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第1章

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☆    ☆    ☆
 
『ヴァンパイア?』

『そう、ヴァンパイア。彼らは都市伝説の類じゃない。実際に存在してるんだ。ヴァンパイアたちは人の血を吸って生きてるんだよ』


『しーちゃんも食べられちゃうの?』

『大丈夫。紫音のことは僕が守るから』


『なら、つばさお兄ちゃんのことはしーちゃんが守るよ!』

『ありがとう、紫音』



「翼、お兄ちゃん……。!!!」

夢を見ていた。懐かしい、小さい頃の記憶。

私は知らない天井で目を覚ました。
あれ? ここってどこだっけ。

そもそも私、なんで眠ってたの?

「目が覚めたか。俺から吸血されたのがそんなに嫌だったのか?」

「吸、血? あ……」

眠気が覚めてくると同時に思い出すのはさっきのこと。そういえば……私、夜桜先輩に血を吸われたんだった!

「俺だって女の血を吸うなんて吐き気がする。だが、あの時お前が翼のフリをしなきゃお前は寮を追い出されてたんだぞ」 
 
「それについては感謝してます。けど、翼お兄ちゃんに今までこんなことを? 翼お兄ちゃんが身体弱いことを知って……っ」

そうだ。夜桜先輩は知らなかった。

翼お兄ちゃんは夜桜先輩がヴァンパイアだと気付いていたんだ。それに、女が嫌いだってことも。

だから身体が弱いことを隠して、血を吸わせていた。だとしたら納得がいく。吸血されすぎて翼お兄ちゃんは……。

「なんだよ、その目」

「翼お兄ちゃんが倒れたのって、夜桜先輩のせいなんですか?」

「だとしたら俺を恨むか?」

「いいえ」

「どうしてだ?」

「翼お兄ちゃんは夜桜先輩のことを親友だって言ってました。優しい人だって。翼お兄ちゃんが望んだことなら私は何もいいません」

「そうか。いきなり殴りかかってきたら、こっちも困るしな」

「そ、そんなことしません!」

本当はちょっとだけムカつく! って思った。けど、よく考えてみれば違うことくらい私にはわかる。翼お兄ちゃんが私に嘘をつくはずないから。

「俺が毎日、翼の血を吸ったから翼があんなことになったとお前は言ったよな」

「そうです」

「だったら俺が舐めたお前の右手を見てみろ」

「それって私のケガしたとこですか? え、うそでしょ……」

たしかに、さっきまでは右手に噛み跡があった。血だって流れていたのに。なのに、今は綺麗さっぱりなくなってる。

「なんで? どうして、私の傷が治ってるんですか?」

「ヴァンパイアに舐められた傷跡は治るんだよ」

「やっぱり、夜桜先輩ってヴァンパイアだったんですね……」

「俺が怖いか? 紫音」

女があれだけ苦手だって言ってた夜桜先輩が私に近付く。
いきなり名前を呼ばれてドクンと心臓が騒ぐ。

「怖くありません」

「ガキのくせに肝が据わってるな。俺の正体がわかったなら、翼が俺のせいで身体が弱くなったっていう誤解は解けただろ」

「そうですね。誤解とはいえ、責めたりしてすみませんでした」

「謝罪なんか求めてない。それよりお前、これからどうするつもりだ?」

「翼お兄ちゃんのフリを続けるつもりです」

「俺がほかの奴らにバラすと思わないのか?」

「夜桜先輩はそんなことする人じゃありません。でも、もしも誰かに言うようなことがあれば、夜桜先輩がヴァンパイアだって他の人に言います」

「ククッ。おもしれー女」

「っ…」 

初めて笑った。男の人なのに、なんて綺麗な笑顔なんだろう。できることなら夜桜先輩の笑ったカオがもっと見たい。

「そういえばさっきの、白虎先輩って人は夜桜先輩がヴァンパイアだって知ってましたよね?」

「あぁ、まあな。白虎は色々とワケありでな。ただ、白虎と翼以外の連中は俺がヴァンパイアだってことは知らねぇから」

「そう、なんですか」 

遠回しに、「だから他の人には黙ってろ」と聞こえた。

「夜も遅いし、お前はこのまま寝てろ」

「夜桜先輩は?」  

「俺は女が嫌いだって言っただろ。女と同じ部屋で寝られるかバーカ」 

「なっ……!」

ちょっとは仲良くなれたかもって勘違いしたわたしが馬鹿だった!
翼お兄ちゃんは夜桜先輩が優しいって言ってたけど、本当にそうなのか疑うレベル。

優しいのは翼お兄ちゃん限定なんじゃ……。でも、さっきは白虎先輩にバレないように助けてくれたし。私のことバカバカ言ってくるし! どっちが本当の夜桜先輩か全然わかんない。

それにしても、今日は初日なのに色々あったなぁ。明日から上手くやれるかな?

夜桜先輩は助けてくれるみたいなこと言ってたけどあんまり期待できないし。
翼お兄ちゃんの妹とはいえ、夜桜先輩にとっては赤の他人なわけだし。自分の身くらい自分で守らなきゃ。

そうしなきゃ、覚悟を決めてこの学園に来た意味がない。
翼お兄ちゃん。私、がんばるからね! 病院から見守ってて。

「あいつの血を飲んだだけで不安定だった瞳の色が安定してやがる。月城紫音。お前は一体何者なんだ……?」

月の下、夜桜蒼炎は今日出会った少女のことを思い出していた。


☆    ☆    ☆


次の日。私はベッドの上で目を覚ました。

そっか。私、今は翼お兄ちゃんなんだよね。身体を起こすと長い髪をまとめて男装をする。

結局、夜桜先輩は戻ってこなかった。
女と一緒にいるの嫌なのはわかるけど、このままずっと帰って来ないつもりじゃ…。

私がいることで夜桜先輩の邪魔になってたり?
翼お兄ちゃんとは親友と言えるまでの仲だけど、私とは違う。人間と人ならざるものでも仲良くできるんだ。

そう、夜桜先輩はただの人ではなく、ヴァンパイアなんだ。今は朝だし、どこか暗いところにいるのかな?

たしか、ヴァンパイアって太陽の光が苦手だったよね? 本では灰になるとか書いてあったけど、それって日常茶飯事に支障きたすレベルじゃ…? でも夜桜先輩、普通に学校通ってるんだよね。

ガチャ。

「お前、まだいたのか」

「夜桜先輩? お、おかえりなさい」

夜桜先輩は、私と目が合うと嫌そうな顔を浮かべた。

「早く行かないと遅刻するぞ」

「そ、それがですね」

「まさか教室までの道がわからねぇっていうのか?」

「はい」

「はぁ……。まわりから怪しまれない程度に後ろからついてこい」

「ありがとうございます!」

見るからに不機嫌そうだったのに……。優しいな。

「翼のためを思うなら、ここに来る前にある程度、翼に聞いてから来いよ」 

「すみません。私、とりあえず行動してから考えるタイプなんで。ところで、夜桜先輩は太陽に当たるの大丈夫なんですか?」

「フード被ってるから平気だ。大体、太陽が駄目なら昼間の学校に通ってねーよ」 

「そ、そうですよね」

「太陽に当たれば灰になるとか、ニンニクや十字架が駄目とかそんなのは昔の話だ。今のヴァンパイアはそれなりに耐性がある」

「それなら、銀の銃で心臓を撃たれても平気だったりします?」  

「……」

あ、れ? 夜桜先輩の歩くスピードが急に速くなった。
もしかして私、余計なこと言っちゃった?

「質問したらなんでも答えると思うなよ」

「ごめんなさい」

「それと、なにか勘違いしてないか?」

「へ?」

「俺は翼が留年しないようにお前に協力してるだけだ。決してお前を助けてるわけじゃない。
お前が他の奴らに女だとバレたら翼にも迷惑がかかるからだ」

「うっ」

一切顔を見ずに、はっきりといわれてしまった。
わかってはいたけど、そこまで辛辣だとちょっぴり傷付く。

「俺はお前と親密な関係になる気はない」

「だったら血はいらないんですか?」

「……」

「翼お兄ちゃんから貰ってたんですよね? 私が翼お兄ちゃんの代わりなら、私から貰うしかなくなりますよね」 

「クソガキ」

「ガキじゃないです!」

「中学生なんて、まだガキだろ? お前から貰わなくとも適当に獲物くらい捕まえる」

「それならいいですけど」 

女が苦手なら、吸う相手は男の人? 夜桜先輩、強がってるようだけど大丈夫かな。
私が挑発しちゃったから、夜桜先輩もムキになったんだよね。本当は喧嘩を売るつもりはなかったんだけど。

「翼」

「ふぇ!?」

突然、夜桜先輩の顔が目の前に……!

改めて見るとめちゃくちゃ美形。整いすぎて逆に悪いとこを見つけるほうが大変なくらい。

私なんて男らしくて、女の子らしいところなんてないのに……。

「もうすぐ教室に着くぞ。それと、席は窓側の後ろから2番目な」

「あ、ありがとう。蒼炎」 

翼お兄ちゃんのフリをしろっていう合図だったんだ。でも、名前呼びはやっぱり緊張する。

「おはよう、月城」

「月城、何日か休んでたが大丈夫だったかー?」

「お、おはよう。ちょっと風邪引いてて」

「月城。いつもより声高めじゃね?」

「まだ完全に調子が戻ってなくてね」

クラスメイトに話しかけられた。挨拶くらいは出来るけど、そのほかの反応って難しいな。口調くらいなら、翼お兄ちゃんをよく見てるからわかるけど。

声は気持ち低めに喋ってるけど、やっぱり本物の翼お兄ちゃんのようにはいかない。
見た目に関しては大丈夫そうなのは安心だけど、女の子としては微妙なきもち。
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