メイドな隊長戦記・1 ~異世界に転生してメイドな隊長してたら、魔人が現れました~

桜梅桃李

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序章 メイドな隊長

第1話 メイドな隊長

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 涼し気な風が吹く、昼下がりの平原。
 木陰に立つ少女のスカートがふわりと舞う。

 そう、スカート。
 彼女が着ているのは、メイド服。
 頭の上にはホワイトブリムまで完全装備だ。

(前の人生じゃ、スカートなんて縁がなかったのにねー)

 スカートを無意識に押さえながら、メイド服の少女は、そんなことをぼんやりと考える。
 異世界転生までして、今やこれが制服なのだから、人生とはわからないものだ。

(おっと、今は仕事仕事)

 少女が、頭上へ声をかける。

「クレア! 豚頭鬼オークの群れの状況は!?」
「えーとね」

 街道沿いに生えている木の上から、女性の声が返ってきた。

 声の主――枝の上に腰かけたクレアは、少し先の森の方角を見つめている。
 森の音を拾っているのか、頭の上では三角の耳がしきりに動いていた。

 頭上の耳、そして極浅ローライズのショートパンツとシャツの隙間から伸びる尻尾。
 特徴的な耳と尻尾は、クレアの種族である猫人カットスのものだ。

リーダー豚頭鬼将オークジェネラルを、マリアたちが無事倒したみたい。残りが森から逃げてくるよ。数は――二十」

 下にいる少女には、何も見えていない。
 だが樹上のクレアは、その猫人カットスの聴力、そして斥候スカウトとしての一流の能力で、森の内部を正確に把握しているようだった。

(森の中で、リーダー含めて半分減らしたかー。マリアたち、さすが)

 今回の作戦で、森の中へ入ったマリアの班は四人。
 その人数で倒した数もさることながら、生き残りを漏らさずこちらへ追い立てたマリアの的確な指揮に、少女は感嘆を禁じ得ない。

「ルックア! 生き残りが全部出てきたら、予定通りにやって!」
「了解」

 応じたもう一人が、枝の上に立ったままうなずく。
 メイド服の少女と同じく小柄なミニスカートの少女、ルックアだ。

 尖った耳が物語るとおり、彼女はエルフ。
 永遠に老いることのない種族とされ、その無表情な横顔からは、年齢の気配がまるで感じられない。

「ルックア、全部まとめていけそう倒せそう?」
「一発じゃ無理。散らばりすぎ。魔法の火球ファイアーボールに変える?」
「この辺り一帯が焼け野原になって、森まで火事になるからダメ! 作戦通り、中団を狙って。後尾は追撃してるマリアたちに任せる」

 少女はそう言うと、腰に差している双剣を抜いた。

 あえてもう一度言う。
 の少女は、を抜き放った。

 そして視線を森の方へと向けたまま、隣へ声をかける。

「サイカ。先頭は、わたしたちでやるよ」
「はい。承知しました」

 隣に立つのは美しい黒髪の麗人――サイカ。
 彼女は、軽防具に似つかわしくない片刃の剣《カタナ》を手に、どこか余裕を感じさせる微笑を浮かべてうなずいた。

「「「ウッゴオォォォオァォッ!!」」」

 前方から、オークたちの上げる声。
 だがこれは、いくさたけときの声ではない。
 逃げ惑うオークたちの――悲鳴だった。

「始める」

 少女の頭上で、ルックアが魔法を発動。

光奪う重力の檻カルケル・グラウィターティス:ルーケム・アウフェレンス

 ルックアの声が響いたその瞬間だった。

 草原へ飛び出してきたオーク二十体。
 その、ど真ん中で。

 漆黒の半球が、ドームのようにオークの群れ中央を覆う。
 それは一瞬のうちに縮小し、点となり。

 ――すべてが、呑み込まれた。

 直後。

 ゴォッ!

 空気が消失して真空となった場所へ、周囲から強烈な風が流れ込み――

「「「ギ、ギャアァァーーッ!!」」」

 外縁にいた数体のオークが巻き込まれ、風の渦に飲まれていった。

「うわっぷ」

 それより離れた位置にいる少女たちも、髪やスカートがはためくほどの風にあおられる。
 巻き上げられた砂が混じった突風の中で、少女は顔をしかめた。

(うへぇ、ジャリジャリ。これ、帰ったら怒られるやつだぁ……)

 空気の流れが止むと同時に、砂と草の臭いが強まる。

 あとには、半球状にえぐられた地面。
 巻き込まれたオークたちは半球の底へ叩きつけられ、無残な姿をさらしていた。

「ヒ、ヒギィアァーーーーッ!」

 魔法の外縁から辛うじて逃れられたのは、十体ほどだろうか。
 そのオークたちがパニックに陥り、草原を駆けてくる。

「……」

 その進路上に立ちふさがっていたのは、メイド服の少女。
 手に持つ双剣の研ぎ澄まされた刃が、陽の光をキラリと反射する。

「ガアァッッ!」

 足を止めることなく、オークの一体が棍棒を振りかざした。
 小柄な少女を、その勢いのまま一撃で吹き飛ばすつもりなのだろう。

 だが。

「遅いよ」

 左手の剣で棍棒の軌道を反らしつつ、少女はわずかな動作で横へと回り込む。
 そして、体勢を崩したオークへ、右手の剣による鋭い一閃。

「ひとつ」

 崩れ落ちる影を背に、次へ。

「ふたつ」

 やはり一閃で命を絶たれた次のオークはそのまま数メートル走り抜け、崩れ落ちる。

 それを視界の隅で捉えつつ、また次へ。

「ヴオオォオ!」

 倒したオークの後ろから、三体目が突っ込んできた。
 だが――。

「ォオ……オ……ぉ」

 オークは急に足をもつれさせると、棍棒は空を切り、少女の目前で倒れた。

 オークはもう、動かない。
 その背には、すでに分厚い身体の深部まで届かんとする、袈裟懸けさがけに切られた大きな傷があった。

「終わりました」

 倒れたオークの背後にいたのは、サイカ。
 手に持つ刀をピュンと振ると、その軌跡に沿ってサイカの横の地面に、赤い線が引かれた。

「ふうっ」

 オークが動かないのを確認し、少女は双剣を腰の鞘へ納める。
 戦いの緊張を解いて、サイカにニッコリと微笑んだ。

「おつかれさま。わたしが二体倒してる間に、五体かー。さすがだねー」
「ありがとうございます。といっても、一瞬で十体も始末したルックアにはかないませんが」
「えへん」

 少女は、ルックアの魔法が発動したあたりへ視線を送る。

 漆黒の半球と同じサイズにえぐり取られた地面には、突風に巻き込まれて命を失った何体ものオークの死体。
 漆黒の半球に取り込まれて消えたオークも含めると、散開して逃げてきた群れの半数が、あの一撃で斃《たお》されていた。

 樹上で胸を張るルックアに、少女は「さっすが流石!」とハンドサインを送る。

「マリアたちの方は、どうかな?」

 穴の向こうへ視線を向けると、こちらへ向かって近づいてくる複数の人影。
 その中の大剣を担いだ人影が、樹上に向かって叫んだ。

「ルックア! おまえ、もっと加減しろよ! こっちまで巻き込まれかけたじゃねーか!!」

 叫ぶ人影は、大剣を肩に担いだ女性だった。

 面積の少ない服。
 刺青が刻まれた褐色の肌に流れる汗が、戦いの余熱を帯びて光っている。

 彼女の格好スタイルは、女戦士アマゾネスと呼ばれる種族固有のものだ。

 その彼女の背後から、声がかけられる。

「まあ、そういうなカーラ。ルックアの魔法の精度は、おまえも知っているはずだ。間違っても、こっちに当てたりはせんさ。今日みたいに、おまえが指示を無視して突出しない限りは、な」
「うっ、それは……」

 痛いところを突かれてぐうの音も出ない女戦士アマゾネス――カーラの肩をポンと叩いた女性は、次に樹上を見上げ、簡潔に聞く。

「そっちは何体だ?」
「十七~」

 カーラたちの背後には、三体のオークの死体。
 合わせてちょうど、二十だ。
 それは、森から逃げてきた数と一致する。

「よし」

 クレアからの報告にうなずいた女性は、メイド服の少女の前に立ち、姿勢を正した。

「隊長、オークの殲滅を確認しました。味方の損害はありません」

 彼女はマリア。
 部隊の副隊長である。

「うん。おつかれさま」

 副隊長のマリアに『隊長』と呼ばれた少女が、返す。

 そう。
 今ここでオークの群れと戦ったのは、女性ばかりで構成される特殊戦闘部隊。
 メイド服を着た少女は、その隊長なのだ。

「よし、制圧完了! ってことで、後片付けして帰るよー」
「隊長、帰ったら一杯やらねーか?」
「残念だけど、帰ったらティア様の部屋の掃除しなきゃなんだよねー」
「あいかわらず、お忙しいんですね。せめて帰りの馬車は、わたくしの膝を枕にしてお休みください」
「えー、それアタシがしたーい」
「しなくていーからっ」

 まもなく収穫祭を迎える季節。
 高く澄みきった空の下で、仲間たちに囲まれて笑うメイド服の少女の名は、レオナ。

 今年ようやく成人の儀を終えたばかりの、メイドな隊長である。
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