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第八話
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お茶会以降、アストリッドの元にアンブロウシスがやってくるようになった。
時には王都で有名な菓子店の新作ケーキを携えて、時にはどこから見つけてきたのか時期前の花を束にして。
女の子が喜ぶだろうお土産は、もちろんアストリッドにも当てはまって、差し出されるたびに心からお礼を言った。
「受け取るときは素直なんだけどね」
苦笑しながら彼は言う。
どういうことかしら?と首をかしげたら、返ってきた答えはアストリッドの心情そのままだった。
「だって君は僕が君に会いに来てもお土産を渡すとき以上には喜ばないでしょう? 僕がやってくるたびにまるで戦場に行く前の兵士みたいに意気込んでいるのを隠そうとして、無理をして笑ってるのがわかるからね。」
「せ、戦場、ですか?」
「戦場だね。……なんだろう、僕は君が鼓舞しなければ会うことができないほど嫌われているのかな?」
「き、嫌ってなど!…………嫌ってなどおりません…………」
そう、アストリッドは嫌ってなどいなかった。
それどころか苦しい未来を”知っている”というのに愛することをやめられない。
アンブロウシスがアストリッドのもとに頻繁に来てくれることに喜びつつ、このままではいけないのだという相反する心が存在する。
それをうまく隠しきれていないということだろう。
まだまだ未熟なのだわ。
悔しくて下を向く。
アンブロウシスは微笑んで、アストリッドの手をとって両手で包み込みんだ。
「うん、そうだね。わかっているよ。君は僕のことを好ましく思ってくれている。で、僕も君を好ましくおもっている」
そうでなければ入学前の忙しいときにこんなに君の元には訪れないよ。
耳元でささやかれた言葉は、直接アストリッドの心に入り込んで火をつける。
顔が赤くなるのを自覚して顔を上げれないでいると、アンブロウシスが顔をのぞき込んで「ほら、真っ赤になった」と笑ってくる。
「もう!からかわないでくださいまし!」
「だって君、本当に可愛らしいからね。君の沢山の可愛いところを目に焼き付けておかなければ、これから三年間の寮生活を乗り切れるかどうかわからいないよ」
「アンブロウシス様……」
「茶番はそのくらいにしておかれてはいかがですか?」
急に掛けられた声に、二人は驚いてぱっと手と離した。
声の主はアストリッドの弟で、二人から一歩離れたところで仁王立ちになってアンブロウシスを睨みつけている。
とんとんと苛立たしげに足をならしている姿に、アストリッドは驚きを隠せない。
アンブロウシスに至っては、よい雰囲気になりかけたところを邪魔されたのだ、不機嫌を隠そうともしなかった。
「いくらアストリッドの弟だとはいえ、茶番とはひどい言いがかりをつけてくるね」
「まさしく茶番ではいないですか。今日で姉と会うのは何回目ですか?片手で足りるくらいしか会ったことのない人間が、三文芝居の恋愛劇のようなセリフを話しているのですから、これを茶番と言わず何というのです」
「君、本当に七歳かい?僕が七歳の時にはそんな言葉は使わなかったように思えるけどね」
「姉と五歳離れていますから七歳に間違いはありませんが」
「これは末恐ろしいほど弁が立つ。侯爵家も安泰だね。君のおかげでアストリッドも安心して僕の元に来ることができるだろう」
「なにをいっていらっしゃるのかわかりませんが、姉はまだ誰とも婚約をしておりません。もちろんあなたとも」
「君は弁が立つというのに肝心なことを理解していないね。僕がここにいるということがよほどのことがない限り婚約は内定しているということなんだよ。それにそもそも僕はアストリッドを愛しているので誰にもその座を譲る気はない」
「それがしらじらしいといっているのです。いつあなたに姉を愛する時間があったと?」
「時間など関係ないと思うけれどね。前にも言ったことがあるはずだよ。僕は一目でアストリッドに恋をして声を聞いて愛に落ちたんだ」
「よくもまあ、ぬけぬけと」
二人の舌戦果てしなくは続き、アストリッドは恥ずかしいやら気をもむやらで二人を交互に見続けていたが、言い争う二人の様子になんとなく違和感を感じた。
なにかしら、何かが違う。
弟はたしかに私に懐いていたけれど、将来の義兄になるやもしれない人に食って掛かるほどだったかしら。
それにアンブロウシス様も八歳下の子供に大人げなく言い負かそうとしたり、こんなに恥ずかしげもなく愛していると言う人だった…………?
考えてみたらアストリッドの”知っている”物語のなかで、弟とアンブロウシスが話し合うどころか出会ったことはない。
その人なりがわかる場面を見ていない、ということをアストリッドは初めて気がついた。
十二年間の”知っている”ことはすべてその場になってわかることで、未来の”知っている”物語でも激高した父と蔑んだ弟、見放した夫であったことを知ったが、登場人物の本来の性格や話し方やくせを”知っている”のかと問われれば、わからないとしかいえない。
わかっていることは自分が家族を愛し、アンブロウシスを想っていることだけだ。
弟が生まれたときに”知った”未来は、弟の仕掛けた罠にかかり死ぬ未来だ。
そのことに捕らわれすぎて弟の本来の性格がどうだったか、アストリッドはわからない。
だが今の弟が成人すれば愛を知り、愛を得るために姉を嵌める人間になるのだろうか。
ならない。
アストリッドはそう思ったが、その反面、これは一体どういうことなのだろうと思い悩む。
弟の性格が”知っている”物語と違ってきているのか、それとも本当は同じままでアストリッドが弟の真の姿を理解していないだけなのか。
アンブロウシスにしてもそうだ。
彼を想っていたことは心が叫んでいるからわかるが、彼はどうだったのだろう。
今の彼と同じ気持ちをアストリッドに持っていたのだろか。
わからないことが多すぎる。
アストリッドはまだ言い争っている二人に目を遣りながら、心は沈んでいく一方だった。
時には王都で有名な菓子店の新作ケーキを携えて、時にはどこから見つけてきたのか時期前の花を束にして。
女の子が喜ぶだろうお土産は、もちろんアストリッドにも当てはまって、差し出されるたびに心からお礼を言った。
「受け取るときは素直なんだけどね」
苦笑しながら彼は言う。
どういうことかしら?と首をかしげたら、返ってきた答えはアストリッドの心情そのままだった。
「だって君は僕が君に会いに来てもお土産を渡すとき以上には喜ばないでしょう? 僕がやってくるたびにまるで戦場に行く前の兵士みたいに意気込んでいるのを隠そうとして、無理をして笑ってるのがわかるからね。」
「せ、戦場、ですか?」
「戦場だね。……なんだろう、僕は君が鼓舞しなければ会うことができないほど嫌われているのかな?」
「き、嫌ってなど!…………嫌ってなどおりません…………」
そう、アストリッドは嫌ってなどいなかった。
それどころか苦しい未来を”知っている”というのに愛することをやめられない。
アンブロウシスがアストリッドのもとに頻繁に来てくれることに喜びつつ、このままではいけないのだという相反する心が存在する。
それをうまく隠しきれていないということだろう。
まだまだ未熟なのだわ。
悔しくて下を向く。
アンブロウシスは微笑んで、アストリッドの手をとって両手で包み込みんだ。
「うん、そうだね。わかっているよ。君は僕のことを好ましく思ってくれている。で、僕も君を好ましくおもっている」
そうでなければ入学前の忙しいときにこんなに君の元には訪れないよ。
耳元でささやかれた言葉は、直接アストリッドの心に入り込んで火をつける。
顔が赤くなるのを自覚して顔を上げれないでいると、アンブロウシスが顔をのぞき込んで「ほら、真っ赤になった」と笑ってくる。
「もう!からかわないでくださいまし!」
「だって君、本当に可愛らしいからね。君の沢山の可愛いところを目に焼き付けておかなければ、これから三年間の寮生活を乗り切れるかどうかわからいないよ」
「アンブロウシス様……」
「茶番はそのくらいにしておかれてはいかがですか?」
急に掛けられた声に、二人は驚いてぱっと手と離した。
声の主はアストリッドの弟で、二人から一歩離れたところで仁王立ちになってアンブロウシスを睨みつけている。
とんとんと苛立たしげに足をならしている姿に、アストリッドは驚きを隠せない。
アンブロウシスに至っては、よい雰囲気になりかけたところを邪魔されたのだ、不機嫌を隠そうともしなかった。
「いくらアストリッドの弟だとはいえ、茶番とはひどい言いがかりをつけてくるね」
「まさしく茶番ではいないですか。今日で姉と会うのは何回目ですか?片手で足りるくらいしか会ったことのない人間が、三文芝居の恋愛劇のようなセリフを話しているのですから、これを茶番と言わず何というのです」
「君、本当に七歳かい?僕が七歳の時にはそんな言葉は使わなかったように思えるけどね」
「姉と五歳離れていますから七歳に間違いはありませんが」
「これは末恐ろしいほど弁が立つ。侯爵家も安泰だね。君のおかげでアストリッドも安心して僕の元に来ることができるだろう」
「なにをいっていらっしゃるのかわかりませんが、姉はまだ誰とも婚約をしておりません。もちろんあなたとも」
「君は弁が立つというのに肝心なことを理解していないね。僕がここにいるということがよほどのことがない限り婚約は内定しているということなんだよ。それにそもそも僕はアストリッドを愛しているので誰にもその座を譲る気はない」
「それがしらじらしいといっているのです。いつあなたに姉を愛する時間があったと?」
「時間など関係ないと思うけれどね。前にも言ったことがあるはずだよ。僕は一目でアストリッドに恋をして声を聞いて愛に落ちたんだ」
「よくもまあ、ぬけぬけと」
二人の舌戦果てしなくは続き、アストリッドは恥ずかしいやら気をもむやらで二人を交互に見続けていたが、言い争う二人の様子になんとなく違和感を感じた。
なにかしら、何かが違う。
弟はたしかに私に懐いていたけれど、将来の義兄になるやもしれない人に食って掛かるほどだったかしら。
それにアンブロウシス様も八歳下の子供に大人げなく言い負かそうとしたり、こんなに恥ずかしげもなく愛していると言う人だった…………?
考えてみたらアストリッドの”知っている”物語のなかで、弟とアンブロウシスが話し合うどころか出会ったことはない。
その人なりがわかる場面を見ていない、ということをアストリッドは初めて気がついた。
十二年間の”知っている”ことはすべてその場になってわかることで、未来の”知っている”物語でも激高した父と蔑んだ弟、見放した夫であったことを知ったが、登場人物の本来の性格や話し方やくせを”知っている”のかと問われれば、わからないとしかいえない。
わかっていることは自分が家族を愛し、アンブロウシスを想っていることだけだ。
弟が生まれたときに”知った”未来は、弟の仕掛けた罠にかかり死ぬ未来だ。
そのことに捕らわれすぎて弟の本来の性格がどうだったか、アストリッドはわからない。
だが今の弟が成人すれば愛を知り、愛を得るために姉を嵌める人間になるのだろうか。
ならない。
アストリッドはそう思ったが、その反面、これは一体どういうことなのだろうと思い悩む。
弟の性格が”知っている”物語と違ってきているのか、それとも本当は同じままでアストリッドが弟の真の姿を理解していないだけなのか。
アンブロウシスにしてもそうだ。
彼を想っていたことは心が叫んでいるからわかるが、彼はどうだったのだろう。
今の彼と同じ気持ちをアストリッドに持っていたのだろか。
わからないことが多すぎる。
アストリッドはまだ言い争っている二人に目を遣りながら、心は沈んでいく一方だった。
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