【完結】僕はヤンデレ彼女を愛してやまない。

小鳥鳥子

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『包丁とバッジとチョーカー』

第十七話  『あたしは相手がライオンだろうが、ワニだろうが、負けることなんてないわ!』

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「グルルルル……」

 唸り声のようなものが耳に届いたのは、出口に向かって三人でゆっくりと歩いているときだった。
 声がする方向へと顔を向け、僕はその場で凍り付いた。

 唸り声を上げていたのは、夕日を背に立つ、立派なたてがみを持ったオスのライオンだったのである。

「陸!!」
「お兄ちゃん!!」

 同時に声を上げた二人が僕の左右に並び立つ。

「お、お兄ちゃんなら、大丈夫よね?」

 動物に好かれるという僕の能力のことを言っているのだろう。
 ライオンだろうと何だろうと動物になら、襲われることはないと。

「いや……。残念ながら、大丈夫じゃないと思う……」

 ライオンであっても、通常の状態であれば問題はないはずである。
 ただ、通常でない、例えば極度の興奮状態の動物にはこれは通用しないのである。
 これまでにも暴れ回る猫に引っかかれたりとか、飼い主から脱走した犬に噛みつかれそうになったりなどがあるのだ。
 目の前のライオンは、こちらを睨み付けて牙をむいている。
 極度の興奮状態となっている様子が見てとれる。

 問題はそれだけではない。
 そういう状態の動物は――。

「多分……、襲い掛かってくる……」

 通常好かれるからかどうかよく分からないが、周りに人がいたとしても、興奮状態の動物はほぼ必ず僕に向かってくるのだ。
 それが小型の猫や犬なら、多少の怪我で済むかもしれない。
 しかし、ライオンともなると……。

「二人とも、僕から離れて。僕とは反対方向に逃げて」

 僕と一緒にいたら、二人とも巻き添えを食らう可能性が高い。
 逆に、僕と離れて逃げれば、襲われることは恐らくない。
 僕がライオンを引きつけることができれば――。

「何を馬鹿なことを言ってるのよ、お兄ちゃん!!」

 僕の腕を取る澪。

「そうよ、陸。妹さんの言う通りよ。それに……」

 バッグからスラリと包丁を取り出す莉子。
 そして、バッグを地面に置き、包丁を両手に構えた。
 バッグに付いたマヌルネコバッジが莉子を見ている。

「こういうときこそ、あたしの出番じゃない!!」

 そう言って、ライオンを睨みつける。

「で、でも、今回は、さすがに相手が――」
「あたしにはっ!!!」

 僕の声を遮り、声を張り上げる莉子。

「あたしには! 妹さんのように、陸を救うことはできないから!!」

 一歩前へ出て、背を向ける莉子の表情は伺うことができない。

「あたしには、包丁を振り回すことしかできないから……」

 しかし、その声は震えていた。

「あたしのやるべきことを奪わないで……」
「そんなの……」
「陸、あたしに任せて。あたしは相手がライオンだろうが、ワニだろうが、負けることなんてないわ!」

 そう言って、僅かな笑顔を向ける莉子。
 その瞳には確かな信念と覚悟が宿っていた。

 きっと莉子は相手が誰であろうと、その信念を曲げることはないのだろう。
 莉子は僕なんかよりずっと強い。

 初めて出会ったあのときから、莉子はそんな強さを持っていた。
 僕が持ち合わせていなかった強さを。
 その強さに僕は憧れ、強く惹かれたのだ。

「さあ、かかってきなさい! その首、そのたてがみごと切り落としてくれるわ!!」

 包丁の切っ先をライオンへと向け、きっぱりと言い放つ莉子。
 その包丁には強烈な殺気が乗っていた。

 そんな様子の莉子に、ライオンは近付いては来なかった。
 いや、莉子の覚悟と殺気を感じ取り、近付けないのだろう。
 落ち着かない様子で、少し怯んでいるようにも見える。

 そして、――耐えられなくなったかのように、ゆっくりとその場に伏せ始めた。
 更には、身体を横にし、ひっくり返った……?
 つまりはお腹を出して、降参のポーズをしたのである。

 ふぅ~……。
 僕はゆっくりと息を吐き出した。
 もう大丈夫だろう。
 莉子は、ライオンに勝ったのである。

「そう……、良い子ね」

 そう言った莉子は包丁を構えたまま、ゆっくりとライオンへと近付いていく。
 まさか……。

「観念したということね。では、――止めを刺してあげましょう」
「ちょ、ちょっと待って!?」

 僕は慌てて莉子の細い腰にしがみ付く。

「さすがに、もう大丈夫でしょう!?」
「陸、何を言っているの? 奴は仮にも百獣の王よ。きちんと最後までやらないと」

 最後までというのは……。
 莉子としてはまだ勝利ではないということか?
 莉子的勝利とは、相手の息の根を止めることでしか得られないものなのか……?

「今なら簡単に奴の腹を刺せるわ。大丈夫よ、あたしは油断なんてしないわ」

 お腹を見せ続けるライオンへの注意は怠らず、会話を続ける莉子。

『獅子は兎を狩るにも全力を尽くす』という格言がある。
 確か百獣の王である獅子ライオンを、絶対強者として例える格言だったはずだ。
 ならば、その絶対強者のライオンを屈服させ、尚且つ油断なく止めを刺そうとしている莉子の強さとは一体……。

 僕が憧れた強さはこんなにも強かったのか?
 ――いやいやいや。

「あ、あの、ライオンとはいえ、ミケやアオと同じネコ科の仲間だからね?」

 何とか猫繋がりで莉子を止めようと説得を試みる。
 が――。

「でも、ミケもアオもこんなに大きくないわよ?」

 確かに――。
 確かに、そうだけど――。

「澪!! 何とか莉子を説得してくれ!!」

 今度は莉子とライオンとのバトルに見とれていた澪に助けを求める。

「え、えっと…………う~んと…………」

 しかし、良い説得方法が思いつかないようだ。
 眉間にしわを寄せたまま、考え込んでしまった。

「大丈夫よ、澪。あなたのことも、あたしが絶対に守ってみせるから」
「う、うん!! ……あの!? 今、『澪』って――!?」
「いや、そうじゃなくて――!!」

 莉子の言葉に喜びをあらわにする澪。
 僕はあまり役に立たない澪を尻目に、何とか莉子を抑え込むしかなかったわけである。

 その後、異変に気付いた飼育員さんが駆け付け、お腹を見せていたライオン――五才・雄のガオちゃんを連れて行った。
 飼育員さんに気付いたときのガオちゃんの動きはじつに素早かった。
 素早く飼育員さんへとダッシュし、必死になって助けを求め始めたのである……。


 ◆ ◆ ◆


「ねえ、莉子」

 僕は肩へと寄りかかっている黒髪の少女へと声を掛けた。
 眠っていて返事がないことは分かっている。
 動物園であれだけはしゃいで、ライオンと睨み合いまでしたのだ。
 疲れて眠ってしまうのも無理はない。

「『あたしにはこんなことしかできない』なんてことを言っていたけど、それは違うよ」

 電車のガタンゴトンという音が僕の声を小さくする。

「『莉子にしかできない』『莉子じゃなきゃいけない』の間違いだよ」

 少女の綺麗な黒髪をゆっくりと撫でる。

「莉子は、僕にとっての唯一無二の大切な人なんだ」

 僕の手にあるリュックには、少女が付けたユキヒョウバッジが光り輝いている。

「僕の莉子は、ユキヒョウよりもずっと綺麗で格好良いんだよ」


 さすがにこれを面と向かって言うのは気恥ずかしい。
 でも、きちんと伝えなくてはならないだろう。
 どのタイミングでどうやって伝えるか……。
 うーん……。

 そんな深刻な悩みを僕は抱えていたわけだ。
 が、しかし――。
 それが全くの杞憂きゆうであったことを僕はすぐに知ることとなる。

 翌日。
 莉子の様子がおかしかった。
 ずっとイヤホンを耳にニコニコし、僕の腕を掴んで離そうとはしなかったからだ。

 ――つまりは、である。
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