
視線を逸らせなくて5秒?7?イヤ10秒、ん?
もっと短かったのか、3びょう・・?
閏年に目が合った!
4年に1度ー!いや、わけわからんから日記まで。
あー好きかも。でもどうせすぐ終焉の鐘が鳴っちゃうしなぁ

3/1
今日は会えなかった、そろそろハンバーグ見たくなくなってる・・でもさ行ってしまうのね。会えなかったしね、連続で会えるわけないよね。そうだ!横のオヤジがちょいちょいクピッ、クピッって変な音出してさ、
ゔーってなった。喉か?喉からか?
どこから鳴るんかあんな音、不思議だ。あー肌もくすんできたし、ビタミン注射でも行こうかなー
神様!蹴られた七三男子に会いたいのです。
よろしくどうぞ。
はぁ~寝るか
 
   

これまでの似たり寄ったりの男性達との出逢いと何かが違う事、何となくわかってはいた。でもまた同じ結果になるのだろうと何処かで思っていたのも事実。
本気の恋なんて愛なんて、そんなものはない!って言ってのけちゃう、そう!私は渋谷璃子なのだから。
         
結果こうなるのだ、、
いつからこうなったのか、おばあちゃんが言ってた
「可愛げのある女になりなさい」と。
可愛げ。かわいげのあるおんな。調べてみた。
1.ノリが良くてほぼほぼ笑顔 2.相手に劣等感を与えない 3.警戒心がない 4.相手を立てて気遣いが出来る 5弱みを見せられる

解答
1.イラっとすると顔に出るよね 2.すぐ上から目線で言っちゃう 3.ありあり。犬で言えば血統書付きドーベルマン ワン。 4.あーーー 5.強みしか・・ほー、散々だ。

おばあちゃん亡くなって何年も経つというのに、
この課題は成し遂げていないし、
今まさに可愛げのない女真っ盛りだという事も理解できない璃子なのさ。めでたい女、ワッショイワッショイなのだ。
   経理の鈴木はイライラ大賞だーって言いながら、ハンバーグランチをまた食べに来たんだ。今日もやっぱり居ないなって思って、オーダー済ませてからトイレに向かうため席を立ったの。
小さいお店の小さなトイレ、一気にドアを開けると、
あの七三男子(蹴った人)が今まさに真っ最中・・
思わず、わぁ!って声が出て、
何故かその後に「居た!!」って言っちゃって、
慌ててドアを閉めようとした瞬間、
七三男子が体半分斜め後ろに傾けた格好で、
こっちを向き「君も来てたんだね」って。てーー!
会話しちゃった、あんな場所で・・。仁王立ちで立ってる後姿は背中が広くて大きくて、不思議なんだけど男性として見てる自分に気付くんだ。
席に戻った私はあきらかに動揺していた。
心拍数上昇+耳までマッカッカだったのは言うまでもない。そこに七三男子が来て言った

「最近よく会うよね」

「今日は来てないのかと思ってたけど、
あんな所で会うとはね」(ニコッ)

そう言った後、璃子の伝票を掴んで帰っていった。
   席に座って七三男子が来て話し始めたあたりから
金縛り状態だった様で、3分から5分時が止まった。
我に返り、ハッとした。ご馳走してもらった事と、
彼が言った「今日は来ていないのかと思った」という言葉の信じられない様な気持ちとで、ぐちゃぐちゃになっていた。あの何分かの出来事は璃子にとって途轍もなく重たいものだった。
一言一言を噛み締めながら頬張ったあのハンバーグの味は、決して忘れない。

3/20
話せた!話せた!ゴチになった!んーどこから書けばいいのか、七三男子トイレでばったりからの会話&伝票持去り。あー文才の無さに笑けてくる。あ!ご馳走してもらったのにお礼も言ってない・・・最悪、人としてありがとうは当然だ。
何やってんだあたし・・反省!
てか、どうしよう(泣)
 
この日記でもわかる様にグズグズグズの助の如く悩みまくり、ぶくぶくしまくった挙句、お礼を兼ねてご飯に誘う事を決めたんだ。午前3時の決着だった。

   月9ドラマじゃないんだから、道端ですれ違うとか映画館で偶然隣に居たり、スクランブル交差点のど真ん中でばったりとか、お嬢さん落とされましたよハンカチ~
とか、んな事はある訳もなく、会う事も無いまま3月が終わろうとしていた。お仕事も送別会やら何やかんやと忙しくしていたのもあるが、もう会えないのかもしれないと言う不安を抱えながら、それでも諦めずハンバーグランチをひたすら食べていた。お店のスタッフさん達には完全に覚えて頂いてる様で、いつものやつ!でオーダー出来るまでになった。
下を向いてお店に入ると「いらっしゃいませぇーーーーえ」って目の覚める声にビクっとして苦笑いする日々が続いています。はっきり言って自分がここまでする人なんだって改めて知った。でもね、お礼しなきゃって、
それまでは通うんだって決めてるの。
 
 
4/16
わわわ~璃子遂にやったった!来たーハンバーグに来たー。ゆるーくパーマの七三分け来たー。ニコッてあれが奴の手か、あれで落とすんか!はぁーたまらん。
髪切っててサッパリしてたな。目を見れなかったな。
目の下あたりを見て(そこが限界灘)
「ありがとうございました」ってちゃんと言えたけど、
なんかプルプル子鹿みたいに震えたー。
25日(金)ハンバーグ屋19時  
24日(18時半)美容室予約する。

 
こんな日記じゃ訳わからないので解説しますと、お昼になり璃子はいつもの様にハンバーグ屋さんへ行く、
そこに会いたい人が居たのだ、ご存知七三男子である。『居た!』ってまずなって、一気に沸点まで到達した体の水分は、毛穴から湯気となって出て来た。
耳まで真っ赤に茹で上がった璃子は「いらっしゃいませぇーーーーーえ」の声でビクッとした後、彼の席に行き
「こんにちは」ってこんな小さな声が出るのかってくらいの微声で話しかけたんだ。
そして「どうぞ」って言われたけど座れなくって、
とにかくお礼を言ってなかった事を詫び、
ご馳走させて頂きたい旨を話したと思うが、めちゃくちゃな文言だったはず。あまりの興奮に、途中どう話していたのか凄く曖昧なのだ。どうにか約束を取り付け、
アレだけ得意なご飯のセッティングさえも出来なくて、選りにも選って「ココでご馳走させて下さい」って言っちゃって、またハンバーグって、おーい・・
どんだけハンバーグ好きなんだと思われたよね。
だけど彼は笑顔でOKしてくれた。
彼の事になると可笑しな事が、こんなんじゃなかったって事が次々に起こるから不思議である。
そうやって何とか七三男子とおっとっとオンナ璃子は初めてご飯を食べる事になったのだ。
この日からの日記には何を話そうかと思い悩み、
聴きたい事を箇条書きで書いては消し書いては消しを繰り返し、ぶっくぶくオンナへと進化を遂げていた。
そして辿り着いた答えはNO PLANで行こう。
そう決めたようだ。

      その日は着々と近づいていた。
 
   美容室に予約を入れていた24日を迎えた。と言う事は、彼に会う日は明日となる。
仕事帰りに行き着けの美容室に寄り、
カラーリングとトリートメント+ヘッドスパ・・
盛り盛りだ。スタッフさん、「何かあるんですか?」
ってバレバレのコース。またまた耳までマッカッカコース。一気にやるもんだからかなり時間が掛かるのだけど、昨日くらいから完全に浮き足立っていて、宇宙遊泳状態・・フワフワしているし、髪に薬剤を塗っている間のよくある世間話にも「ほーん」って謎の返事を返し、脳みそでは明日のハンバーグ屋さんでの妄想がエンドレスで繰り広げられていた。
考えてみれば、男性に会うからとこんなに時間を割く事も、その人の事ばかりで日常もままならん事も、有り得ない事だった。自分の時間を取られた様な気分にもなり、七三男子に振り回されている自分を認められないでいた。人を本当に好きになると制御不能でアンコントローラブルに陥るんだと初めて知ったんだ。
おばあちゃんが言ってた「女は男の持ちようだ!」
まだまだその事を理解するのは難しいけれど、男の持ち方、男によって女はどうにでもなる、変わるんだという事が少しわかってきた気になった。
まだデートもしてないのに、持ってもいないのに、
付き合う以前からこんな気持ちになるなんてね。
すーぐ悪い鐘を鳴らしちゃう璃子だけど、
この人は何か違うと確信していたんだと思う。

 
明日は笑顔で行こう。そう決めたんだ。

 
   とうとうその日が訪れようとしていた。朝方寝付いた璃子は羊を1080匹数えた辺りで失神した。眠らないと肌が荒れちゃうんだとそればかりが気になり、なかなか眠る事が出来なかった。
明日のコーデも夜中まで迷って決めた。春コートに合わせるものをあれでもないこれでもないと、まさに恋乙女。お気に入りのショップの新作ワンピースに春コート+ルブタンで纏まったようだ。お風呂ではお決まりのぶくぶくで散々妄想し、イメトレし、ボディソープはいつもの3倍を要した。
   25日は朝から確実に浮き足立っていて(そりゃそーであるだって七三男子との約束の日だもの)仕事で珍しくミスをしてしまったのだ。選りにも選って今日、、
こんな日に・・。
経理の鈴木と遣り合いながら解決に当たったが、
今回ばかりは全て私のミスである。
ミスがミスを呼びあっぷあっぷしていた。
上司に呼ばれ「らしくないぞ」と叱られ、
何とか今日のうちにリカバーするように言われたんだ。
予定では18時で上がって有料パウダールームでゆっくり準備をし、完璧な璃子で七三男子と会うはずだったのに・・。
時刻は19時半を過ぎていた。
何とか終えて、洋服が入っている袋を握り締め会社を出る。服も着替えず、メイクも直さず、
制服のままとにかく走った。20時になろうとしていた。
連絡先を聴くべきだったと嘆きながら、
叫ぶように走った、、

      サイアクダーーー

   息を切らしハンバーグ屋の扉を開き、七三男子を捜す

「どこだ」「居ない」「あー」

何処にも居なかった。スタッフを捕まえ聴くと、
ずっと待っておられたが先程帰られたと言うか言わないかのタイミングで素早く予約をキャンセルして店を飛び出してあたりを捜した。
居るわけがないし、完全に終わったんだと確信した。
溜め息しか出なかった。
ほら、これが終焉の鐘の音だ!もう鳴った!ってそんな事を考えていた。髪もメイクもボロボロだしこんな姿見たらドン引きされるんだからってまた変な意地っ張りが顔を出そうとしたが、瞬殺で握り潰した。



 
「会いたいよ・・」

               小さな声で呟いた。


その時だった、持っていた服入り袋をガサッと取られたんだ。

「大丈夫か?」って言う七三男子が居た

「居た・・」って言った後、璃子は言葉にならず涙が溢れた。

「お腹すいたな」って言いながらただ優しく彼は笑い
2人で歩いた。どこかお店に入ろうかという事になり
彼が知っているお店を予約してくれそこに向かった。
 

   ご飯屋さんに着いた。個室に通され入ると、センス良く飾られた空間があった。飛行機に乗った時、耳がキーンてなる様な、山なんか絶対登らないけど登った時になるキーンに似た状態になっていた。滅多に走る事のない私が突然走ったからなのか、会えないと思っていた人が突然現れたからなのか、一筋縄で説明つかぬが仕事の
ミス以降の一連の出来事により今耳がキーン。
違う違う、今はただこのひと時を楽しもう
このひと時を刻もう、
そんな事を考えていた様な気がする。
2人は時が過ぎるのも忘れて話をした。仕事のミスの事、
会うために考え抜いた服を着れなかった事、
羊を数えた事、そしてお礼もせずに硬直していた訳を
一気に話した。途中、酸素吸入器が必要なくらい必死で話した。会えて良かったと素直に言えた。
今日の私は間違いなく可愛げのある女だ!「おばあちゃーん、なれたよー!」と声を大にして、声高らかに言ったか言わないかは置いといて
私達2人はゲラゲラ笑い、そしてモリモリ食べて飲んで互いの事を初めて知り、互いの心を初めて知ったんだ。
 
あまりにも楽しく時間は過ぎていった。
ふと時計を見ると終電の時間が迫っている事を知る。

『ここから心の声』
どうすんだ?こんな時間だぞ!帰らなきゃいかんだろ?やだ、帰りたくなーい、無理ー!
どうすんの?教えてー。せっかく会えたのにまだ聴いてないことばかりしかも連絡先聴かないとこれから連絡つかないじゃん!
もしかしてこの人一発屋?そのつもり?どのつもり?
こんなニコニコして楽しいのか?何とか言えー。
まぁ、ボディソープ倍増してきたし、勝負下着だし、
純白だし、覚悟決めるか。あーー終電、すーぎーたー。
 
「そろそろ行こうか」の声で稲妻が走る。そして思い出す、何のために誘ったのか、そうだ!ご馳走して頂いたお返しご飯だった。慌てた璃子はとっさに「ここは私が払います、ハンバーグ屋さん行けなかったから・・」と伝えたが、お会計は既に終わっていた。お礼にお礼を重ね、団子みたいに丸くなった璃子であった。

   彼はタクシーを止め、行き先を告げる。
璃子の聴き間違いじゃなければ「恵比寿の・・・ティンホテルまで」と言ったんだ。
キャーーだよね。そして心のど真ん中でガッツポーズだよね。タクシーは走り出し、私の鼓動も走り出した。
もう止まらない。

『心の声』
・・・ティン⁉︎
泊まるの?今日の今日?お泊まり道具ないよ、
大人ってこう?
あーなるの?どーなるの?
するの?しないの?するーー!
初めて会った日にこうなると軽い女って思われるじゃん
いいもん!いいの?いい!するーー。したーい。
ヤバイ、、
着くぞッ。
 
その後、2人は愛の行為を始めるのだ。渋谷璃子と言うオンナは気が強く上から目線で言っちゃうし、可愛げなんてないし素直になれないプライドの塊の様なオンナだった、これまでは・・
しかし、この七三男子と出逢い、その塊がジワジワと溶け出していくのだ。すぐに鳴るはずの鐘も鳴らない、
焼け付いたエンジンの臭いもしない。これまでには無い可笑しな事が起こる、ソツなくこなして来た仕事をミスする、心ここに在らずになる、常に20センチくらい浮いてるんじゃないかってなる。言い出したら止まらない程の変化を知ることが出来るのだ。
 
「璃子は本当の恋をしたんだな・・・」
彼の腕の中でそんな風に想いながら、彼の体温を感じていた。白い肌から流れる汗を彼が全部吸い取るように愛してくれた。こんなエッチ・・あったんだな、
素直にそう思った。
いつまでも合わせていたいと思う肌と肌だった。
  七三男子は私を自宅まで送り届けてくれた。
最後まで目を見れなくて、彼が見ていない時はガン見するんだけど、やっぱり目が合うと逸らしちゃうから、
K点越えたオデコあたりを眺めていた。
帰り際に堅く握手をしたんだ。胸が熱くなった・・

        『 好き 好き 好き 好き 好き  』
 
心の中で叫んだ。
きっと、もう全身マッカッカだったと思うんだ。
タクシーは七三男子を乗せ走り出す。
何も考えられず、立ち尽くしていた。
そうやって25日という忘れられない1日が終わった
その日の日記は大変だ。
帰り着いてそのままベッドにダイブするくらいクタクタだったのに、日記だけは書きたくて
忘れたくなくてさ、残したくて
書いたのさ。

25日(正式には26日午前2時)
今日という1日が夢じゃない事、真実だって事、今のこの気持ちを素直に書いてみたいと思う。眠くてぶっ倒れそうなんだけど、これだけは残しておきたいんだ。
色々あり過ぎた25日、溢れかえっているものを鎮めながら思い出しながら書くぞ。仕事のミスでご馳走出来なかったハンバーグ、それどころか逆に美味しいご飯をご馳走して貰っちゃった。
着替える事もメイクも出来なかったけど、会えただけで幸せと思った。これまでは本当の自分を隠してきたし、本当の自分を見せる相手にも出逢ってこなかった。
それで満足だと思ってた。それでいいにしてた。
だけど、伸太郎さんと出逢い本物を知れたよ。
ずっとビョーキの破壊癖がいつ顔を出し、ぶった斬りたくなるかってソワソワしてたけど、
でも全然顔出さないんだな(不思議だなぁ)あー、
なんか調子出ないな。何時ものネガティブ日記が乙女日記へと変化しつつある。毎日書いているのに今日の日記の背景は真っピンクに見える。とうとう狂ったか!
伸太郎マジックか?一発屋か?
イヤイヤ、まだまだわからんぞー
このまま連絡なければ一発屋だ
あー、だんだん灰色に見えてきた。
ネガティブ璃子に戻ったな
今日はおばあちゃんの名言を出すのはやめておこう。
追伸 神さまありがとう。今日会えました、幸せでした。
またよろしくです
寝まーす。             (ハートマーク)

26日
今日はお休みと言うのに何にもしなかった。気付いたらお昼、ご飯食べるの忘れていて胃痛が知らせてくれた。
昨日の事が頭でぐるぐるしてる。キスってしたっけ?
ぎゅーってした時右手何処だった?髪の毛撫でてたなぁ
あんな時ってお腹減らないんだな(通常時カレー500g完食可能)てか、伸太郎さん何してんだろう・・
元気かな、元気だよな、私?元気なーし。あ!そうだ、結局昨日もご馳走して貰っちゃったんだからお礼の
メッセージくらい送らなきゃな!
そーだそーだ!送ろう!
 
27日
昨日返事こなかったな、しかも既読にもならないし。
まぁ忙しいのかな、だけど楽しかったなぁあの日。
今度こそは私がご馳走しなきゃおじいちゃんに叱られる。義理人情に厳しい人だったから許さんだろうな。
でもよく考えたらドラマみたいだった・・
遅刻&すれ違い、からの出現に璃子涙。
こりゃ月9決定だー!
わーい。
 
28日
はぁ、疲れたぁ。リサとご飯してお喋りしてきたぞ。「何かあったの?変わったし、携帯ずっと見てるけど」って言われたー。慌ててツイッター気になっただけと言ったけど、何だかバレた気がするぅ。綺麗になったって言われた。(テレ)
肝心の伸太郎さん!メッセージ見てないし・・
どうして?
何かあったのかな・・
何だか最近1日が長いな、今日は早めに寝よう。
おやすみやさい。
 
29日
あれ?来ないけど?やだ。やだやだ。やっぱりメッセージ既読にもならないし、連絡無しだ。
でもさ、まだ4日目だもんな・・ 
こうやってすぐ焦っちゃうからダメなんだ。
騒がす焦らず慎ましく、でしょーが!でもねでもね、
もしかしてもしかすると、もしかするのか?
やはり一発屋か!?もー泣く、それなら泣く。
これまでとは違うんだもん、信じたい・・
あの日が嘘じゃないって事を  あーめん。
 
   あれから1週間が経っていた。
璃子の熱は醒めるどころか益々増すばかり。
しかし、伸太郎からの連絡は無かった。お得意のネガティブ思考が、元麻布あたりの風に乗って有栖川公園にて独り遊びし、もう目の前まで来ちゃってる感覚。
このままなら今夜はお風呂ぶくぶくが決定されます。
伸太郎という男性に翻弄されている事を実感ぜずにはいられない。やっぱり私は、おっとっとでぶくぶくなネガティヴァーバラバンバンバンだー!もはや末期である。
 
5/9
今日もお疲れ様、危なかったけど何とかミス回避
あれからどうしたものか、ミスする5秒前がわかる。
そう!研ぎ澄まされているみたいだ。
着信2秒前のムッっていうアレもわかる。
だけど伸太郎さんからはムッって鳴らない。
明日は29歳の誕生日。最後の20代だー。
何だかなぁ・・『連絡ちょーだい、ずっと待ってるから』って心でしか言えない。
もうだめかな、折れそう。遊ばれちゃったんだなきっと。あれから2週間だもんな、、
流石に変だよな(涙)神様なんか居なかったぁーー。
なーむー!
 
   今日は29歳の誕生日、いつもだったら気にせず自分のためのご褒美とか言ってバッグか時計かを買って終わる位の1日だけど、今回ばかりは誕生日という今日に拘ってしまう自分がいた。
1日仕事を頑張って、帰りの電車で携帯を見つめていた。
なんの変化も無し。
・・・・・

あの日の自分の言動を思い返していた。悪い所があったのだろうか、基本的に遅刻して待たせた事が致命傷だったのか・・
優しい人だから楽しく過ごしてくれたけど、次会う事は伸太郎さんの中では初めから無かったのかもしれないな。そう考えると、落ち込み通り過ぎてイライラしてきた。やっぱり一発屋だったんだの強い意地っ張りさんの登場です。カラダを弄んだ事になるじゃんさんも現れた。帰りの電車の中で1人そんな事を考えながら、
今日は梅酒とカルパスとチャンチャンコ(暑いけどチャンチャンコ)もう、これで決まり!朝までグデングデンコースと堅く決めたのだった。
電車を飛び出しコンビニでマッカッカになりながら、
梅酒とカルパスをたらふく購入する。
(だって朝まで呑み明かすんだもん)今日はあたりめも付けとこう。家に入るとブワッーっと着替えいつものお団子頭にして、短パンTシャツそしてチャンチャンコー!5月にチャンチャンコ(どんな季節もチャンチャンコ)捨てられない縫いぐるみとかタオルとか、
その類い。匂いとかも落ち着く的なね・・ 
買ってきた物をテーブルに広げた。「イッテキマース!」謎の発言の後、ひたすら飲んで食べて食べて飲んだ。初めは痩せ我慢による笑顔により、まぁ無理はあるが楽しくTVにツッコミ入れたりしながら過ごしていたのだか、時と共にお酒も廻り始める。
寄せては返す波のように、シンの太郎が浮かんでは消え、消えては浮かびそして、脳みそのど真ん中に椅子を置きドスンと鎮座した。そうなると連絡も来ない今の状況を嘆き始め、悔やみ始める。「こんなに好きにさせといて、どっかいっちゃうなんて、サイテーだ!」
泣き始めたかと思えば、口にカルパスが何本入るか大会を始めたりカルパスで〈シンタロウ〉って書いてみたり、シダバタしていた。そんな璃子をよそ目に伸太郎からの連絡が来る事は無かった。
 
〔ここから、お見せできない様な醜態を晒すので閲覧注意と致します。〕
そっからの璃子は狂気が顔を出し始める。
弄ばれたんだと、連絡くらいしろよと、
メッセージくらい見ろよとのたうち回り、まさに被害妄想の塊と化していた。そのまま化け物になるんじゃないか、イヤ、もうコレはおっこと主である。
璃子の肉声をお聴き頂こう。
「うらみーーまーーすぅーー」(歌)
これ誰の歌だった?知らん!伸太郎?知らん!!
知るかー!なんで?メッセージまだ見てないじゃん、
嫌いなの?言えばいいのに卑怯だよ。
「私はココですよー!渋谷璃子はココですよーーーだ」アホンダラが、もう知らん。
 
もう見てはいられない状態に出来上がった璃子は、1人泣いていた。突然何を思ったか、梅酒を流し台に全部捨て始めたのだ。そして、着ていたチャンチャンコをびりっびりに破いていく・・。泣きながらもう忘れようと、
これが最後のヤケ酒だと・・
明日からは笑おうとそう決めたくて、大切にしていたチャンチャンコを破いたんだ。
家の中はチャンチャンコの綿や布が散乱していた。
散々喚き散らし泣き散らし落ち着いたのか、
スッキリしたのかは不明だが、冷静になった璃子は彼に電話をしようと決意する。一言バカヤロウって言ってやろうと思っていた。携帯を手に取ると、
伸太郎の番号を出し呼び出した。
プルルルル・・プルルルル・・プルルルル・・

「もしもし・・」


「璃子か?」


 
携帯から伸太郎の声がする。璃子は一瞬息を呑んだ。
繋がった事による安心感と、今まで何故連絡も無く私の事を放って置いたのかと言う怒りとが一気に押し寄せてきた。心の中の感情を分析してみよう。【安心感】VS【怒り】一本勝負大会を開幕してみる。圧倒的勝利で怒りに軍配が上がった。そうなるともう手が付けられない、心配していたんだよから始まり、遊びだったんでしょ!イッポンくらい電話くれてもいいじゃないって、
止まらぬ怒りをぶち撒けた。
彼は何も言わず、ただ聴いてくれていた。この2週間の想いを思いっきりぶつけた。そして、ぶつけるうちに泣いて 泣いて、言葉にならなくなっていた。
最後に振り絞る様な声でこう言った
「破いちゃったじゃんチャンチャンコ、アレおばあちゃんの形見だったんだよ。大事にしていたのに・・」
すると彼は、「今成田なんだ、待ってろ」という言葉を残し、電話が切れた。
 
彼がタクシーに飛び乗ると同時に、璃子は興奮冷めやらぬままお風呂に飛び込んだ。
ぶくぶくしながらまず、彼が元気で居てくれた事に安堵し、嬉しくて泣いた。あんなに怒っていた私を放って置いた事や、連絡もしてくれなかった事がなぜか何処かに行ってしまっていた。【怒りVS愛情】3対5で愛情の勝ち。もう一発屋でもいいと(ダメだけどね)元気で居てくれたらいいという、心の底から湧いてくる様な想いを、ぶくぶくしながら鎮めていた。子供が肩を揺らして泣く様に、璃子の肩もカタカタ揺れていた。どっちかと言うと〔愛したら負け〕と思ってきたタイプだったから、もう大負けだけど負けてもいいから愛したいと思う人は初めてだったんだ。そして璃子は一言呟いた。

「愛してる・・」

立ち込める湯気に包まれた声は、優しく消えていった。
 
インターホンが鳴った。伸太郎である。
アワアワしている璃子はTシャツに短パン+お団子頭である。そりゃ慌てる筈だ。しかし既に遅し、仕方ないからバスタオルを頭から被り扉を開けると、スーツ姿にでっかいキャリーバッグを持ち、爽やかな笑顔で立つ伸太郎が居た。恥ずかしさ通り越し目が座り始める。
あまりの光景に夢なんじゃないかとさえ思う。
(まるで恋愛小説だ)下を向く璃子に伸太郎が言う。

「ただいま」

「中には入れてくれないの?」

「璃子?    どうした・・?」

その言葉を聴いた瞬間【怒りVS愛情】が開幕され、
6対4で怒りが勝り始める。プチンと何かが切れる音がした。ただいまじゃないでしょー!人の気も知らないで、もう終わったのかと思って、心の整理してたんだよ。
全然メッセージも既読にならないし、
連絡来なくて不安だった。仕事なら仕事だと言わなくてごめんね、と言うべきだったんじゃないの?
この目見て!腫れてるでしょ、
これ泣き腫らした目ーー!
もうぶっさいくで笑える。
笑え!嫌い・・信じられない、信じられるわけない、
そう捲し立てる様に怒鳴る。段々堪えていた涙が溢れ言葉に詰まりながらも必死で話す璃子。
「おばあちゃんのチャンチャンコ、バラバラになっちゃったじゃん・・」

そう言うと、へたり込み泣き噦った。
伸太郎はへたり込む璃子の体をそっと抱き寄せ


「ごめんな」「心配させちゃったな」  

泣き噦る璃子をぎゅっと抱き締めた



「璃子・・」震える唇で優しいキスをした
ふたりの時間は静かに流れた。
 

そして2人で笑いながらバラッバラのチャンチャンコを
片付けながら、璃子はふと思った。こんな時間に家まで来て貰って疲れているだろうし明日も仕事な筈だろうと、なのでもう安心した旨を伝え、お帰り頂こうと気を遣い始める璃子に伸太郎は「お土産」と言い、綺麗に梱包されたリボンが付いた茶色の箱を出したかと思ったら破き始めた。(ソレ、普通私が開けるよね?まぁいいか)中から取り出した物を腕に付けてくれた。

「俺だってずっと璃子を想っていたんだ、時計好きだって言ってたから、コレに決めた」

「誕生日おめでとう。」

伸太郎は誕生日も、時計の事も、璃子の事もちゃんと覚えてくれていたんだ。ずっと想っていてくれていた事をその時知った。

5/10
伸太郎さん海外出張から帰り、腕時計初プレゼント!
きゃっ。成田からお家まで飛んで来てくれた。
もうね、何も言えねぇー。
こんなに満たされた感覚、初めまして。
沢山ありすぎて日記書ききれないよ。
でもさ、恋もしたし愛も知った、
可愛げも出て来たし(ねぇ、おばあちゃーん)
きっと経理の鈴木にも明日からは優しくなれるんじゃないかと、20センチ浮きながらではあるが、
そう思います。恋って素晴らしい。
人間性までも変わる気がしてくるから不思議だ。

 
6月に入り、ゴールデンウィーク明けで身が入らないのか、伸太郎とのあんな事やこんな事で身が入らないのかは定かでは無いが、経理の鈴木にも優しく言える様になった璃子は、毎日ソツなく仕事をこなしていた。
ある日の事、知らない番号から着信が入っていた。
仕事で出られない為、残されていたメッセージを聴く。「こちらは東京都立広尾病院です。矢野伸太郎さんより依頼を受けてお電話しております。メッセージを聴かれましたら、折返し田中までお電話下さい、失礼します。」病院?なに・・ 突然のメッセージに震える。
すぐに折返し電話をした。
伸太郎が事故に遭い、救急搬送され命には別状無いとの事だった。璃子は思わず飛び出した。ただただ心配で張り裂けそうだった。どうやって病院まで行ったのか、
はっきりとは覚えていないのだ。ただハンバーグ屋へ遅刻した時に同じ様に走った記憶と重なり、泣きながら走った事だけは覚えている。
   病室に着くと静まり返る空間の中、右手右足をぐるぐる巻きにされ、天井から吊るされている伸太郎が居た。顔にもキズがあるのか、保護シートみたいなものを貼られていた。こちらを見て照れ臭そうに笑う伸太郎に駆け寄り、「馬鹿、何やってんの・・」ってまた泣くもんだから「大丈夫だよ」って伸太郎が言う。
そして、傷だらけの手をとった。
私に連絡をしてくれたこと一生忘れないからと心の中で叫び、その手を握った。
溢れ出る涙を流しながら・・・
伸太郎は安心したように、そのまま眠りについた。

6/20
顔のキズ、体のキズはだいぶ綺麗になってきたな。
骨折部分はまだかかるみたいだけど、
命があってよかった。(神様ありがとう、あ!神様うまくいっております。言ってなかったけれど・・)
しかし、看護師さんが包帯をぐるぐる巻きにする手捌きは見事だ。イヤ、私達も負けてはいない。考えてみよ、トイレでのあのトイレットペーパーを巻き取る行為、
あんな素早い動きは中々出来ない。一瞬で良い塩梅の量を抜き取る手元って・・あー、また負けず嫌いが出て来た。そうだ、明日は林檎を買って来よう。
それにしても伸太郎さんスヤスヤ眠ってるな
(入院15日目)そろそろ帰ろうかなぁ~
 
   そして1ヶ月が経ち、嬉しい知らせが舞い込む、伸太郎の退院の知らせである。とはいえ、日常が不自由となった為、伸太郎の身の廻りの世話をした。半同棲状態となったのは言うまでもなく、璃子は伸太郎宅から仕事に行く事も徐々に増えていった。
その後、伸太郎はようやく全快しようとしていた。
その数日前の『璃子日記』をお読み頂こう。

8/25
伸太郎さん、もう随分元気になって私が居なくても何でも1人で出来る様になってきたな。
ほぼ同棲状態になっちゃって、どのタイミングでお家に戻るねって言えばいいの?
(このまま治らなきゃいいのに・・)あー、バカチン、縁起でもない。嘘です!ウソウソー。可愛げ通り越して、エゴイスターになり始めてる。
ダメだ、おばあちゃんが泣く。
 
(神様、早く良くなりますように・・)

 
危うくエゴイスターになりかけたが、無事伸太郎は全快した。璃子は「おめでとう、本当によかった・・」と言い、伸太郎の部屋に置いていた荷物を纏め始める。
何かこれ以上言うと泣いてしまいそうな事わかっていたから。黙ったままパジャマ、歯ブラシ、洋服、メイク道具を用意していたバッグに詰め込んでいく。
その手を伸太郎が掴むと、こう言った。

『ずっとここに居てくれないか?』 詰め込んでいた両手を取り璃子の瞳を見つめた。
K点越えたおでこ辺りを見て「ちゃんちゃんこ買ってくれたらいいよ」って、何故か嬉し過ぎて心にもない言葉が出たのだ。伸太郎は大声で笑いながら、璃子の頰に伝う涙を拭った。
 

   それから2人はカップやお皿、枕やラックそれに大きなベッドを耳までマッカッカになりながら選び、揃える日々が続いた。ひと通り揃いネガティブ日記がショッキングピンク化し、ラブリー日記に変わった頃、伸太郎は大きな袋をくれたんだ。何?と言う私に、見てごらんと笑っている。中にはオレンジ色のチェックのちゃんちゃんこが入っていた。「コレ!」って興奮する璃子に、
奥からお揃いなんだと青のチェックのちゃんちゃんこを持ってきた。思わず走り出す璃子、行き先は下にあるコンビニだ。梅酒とカルパスを2倍買うんだ。
始まりの乾杯をするのだ。そして、おばあちゃんの形見だったちゃんちゃんこが伸太郎から贈られ、
伸太郎と璃子2人だけのちゃんちゃんこになったんだ。
 
      




部屋には似付かわしくないちゃんちゃんこを着て
梅酒で乾杯をした。
 



璃子     「あ、鐘の音が聴こえた」
 


伸太郎   「ん?鐘?」
 


璃子     「うんん、何にもない」
 
      



璃子は今はっきりと聴こえたんだ、
暖かくて膨よかで優しい鐘の音が・・
    
                                                               



                                                                                       おしまい。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

shinichi matuda
2018.04.04 shinichi matuda

shibuya RIKOさんの作品が好きです。
小説も絵本もまさしく『唯一無二』と主張する
作品ばかり。
その中でこの小説は映画化やドラマ化して欲しいと
願います。
女性が生きていく中で本音をオブラートに包まなくてはならない世の中を批判めくことなくサラリと書きつつ、本音自体は日記を記していく。
強い女と弱い女の二面性を見事な描写で情景や表情まで読者にイメージさせるところは秀作だなっとただただ同じモノ書きとして嫉妬する作品です。

一日も早く映像化されますことを祈ります。

解除

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