【完結】僕はヤンデレ彼女を愛してやまない。

小鳥鳥子

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『包丁とバッジとチョーカー』

第二十話  『お兄ちゃんはもし莉子ちゃんから勉強を教えてもらったとしたら、絶対テストで高得点取るでしょう?』

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「お兄ちゃん、ひとつ頼みがあるんだけど」

 珍しくしおらしい態度で澪が部屋に入ってきたのは、僕がアオのお腹を優しく撫でているときだった。
 それに気付いた澪は、すぐさまアオのお腹を見つめ始めた。

「アオのお腹……良いなぁ……」

 その目は、物欲しげであった。

「……言っておくが、アオのお腹は頼まれても無理だぞ?」

 アオのお腹に触れるのは唯一僕だけだ。
 アオが、僕以外にはお腹は触らせないからである。
 妹であっても、それは無理な頼みというものだ。

 妹の視線が何か嫌だったのかもしれない。
 アオはお腹を見せるのを止めてしまった。
 仕方なく僕はアオから妹へと身体の向きを変える。

「違うよ。アオのお腹はまたいつかで良いから……。お兄ちゃん、私に勉強教えて欲しいの」

 一転して澪は真剣な顔つきとなっていた。

「あ、ああ……。別にそれくらいなら良いけど、どうかしたのか?」

 澪はあまり勉強を頑張っているタイプではなかった。
 というのも、陸上を熱心に行っているスポーツ少女だったのだ。
 勉強は二の次といった感じだった。

「一応私も受験生だし、次の期末テストで少しでも良い点を取ろうと思って……」
「うん……、そっか」

 何か心境の変化があったのかもしれないが、妹が勉強を頑張ろうとしていて、僕を頼ってきたなら断る理由がない。

「じゃあ、莉子も誘って、三人で勉強にしようか」
「莉子ちゃんも!?」
「期末に向けて二人で勉強しようとは話してたから、丁度良い」

 僕と莉子はテスト前に図書館でよく勉強していた。
 アオと仲良くなってからというもの、莉子はちょくちょくうちに来るようになっている。
 今回はうちで勉強するというのも良いだろう。

「アオも含めての四人で一緒に勉強するなら、莉子も喜んでくれるんじゃないかな」
「やった!!」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねて、喜びを表現する澪。

「お兄ちゃんと莉子ちゃんに教えてもらえるなら、私、絶対良い点取れるはず!」
「そうか?」

 教え方が澪に合うかどうか分からないし、良い点を取れるかどうかは……。

「分かってないね、お兄ちゃん」
「何を?」
「お兄ちゃんはもし莉子ちゃんから勉強を教えてもらったとしたら、絶対テストで高得点取るでしょう?」
「そりゃあ、莉子に教わったなら、悪い点なんて取れるわけないだろ」
「ほら、ね?」

 したり顔の澪は、そう言ってアオの頭を撫で始めた。
 少し迷惑そうな顔をしつつも、撫でられるままとなっているアオ。
「まあ、仕方ない。妹の面倒を見るのも姉の仕事だ」とでも思ってそうだ。


 ◆ ◆ ◆


「お兄ちゃん、お腹空いた……」

 背もたれに思いっきり寄りかかりながら、天井を見上げる澪。

「そうだな……」

 時計を見ると、既に正午を回っていた。
 9時前に莉子が家に来たので、三時間程集中していたことになる。
 莉子も少々疲れた様子で、伸びをして身体をほぐしている。
 床に寝そべっていたアオはその隣であくびをしていた。

「じゃあ、一旦昼食にしようか?」
「うん!」

 元気な返事とともに身体の位置を戻す澪。
 莉子は大きく頷いている。

 ただ昼食をどうしようかは考えていなかったので何を作るべきか……。
 もしくは、買ってくるかを考えなければいけない。

「陸、あたしが何か作ろうか?」

 どうしようか悩んでいたのに気付いたのだろう。
 僕の様子を伺いながら、提案をしてくれる莉子。
 莉子はいつだって、僕に優しい。

「え!? 莉子ちゃんが何か作ってくれるの!?」

 莉子の提案に、テンションの跳ね上がる澪である。

「いや、莉子はお客様だから――」
「そんなことないわ。あたしがここにお邪魔させてもらっているのよ」

 莉子にとってここは居心地の良い空間で、居させてもらっているという感覚なのかもしれない。
 決意は固そうだった。

「じゃあ、何か簡単に作れそうなものがあったらにしようか」

 澪も食べたがっているようだし、莉子がやる気ならば多分それが一番良い。
 僕は莉子のサポートをすれば良い。
 それに、僕も食べたかったのだ。
 莉子の温かい手料理を。



「これ、めちゃくちゃ美味しいよ!!」
「莉子、さすがだよ! 市販のソースより、全然美味しいし!」

 莉子の料理を絶賛する雨宮兄妹。
 莉子の作ってくれたのは、ベーコンとほうれん草のパスタだった。
 市販のソースは使わず、シンプルに塩コショウ等で絶妙な味付けがされている。

「うん、二人ともありがとう。そんなに手が込んだものではないんだけどね」

 照れているのか、少し赤い顔をしている莉子。
 結局、道具の場所を教え、鍋に水を入れて火にかけ、お皿を用意するだけで僕のサポートは終わってしまった。
 莉子一人がパスタを茹でつつ、手早くベーコンとほうれん草を炒めて、盛り付けまでを行っていったのである。

「お兄ちゃん、莉子ちゃんの作るお弁当を毎日食べてるんでしょう?」
「まあな」
「いいなぁ……」

 当然、莉子の作るお弁当も絶品だ。
 毎日感謝してもし足りないくらいである。

「莉子ちゃん、料理は小さい頃からしてるの? お母さんに習ったのかな?」
「澪、それは――!?」
「良いのよ、陸」

 焦る僕に対し、ふるふると首を振る莉子。
 僕と莉子の様子に首を傾げる澪。

「あたしの母はあたしが幼い頃に亡くなっているわ。だから、小さな頃から自分で料理することが多かっただけなのよ」

 淡々と話す莉子だったが、ほんの一瞬だけ、寂しそうな表情が僕には見えた気がした。

「あ、あの、私……ごめんなさい……」
「良いのよ、別に。特に気にすることではないわ」

 うつむいてしまった澪の頭にそっと手を乗せる莉子。

 莉子は気にしないと言ってはいるが、毎回のことだった。
 母親の話題が出たとき、一瞬寂しそうな顔となるのは……。

「にゃあ~」

 重苦しい沈黙を破ったのはアオの一声だった。

「アオも美味しいと言ってくれるの? ありがとう」

 今度は、アオの顎を指先で撫で始める莉子。
 アオは気持ち良さそうに目を細めている。

 莉子の希望もあり、アオも食事をとっていた。
 勿論食べていたのはパスタではない。
 茹でたささみである。
 既に完食をしていて、舌なめずりしているアオ。
 かなり満足したらしい。

「では、あたしたちも残りを食べて、続きをしましょうか」
「うん……」

 ただ、澪はまだ元気を取り戻していない。

「澪、テストが終わったら一緒に料理をしない? このパスタの作り方なら教えられるわよ?」
「本当に!? 約束だよ!」

 沈んでいる澪を元気づけたかったのだろう。
 莉子がそんな澪に優しく声を掛けた。

 そういえば――。

「『澪』と呼ぶようになったんだね?」

 僕はふと浮かんだ疑問を口にする。
 以前は確か、『妹さん』だったはずだ。

「私がね、莉子ちゃんにお願いしたの。そう呼んでもらいたかったから」

 そう言って、莉子に抱き付く澪。
 そんな澪に照れを隠せない莉子。

 何処からどう見ても、二人は仲良し姉妹にしか見えなかった。



「陸、そろそろ、いいかしら?」

 各自の勉強も一段落した頃だった。

「アオも良い?」

 莉子は僕とアオとに声を掛けた。

「……何か、するの?」

 不思議そうな顔をしている澪。

「莉子から今日はアオと一緒に庭を使わせてもらいたいって言われていたんだ」
「へ~」
「とりあえず、澪は自力で――」

 澪の数学の問題集を手に取り、ペラペラとページをめくる。

「ここまで終わらせようか?」
「えっ!? こんなに!?」

 愕然とした様子の澪。

「澪なら大丈夫よ。すぐに終わるわ」
「うん、分かった! すぐに終わらせるから!」

 莉子に言われ、俄然やる気となった澪。
 早速問題集を広げ、ノートにペンを走らせ始めた。
 恐らくだが、莉子の言う「大丈夫」はあまり大丈夫でないことも多いのに、まだ気付いていないかもしれない……。

「じゃあ、アオ、行きましょうか」
「にゃあ」

 僕はこの時点で二人が何をするかは聞いていなかった。
 ただ、二人の仲が良好なのは理解していたので、室内飼いのアオと少し庭に出て日向ぼっこでもするかと思っていた。
 図書館でのミケと莉子のようにである。

 ――そんなのは幻想であることに、すぐに気付かされたわけだが。
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