30 / 34
第30話 襲撃7
しおりを挟む
「あーそれは僕のせいだね」
紫鬼との決闘の後、二日が経ってソウタに呼び出されたカーサは、その言葉に頷いて近くのコップを投げつける。
顔に当たる手前で止まったそれは、内容物ごと宙を漂っていた。
ちっと舌打ちをする。意識すればするほどソウタの一挙手一投足に不快感を感じてしまっていた。
彼は苦笑しつつ、一本立てた指をかざすと優雅に振り下ろす。それだけでコップはテーブルに戻り、こぼれた液体も元に戻っていた。
……もう一回やってやろうかしら。
すぐにカーサは首を横に振る。感情に任せたまま動くよりもどうしてそうなっているかを確認しないと話が前に進まない。
この二日間で後宮内の環境は一変していた。ソウタが用事があって不在にしていたこともあり、小さな小競り合いは日常茶飯事、種族の近いもので集まり派閥も出来上がっていた。大きな衝突も数回あり、何人かに被害も出ている始末だ。
今まで普通に出てきていた食事も、滞るようになり味も落ちた。臭いものには蓋をしていた本性が表面化しているせいで、協力することに疑念が生まれているせいだった。
雰囲気は日々悪くなる一方だ。このままでは取り返しのつかない重大な事件が起こるのもそう遠くないと皆の間では予兆されていた。
原因は簡単で、紫鬼へのお咎めが軽すぎたせいだった。種族の代表で集まった子女達にとってここでの失態は種族の顔に泥を塗ることと等しい。やらかした紫鬼が何食わぬ顔で出歩いていたら我慢の必要に疑問を感じてもおかしくはなかった。
「で、何したのよ」
カーサはとげとげしい口調で尋ねていた。腕を組み胸をそらせて、苛立ちをあらわにする。
それを見て苦笑するソウタは、傍に立つエメリアを手で制止しながら、
「ほら、前に話したでしょ。好感度を上げるってやつ。あれの応用で疎ましく思っている感情を増幅させる魔法を使っているんだ」
「……いや、何のために?」
「皆の身を守るためだよ。悪者の第一目標が僕になれば対処ができるけど、後宮内で無差別に襲われたら手が足りない。それに短絡的な行動をとるようになれば背後の関係も炙りだしやすくなるしね」
……なるほど、一理ある。
カーサは細かくうなずいていた。
確かに同じ苛立ちでもレントンに比べてソウタに向かう感情のほうが大きい。それに伴って近視眼的な発想が幅を利かせていた。
日々強くなる思いは厄介だった。意識しなければ悪意に引っ張られてしまう状況はまずい。
「その魔法はどうにかできないの?」
「できるよ。僕のことを好きになってくれればいいだけだし」
「じゃあ無理かぁ」
だって好きになれる要素がないもの。
早々にあきらめたカーサに対して、ソウタは声を押し殺して笑っていた。口と腹を手で押さえてひきつけを起こしたように悶える姿は子供のようにも見える。
「お前、すげえな」
話に横入りしてきたのはレントンだった。彼も同様に呼び出されて、円卓に着き二人の話を眺めていた。
「なにがよ?」
「敵意って、直接何かされたわけじゃないんだろ? ちんちくりんだし、ソウタの趣味には合わないからな。なのによくそこまで人を憎めるな」
「そんなの当り前じゃない。私は私を縛り付けるようなことをする人間全員に敵意を持っているのよ」
カーサは鼻を鳴らして言ってのける。
世界中を見て回り、その土地を知り、誰も成しえなかった体験をする。それがカーサの夢であり目標であった。後宮には長老の命令で仕方なく来ているだけであって、本来なら長居するつもりもなかった。
ただ初日からあまりにも目に余る事がありすぎて、一目見てぶん殴ろうくらいには思っていた。その思いは今や後宮をぶっ潰すまで膨れ上がっているが。
「カーサはそれでいいと思うよ。まぁやりすぎたらお仕置はするけどね」
「あら、そう? その前にお仕置されないように気をつけた方がいいんじゃない?」
軽口を叩きながら、カーサはテーブルを指で叩いていた。
苛立ちは治まるところを知らない。少しでも気を紛らわせておく必要があった。
そして、自分の話は終わったと、視線をレントンに向ける。
「で、新大陸の話をするんでしょ? 私達が同席していてもいいの?」
私達。この場にはカーサやレントンの他にも、アポロと紫鬼がいた。状況をよく呑み込めていないからか黙ったまま話を聞いているだけの二人は視線を泳がせていた。
その二人へソウタは微笑みかけるが緊張がほぐれたようには見えない。むしろより身体を固くしているように見えていた。
「そうだね。別に同席していてもかまわないけど、わけがわからない話で混乱してしまうよ?」
「別にいいわよ。わからないところがあったらあとで愚兄に聞いておくから」
それはいいねとソウタは頷いていた。
紫鬼との決闘の後、二日が経ってソウタに呼び出されたカーサは、その言葉に頷いて近くのコップを投げつける。
顔に当たる手前で止まったそれは、内容物ごと宙を漂っていた。
ちっと舌打ちをする。意識すればするほどソウタの一挙手一投足に不快感を感じてしまっていた。
彼は苦笑しつつ、一本立てた指をかざすと優雅に振り下ろす。それだけでコップはテーブルに戻り、こぼれた液体も元に戻っていた。
……もう一回やってやろうかしら。
すぐにカーサは首を横に振る。感情に任せたまま動くよりもどうしてそうなっているかを確認しないと話が前に進まない。
この二日間で後宮内の環境は一変していた。ソウタが用事があって不在にしていたこともあり、小さな小競り合いは日常茶飯事、種族の近いもので集まり派閥も出来上がっていた。大きな衝突も数回あり、何人かに被害も出ている始末だ。
今まで普通に出てきていた食事も、滞るようになり味も落ちた。臭いものには蓋をしていた本性が表面化しているせいで、協力することに疑念が生まれているせいだった。
雰囲気は日々悪くなる一方だ。このままでは取り返しのつかない重大な事件が起こるのもそう遠くないと皆の間では予兆されていた。
原因は簡単で、紫鬼へのお咎めが軽すぎたせいだった。種族の代表で集まった子女達にとってここでの失態は種族の顔に泥を塗ることと等しい。やらかした紫鬼が何食わぬ顔で出歩いていたら我慢の必要に疑問を感じてもおかしくはなかった。
「で、何したのよ」
カーサはとげとげしい口調で尋ねていた。腕を組み胸をそらせて、苛立ちをあらわにする。
それを見て苦笑するソウタは、傍に立つエメリアを手で制止しながら、
「ほら、前に話したでしょ。好感度を上げるってやつ。あれの応用で疎ましく思っている感情を増幅させる魔法を使っているんだ」
「……いや、何のために?」
「皆の身を守るためだよ。悪者の第一目標が僕になれば対処ができるけど、後宮内で無差別に襲われたら手が足りない。それに短絡的な行動をとるようになれば背後の関係も炙りだしやすくなるしね」
……なるほど、一理ある。
カーサは細かくうなずいていた。
確かに同じ苛立ちでもレントンに比べてソウタに向かう感情のほうが大きい。それに伴って近視眼的な発想が幅を利かせていた。
日々強くなる思いは厄介だった。意識しなければ悪意に引っ張られてしまう状況はまずい。
「その魔法はどうにかできないの?」
「できるよ。僕のことを好きになってくれればいいだけだし」
「じゃあ無理かぁ」
だって好きになれる要素がないもの。
早々にあきらめたカーサに対して、ソウタは声を押し殺して笑っていた。口と腹を手で押さえてひきつけを起こしたように悶える姿は子供のようにも見える。
「お前、すげえな」
話に横入りしてきたのはレントンだった。彼も同様に呼び出されて、円卓に着き二人の話を眺めていた。
「なにがよ?」
「敵意って、直接何かされたわけじゃないんだろ? ちんちくりんだし、ソウタの趣味には合わないからな。なのによくそこまで人を憎めるな」
「そんなの当り前じゃない。私は私を縛り付けるようなことをする人間全員に敵意を持っているのよ」
カーサは鼻を鳴らして言ってのける。
世界中を見て回り、その土地を知り、誰も成しえなかった体験をする。それがカーサの夢であり目標であった。後宮には長老の命令で仕方なく来ているだけであって、本来なら長居するつもりもなかった。
ただ初日からあまりにも目に余る事がありすぎて、一目見てぶん殴ろうくらいには思っていた。その思いは今や後宮をぶっ潰すまで膨れ上がっているが。
「カーサはそれでいいと思うよ。まぁやりすぎたらお仕置はするけどね」
「あら、そう? その前にお仕置されないように気をつけた方がいいんじゃない?」
軽口を叩きながら、カーサはテーブルを指で叩いていた。
苛立ちは治まるところを知らない。少しでも気を紛らわせておく必要があった。
そして、自分の話は終わったと、視線をレントンに向ける。
「で、新大陸の話をするんでしょ? 私達が同席していてもいいの?」
私達。この場にはカーサやレントンの他にも、アポロと紫鬼がいた。状況をよく呑み込めていないからか黙ったまま話を聞いているだけの二人は視線を泳がせていた。
その二人へソウタは微笑みかけるが緊張がほぐれたようには見えない。むしろより身体を固くしているように見えていた。
「そうだね。別に同席していてもかまわないけど、わけがわからない話で混乱してしまうよ?」
「別にいいわよ。わからないところがあったらあとで愚兄に聞いておくから」
それはいいねとソウタは頷いていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる