転生奴隷チートハーレムの後は幸せですか?

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第3話 切腹と火傷

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 荷馬車を降りたカーサは御者に礼を言うと目の前に見えている門を見上げていた。
 十人縦に積んでもなお余りある高さの門をくぐればそこが目的地、後宮だった。
 まったく……
 変に気を使わなくてもいいのにと、カーサは腰に手を当て既に過ぎ去った荷馬車を目で追っていた。あの御者は親切にわざわざ門の前で降ろしてくれたのだが、どうせなら少しくらいは街中を見てみたかったと不満が募る。
 文句を言う相手はもう居ない。長老から伝えられている日時は今日なので、諦めて巨大なバッグを背負うと、カーサは門に近寄って、

「すみませぇん」

 手を広げると共に声を張り上げて存在を主張していた。
 数秒置いてから、門の小窓からひょっこりと覗いていたのは馬の鼻先だった。
 馬種だ、とひと目でわかる。顔が馬ということはミノタウロス族か、その亜族だなとカーサ判断していた。
 動物目《どうぶつもく》は分かりやすくていいなあと眺めていると、目線が向いてその口が動く。
 
「はい、どのような御用でしょうか?」

 低く響く声はやけに艶っぽい。透き通るように臓腑の奥まで震わせる。
 それだけで惚れてしまう人も居そうなほどの美声を前にカーサは一礼をする。

「本日から後宮勤めとなりました、小人族のカーサと申します」

「あーはいはい。じゃあこれ持って大会場に集合ね。地図の見方は分かる?」

「わ、分かりますよ」

 来客では無いことを確認したからか、急に雰囲気が柔和し、筋骨隆々な腕が小窓から生えてきていた。
 その指先に垂れる小さな小袋を受け取ると、木製の門がギシギシという音を立てて開いていた。

「そ、じゃあ頑張ってね」

 ……適当な人。
 こんなところで門番なんてしてないで歌手にでもなった方が余程稼げるだろうにと思いながら、長い口の端を持ち上げて手を振る男性を横目に後宮へと踏み入れた。



 大会場、と言われていたためどれほどのものかと胸を踊られせていたカーサは実物を目にして足を棒にし、しばらく放心していた。

「お、おぉ……」
 
 ようやく出せた声も言葉にはならず、感嘆の息を漏らすに留まる。
 それを一言で言うならば鳥の巣か檻のようだった。地面に無造作に突き立てられた丸太が天の一点に向かってドーム型に積み重なっている。両端は視界に収めるのが困難なほど広がっていて、正面に空いた穴には多数の女性が粒のように吸い込まれていく。
 これより大きな建造物は確かにあるが、これほど大きな美術品は他にない。圧倒的な存在感に目を輝かせ惚れ惚れとしていると、

『まもなく時間です。案内をお持ちの方はお集まりください』

 何処からと響く音声に肩をはね上げる。
 今のは……
 確か拡声器と呼ばれるものだったとカーサは思い出す。
 主上のもたらした技術のひとつで人の声を何倍にも膨れ上がらせ、遠く離れたところから声を届かせる。突然の未知の体験に若干の緊張を顔に滲ませながら、カーサは放送に従って足を早めていた。



 ホールには既に多数の人が居た。
 カーサの村人全員を余裕で収容できるほどの広さの中で、左手側には一段高くなった舞台があり、その手前には背もたれのついた椅子が置かれている。ホールの半分も使われていないが既に何人かの女人が席に着いていた。
 ……どこに座ればいいんだろう?
 強く握った案内の紙に目を落とすが座席について何も書かれていない。仕方なくカーサは前の端の方へ座るしか無かった。
 革張りの椅子は腰掛けると深く沈む。背の低いカーサでは後ろからだと誰が座っているか分からなく見えるだろう。
 村では見たことの無い上等な椅子に居心地の悪さを感じていると、壇上に一人の女性が現れて、

「静粛に」

 はっきりと、通る声が突き刺さる。
 無駄のない、体型が強調される衣服に長く伸びた背筋。まるで抜き身の刀のような雰囲気は同性をも魅了する魅力を放っていた。
 特徴的なのは頭の上に生えた犬耳だ。動物的特徴の少なさから人間種と犬種とのハーフを思わせる。
 女性は目線を下に投げかける。一瞬起こったざわめきも直ぐに鎮まると、形のいい胸を張り、

「よろしい。では皆、立てるものは起立、立てないものは各々の種族での待ての姿勢でいい」

 足のないもの、浮いているもの、不定形。種族によってはどうしても出来ないことがある。それを考慮した発言に一斉に女性達は動き出す。
 カーサも立ち上がろうとしたが、足が浮いた状態ではそれも一苦労だった。ようやく地面に足をつけた時には壇上の女性がたしなめるような目つきを向けていた。
 しょうがないじゃん……
 最後の方だったのだろう。悪いのは椅子だと抗議の目をするが女性は既に顔を背けていた。
 
「私の名前はエメリア。統一王の元奴隷であり奥の支配人でもある」

 その一言で再度ざわめきが大きくなる。
 統一王のことを知っているものならエメリアという名前を知らないはずがない。主上がこの世界に降り立ち四日目に手にした奴隷であり最初の七英雄。以後片時も離れず、その冴え渡る剣技で主上の敵を尽く薙ぎ払う様から付いた異名は暴嵐の姫。また七英雄の中では紅一点のため主上を題材とした演目ではヒロイン役で描かれることが多い。
 少年の羨望の的が主上なら、少女はエメリア様に憧憬を抱く。強く気高く一途で美しい。その存在が目の前に現れたのだから動揺するのも仕方がない事だった。
 その様子を一人冷めた目でカーサは見ていた。
 ……浮かれてるわね。
 興味がないと壇上に目を向ける。エメリアが女性達を一瞥すると、鋭い声で言い放つ。

「先に言っておくことがあるため注意して拝聴しろ」

 有無を言わさぬ問いかけに凍りついたように静まり返る。
 肌を刺すような緊張感の中、

「ひとつ、主上の御子は授かることは出来ない」

 ざわめく。
 事前に匂わされていたカーサですら衣擦れの音を出さずにはいられなかった。

「静かにっ!」

 空気が何倍も重くなったような気迫を込めて怒号が響く。
 流石七英雄だなあと逆立つ毛をなだめながらカーサは思う。周囲からは微かに嗚咽も聞こえていた。
 エメリアは充分な時間を置いてから、こほんと咳払いをしていた。
 そして、
 
「よろしい。質問には後で答えるので黙っておくように。では次、主上の命は絶対である」

 些か誇らしげに言った後直ぐに彼女は言葉を重ねていた。

「しかし、例外として閨を共にするとの話があった場合には、準備が必要とその場では断ること」

 はーい、とカーサは心の中で気のない返事をする。
 先程から下の話しかしていない。長老からも止められ、元々興味のなかった話にどうも熱が入らない。
 しかし周囲の女性は別だった。せっかくのチャンスを不意にするような行為を受け入れられないと厳しい視線を浴びせていた。
 それもエメリアから言われたというのが癪に障っていた。最も主上の近くに居て、最も主上の愛情を受けている相手。誰が正妻に相応しいかという話になれば一番に上がるのが彼女だった。最大の難点は血が濁っていることだが他に正妻が出来たとて、邪魔に思っても主上の一番の臣下である彼女を排除は出来ない。
 だから女性達にはエメリアの行動が政敵を作らないための独裁に映っていた。
 ……クソ面倒くさいわね。
 恋愛ゲームなら勝手にやってろと、カーサはため息をついて足を交差する。
 緊張に殺気が混じる雰囲気に、エメリアはただ笑みを浮かべていた。
 瞬間、先程よりも高く逆立つ毛を構うことなくカーサは足元のバッグの後ろに隠れていた。
 笑っている。喜や楽ではなく、肉食獣が獲物を見つけた時の自奮させるためのものだ。
 身体が小さい種族は危機感に敏感だ。カーサと同じように何人かが逃げの体制をとるために行動する音が響いていた。
 不敬かどうかなど関係がない。粘つく黒い匂いが鼻について離れない。

「失礼。別に取って食おうなどとは思っていない」

 エメリアは手を挙げて静止を促す。
 そして、
 
「これから話すことで気分が悪くなったものは退出してかまわん。またやっていけないと思った時には故郷に帰ることも許す。その際勤めを果たせなかったことで咎めることは無いと主上の名に誓おう」

 一転して雰囲気を柔和させると薄く目を細めて笑みを作っていた。
 何をするつもりなのか。恟恟とする聴衆に向けて、

「よろしい」

 そう一言告げると、衣服を止めているボタンに手を伸ばしていた。
 一つ、また一つと慣れた手つきではだけていく姿は扇情的で、より美しい。意味がわからないと思うよりもその行為に惹き込まれて息を呑む。
 そして、最後の薄布を脱ぎ終えた彼女は堂々とした姿でその場に立っていた。

「ひっ……」

 ひきつけを起こしたような呼吸の音が湧いた。
 
「そ、それは……」

 誰かが聞いていた。カーサは全く耳に入らずにエメリアを凝視していた。
 均整の取れた身体は美の女神のよう。すらりと細く長い手足に適度に引き締まった肉体。腰まで伸びるコルクブラウンの髪は艶を放ち、控えめながらも形のよい胸に、肌は一切の瑕疵を許さない。
 ぽてんと膨れた腹をした小人族にはない神々しさを感じるのに、一点だけ許されざる冒涜を覗かせていた。
 臍の辺りから一直線に下に伸びる刀傷。そして股の周辺を覆う醜い火傷の痕。痛々しいすら通り越しておぞましいそこを、エメリアは愛おしそうに撫でていた。

「これは主上が後宮をつくると決めた時に私自ら行ったことだ。腹を裂いて子袋を抜き、股を火の精霊に焼かせた。理由が分かるか?」

「わ、分かりません」

 目を向けられた女子が上擦った声で答える。
 それを意に介した様子もなく、

「全ては主上の子を成さぬため。ひいては主上の死後、世を再び戦乱にしないために必要なことだからだ」

「主上が死ぬと?」

 別の女子が問う。
 含み笑いを浮かべるエメリアは下弦の月のような目で、

「死ぬ。主上自身も主治医も認めていることだ。それがいつになるかは不明だが死ぬことだけは間違いない」

 はっきりと、揺るぎない意志で述べる。

「かつての戦乱は終わっていない。今は主上の御力のもと静まっているだけ。主上の残した技術により次の戦争はかつて類を見ない程の犠牲を払うことになると国は確信している。そうならないために、死後合議制での統治になることが決まっているのだ。その時主上の御子など邪魔以外の何物でもない」

 エメリアは一息置いて、

「わかったな。これはお前たち氏族長も認めていることだ。軽率な行動、言動は以降厳禁とする」

 かわいそうな仔羊たちはただうなづいて返すことしかできずにいた。
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