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【第六章】生きるということ
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あかりがゆっくりと息をできるようになってから振り返ると、そこには黒いフードを目深に被った死に神の姿があった。
フードで顔は見えないが、大きな黒く光る鎌を腕に抱えている。
あかりは、ごくりと唾を呑み込んだ。
「あなたは、死に神?」
「そうだ」
よく見ると、その死に神は、たくさんのお面を鎌の先にぶら下げていた。
ひょっとこ、おかめ、天狗……猿のお面もある。
どれもあかりが神社のお祭りで見たことのあるお面ばかりだ。
あかりの視線がその中にある一つのお面にくぎ付けになった。狐のお面だ。
「そのお面……狐の……私くらいの男の子が着けてた?」
あかりは、震える声で尋ねた。
よく見ると、先程まですぐ傍にいた筈の狐の子の姿が見えない。
まさか、と思いつつも、よく似た他の誰かの面だと言って欲しかった。
だが、死に神は、狐の面とあかりを見比べると、何でもないことのように言ってのけた。
「ああ、そう言えば、お前くらい若い魂だったか。
可哀想に。父親の虐待で殺された子だよ」
あかりは、きょとんとした顔で死に神を見つめた。
「ぎゃくたい……?」
「親が子供を殴ったり蹴ったり、しまいにゃ殺しちまう。
聞くのも胸糞悪くなるような話だが、まぁ、よくある話さ」
あかりは、狐の子の話と違うことに、僅かな希望を抱いた。
「じゃあ、その子は私の知ってる狐くんとは違うと思う。
その子のお父さんは、とっても優しくて、いつも遊んでくれるって言ってたもの」
そうであって欲しい、間違いであって欲しい、とあかりは思った。
死に神は、そうかい、とそれきり興味を失くしたように押し黙った。
「その子は、どうなったの?」
「お前には関係ない子供なんじゃないのか」
そうだけど……気になるから、とあかりが答えると、死に神は、律儀にも教えてくれた。
「俺たち死に神の鎌は、幽霊たちの心残りってやつをぶった切る。
それでおしまいさ。
この世に未練を失くした魂は、自然の摂理に沿って天界へと昇って行く。
よっぽどの方向音痴じゃない限り、迷うことはない。
お前の知り合いかもしれないこいつも、今頃は、天界で記憶を消されて、新しい命に生まれ変わる準備をしてるところだろうな」
あかりは、空を見上げた。
まだ雨は降り続いていて、月もなければ、星もない。
真っ暗な空間が口を開けて、あかりを飲み込もうとしているようだ。
天界という場所がどこにあるのかは分からないが、もっと明るくて綺麗な場所だといいな、と思った。
「死に神さんは、どうして魂を狩るの?
みんな何も悪いことしてないのに」
「悪いも良いもない。それが自然の摂理ってやつだ。
そうじゃなきゃ、新しい命が生まれなくなるからな。
俺たち死に神は、この世とあの世の均衡を保つという使命を持っている」
少し難しかったか、と死に神が鼻を鳴らした。
あかりには、死に神の言っていることが難しすぎてよくわからない。
『ただ、どうしても死ぬに死にきれないっていう想いだけはある。
このままあの世へ行って、別の誰かに生まれ変わるなんて、まっぴら御免だね。
あたいは、あたいなんだ。他の誰でもない。
それは、お嬢ちゃんも一緒だろう』
神社でそう話していたベニの悔しそうな顔が目に浮かぶ。
『生まれ変わるっていうのはね、自分が自分じゃなくなるってことなんだ。
今まで生きて来た自分の記憶も、大事なものも、思い出も、全部ぜんぶ忘れちまう。
そんなのって、あんまりじゃないか。全く許せないね。
あたいが生きてきた時間は一体何だったんだ』
ベニの言うように、生きて来た記憶が全てなくなってしまう、というのは、悲しすぎる。
あかりも、お母さんや、ここで会ったみんなとの記憶が消えてしまうのは嫌だし、逆に、お母さんやみんなに、あかりのことを忘れて欲しくないと思った。
『だから、あたいらは、ここで抗っているのさ。神様や自然の輪廻ってやつにね』
そう言ったベニの顔や、ベニを見る他の〈幽生団〉の皆の表情は、強く誇らしげだった。
『私はね、ここである人を待っていたの。ずっと』
あかりを逃がしてくれた、優しい女将さん。
会いたい人に会えない辛い気持ちは、あかりにもよくわかる。
『わからないんだ。何も覚えていない。
ただ、どうしても見つけなきゃいけないものがあったような気がして……』
あかりのことを傍でずっと見守っていてくれた、顔は怖いけど、優しいおじさん。
大切な人や思い出をなくしてしまうのは、どれだけ辛いだろう。
この横丁で会った幽霊たちは皆、心になくしたくない大事なものを持って生きている。
『なんでもよく、相手の話を聞いてあげること。
理解できなくてもいい。それが仲良くなる秘訣よ』
ふと母がよくあかりに言っていた言葉を思い出した。
話も聞かず、一方的に鎌を振って心残りを消してしまうというのは、違う気がする。
それは今、あかりの目の前にいる死に神にも言えることのような気がした。
「死に神さんは、どうして死に神さんになりたかったの?」
フードで顔は見えないが、大きな黒く光る鎌を腕に抱えている。
あかりは、ごくりと唾を呑み込んだ。
「あなたは、死に神?」
「そうだ」
よく見ると、その死に神は、たくさんのお面を鎌の先にぶら下げていた。
ひょっとこ、おかめ、天狗……猿のお面もある。
どれもあかりが神社のお祭りで見たことのあるお面ばかりだ。
あかりの視線がその中にある一つのお面にくぎ付けになった。狐のお面だ。
「そのお面……狐の……私くらいの男の子が着けてた?」
あかりは、震える声で尋ねた。
よく見ると、先程まですぐ傍にいた筈の狐の子の姿が見えない。
まさか、と思いつつも、よく似た他の誰かの面だと言って欲しかった。
だが、死に神は、狐の面とあかりを見比べると、何でもないことのように言ってのけた。
「ああ、そう言えば、お前くらい若い魂だったか。
可哀想に。父親の虐待で殺された子だよ」
あかりは、きょとんとした顔で死に神を見つめた。
「ぎゃくたい……?」
「親が子供を殴ったり蹴ったり、しまいにゃ殺しちまう。
聞くのも胸糞悪くなるような話だが、まぁ、よくある話さ」
あかりは、狐の子の話と違うことに、僅かな希望を抱いた。
「じゃあ、その子は私の知ってる狐くんとは違うと思う。
その子のお父さんは、とっても優しくて、いつも遊んでくれるって言ってたもの」
そうであって欲しい、間違いであって欲しい、とあかりは思った。
死に神は、そうかい、とそれきり興味を失くしたように押し黙った。
「その子は、どうなったの?」
「お前には関係ない子供なんじゃないのか」
そうだけど……気になるから、とあかりが答えると、死に神は、律儀にも教えてくれた。
「俺たち死に神の鎌は、幽霊たちの心残りってやつをぶった切る。
それでおしまいさ。
この世に未練を失くした魂は、自然の摂理に沿って天界へと昇って行く。
よっぽどの方向音痴じゃない限り、迷うことはない。
お前の知り合いかもしれないこいつも、今頃は、天界で記憶を消されて、新しい命に生まれ変わる準備をしてるところだろうな」
あかりは、空を見上げた。
まだ雨は降り続いていて、月もなければ、星もない。
真っ暗な空間が口を開けて、あかりを飲み込もうとしているようだ。
天界という場所がどこにあるのかは分からないが、もっと明るくて綺麗な場所だといいな、と思った。
「死に神さんは、どうして魂を狩るの?
みんな何も悪いことしてないのに」
「悪いも良いもない。それが自然の摂理ってやつだ。
そうじゃなきゃ、新しい命が生まれなくなるからな。
俺たち死に神は、この世とあの世の均衡を保つという使命を持っている」
少し難しかったか、と死に神が鼻を鳴らした。
あかりには、死に神の言っていることが難しすぎてよくわからない。
『ただ、どうしても死ぬに死にきれないっていう想いだけはある。
このままあの世へ行って、別の誰かに生まれ変わるなんて、まっぴら御免だね。
あたいは、あたいなんだ。他の誰でもない。
それは、お嬢ちゃんも一緒だろう』
神社でそう話していたベニの悔しそうな顔が目に浮かぶ。
『生まれ変わるっていうのはね、自分が自分じゃなくなるってことなんだ。
今まで生きて来た自分の記憶も、大事なものも、思い出も、全部ぜんぶ忘れちまう。
そんなのって、あんまりじゃないか。全く許せないね。
あたいが生きてきた時間は一体何だったんだ』
ベニの言うように、生きて来た記憶が全てなくなってしまう、というのは、悲しすぎる。
あかりも、お母さんや、ここで会ったみんなとの記憶が消えてしまうのは嫌だし、逆に、お母さんやみんなに、あかりのことを忘れて欲しくないと思った。
『だから、あたいらは、ここで抗っているのさ。神様や自然の輪廻ってやつにね』
そう言ったベニの顔や、ベニを見る他の〈幽生団〉の皆の表情は、強く誇らしげだった。
『私はね、ここである人を待っていたの。ずっと』
あかりを逃がしてくれた、優しい女将さん。
会いたい人に会えない辛い気持ちは、あかりにもよくわかる。
『わからないんだ。何も覚えていない。
ただ、どうしても見つけなきゃいけないものがあったような気がして……』
あかりのことを傍でずっと見守っていてくれた、顔は怖いけど、優しいおじさん。
大切な人や思い出をなくしてしまうのは、どれだけ辛いだろう。
この横丁で会った幽霊たちは皆、心になくしたくない大事なものを持って生きている。
『なんでもよく、相手の話を聞いてあげること。
理解できなくてもいい。それが仲良くなる秘訣よ』
ふと母がよくあかりに言っていた言葉を思い出した。
話も聞かず、一方的に鎌を振って心残りを消してしまうというのは、違う気がする。
それは今、あかりの目の前にいる死に神にも言えることのような気がした。
「死に神さんは、どうして死に神さんになりたかったの?」
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