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第二十二話 【挿話】恋ではなく、愛を知る
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初めて彼女を見たのは、母親が招かれた茶会に連れていかれたときのことだった。
アールベック公爵夫人の茶会は招かれるだけで一種のステータスだそうだが、母親と公爵夫人とは幼馴染で気の置けない友人でもあったために気兼ねなどなく一切なく楽しく過ごせるものだった。
母親たちが庭やサンルームで楽しくしゃべっている間、参加者の子供たちは交流をはかれるようにと母親たちとは別の部屋でいつも小さなパーティを開いていた。
上は12歳から下は5歳くらいの子供たちは自分の親がどの爵位を持つのかきちんと理解していて、また参加した他の子どもの親の爵位も把握していたが、公爵夫人の小さなパーティでは無礼講扱いとしているためある程度の身分差をわきまえつつも楽しく過ごしていた。
その日もアンブロウシスは母親に連れられて公爵邸へと足を運んだ。
何度目かも忘れたほど参加してきたせいか、もしくは最も年長者であるがゆえか、いつのまにかアンブロウシスが中心となって小さな参加者たちをまとめ上げることが当たり前となっていた。
子供たちはアンブロウシスに褒めてもらおうと一生懸命話しかけてくるし、ゲームをしようと誘いかけてくる。
女の子たちははにかみながらやってきて話しかけてくれるが少し答えるだけで顔を真っ赤にしてしどろもどろになる。
少し困って微笑むと喜色満面となって友人たちの元に戻るのだから可愛らしいものだった。
開始から一時間ほどたつとあちこちで小さな輪ができている。
今日は小さな子供にありがちなものの奪い合いもちょっとした言い争いもなく、上出来かな。
アンブロウシスは一息つこうとテーブルに用意された菓子でも食べるために手を伸ばした。
すると目の端に入ったものが気になった。
子供たちの輪に入らず窓際に立ち、外を見続ける一人の少女。
夕焼けに映える小麦畑の穗のように輝きを放つ、背中に流された長いレディシュゴールドの髪が印象的な少女は、アンブロスシスよりも2~3歳は幼いが、その幼さに似合わない空気をまとっていた。
凛とした姿勢、引き締められた唇、そして時折揺らぎながらも何か思い詰めるようにじっと外を見続ける姿。
明らかにこのパーティの子供たちからは浮いている存在だった。
声を掛けようかと菓子に伸びていた手を下げて足を向けた途端、空気の読めない子供が一人、彼女の手を引いて輪の中に誘い込んだ。
はじめは首を横に振っていた彼女だったが、何度も強請る声に根負けをして最後には手を引かれていった。
気になって何度か彼女の姿を追っていると、決して楽しそうではないが嫌な顔をせずに彼女たちの遊びに付き合っていた。
アストリッド・オーケシュトレームはとても印象深かった。
その後も何度か母親とともに公爵邸に招かれたが、アストリッドはあのとき以降パーティに顔を出すことはなく、アンブロウシスもあの小さなパーティに招かれる歳でもなくなって、彼女と会うことはなかった。
と、思っていたのだが、なぜか水面下でアストリッドと婚約話が進んでいたことにアンブロウシスは驚いた。
何でもオーケシュトレーム侯爵には跡取りである男子が誕生し、アストリッドに婿を取る必要がなくなったために嫁ぎ先を探し始めていたとのことだった。
あのパーティに参加したのはその前振りだったということだ。
だがあれから随分とたつ今になってなぜ自分が選ばれたのかと首をかしげたが、顔合わせ次第で話が流れる可能性もあるといわれさらに驚いた。
こういったことは両家の話し合いの元、当人のあずかり知らぬところで決定をするものだと思っていたせいだ。
オーケシュトレーム侯爵から招かれたのはそんなある日のことだった。
内々の小さな茶会だからかしこまる必要はないと先駆けて注意を受けて案内されたのは、オーケシュトレーム侯爵邸の中庭だった。
貴族の間で定評のあるオーケシュトレーム邸の庭は、家族が集う中庭ですら素晴らしい。
自然の景観美を追求した庭には不思議な心地よさを感じる。
その中でまるで一枚の絵画のような完璧な配置と完璧な光彩で、小さな茶会は開かれていた。
この幸せな家族の絵の中に自分という異物が混入することで調和を乱すことは許されない。
顔が引きつる思いだったが、なんとか微笑を張り付かせて、侯爵の後ろをついていった。
「さて、楽しそうだ。私たちも仲間に入れてもらえないかな」
それはいつものことなのだろう、飾らない言葉でするりと会話に入っていった侯爵は、妻である侯爵夫人とまだ小さな跡取り息子、そしてその間に座る少女に意味ありげに笑いかけた。
数年前に一度だけ見かけた少女は成長し、その間に身につけた知性が顔つきに表れてはっと息をのむほどの女性になっていた。
その彼女――アストリッド――が父親を認め、顔を上げてた。
ふわりと微笑む彼女に、以前見た憂いはもちろんない。
だが、父親の後ろにいるアンブロウシスを認めた瞬間、グリーンガーネットの瞳を大きく開き、音を立てて立ち上がった。
齢十二歳、まだ社交界にデビューしていないもののすでに才女として名を馳せる彼女にしては珍しい失態を犯したなと思っていたが、周りにいる家族も同意見なのか彼女の失態を珍しいものを見たとばかりにぽかんと見ていた。
皆の視線が集中している中、彼女はせり上がる悲鳴を押さえ込もうと震える手で口元を押さえていた。
なぜそんなにも恐怖を湛えて僕を見ているのだろう。
身に覚えのない非難を受けたようでアンブロウシスは眉をひそめたが、すぐさま気持ちを立て直してアンブロウシスから視線を外さないアストリッドの前に出た。
「はじめまして。アンブロウシス・ラーゲルブラードと申します」
その時の彼女の表情をなんと表現していいのか、アンブロウシスにはわからなかった。
恐怖に見開かれた瞳が揺らぎ、奇妙な熱を持ち始め、青白くなった顔がみるみると血の色を取り戻して上気する。
口元を閉ざすための手は、いつの間にかゆるりと開き、恐怖から来る声とは違ううめき声が耳を打った。
「…………はじめまして。アストリッド・オーケシュトレームですわ。ようこそお越しくださいました」
微笑んだ彼女から流れ落ちる涙に、アンブロウシスは魂を揺さぶられた。
アールベック公爵夫人の茶会は招かれるだけで一種のステータスだそうだが、母親と公爵夫人とは幼馴染で気の置けない友人でもあったために気兼ねなどなく一切なく楽しく過ごせるものだった。
母親たちが庭やサンルームで楽しくしゃべっている間、参加者の子供たちは交流をはかれるようにと母親たちとは別の部屋でいつも小さなパーティを開いていた。
上は12歳から下は5歳くらいの子供たちは自分の親がどの爵位を持つのかきちんと理解していて、また参加した他の子どもの親の爵位も把握していたが、公爵夫人の小さなパーティでは無礼講扱いとしているためある程度の身分差をわきまえつつも楽しく過ごしていた。
その日もアンブロウシスは母親に連れられて公爵邸へと足を運んだ。
何度目かも忘れたほど参加してきたせいか、もしくは最も年長者であるがゆえか、いつのまにかアンブロウシスが中心となって小さな参加者たちをまとめ上げることが当たり前となっていた。
子供たちはアンブロウシスに褒めてもらおうと一生懸命話しかけてくるし、ゲームをしようと誘いかけてくる。
女の子たちははにかみながらやってきて話しかけてくれるが少し答えるだけで顔を真っ赤にしてしどろもどろになる。
少し困って微笑むと喜色満面となって友人たちの元に戻るのだから可愛らしいものだった。
開始から一時間ほどたつとあちこちで小さな輪ができている。
今日は小さな子供にありがちなものの奪い合いもちょっとした言い争いもなく、上出来かな。
アンブロウシスは一息つこうとテーブルに用意された菓子でも食べるために手を伸ばした。
すると目の端に入ったものが気になった。
子供たちの輪に入らず窓際に立ち、外を見続ける一人の少女。
夕焼けに映える小麦畑の穗のように輝きを放つ、背中に流された長いレディシュゴールドの髪が印象的な少女は、アンブロスシスよりも2~3歳は幼いが、その幼さに似合わない空気をまとっていた。
凛とした姿勢、引き締められた唇、そして時折揺らぎながらも何か思い詰めるようにじっと外を見続ける姿。
明らかにこのパーティの子供たちからは浮いている存在だった。
声を掛けようかと菓子に伸びていた手を下げて足を向けた途端、空気の読めない子供が一人、彼女の手を引いて輪の中に誘い込んだ。
はじめは首を横に振っていた彼女だったが、何度も強請る声に根負けをして最後には手を引かれていった。
気になって何度か彼女の姿を追っていると、決して楽しそうではないが嫌な顔をせずに彼女たちの遊びに付き合っていた。
アストリッド・オーケシュトレームはとても印象深かった。
その後も何度か母親とともに公爵邸に招かれたが、アストリッドはあのとき以降パーティに顔を出すことはなく、アンブロウシスもあの小さなパーティに招かれる歳でもなくなって、彼女と会うことはなかった。
と、思っていたのだが、なぜか水面下でアストリッドと婚約話が進んでいたことにアンブロウシスは驚いた。
何でもオーケシュトレーム侯爵には跡取りである男子が誕生し、アストリッドに婿を取る必要がなくなったために嫁ぎ先を探し始めていたとのことだった。
あのパーティに参加したのはその前振りだったということだ。
だがあれから随分とたつ今になってなぜ自分が選ばれたのかと首をかしげたが、顔合わせ次第で話が流れる可能性もあるといわれさらに驚いた。
こういったことは両家の話し合いの元、当人のあずかり知らぬところで決定をするものだと思っていたせいだ。
オーケシュトレーム侯爵から招かれたのはそんなある日のことだった。
内々の小さな茶会だからかしこまる必要はないと先駆けて注意を受けて案内されたのは、オーケシュトレーム侯爵邸の中庭だった。
貴族の間で定評のあるオーケシュトレーム邸の庭は、家族が集う中庭ですら素晴らしい。
自然の景観美を追求した庭には不思議な心地よさを感じる。
その中でまるで一枚の絵画のような完璧な配置と完璧な光彩で、小さな茶会は開かれていた。
この幸せな家族の絵の中に自分という異物が混入することで調和を乱すことは許されない。
顔が引きつる思いだったが、なんとか微笑を張り付かせて、侯爵の後ろをついていった。
「さて、楽しそうだ。私たちも仲間に入れてもらえないかな」
それはいつものことなのだろう、飾らない言葉でするりと会話に入っていった侯爵は、妻である侯爵夫人とまだ小さな跡取り息子、そしてその間に座る少女に意味ありげに笑いかけた。
数年前に一度だけ見かけた少女は成長し、その間に身につけた知性が顔つきに表れてはっと息をのむほどの女性になっていた。
その彼女――アストリッド――が父親を認め、顔を上げてた。
ふわりと微笑む彼女に、以前見た憂いはもちろんない。
だが、父親の後ろにいるアンブロウシスを認めた瞬間、グリーンガーネットの瞳を大きく開き、音を立てて立ち上がった。
齢十二歳、まだ社交界にデビューしていないもののすでに才女として名を馳せる彼女にしては珍しい失態を犯したなと思っていたが、周りにいる家族も同意見なのか彼女の失態を珍しいものを見たとばかりにぽかんと見ていた。
皆の視線が集中している中、彼女はせり上がる悲鳴を押さえ込もうと震える手で口元を押さえていた。
なぜそんなにも恐怖を湛えて僕を見ているのだろう。
身に覚えのない非難を受けたようでアンブロウシスは眉をひそめたが、すぐさま気持ちを立て直してアンブロウシスから視線を外さないアストリッドの前に出た。
「はじめまして。アンブロウシス・ラーゲルブラードと申します」
その時の彼女の表情をなんと表現していいのか、アンブロウシスにはわからなかった。
恐怖に見開かれた瞳が揺らぎ、奇妙な熱を持ち始め、青白くなった顔がみるみると血の色を取り戻して上気する。
口元を閉ざすための手は、いつの間にかゆるりと開き、恐怖から来る声とは違ううめき声が耳を打った。
「…………はじめまして。アストリッド・オーケシュトレームですわ。ようこそお越しくださいました」
微笑んだ彼女から流れ落ちる涙に、アンブロウシスは魂を揺さぶられた。
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