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第20話 回想9
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自分でも惚れ惚れするような仕事ぶりに、蒼太は笑みを作る。
あまりに早すぎても変に勘繰られるため、静かになった空間で腰を下ろす。
蒼太の使う魔法は前例がなかった。魔法自体は種族によって使えるものもいるため言葉自体に理解がないわけではない。しかし使えても数個、それもほとんどが周知されているので、やたらと見せびらかすような真似は控えねばならなかった。
……教えられたらいいんだけど。
学問として学んだ結果できるようになるなら話は早かった。しかし蒼太の魔法はチートによるもの。本人ですら原理がわかっていない物を同じように他人に使わせる術は思いつかない。
なので仕事の風景は基本的に誰にも見せないようにしていた。やむを得ず衆人環境で作業するときは、認識誤認の魔法を使って作業をしているように見せるほど徹底していた。
――照明。
蒼太は持ってきていたバッグから本を取りだして読書を始める。なかなか面白い、冒険譚に、思わず熱中してしまう。いずれこんな冒険が出来たらなどと想像してみるが、先立つものが心許ない。
……もっと節制しようかな。
極論を言えば飲まず食わず、睡眠も不要。しかしそれをしてしまえば人間社会で生きていけなくなる気がして止めていた。
と、
「――ぅ」
何かを耳が拾っていた。風の通る音にかき消えてしまいそうなか細いものに、蒼太は気のせいかと読書を再開する。
「――ぅあ」
……気のせい、じゃないか。
蒼太は本を閉じた。立ち上がり、存在していない埃を払って音のほうを見る。
人の声だった。今は蒼太の魔法によってほとんどが眠り、そうでなくてもやることがなければまどろんでいるはず。その中で物憂げな声というのは珍しかった。
とある檻に近づく。中を見れば数人が折り重なるように眠っていた。
その隅に横たわる人の姿を見て、蒼太は眉をひそめていた。
四肢がいくつかない。流血も真新しい。このまま放置していれば流れ出る命をとどめる手段はないだろう。
その人はまだ小さな子供だった。十歳くらい。頭から生えた耳は片方がなく、もう半分は噛みちぎられて欠けている。
服ははぎとられ、無理やり口に詰められていた。あれで悲鳴を抑えることに成功していた。
……あらま。
凄惨な状況にも蒼太は驚くことはなかった。魔法で感情を抑えていた影響だ。それでもこの状況に嫌悪感をおぼえないほど無神経になったわけではない。
よくよく見れば、狼か犬か、寝ているほうの人の口が黒く照る光を反射していた。お食事中というには上品すぎる。凌辱の現場を作ったのは一人ではなかった。
……困ったな。
このまま放置すれば奴隷が一人死んでしまう。いや放置しなくともまもなく死んでしまうだろう。心苦しいがそれも定めというならば蒼太は受け入れざるを得ない。
定め。定めか。
くだらない。心の半分がそう告げていた。もう半分はこんな状況世界中を見れば良くあることだ、関係ないと割り切れと告げる。
どちらも正しく、だからこそ悩む。助ける手段はあった。しかし短絡的に行った行動が今後を縛り付けてしまう恐れに蒼太は判断が下せずにいた。
――軽治癒。
「すみませーん」
三分ほど悩んだ末、軽い止血程度の魔法をかけて蒼太は入り口へと向かっていた。
そこで待っていた男性は、
「おう、もう終わったのか。さすがに噂になるだけあって早いな」
「いや、まあ掃除は終わったんですけど。ちょっと奴隷のほうで問題がありまして……」
「問題?」
急に険しい表情になった男性が中に入ってくる。
蒼太は先導するように前を歩いていた。後ろからはランタンで照らす男性が何も言わずについてくる。
最奥近くの澱の前で立ち止まった蒼太は、
「奴隷が他の奴隷を噛んだみたいで」
「まじか……」
男性は檻の中を見つめて深いため息をついていた。
良くあることなのだろうか。だとしたら一緒に詰めることは今後やめておいたほうがいいだろう。誰も得をしないのだから。
男性は檻の外から注意深く中をのぞいていた。中にいる人はいまだ起きる気配はない。
しばらくして男性は軽い舌打ちで感情を示して、
「同族だから大丈夫だと思ったんだがな……」
「んーでもこの子ハーフっぽいですよね」
蒼太は傷ついた子を指さして言う。他の人に比べてずいぶん毛が薄いのは血が濃くない証拠だった。
茶か黒か。覚束ない灯りでははっきりと体毛の色までを見ることはできない。股に男性器がないことから女ということだけはわかるが、他はなんの種族かも不鮮明だった。
「ハーフだからって同族に手を上げるか?」
「あげちゃったんでしょうね……」
蒼太は事実を述べるしかなかった。憶測推測は今は何の意味もない。大事なのは少女をどうするかだった。
その判断をゆだねられた男性はまたしばらく考え込んでから、
「……廃棄、だな」
「廃棄ですか」
憎々し気に表情を歪ませた男性に蒼太はただうなずいていた。
それも仕方ない。労働力の当てとして連れてこられたのにその使命を全うできなければただの負債にしかならない。戦争をしているのだ、誰もそれほど余力があるわけじゃなかった。
買い手がつかなければ死ぬまでここにいることになる。それは男性にとっても避けたいことだ。廃棄というのもしなければならない選択だろう。
しかし、一つだけ納得できないことがある。
「こっちの加害者のほうはそのままですか?」
「いや、そっちも廃棄だな。手を出すなって約束を破ったんだ。売った先で問題を起こされちゃかなわねえ」
面倒なことしやがってと男性は吐き捨てていた。
「すまねえな。気分のいいもんじゃないだろ」
「仕方ないですよ。事前にどうにか出来ることじゃないです」
そう言ってくれると助かるぜと男性は頭を下げていた。
かわいそうに。話が終わり地下から出ようとする男性の後ろをついていた蒼太は、檻の中を流し目で見ながらそう思っていた。
「……だ、…にたく、ない」
聞いた。聞いてしまった。
蒼太は足を止める。
止めておけ。心がブレーキを掛ける。しかし身体は意に反して動こうとしない。
「あのぉ」
「ん?」
男性が立ち止まった。振り返り、少し空いた距離から蒼太を見つめていた。
「なんかあったか?」
問われ、蒼太は息を飲む。引き返すなら今しかない。
「あの子……売ってくれません?」
「……あの子って?」
「食べられちゃった子です」
「……売るには問題ねえ。でもよ、奴隷を売るってことは管理責任があるって知ってて言ってるのか?」
責任。当然の話だ。命を預かるのだから当然それくらいはある。
それがどのようなものか、蒼太は知らない。しかし買った奴隷を何の理由もなく無下に扱っていいということはないことだけはわかる。
男性は近寄っていた。二歩分の距離をとって、値踏みするように蒼太を見つめていた。
「仕事はさせられねえ。遊ぶには小さすぎる。何がしたくて買うんだ?」
「えっと……」
目的が必要なのかと、蒼太は汗をにじませていた。
あんな状況の子供にさせられることなんてありはしない。それでも奴隷には何か仕事をさせなければならない。
無茶苦茶だ。その無茶を通さなければ男性が頷かないとわかって、蒼太は腹に力を込めた。
魔法は使わない。意地だけで十分。
「あの子には、目になってもらいます」
「目?」
「はい。ちょうど中の仕事を終えたらそろそろ外の仕事に出ようと思っていたんです。その時一人よりも二人分の目があったほうが安全でしょ?」
詭弁と承知で蒼太は話していた。
「あの子を危険な目にあわせるのか?」
「いえ、何に変えてもあの子だけは生かします」
その宣言に、男性は深くため息をつく。
そして、
「駄目だ」
「なんでですか?」
「あの子だけ生きててもその後はどうする? 買うなら最後まで責任を持て」
あっ……
そこまで考えていなかった蒼太は一気に顔を赤くしていた。どれだけ力を持ってもまだ十五なのだ。思慮深さではほとんどの大人には勝てない。
まいったな……
情けない姿に今後が不安になる。それでも一度言った言葉を飲み込むつもりはなかった。
「頑張ります」
「わかったわかった、持ってけよ」
「……もってけ?」
持ってけとはどういうことか。疑問に首を傾げていると、男性は言う。
「廃棄の決まった奴隷に値段はつけられねえだろ。処理する手間が省けた分、こっちが金を払いたいくらいだ」
「な、なるほど……」
急にドライになった対応に蒼太は驚き、固まっていた。
男性は檻に入り、血まみれの少女を抱きかかえる。そして、彼女を蒼太に手渡すと、
「まずは病院だろうな」
「えっ、あ、まあそうですね」
言葉を濁しながら、蒼太は礼を言ってその場を後にする。
その日は魔法を使っていつもの宿に戻るしか方法がなかった。
あまりに早すぎても変に勘繰られるため、静かになった空間で腰を下ろす。
蒼太の使う魔法は前例がなかった。魔法自体は種族によって使えるものもいるため言葉自体に理解がないわけではない。しかし使えても数個、それもほとんどが周知されているので、やたらと見せびらかすような真似は控えねばならなかった。
……教えられたらいいんだけど。
学問として学んだ結果できるようになるなら話は早かった。しかし蒼太の魔法はチートによるもの。本人ですら原理がわかっていない物を同じように他人に使わせる術は思いつかない。
なので仕事の風景は基本的に誰にも見せないようにしていた。やむを得ず衆人環境で作業するときは、認識誤認の魔法を使って作業をしているように見せるほど徹底していた。
――照明。
蒼太は持ってきていたバッグから本を取りだして読書を始める。なかなか面白い、冒険譚に、思わず熱中してしまう。いずれこんな冒険が出来たらなどと想像してみるが、先立つものが心許ない。
……もっと節制しようかな。
極論を言えば飲まず食わず、睡眠も不要。しかしそれをしてしまえば人間社会で生きていけなくなる気がして止めていた。
と、
「――ぅ」
何かを耳が拾っていた。風の通る音にかき消えてしまいそうなか細いものに、蒼太は気のせいかと読書を再開する。
「――ぅあ」
……気のせい、じゃないか。
蒼太は本を閉じた。立ち上がり、存在していない埃を払って音のほうを見る。
人の声だった。今は蒼太の魔法によってほとんどが眠り、そうでなくてもやることがなければまどろんでいるはず。その中で物憂げな声というのは珍しかった。
とある檻に近づく。中を見れば数人が折り重なるように眠っていた。
その隅に横たわる人の姿を見て、蒼太は眉をひそめていた。
四肢がいくつかない。流血も真新しい。このまま放置していれば流れ出る命をとどめる手段はないだろう。
その人はまだ小さな子供だった。十歳くらい。頭から生えた耳は片方がなく、もう半分は噛みちぎられて欠けている。
服ははぎとられ、無理やり口に詰められていた。あれで悲鳴を抑えることに成功していた。
……あらま。
凄惨な状況にも蒼太は驚くことはなかった。魔法で感情を抑えていた影響だ。それでもこの状況に嫌悪感をおぼえないほど無神経になったわけではない。
よくよく見れば、狼か犬か、寝ているほうの人の口が黒く照る光を反射していた。お食事中というには上品すぎる。凌辱の現場を作ったのは一人ではなかった。
……困ったな。
このまま放置すれば奴隷が一人死んでしまう。いや放置しなくともまもなく死んでしまうだろう。心苦しいがそれも定めというならば蒼太は受け入れざるを得ない。
定め。定めか。
くだらない。心の半分がそう告げていた。もう半分はこんな状況世界中を見れば良くあることだ、関係ないと割り切れと告げる。
どちらも正しく、だからこそ悩む。助ける手段はあった。しかし短絡的に行った行動が今後を縛り付けてしまう恐れに蒼太は判断が下せずにいた。
――軽治癒。
「すみませーん」
三分ほど悩んだ末、軽い止血程度の魔法をかけて蒼太は入り口へと向かっていた。
そこで待っていた男性は、
「おう、もう終わったのか。さすがに噂になるだけあって早いな」
「いや、まあ掃除は終わったんですけど。ちょっと奴隷のほうで問題がありまして……」
「問題?」
急に険しい表情になった男性が中に入ってくる。
蒼太は先導するように前を歩いていた。後ろからはランタンで照らす男性が何も言わずについてくる。
最奥近くの澱の前で立ち止まった蒼太は、
「奴隷が他の奴隷を噛んだみたいで」
「まじか……」
男性は檻の中を見つめて深いため息をついていた。
良くあることなのだろうか。だとしたら一緒に詰めることは今後やめておいたほうがいいだろう。誰も得をしないのだから。
男性は檻の外から注意深く中をのぞいていた。中にいる人はいまだ起きる気配はない。
しばらくして男性は軽い舌打ちで感情を示して、
「同族だから大丈夫だと思ったんだがな……」
「んーでもこの子ハーフっぽいですよね」
蒼太は傷ついた子を指さして言う。他の人に比べてずいぶん毛が薄いのは血が濃くない証拠だった。
茶か黒か。覚束ない灯りでははっきりと体毛の色までを見ることはできない。股に男性器がないことから女ということだけはわかるが、他はなんの種族かも不鮮明だった。
「ハーフだからって同族に手を上げるか?」
「あげちゃったんでしょうね……」
蒼太は事実を述べるしかなかった。憶測推測は今は何の意味もない。大事なのは少女をどうするかだった。
その判断をゆだねられた男性はまたしばらく考え込んでから、
「……廃棄、だな」
「廃棄ですか」
憎々し気に表情を歪ませた男性に蒼太はただうなずいていた。
それも仕方ない。労働力の当てとして連れてこられたのにその使命を全うできなければただの負債にしかならない。戦争をしているのだ、誰もそれほど余力があるわけじゃなかった。
買い手がつかなければ死ぬまでここにいることになる。それは男性にとっても避けたいことだ。廃棄というのもしなければならない選択だろう。
しかし、一つだけ納得できないことがある。
「こっちの加害者のほうはそのままですか?」
「いや、そっちも廃棄だな。手を出すなって約束を破ったんだ。売った先で問題を起こされちゃかなわねえ」
面倒なことしやがってと男性は吐き捨てていた。
「すまねえな。気分のいいもんじゃないだろ」
「仕方ないですよ。事前にどうにか出来ることじゃないです」
そう言ってくれると助かるぜと男性は頭を下げていた。
かわいそうに。話が終わり地下から出ようとする男性の後ろをついていた蒼太は、檻の中を流し目で見ながらそう思っていた。
「……だ、…にたく、ない」
聞いた。聞いてしまった。
蒼太は足を止める。
止めておけ。心がブレーキを掛ける。しかし身体は意に反して動こうとしない。
「あのぉ」
「ん?」
男性が立ち止まった。振り返り、少し空いた距離から蒼太を見つめていた。
「なんかあったか?」
問われ、蒼太は息を飲む。引き返すなら今しかない。
「あの子……売ってくれません?」
「……あの子って?」
「食べられちゃった子です」
「……売るには問題ねえ。でもよ、奴隷を売るってことは管理責任があるって知ってて言ってるのか?」
責任。当然の話だ。命を預かるのだから当然それくらいはある。
それがどのようなものか、蒼太は知らない。しかし買った奴隷を何の理由もなく無下に扱っていいということはないことだけはわかる。
男性は近寄っていた。二歩分の距離をとって、値踏みするように蒼太を見つめていた。
「仕事はさせられねえ。遊ぶには小さすぎる。何がしたくて買うんだ?」
「えっと……」
目的が必要なのかと、蒼太は汗をにじませていた。
あんな状況の子供にさせられることなんてありはしない。それでも奴隷には何か仕事をさせなければならない。
無茶苦茶だ。その無茶を通さなければ男性が頷かないとわかって、蒼太は腹に力を込めた。
魔法は使わない。意地だけで十分。
「あの子には、目になってもらいます」
「目?」
「はい。ちょうど中の仕事を終えたらそろそろ外の仕事に出ようと思っていたんです。その時一人よりも二人分の目があったほうが安全でしょ?」
詭弁と承知で蒼太は話していた。
「あの子を危険な目にあわせるのか?」
「いえ、何に変えてもあの子だけは生かします」
その宣言に、男性は深くため息をつく。
そして、
「駄目だ」
「なんでですか?」
「あの子だけ生きててもその後はどうする? 買うなら最後まで責任を持て」
あっ……
そこまで考えていなかった蒼太は一気に顔を赤くしていた。どれだけ力を持ってもまだ十五なのだ。思慮深さではほとんどの大人には勝てない。
まいったな……
情けない姿に今後が不安になる。それでも一度言った言葉を飲み込むつもりはなかった。
「頑張ります」
「わかったわかった、持ってけよ」
「……もってけ?」
持ってけとはどういうことか。疑問に首を傾げていると、男性は言う。
「廃棄の決まった奴隷に値段はつけられねえだろ。処理する手間が省けた分、こっちが金を払いたいくらいだ」
「な、なるほど……」
急にドライになった対応に蒼太は驚き、固まっていた。
男性は檻に入り、血まみれの少女を抱きかかえる。そして、彼女を蒼太に手渡すと、
「まずは病院だろうな」
「えっ、あ、まあそうですね」
言葉を濁しながら、蒼太は礼を言ってその場を後にする。
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