荊棘の道なぞ誰が好んでいくものか

れんじょう

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第十一話

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スコー学院の中央棟にある学生会室は、もうすぐ催される卒業パーティの準備でごった返していた。
アストリッドは学生会会長として総指揮をとっていたので椅子から離れることはなかったが、他の役員たちは広い校内のあちこちに散らばっては戻ってきて、戻ってきてはどこかに走り去っていく慌ただしさだった。
いつもなら扉はきちんと閉めているがここしばらく部屋を去るとき以外は開けっぱなしにしているのはそのせいで、今も大荷物を抱えてよろよろと一人部屋に入ってきた。
細い腕を精一杯広げて荷物を持ってきたのは、アストリッドと同室で学生会書記をしているヴィヴィ・シーデーンだった。
ヴィヴィはその荷物を会長の机の前にあるソファの上にどさっと置いたかと思うと、本人もそのままソファに倒れ込んだ。
あー疲れた、とくぐもった声がソファ越しに聞こえてきて、アストリッドはくすりと笑った。

「ごくろうさま。ずいぶんと重たかったでしょう?」
「………重いなんてものじゃないわ。これほど重い物なら男子に引き取りに行かせるべきだったわ」
「そうね。でもあなたが出来上がりを一番に確認したいからといって、止めている私の言葉を聞かずに飛び出したのではなかったかしら」
「ええ、ええ、そうね。確かにその通りよ。だからこれは私のせいだし、私が一番に見る権利があるのよ」

そう言うとソファからむっくりと起き上がり、嬉々として横に置いた荷物をほどき始めた。
中から出てきたのは、卒業パーティの会場の天井から吊り下げる予定の学年章旗だ。
別珍で作られた学年章旗は卒業する第三学年が学年色として使っている紺色で校章を金の刺繍糸で立体的に縫い込み、下に金の飾り房がつけられた見事な物だった。
ため息がヴィヴィの口から漏れる。
用意していた棒を通し穴に差し込み、しわを伸ばしながら広げていくと全体を見ることが出来たが、長さにして約4メートルほどあるそれは、男手を借りないと吊り下げることが出来ないほどの重量があった。

「これは見事ね」

オープンになった入り口を、それでも扉をノックしながら入室してきたのは、アストリッドの子供の頃からの恩師であり現在の講師でもあるアッペルクヴィスト女史だった。

「まあ、先生。このような場所まで来られるとは何かございましたでしょうか。申し訳ないことに卒業パーティの準備に追われておりまして大してお構いもできませんが、どうぞおかけになってください」

慌てて椅子から立ち上がり、アッペルクヴィスト女史を案内しようとしたが、女史は首を横に振って遠慮した。

「少し時間をいただきたかったのですけれど、これほど忙しいものだとは思っていなかったものですから硬は遠慮させていただきますわ」
「まあ、そんな。
ご用がおありになったこそわざわざ学生会室までお越しくださったのでしょう?
確かに忙しくしておりますので少ししか時間が割けませんが、それでもよろしければお伺いいたします」
「いいえ。今回は個人的なものですので、やはり今度にいたしますわ。
時間をとらせてしまってごめんなさいね」

来たときと同じように素早く去って行く女史に、アストリッドはもとより女史の目の前にいたはずのヴィヴィも一体今のは何かしらと首をかしげたが、答えを得る前に次々とやってくる学生や業者の対応に追われはじめたため、女史が学生室までやってきたことなどいつの間にか忘れてしまった。

そして慌ただしく忙しい数日の後、学生会主催の卒業パーティが卒業式の後に執り行われた。
学年色の紺色を全面的に押し出したパーティ会場は好評で、料理も飲み物も十二分に用意し、会場のあちこちからは満足した声が上がった。
楽団も場面に合わせてアップテンポな曲からしっとりとした曲まで多彩に奏で続けていて卒業生たちを楽しませた。

卒業する前期学生会会長からはお褒めの言葉を賜り、卒業生たちからは盛大な拍手をいただけて、卒業パーティは成功のうちに終わりを迎えた。

ほっと肩を下ろせたのは、会場の片付けも終わり、皆を帰らせた後、最後の確認をと学生会室に戻って自分の椅子に座ったときだった。

忘れ物はなかったか。
貸し出しを受けていた物はきちんと揃えられているか。
会場をひどく汚されていたところは?
紛失をしたものがあると連絡は誰からも入らなかったか。
楽団の方々にお礼を差し上げるのを忘れてはいなかったか。

最後の最後まで気が抜けないとチェックを終え、満足した結果を得られて椅子にもたれかかる。
どれだけそうしていたのかわからなかったが、人の気配に気がついて顔を上げると、ドアの前にアッペルクヴィスト女史がアストリッドをじっと見つめていた。

「ようこそ、先生。
もしよろしければソファにおかけください。
今ちょうどお茶を入れようかと考えていたところですのよ」
「…………ありがとう。いただくわ」

アストリッドは立ち上がって、備え付けの小さなキッチンまで行くと、お湯を多めに湧かして茶器を温め、丁寧にお茶を淹れた。

そういえばお茶の淹れ方も先生に教えていただいたのだったわ。

初めは何度淹れても渋いお茶か薄すぎるお茶になって、女史からお叱りをいただいていたが、半年もすると茶葉によって茶器を選び、淹れ方を変えれるようになった。
指先までの動きを洗練させなければ容赦なく叱責をいただいた。
お茶に合う菓子が何か、おかわりを勧める時期も、お断りする方法も全部女史が教えてくれた。
懐かしい思い出に頬を緩め、アストリッドは女史の前にカップを置いた。

「早速なのだけど、あなたにお願いがあるの」
「はい。私に出来ることであれば」

珍しいこともあるものね、とアストリッドは思った。
恩師であり現在スコー学院での講師でもある女史が、一学生でしかないアストリッドにお願いとは。
一体何かしらと続きを待っていると、女史からの口から出た言葉に驚きを隠せなかった。

「今から一年後、あなたが卒業するときにこの学院に残って私の後を引き継いでもらえないかしら」




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